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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
魔導師の受難編
148/696

番外編・ヒルダ嬢その後

忙しかったので、今回は番外編です。

「昨夜はお疲れ様でした」

「そう言うなら味方してよ」

「はは、あの状況でエルを諌めることなどできませんよ」


 夜会(とその他の騒動)から一夜明けて。

 昨夜遅くまで続いたお説教に愚痴を零しつつ、アルと城内を歩く。

 別に遊んでいるわけではない。ある意味、教会派貴族達の行動を探っているのだ。

 私の予想通りの行動をとるならば、魔王様が傍に居ない時を狙うはず。

 かと言って単独行動などできるはずもないので、見た目優しげなアルを連れて囮になっているのだ。

 いやはや、バラクシンの皆さんの反応が楽しいこと! 特にアリサを苛めていた――悪し様に言う事を含む――自覚のできた侍女達は真っ青になって何故か私に言い訳をしてくるし。

 謝罪じゃないよ、あれは言い訳っていうんだ。


『そう聞いていたんです! いつもの噂だと……孤立させる気なんてありませんでした!』


 こんなことを言われて信じるかと言われれば、大抵は否と答えるだろう。

 元凶はアリサが守護役達に囲まれていることに嫉妬したアリサ付きの侍女達だろうが、同調した者も同罪だ。

 侍女として考えれば、世話をする相手から信用されないなど明らかにおかしい。特に異世界人という特殊な立場なら、同性として最も頼れる存在となるはずである。

 それに失敗や悪評を他者に流すなど、侍女としては最低どころか下手をすれば処罰ものだ。それに疑問を抱かず、容易く信じる輩が『悪気はなかった』だと?

 悪意がないなど信じられるはずはないじゃないか。彼女達の言い分は単なる責任転嫁でしかないのだから。


『貴女達が個人的な感情から彼女を嬉々として貶めたことは事実です。バラクシンという国は侍女の教育すらまともにできないのですね? 罪悪感を抱き反省するどころか、この期に及んでまだ自己保身の言い訳しかできないのですから』


 常識がない国なのね、だから他国から縁談こないのよ、恥にしかならないものー……などと地味にいびってやったら涙目で去っていった。

 アルも冷たい目でずっと見ていたので、『縁組したくない常識知らず』という言葉が深く突き刺さった模様。美形の威力は恐ろしや。

 だいたい集団でアリサをいびっていたくせに、この程度でビビるな。

 私は『該当者は敵』という考えを覆すつもりなど一切無いのだから、媚びたり言い訳したりすれば敵認定が強まるだけだ。

 勿論、彼女達の行動は王に報告しておきますとも。軽率な行動をして国に迷惑をかけたと叱られてしまえ! 

 そんなことを歩きながらアルと話していると前方に昨夜見たヒルダ嬢発見。彼女は一人ではなく、傍には男性が居た。なにやら必死に説得している、ような?


「ヒルダ嬢、だよね?」

「そのようですね……込み入った話をしているようですが」

「うーん……助けた方がいい?」

「少々迷いますね。困ってはいるようですが、悪意があるとかではなさそうですし」


 アルと顔を見合わせて首を傾げる。昨夜の行動から私達の中で彼女に対する評価は高い。困っているなら助けてあげたいところだ。

 ……が。

 逆に男性の方が私達に気付き声をかけてきた。

 ……ええと? どなた様、ですか?


「魔導師殿! 良い所でお会いしました、貴女からも説得していただけませんか?」

「は?」

「ちょ……殿下、卑怯ですわ!」

「殿下ぁ!?」 


 男性を批難するヒルダ嬢の声に私の驚く声が続く。

 殿下? 殿下って言ったよね、今。

 思わず男性をガン見する。


「あの〜……失礼ですが、名乗っていただけると助かります」

「おお、失礼しました! この国の第三王子でレヴィンズと申します。普段は騎士団に所属しておりますのでご挨拶が遅れました。……弟が御迷惑をお掛けして本当に申し訳ない」

「私も改めて謝罪させていただきますわ。昨夜の身勝手な振る舞い、どうかお許しください」


 後半は非常に申し訳無さそうな表情になり頭を下げた。ヒルダ嬢も昨夜のことが気になっていたのか、謝罪をしてくる。

 ヒルダ嬢に気にするなとアピールしつつも、私は殿下とやらを観察。

 この人、確かに王や王太子とよく似ている。ただ、随分とガタイがいい上に髪を短くしていることもあって王族というよりも騎士といった印象が凄く強い。

 良く言えば上流階級には必須の腹の探り合いをするような、腹黒さが感じられないのだ。


「それはお気になさらず。私もしっかり報復しましたので。……で、一体何をしていたんです?」


 謝罪にそう返しつつも尋ねると、何故かヒルダ嬢が気まずげに視線を逸らした。

 レヴィンズ殿下はやや困った顔をしながらも事情を話し出す。


「ヒルダに私の婚約者となってくれるよう頼んでいるのです。ですが、彼女は『弟に捨てられた女を妻にするなど殿下の醜聞になる』といって頷いてくれないのですよ」


 ああ……確かにそれは忠誠心の塊なヒルダ嬢らしい言い分だ。

 王命での御目付役とはいえ、彼女はフェリクスの婚約者だった。他国とてそれは知っているだろう。

 そんな彼女が即座に第三王子と婚約したら、周囲はどう思うだろうか。

 特に教会派は嬉々としてヒルダ嬢の存在を第三王子を貶める要素に使うだろう。『弟のお下がり』とか言われそうだ。

 ヒルダ嬢的には自分の存在が王家の汚点となることが許せないのか。

 ただ、殿下を嫌っているとか嫌がっている素振りは無い。


「ヒルダ嬢は殿下が伴侶になることは嫌?」

「そのようなことはございません!」


 試しに聞けば即座に否定。おお、これは脈ありじゃないか?

 だが、やっぱりというか否定の言葉に続いて予想通りの答えが返される。


「私はフェリクス様の婚約者でした。役目を果たせず一方的に婚約を破棄された役立たずなのです。なにより弟が捨てた女を拾うなど、殿下の汚点になってしまいます」


 言っている事は非常にまともであり、相手の立場を思いやる素晴らしいお答えだ。

 だが。


「一般的にはそうかもしれませんが、国は間違いなく貴女を他国へ渡すような真似はしないと思いますよ。そうでなければ王家の汚点を任せたりはしません」


 その言葉にヒルダ嬢はやや嬉しげに微笑んだ。やはり他国の者から認められるのは嬉しいのだろう。

 この人、本当に貴族の鑑だな。イルフェナでも余裕で上層部の嫁候補になれるだろうよ。

 だけど彼女が想うのはバラクシン。その忠誠が揺らぐことはない。


「そうなってくると王家派貴族から婚約者を選ぶ……となりますが、第三王子に求婚された上に教会派とドンパチやらかす第一線な立場の貴女の隣になれるような猛者っています?」

「教会派と揉める第一線……確かにヒルダは昨夜その存在を見せ付けていますね」

「わ、私はそこまで優秀というわけではっ」


 私のあまりな言い方に納得するレヴィンズ殿下、思わぬ評価に慌てるヒルダ嬢。

 アルも似たようなことを考えたのか、思案顔のまま無言。

 いや、現実問題としてあるよね? 少なくとも昨夜の行動を見ていたら間違いなく教会派からは警戒対象に入れられるだろう。

 これまでは女性ということと、フェリクスの御守りだけだったからこそ目立たなかったんじゃないのかね。

 そうなってくると彼女の味方となるような頼もしい伴侶が必要なのだが、ヒルダ嬢を守れるような人ってバラクシンに居るんだろうか?


「ぶっちゃけますとね、貴女が王家にとって最良の駒である以上は貴女自身の強化と守りも必要だと思います。レヴィンズ殿下は最良じゃないですか? 嫌い、というなら無理には勧めませんけど」


 身分的にも立場的にも最良だと思う。何せ王族の妃になってしまえば、ヒルダ嬢の発言権も格段に上がるし人脈も広がる。

 教会派の対抗勢力として、ヒルダ嬢自身が力を得るということだ。

 ただ、女性として幸せかと言われれば無理にとは言えない。穏やかに暮らしたいならば権力から遠ざかるのが確実だしね。

 目の前にレヴィンズ殿下が居ることを無視し、そんな事を続けて言ってみたらヒルダ嬢は……目を輝かせた。何故か。


「そう……そう、ですわね。私が力を得る。そういう考え方もありましたわ! さすが魔導師様です、私自身が彼らの抑えとなる道を示してくださるなんて……!」

「……あれ?」


 がし! と私の手を握り笑みを浮かべるヒルダ嬢。

 おーやー? どうやら彼女の忠誠心に火が付いた模様。もしや、女だからと悔しい思いをしたことでもあったのかい?


「私自身が王家の醜聞となることばかり考えておりました。ですが、それ以上の結果をもたらすことで醜聞を払拭できるやもしれません」

「いや、醜聞はフェリクスであって貴女じゃないから」


 頬を紅潮させて一気に言い切るヒルダ嬢に思わず突っ込む。

 レヴィンズ殿下は……うんうんと頷き「ヒルダならできる! 応援するぞ」などと言って賛同中。

 アルは微笑ましそうにしながらも生温かい視線を向けていた。


 うん、君達は十分お似合いだと思うよ。暴走した時に止める奴が苦労するだけで。


 おそらくレヴィンズ殿下もヒルダ嬢と似たような考え方をする人なのだろう。暗に『王族の妃という立場を利用しますよ』と言っているのだが、それを『許す! 寧ろやっちまえ!』な反応だ。

 私は溜息を一つ吐くと二人に向かってある提案をする。


「では、この場で結婚の申し込みをどうぞ。私が居るから確実に今後の妨害はされませんよ」

「え?」

「魔導師殿、それはどういうことだろうか?」


 首を傾げる二人に、私は自分を指差す。


「私は異世界人ですから複数の国の守護役『達』が居まして。当然情報も私達を通じて他国に流れます。ついでに言うと守護役が居ない国の上層部にも知り合い有りです」

「つまりミヅキの提案を受け入れたということにして行動してしまえば、自動的に他国に伝わります。しかも『魔導師の提案に乗った』ということになりますから、妨害や反対意見はミヅキが潰せるということです」

 

 そうですよね? と聞いてくるアルにしっかりと頷く。

 この婚約は魔導師の後ろ盾がある、と言っているようなものだろう。しかも私の友人達は間違いなくこの組み合わせを祝福する。

 と言うか、私が強制的に祝福をもぎ取ってくるから問題無し。いくら教会派だろうとも、他国の上層部からさえ祝福される組み合わせに文句は言えまい。


「で、ですが、それでは魔導師殿にご迷惑が……」

「いや、迷惑とかじゃなくて他国にとっては判断材料でもあるんですよ。教会派貴族につくか、私につくかという」

「今回の訪問はバラクシンの教会派貴族が絡んでいますから。ミヅキと教会派貴族は現在、明確な敵対関係になっていますからね」


 アルの言葉に二人はやや青褪めた。

 だが、これが現実だ。魔王様を侮辱した連中を私が許すはずはないと、キヴェラの件で直接知り合った人達は理解できているだろうから。

 それに王家と敵対する教会派貴族に他国の上層部が言い包められるとも思えない。

 連中が醜聞云々と言い出しても、ヒルダ嬢の場合は理由がはっきりしているので逆に『教会派が馬鹿なことをしなければそうはならなかったよなぁ?』と返されるだろう。

 そもそも私の知り合いに裏事情を疑わないような奴は居ない。『魔導師のお願い』ということも含めて天秤にかけ、有益な方に味方するに決まっている。

 今回の訪問理由とて知られているのだ、教会派に味方すれば今後私との関係が冷えまくるので敵認定されないためにも祝福して『教会派の味方じゃないよ!』と力一杯アピールするだろう。 


「と、いうわけですので。結婚の申し込みとお返事までやっちゃってください。正式な申し込みはともかく、一応その意思があるという証明に」

「それは……確かに魔導師様の後押しがあるのはありがたいのですけれど」

「いいのかい? 君を利用する形になってしまうが」

「イルフェナ的にも王家が強化される方がいいので問題無しです。ちなみにここまでして断るとレヴィンズ殿下が振られ男ということになりますね」

「「え゛」」


 ぴしっと凍りつく二人。だが、これで断ると『振られ男のレヴィンズ君』は様々な人から憐れみの目で見られるだろう。

 私は『イルフェナ的に歓迎する』のだ、間違っても二人の恋物語の手助けではない。

 どうぞ! といい笑顔で促す私に、強張らせた顔を見合わせて二人は頷きあう。

 そして。


「ヒルダ、どうか私の妻となってくれないだろうか」

「……お受けいたします。レヴィンズ殿下」


 跪きヒルダ嬢の手を取るレヴィンズ殿下にヒルダ嬢ははっきりと応える。

 裏事情さえ知らなければ大変感動的な場面なんだろうなぁ、女性達が挙って噂するような感じの。


「おめでとうございます。我々からも王にお伝えしておきますので」


 にこりと微笑みながらアルが二人に告げると、二人の顔に安堵が滲む。

 まあ、ある意味勝手にやらかしてるもんな。レヴィンズ殿下の様子を見ても独断っぽいし、後押しする存在ができたことは喜ばしいことなのだろう。


「ある意味政略結婚ですけど、お幸せに」


 そう告げるとレヴィンズ殿下が嬉しそうに笑ってヒルダ嬢を抱き寄せる。


「勿論だよ、魔導師殿。想い続けた相手と婚姻できるのだから、しっかりと彼女の今後を支えよう」

「で、殿下!?」

「幼馴染だというのに、彼女は一向にこちらを見てくれなくてねー……」


 何故かレヴィンズ殿下に哀愁が漂っているような気がした。

 アルも同意するように深く頷き『仕事を最優先にする女性は頼もしいですが、時に周囲からの己の評価に疑問を抱きますよね。それほど魅力が無いものかと』などと言っている。


 だから何故そこで揃って私を見るんだ。


 何故、肩を叩き合って励まし合ってるんだ、お前ら。


 何故か仲良くなっている男二人に冷めた視線を向けつつ、ふと一番最初に見た求婚の一幕を思い出す。

 ……。

 そういえばさっきも通常の申し込みは却下、『今後に有利だから』って言い方だと即OK! だったよなぁ、ヒルダ嬢。

 フェリクスとの婚約も彼女にとっては王より与えられた『お仕事』。レヴィンズ殿下も国第一の考え方をする人だから、それにも納得したと。

 それが無くなったから速攻で求婚したのに、今度は『醜聞となるから』という理由で却下されていた。

 そこに個人の感情など無い、ひたすら王族への忠誠があるだけだ。つまり未だに片想いしてるわけですな、レヴィンズ殿下は。

 そうか、そうか、レヴィンズ殿下は『これまで仕事に負け続けた』んだな!? いや、今もだけど。

 幼馴染だろうとも気安い関係にはなれず、『王族の皆様を支える事が貴族としての務め』云々と言われて明確な上下関係という名の壁に阻まれてきたんだな!?

 ちらりと視線を向けた先のレヴィンズ殿下はとっても嬉しそうだ。今夜は泣きながら祝杯でもあげるんじゃなかろうか。

 独り善がりにならないためにも一応釘は刺しておこう。私はヒルダ嬢の味方です、殿下。


「ヒルダ嬢に振り向いて欲しかったら今後努力してくださいねー」

「ああ、勿論。これまでを思えば奇跡のような状況だよ、国のことが最優先だが努力は惜しまない」


 しみじみと語る殿下の様子に自分の予想が間違っていなかったことを知る。

 ヒルダ嬢……貴女は一体、どれだけ男心とやらを叩き折ってきたんだい?

 と、言っても私も善人方向だけで終わる気は無いわけでして。


 い い 事 を 知 っ た。 弄 る ネ タ 決 定。


夜会の翌日に新たな婚約者が出来たヒルダ嬢。多分、悔しがった人々多数。

この二人が恋人同士ならばヒルダは御目付役にはなりませんでした。

時間的にこの話が午前中、そして午後に本編の教会派騎士VS主人公。

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[一言] 状況的にどうしても目立ちにくいが、まとも要員はそれなりにいる。いた。
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