惜しまれる存在ならば 其の二
「あらあら、なんて情けない」
「本当ですね。仮にも騎士なのですから、この程度で心が折れることもないでしょうに」
にこにこと笑顔で会話を交わす私とアル。
私の手にはロープが握られ、それは蓑虫と化した男へと繋がっている。
ええ、ちょっとドジしちゃいましたよ。数回手を離しただけだけど。
手を離した場所が階段の上部ばかりだったのは気のせい。
お約束ですよ! お・や・く・そ・く!
落とす度に謝罪の言葉は口にしたので、わざとではないと理解してもらえたことだろう。
なお、傍にいたアルも私の即席ドジッ子属性に巻き込まれている。
後ろを歩いていたから蓑虫が降って来た、とか。
ついつい条件反射で蹴りを入れた、とか。
ごめんね、アル。期間限定ドジッ子で。
そう謝ったら『お気になさらず。そんな所も魅力の一つです』と微笑みながら言ってくれた。流石だな、素敵な騎士様。
周囲の人達が妙にビビって距離を置いていたのも気にしない!
邪魔をしなければ良い子ですよ、私。何せ今回は魔王様の駒としてこの国に来てるからね。
「……すぐに家長に該当する者達が拉致されて来るだろう。暫く待ってもらいたい」
「判りました。迅速な対応をありがとうございます」
「いや……単純に国のためにできることをしたまでだ。気にしないでくれ」
部屋に着くなり言葉をかけてくるバラクシン王に感謝を述べると、微妙に個人的感情が透けた応えが返って来た。
そ う か、 そ ん な に 怖 か っ た か。
当たり前だが私は常に全力投球、己が言葉にも責任を持つ所存です。
どうやらバラクシン王はそれを理解しているからこそ、最適な環境を整えたのだろう。
だってこの場合、私の報復はあの教会派騎士達の保護者に向かうもの。
仕掛けてきたのは教会派の騎士。しかも彼等の増長を招いた一因に実家の存在がある。
これで『無関係です!』は無理がある。しっかり責任をとってもらおうじゃないか。
そんな事を考えているうちに数名の貴族が騎士によって連行されてきた。不満顔だった彼らも私に踏まれている蓑虫を見た途端、ぎょっとしてこちらをガン見。
彼らに向かって私はにこやかに告げる。
「随分素敵な教育をしているんですねぇ? 異世界人を化物扱いですか。ええ、しっかりと貴方達一族からの宣戦布告は受け取りました」
「宣戦布告……お前は一体?」
貴族に向かって嫌味を飛ばす小娘に腹が立ったのか、連中は訝しげな視線を向けた。そうか、夜会では遠過ぎて顔まで判別できなかったか。服装も違うしね。
連中の言動には苛立たしさが透けて見えるが、そこには魔導師を相手にする恐怖は見られない。
恐らくは『イルフェナからの使者の怒りを買った』とでも認識したのだろう。勿論、その間違いは正してあげなければ。
「私はイルフェナに身を寄せる異世界人です。キヴェラを屈服させた魔導師、と言えば貴方達にも理解できますよね?」
「な、魔導師だと!?」
微笑みながら告げれば面白いように動揺が走った。さすがに実績有りの魔導師は怖いらしい。
そう言ったことで彼らも事態を把握したようだ。青褪めるも王に縋るような視線を向ける。
「陛下。この者とて我が国の民であり、国を守る騎士でございましょう! どうか魔導師殿を諌めてはくださいませんか」
「……ほう?」
その言い分にカチンときたのか、王は目を据わらせる。
周囲は……青褪める、睨みつける、超いい笑顔! な反応に分かれた。勿論最後はクラウス以外のイルフェナ勢。
この期に及んでまだ言い訳が足りないらしい。しかも王に私を諌めろ、とな?
ああ、でもここでバラクシン内での言い争いに発展しても面白くはない。ここは目的達成のためにも私が煽らなければな!
「ふふ、一体何の冗談でしょうか? 日頃から王族と対立し貶める事に余念のない教会派貴族の皆様? 貴方達の態度は他国もよ〜く存じております」
「そ、そんなことは」
「そうだ、魔導師殿はこの世界に来たばかりだから知らないだけでっ」
言い訳を始める連中に私は笑みを深めると、手にした鞭で蓑虫を一閃。踏みつける足に力を込めたこともあってか、鞭による派手な音に続いた呻き声に室内がシン、と静まり返った。
「情報を集めるならば十分な時間です。それに……クズと評判だからこそ、他国からは縁談が来ないらしいですね? どの国でも王族に牙を剥くほど思い上がった輩は一族に加えたくはありませんもの」
「そうだね、有名な話だと思うけど。だが、それが原因でバラクシン内で教会派貴族達の繋がりが強まったともいうね」
「同類で固まったからですよね、何処にも必要とされませんし」
魔王様の言葉に頷きながら返せば、言葉ではなく笑みを深める事で肯定してくる。
ええ、一応バラクシン王がここに居ますからね。他国の王族が直接教会派貴族を貶めるようなことは言えませんから。
魔王様は『私に賛同』し『教会派貴族が繋がりを強めた』と言っただけである。直接暴言は吐いていないのでセーフです。
こういった『謝罪で済む程度の侮辱』では何らかのカードになることはない。逆に言えば『そう言えるだけの証拠がある』とも受け取れる。
ぶっちゃけると暗に脅迫してます、我が上司。これで反論すれば嬉々として証拠を提示する気満々だろう。
しかもその証拠は他国からも寄せられると推測。教会派貴族は『複数の国からクズ認定を受け、政から強制退場』の危機である。
そもそも今回のイルフェナは最初から教会派貴族にお怒りなのだ、それをフェリクスと伯爵に限定されていると思っていた連中は甘すぎる。
目標は常に大きく! 目指せ、元凶の一掃!
イルフェナならばこれくらいはやる。今回はこれまでの事を含めての報復なのだから。
被害者として得た報復の切っ掛けを見逃してやるはずがなかろう、あの国が。
……と言ってもイルフェナが動く必要は無さそうだが。
さすがに状況を理解できたのか、連中は顔を青褪めさせて無言。
後一歩のところで踏み留まった連中にバラクシン勢は安堵し、私は内心舌打ちした。きっとイルフェナ勢も同じと見た。
「……理解できたようで何よりです」
その程度の頭はあったのね的な私の言葉に罠の回避成功を感じ取ったのか、連中は強張らせていた表情を若干緩める。
ちっ、あと少しだったものを。
だが、私個人の報復はまだ残っている。しかも既に回避不可能に近い。
「そういえば……先ほど随分と不思議な事を言っていましたねぇ? 『国を守る騎士』でしたか? 身分制度に拘り他者を見下す者がどうしてそうなるのでしょうか」
「た……確かに貴女への暴言は謝罪すべきだ。だが、騎士として民を守った実績があり慕われてもいる! でなければ今の地位にある筈がない!」
いや、それお前達が後ろ盾にいたからじゃん?
確かにある程度の強さがなければ近衛にはなれず、これまでの実績とてあるだろう。
だが、それは本当に『本人が成したもの』だろうか? 立場が下の者の功績を自分のものにしたという可能性だってある。ただ、これはさすがに証明することが難しい。
微妙に反論し辛い言い方に周囲は眉をひそめ、私は。
『処罰したら民だって文句を言うよ』という脅迫に私は――にやりと笑った。
よっしゃぁ、誘導成功!
「その功績は本当に本人が成したものでしょうか? 彼らを見る限り『立場が下の者の功績を自分のものにした』という可能性も十分あるように見えますが」
「証拠もない上でそのようなことを言うならば、謂れのない侮辱と受け取りますぞ!」
私の笑みを余裕と勘違いしたのか、逆に私の言い方を責めてくる。少しでも有利にしたいのだろうことは誰の目にも明らかだ。
だが、その言葉こそ私が欲しかったものだ。
「今……『証拠もない』と言われましたよね? 『民を守った実績ゆえに慕われている』、得難い存在だということが事実だと受け取りますよ?」
「そ、そうだ! 国にとって優秀な騎士は簡単には失えん!」
少々持ち上げて確認をすると即座に肯定。益々こちらにとって有利な言葉を重ねる男に私は内心笑いが止まらない。
魔王様達は面白そうにしながらも傍観に徹し、その他バラクシン勢はなにやら怯えた表情で私を窺っている。
そんな人々を綺麗さっぱり無視し、私はいい笑顔で目的を告げた。
「それではそれを証明してもらいましょうか。実は誰の目にも明らかになる方法があるんですよ」
『は?』
周囲の人達が綺麗にハモった。まさかそうくるとは思わなかったらしい。
「私の世界にかつてゴダヴィア夫人という大変優しい女性がいました。彼女は領地の民の為に夫に減税を願いましたが夫は激怒し、彼女に『裸で馬に跨り市場を端から端まで渡れば願いを叶える』と言ったのです」
「それは……」
思わず痛ましげな表情になる人続出。普通に考えて身分のある女性が裸で、なんて死んだ方がマシな状況だろう。
「それを事前に知った民は家に篭って窓も戸も閉め彼女の姿を見ないようにし、彼女は長い髪を解いて体に纏わせながらも実行したそうです。彼女が『民に慕われ』、感謝されたからこそ醜聞ではなく美談となったのです」
実際には解釈が様々だし、史実ではないという意見もある。
あくまでも有名な伝説なのだが、この場合重要なのは『民との信頼関係を見せつける』ということだ。
周囲の状況を見回し、私は明るく悪魔のイベントを告げる。
「それを実行していただこうじゃありませんか、『国にとって失えない存在』であり『民に慕われている』というのなら!」
「なっ!」
さすがに教会派貴族以外も驚いたのか目を見開く。
イルフェナ勢は大変楽しそうだ。寧ろ『やっぱりね』的な視線で『お前が大人しくしてる筈ないよな』と告げてくる。
「勿論、事前に告知はします。ですがその際に『権力を使わない』『身分を振り翳さない』『妨害しても罪に問わない』という三つを約束していただきます」
「な、な、な……」
教会派の連中はあまりなことに口をパクパクとさせるばかり。まさか擁護がそう返されるとは思わなかったのだろう。
いや、そんな返し方があるとは普通は思わないのだが。
「ふむ……大変感動的な話だな。確かにその話を参考にするならば民には『家に閉じこもって見ない』という選択もあるのか」
「ええ。逆に言えばここぞとばかりに報復される可能性もあります。誰の目にも明らかですし、始める時に王の前で改めて誓ってもらえば民も罪に問われることはないと確信できますね。まして騎士なのです、忠誠を誓う主に嘘は言いませんよね普通」
普通に感心しているらしいバラクシン王に悪魔の提案をしておく。告知だけでは不安に思う人々も王の前で誓われた言葉ならば安心して報復できるというものだ。
「それはあまりではないか!?」
「あら、民との繋がりを示す良い機会ではありませんか。ああ、これで民にボコられたら貴方達はこの場で嘘を吐いたということにもなりますので御覚悟を」
声を荒げる男にさらっと返せば、男は魔王様の姿を目に止めて青褪める。
他国の王族の前で『嘘吐きました』はないよなぁ?
バラクシン王も『家ごと処罰しなければならない』だろう。
「ついでに彼らを事が終わるまで拘束してください。自分達が動かずとも他の教会派貴族を動かして民に圧力をかける可能性がありますから」
「そうだな、いかにもやりそうだ」
「陛下!?」
連中は悲鳴のような声を上げるが、バラクシン王は彼らを睨みつける。
「お前達自身が言ったことを確認するだけだろう。何を慌てる必要がある? それに……日頃の態度からやりかねないと私自身も思うのだ。少しは己が言動を省みたらどうだ?」
「逆に言えば君達の言葉の正しさが証明されるのに何故焦るのかな? 圧力を掛けずとも信頼関係が築かれていればミヅキの話のように美談として伝わるのに?」
強い口調の王の言葉と魔王様の援護射撃に連中は半ば呆然として沈黙した。蓑虫は……あらら、青褪めたまま固まってる。
大変だな、頑張れよ? 私も楽しめるイベントになるよう全力で応援するからな?
早くも騎士達が連中を拘束する中、私達はひそひそと詳細を決めていく。
「教会派貴族にはこの事を伝えて更に『これが行われなかったら魔導師が教会派貴族を無差別に滅ぼす気だ』とでも伝えたらどうですかね? 私は夜会でのこともあるから説得力は十分だと思いますが」
「それに加えて化物扱いされたことも伝えれば確実に押さえ込めるだろうね。勿論、その発言が齎す意味も含めて伝えることが前提だけど」
私と魔王様の提案に王と王太子殿下はそのとおりだと頷く。
「確かに……国が庇わず報復も法に触れないと知れば関係のない奴等は動かないだろうな」
「情報をしっかり伝えておけば王家が『何故庇わないのか』と責められることも無いだろうしね」
今この場だけのことではなく、夜会での脅迫から繋げてしっかり説明すれば教会派貴族の置かれた状況に気付くだろう。
少なくともこのイベントで沈黙していれば、魔導師の報復対象からは外れる。自己保身を選ぶならば絶対に何もしない。
しっかりと伝えておくのは『状況を知らなかった』と言わせないためだ。状況把握の甘さを言い訳にして手を貸す奴も同罪と伝えておくことは『王なりの恩情』。
何せ連中以外は無関係なのだ、『教会派貴族は一蓮托生』だという超大雑把な言い方をしている私の方が明らかに外道である。
そんな魔導師相手に『知りませんでした』は通用しない。
世界を違えてまで揺るがぬ鬼畜認定は伊達ではない。
連中の味方をする=魔導師の敵認定なのだ。しかも普通の没落どころか後々にまで語り継がれるレベルの報復に見舞われると怯えてくれるだろう。
勿論、私もそんな期待には全力で応える所存だ。ネタなら沢山あるぞぅ。
「それでは今夜にでも私から伝えておこう。……『それ』は」
「牢でいいんじゃないですかね」
バラクシン王と揃って蓑虫に視線を向けると、未だに青褪めたまま呆然としている。
予期せずイベントの主役となってしまった喜びに思考が凍りついている模様。
「良かったね〜、あんたの言い分が正しいと証明されるかもしれないよ。……逆の可能性もあるけど」
鞭の先でつんつんと突付きながら言うも反応なし。
イベントまでには正気に戻れよ? 面白くないから。
「娯楽に溢れた世界には色んな意味で凄い人がいるんだね」
褒めてるのか貶してるのか判らない王太子殿下の言葉にほぼ全員がしみじみと頷いたのだった。
……妙に私に向けられる視線が生温かいのはきっと気のせい。
※※※※※※※※※
――その夜、某所にて
前回同様いきなり現れた私に、その人物は溜息を吐いただけで迎え入れた。なんだ、つまらん。
「そこは『曲者だ、であえー!』とか反応しておくれ」
「人を呼んでどうするんだ、お前は。第一その台詞は一体何だ?」
「私の世界で割と有名なんだけどな」
時代劇とかで。誰でも一度は聞いたことがあるだろう。
まあ、それはおいておく。馬鹿なじゃれあいをしに来たわけじゃないのだ。
私は敢えてにっこり笑うと怪訝そうな表情になる聖人様に目的を話し出す。
「教会にとって残念なお知らせです。本日、教会派の騎士が私に対して暴言を吐き正式に敵認定されました。しかも異世界人を化物扱いした挙句に黙って従っていればいいとぬかしやがりました」
「は?」
「なお、これは大戦を引き起こした国と同じ思想で下手をすればバラクシン自体が危険思想を持つ国として他国に認定されます。……詰んだな、マジに」
大変ねー、教会の存続自体がヤバくね? と明るく続ける私に聖人様は顔面蒼白。
うん、普通の反応だ。理解が早くて何よりだ。
「な、なあ、無かったことにするという方法は……」
「イルフェナのエルシュオン殿下が聞いてるのに? ちなみに殿下も侮辱されてるから庇う優しさは無いと思うよ?」
「おおぃっ! 共犯者だろう!? 仲間だろう!? 仲良しだろう!?」
いきなり縋り付いて来る聖人様。事態を正確に把握できてしまっているせいか涙目だ。
私は落ち着かせるようにぽんぽんと肩を叩くと、こうなった決定打を話す。
「いや、連中の保護者がまた馬鹿でさ〜。言い訳せずにばっさり切り捨てれば何とかなったのに『民に慕われてる』だの『国に必要』だの言ってさ。国としても対応取らなきゃヤバイのよ」
あっさり事実を告げると聖人様はがっくりと膝を突き項垂れた。……あ、マジで泣いてるかもしれない。
「ふ……漸く、漸く何とかなると思ったのに……!」
「苦労したみたいだしねぇ」
問題児が消えて漸く立て直しが図れるところにこの仕打ち。
泣きたくもなるだろう。何せ彼らは何も悪くない、単なる巻き添えだ。
「商人達からも教会への納品は拒否か値上げだと通達されたばかりだというのに……イルフェナを怒らせれば深く繋がる商人達にも影響があると何故判らないのか……!」
「……」
涙声で告げられる内容に思わず視線を逸らす。
えーと。
ごめん、それ原因白騎士連中だわ。
その報復内容に思いっきり心当たりがある。つーか、提案したのは私だ。
商人さん達、異世界スイーツが効いたのか随分と頑張ってくれたみたい。多分、教会派貴族との癒着を黒騎士あたりから聞いて報復に出たな。
教会まで『拒否か値上げ』と言われてしまったのは、先日追放された奴等が原因だろう。商人達は追放されたことを知らないのだから。
若干後ろめたい気持ちになりながら、訪ねた目的を果たすべく言葉をかける。
「あのさ、何とかなる……っていうか、かなり良い方向に持っていけるやり方があるんだけど」
「何!」
がばっ! と勢いよく顔を上げると立ち上がって肩を掴む。
「頼む! 教えてくれ!」
あまりに必死な姿にやや引きつつ、私は先ほどの出来事を話す事にした。
うん、この状況でからかってはいけない。空気を読もう。
「王様に『その言い分を確かめる方法があります』って提案してみたんだよ。私の世界にはこんな出来事が伝わっていてね〜……」
とりあえず美談から。ゴダヴィア夫人の勇気ある行動を話すと、聖人様は大変感動したようだった。
「素晴らしい方だな。民もそのような方のためならば少しでも協力しようとするだろう。……で、それと何の関係があるのだ?」
僅かに首を傾げる聖人様に私はにっこりと笑い。
「これと同じことを馬鹿騎士代表にやってもらうことになりました。勿論、一切の権力を使えず、家の力に縋らず、民に如何なる圧力もかけない……という条件で。つまり公開処刑が可能。ここで教会関係者が盛大にボコったらどう思われるかな?」
聖人様は暫し考えに沈み……顔を上げた時はそれはそれは素敵な笑顔をしてらっしゃった。
「なるほど。罪に問われることがないから盛大に攻撃を仕掛けられるというわけか。しかもそれが他者の目にも明らかならば、教会は連中を疎んじていたという証明にもなる」
「始めに王への忠誠として皆の前で改めて『権力行使をしない事』を誓うから、奴が何を言っても当然無効。しかも治癒魔法担当者と監視役は傍につくだろうから、『聖人自ら怒りの声を上げた』なんて最高のアピールじゃない?」
「でかした、友よ!」
がし! と固く手を握り合う。もはや聖人様に苦悩の影は見られなかった。
これは教会存続の危機ではなく、これまでと決別するアピールの場なのだから!
王家が教会派を無視できなかった理由は『民を扇動される可能性がある』からだ。寄付を盾に民を味方につけられれば、王家としても下手な事は出来ない。信者が多いからこそ、無視はできなかった。
貴族からの寄付が無くなると運営資金の問題が出て来るので、教会としても従わざるを得ない。王家とていきなり教会の運営資金を捻出するのは無理というものだ。
ただし、今回はこれを覆すことが可能なのだったり。
イルフェナと魔導師を敵に回した影響が既に出ているのだ、教会としても共倒れを避けるには連中の味方はできない。信者達とて不正が明るみになったり商人達からそっぽを向かれた事実があるので、寄付のことがあろうともヤバさは理解できている。
何より今回は最強の誘導アイテム『聖人様』がいらっしゃる!
信仰とか正義とかをすっ飛ばして十分過ぎるほどに事態の深刻さを判っているので、感動的な話あり、涙あり、存続のための熱意あり、といった感じで信者を誘導してくれるだろう。
重要なのは正義でも事実でもない、結果だ。
守るべき者達を抱える聖人様は悪魔にだってなるに違いない。
「では、私から少々贈り物を。要らない本とかってない?」
「む? 書物は丁寧に扱うべきだが……これでいいか?」
聖人様は床に積まれていた本の一冊を差し出してくる。片手で持てる程度に厚く、重さもあるので中々良い。
「なんで床に置かれてるの?」
「ああ……追放された奴の一人が所持していてな。外見はまともでも中身は官能小説だ」
「……」
そりゃ、いくら本は大事にと思っても要らんわな。中身が中身だ、破棄するしかないだろう。
「じゃあ、開かない方がいいよね」
そう言って魔石付きの栞を挟み、閉じたままの状態を固定。ついでに強化をして聖人様に渡す。
私の武器候補だったが、今回はこれが最適だ。
「はい、どうぞ。これで熱い思いをぶつけて来い」
差し出された開くことが出来ない本を不思議そうに見ていた聖人様は、私の言葉にその行動の意味を悟ったようだ。
にっと笑い馴染ませるように本を片手に数回振っている。
「いい選択だ。これは武器ではないよな?」
「えー、どう見ても本でしょ」
くすくすと笑い合う私達は間違っても善人や聖職者には見えない。どちらかといえば『裏工作に興じる愉快な悪役』。
ええ、本ですとも。うっかり手にしたまま殴っちゃうだけですよね!
「ふ……はははっ! 見ていろ、これまでの恨みを晴らして決別してやるわっ!」
「お〜、頑張れ! 角でやれ、角で! こう、ガツッと!」
「勿論だとも!」
笑い合う私達にとって教会派の騎士など敵ではない。なぜなら私達の目的はその先にあるものなのだ。
連中の敗北は所詮通過地点。徹底的に滅してバラクシン改善の足掛かりにしてやろう。
詳細は後日の告知ということを伝え、私は部屋を後にする。
……聖人様が笑顔のまま盛大に手を振り見送ってくれたのは言うまでもない。
素直に謝ったほうが遥かにマシでした。