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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
魔導師の受難編
143/696

報告と彼女の言い分

 あれから。

 再び窓から部屋に戻り、扉の前の騎士さんには着替えが終わったとわざとらしく伝えた。これでアリバイは十分だろう。

 その後、報告する内容を考えつつ待っていたら魔王様達とライナス殿下が戻って来た。どうやら彼等は早めに切り上げてきたらしい。ライナス殿下はバラクシン勢への報告の義務を担っているのだろう。

 そして。


「あの……何故そのような状態で報告を?」


 困惑気味に魔王様に尋ねるライナス殿下。そうだね、普通はそれが気になる。

 現在の私の状態はクラウスの膝の上に乗せられ、両腕を拘束するように腕を前に回されている。

 これでイチャついている、というのは無理があるだろう。どう見ても人間椅子による拘束だ。


「膝の上に乗せたのは足が着かないようにする為、念のために両腕も拘束。クラウスを使っているのは転移魔法を使っても即座に反応できるからだよ」

「……。何故、そこまで」

「詳しく事情を聞かなければならないからね」


 笑顔で答える魔王様。何やら威圧が滲み出ているような気がします。

 やっぱりバレてる? 

 普通に『御礼参り』とは思ってない?

 帰ってきたら尋問する気満々だったわけですね……!

 ジト目をアルに向けても苦笑するばかり。拘束しているクラウスの腕をぺしぺし叩いてもシカト。

 おおう……味方が居ない。

 ライナス殿下は暫し呆気に取られていたが、魔王様から「いつものことだよ」と告げられ納得したようだった。何故だ。


「で。一体何をしてきたのかな?」


 『洗い浚い吐けやぁっ!』と言わんばかりに三人――イルフェナ勢だ――から向けられる視線。

 いや、今回は報告しなきゃならないから大人しく話しますって。……間違いなく怒られるとは思うけど。


「教会にも今のあり方を憂えている人が居たんですよ。しかも私の協力者になるような――組織として危機感を抱く人が。彼に協力者になってもらいました」

「今の状況を憂えるというのは判るよ。だけど、だからこそ見ず知らずの君を信頼するのかい?」


 魔王様の疑問、ご尤も! 普通は共犯者にはならないだろう、危険過ぎる。

 ただ……今回はちょっとばかり『普通ではない状況を作って話し合いに応じさせた』だけで。思わず視線を逸らしながらも、正直に御報告。


「……部屋に侵入して押し倒し『聖職者として破滅するか、交渉の席に着くか選べ』と脅迫を」

「は?」

「女に押し倒されてる姿を見られれば終わりじゃないですか、立場的に。善意で協力しろなんて言いませんよ、求めるのは利害関係の一致した共犯者ですし」


 珍しく呆けたような表情になった魔王様――クラウスは知らないが、見た感じ護衛の騎士含む全員だ――は私の言った事を理解すると盛大に顔を引き攣らせ。


「何やってるんだいっ!」

「あたっ」


 手にしていた紙束を丸めて私の頭を叩いた。テーブルを挟んでいなければ紙束じゃなくて手だったろう。

 アルは生温かい視線を私に向け、ライナス殿下と護衛の騎士は馬鹿みたいに口をぱかっと開けている。

 どうやら彼等にとっては予想外過ぎる行動だった模様。よく考えれば彼等は上流階級の人、女が押し倒す云々という状況はあまり聞かないのだろう。……実行する女もそう居ないだろうけどさ。


「君ねぇ……自分が一応女性ということを気にしなさい!」

「魔王様、『一応』って何ですか、『一応』って。ばっちり乙女ですよ!」

「乙女と言うならそんな事をするんじゃない!」


 そう言いきって深々と溜息を吐く魔王様。お疲れなのだろうか……これからが楽しいのに。

 やがて疲れた顔のまま顔を上げると、私に続きを促す。最後まで聞く気はあるらしい。


「それで? 何をして来たって?」

「交渉内容は私が教会に対して行なう報復を活かして欲しいという事ですね。『神の断罪に仕立て上げるから聖人になってまともな人達を纏めて欲しいな♪』という感じです」

「聖人?」


 さすがに先が読めないのか、魔王様は首を傾げる。……あの、ライナス殿下と騎士さん? そろそろ正気に戻っておくれ。


「そのまま魔導師の所為にしてもいいんですが、それだと教会派貴族達には大したダメージにはなりません。それどころか、逆に責任を追及される可能性もあります」

「まあ、そうだろうね。教会は今回の件に関わってはいないから」


 納得できるのか、一つ頷く魔王様。


「だから教会派貴族と癒着している連中を『神という絶対者の怒りを買った者』に仕立て上げようと思ったんです。彼等が教会から罪人として追放されてしまえば、教会がそういった連中の後ろ盾になる事はなくなります。新たな指導者の下に王家に牙を剥く事の無い組織を作り上げるでしょう」


 だが、魔王様は僅かに首を傾げ難しい顔をする。今後の可能性という点では納得できても、現実に可能かを考えるとやや理由としては弱いのだろう。


「そう上手くいくかな? 仮にも上層部の人間だ、滅多な事では追放にならないと思うよ?」

「ええ。ですから『聖人』の存在が必要だったんです。ついでに明確な証拠を残してみました」


 魔王様の意見に頷きつつも、にやりと笑って次の言葉を紡ぐ。


「今宵、彼等は特別棟の最上階に在る部屋で晩餐を楽しんでいました。そこに乗り込んで〆た後、建物を縦に突き抜ける形で破壊」

「ちょ!? 君、何やってるのさ!?」


 ぎょっとして突っ込む魔王様、私をガン見するその他の皆さん。

 多少の被害は想定していても、ばっちり破壊活動をしてくるとは思わなかったのだろう。

 あ、ライナス殿下達が固まっている。予想外過ぎたか。


「その上で連中の顔に黒い文字を転写……証拠みたいなものですね。それから悪魔の霧を充満させ、外に出てから強い光と轟音を周囲に響かせた挙句に教会の一部を破壊。落雷があったような感じだと思ってくれれば結構です」

「……」

「共犯者には事前に私の解毒魔法を組み込んだ魔道具を用意していましたので、一人救助に当たってもらいました。手助けしようにも被害者が増えるだけですし、運び出されてくる被害者の状況も集まった人たちに恐怖を与えたと思います」


 ちら、と視線を向けると疲れた顔をしながらも頷く魔王様。続けろ、ということらしい。


「私は救助する側に混じって一人無事な共犯者を『神に選ばれた聖人』として周囲を誘導、手伝おうとして被害を受けた人は羽が舞い散るエフェクトを出しながら成分を除去。それも神の奇跡だと誘導しました」

「……それだけではないのだろう?」

「ええ。事前に教会の汚職の証拠を渡してありますから、『神を怒らせた理由』として近日中に暴露されます。共犯者の彼がそういった連中とぶつかっていたのは周知の事実ですから、流れは一気に彼の方に行くかと」


 一通り説明し終わって周囲を見ると、全員が何ともいえない表情をしている。魔王様に至っては片手で額を押さえ、溜息を吐いていた。

 証拠隠滅までばっちりですよ、魔王様。何も心配は要りません。

 そう告げると無言で再び叩かれる。……何故ですか! 重要な事じゃありませんか!

 それに。

 これは狸様含むイルフェナ残留組との共同作業なのですが。私だけ怒られるというのも何だか理不尽。共犯者は一杯いるのに!

 ……ここまでは予想外だと思うけど。玩具各種を私にくれただけで大まかな計画しか知らんのだ、彼等。


「魔導師殿……私も君の共犯ということになっているのだが?」


 ライナス殿下が生温かい視線を向けつつ、どこか虚ろに言ってくるので親指をグッと立て。


「お仲間!」

「違う!」


 頑張った! と笑顔を向ければ即座に否定で返される。ちっ、少しは乗ってくれればいいものを。

 護衛の騎士さんに視線を向けると、ぶんぶんと首を盛大に横に振られた。私の味方は聖人(仮)だけか。


「ミヅキ……楽しそうなのはいいんだけどね、君にとってそれは何の利益も」

「ありますよ? 無ければこんな真似しませんって」

「え?」


 その答えが意外だったのか、魔王様だけではなく皆も私に訝しげな視線を向ける。

 まあ、普通に考えれば教会派の弱体化というだけですね。次のトップが王家に牙をむくような人じゃないなら、教会派貴族の後ろ盾にはならないだろうし。


「どういうことかな? 私には何も無いように思えるけど」

「ああ……魔王様の視点だとそうですね。私限定で、と言った方がいいかもしれません」


 私個人には価値がある、ということです。イルフェナの為ではない。

 そう言い切ると魔王様は益々訝しげな表情になった。


「まず今回のポイント。私は魔王様の同行者として来ていますから、魔王様の命令は絶対です。その絶対者が『貴族達を落ち着かせる為に魔導師を部屋に置いてきた』と明言している。しかもバラクシン王もそれを知っており、護衛の騎士を付けています」

「そうだね、それが我々が貴族達に伝えた情報だ」

「この状態では『魔導師は部屋に居る』という情報を疑う事は出来ません。バラクシン王の対処は魔導師を見張るという意味にも取れますし、疑惑の声を上げれば王と魔王様の二人を嘘吐き呼ばわりすることになるのでできないでしょう」


 確認するように視線を向けると、魔王様は軽く頷いた。


「次に教会での私の行動。共犯者は利害関係の一致で動いています。彼は教会派の現状を憂えていましたし、今回の事でイルフェナや私から直接報復を受けるという事になればどうなるか気付いている」 


 これ、重要。『利害関係の一致』で動く人間なのだ、彼は。だから私の提案に乗ってきた。

 聖職者というより、組織の今後を憂える人物……という感じだろうか。教会は孤児院も運営しているから、彼にとっては守るべき者達の為とも言える。


「彼は組織としての今後が何より重要なんです。だからこそ今回は裏切らないでしょう。私の個人的な感情以外は教会が腐敗した部分を排除する切っ掛けを得るだけですから。強制的に協力者に仕立て上げた皆さんは聖人(予定)が誘導するので問題ありません。不正の証拠も後押ししますね」

「裏切りは無いと?」

「ありえません。共犯である以上は彼の身も破滅します。……そんなことになれば組織は混乱し、最悪潰れます」


 ライナス殿下の言葉にはっきりと否定し頷く。彼は優先すべきものが明確なのだ、そこを狙ったので『選ばれた』とも言う。


「そして重要なのが幹部を〆た時の私の状態。幻影を纏って声を本来のものとの二重音声にしていますから、性別や本来の姿がバレていない。幻影は通常会話などできませんから。キヴェラでもそれが実在する復讐者という認識に繋がったと思います」


 『常識が邪魔をする』。今回もそれを使った。

 異世界人は例外なのだと、即座には思いつかない。何故ならこの国にはアリサという前例がある。私に対して見下しがちなのもそれが起因していると私は見ている。


「特に重要な引っ掛けになっているのが魔法です。教会の幹部達は『無詠唱』というだけでは私とイコールにならないのですよ、実際に目にしたことが無いから。魔導師という定義が曖昧過ぎてどんな存在か正確には判っていない。実際、それがキヴェラの敗因にすらなっていますから」

「だが、貴族達は夜会で君の魔法を目にしている。教会の有様を知れば君を疑うんじゃないかい?」

「ええ、疑いますね。それが私の目的でもあります」

「何?」


 意外だったのか、魔王様は視線を鋭くさせ射抜くように私を見た。


「私はこの国のほぼ全てを信頼していません。アリサの件で異世界人に対しどういった認識をするか理解できましたから。反省したところで見下す見方は簡単には直りません」

「まあ……そう言われても仕方あるまい。確かに我々は愚かだった。それは認めよう」


 ライナス殿下と護衛の騎士が気まずげに視線を逸らす。ライナス殿下自身はあれから随分と反省したのだろう。だからこそ、そんな言葉が出て来る。

 だが、私の目的は彼からの謝罪などではない。


「と言っても王族は仕掛けてこないと理解しています。これは私を恐れるというよりイルフェナという国との関係を踏まえてのものでしょう。そして貴族ですが……多過ぎるので判断基準を設けてみました」

『は?』


 全員の声がハモった。さすがに予想していなかったのか、皆が軽く目を見開いている。


「まず全く敵対しない者達。これは先ほどの夜会で私に恐れを抱いた者達の事です。私にとって身分が何の意味も無い事、それに個人として報復する力がある事の二点を知れば手は出してきません」


 まず一つ、というように指を折る。


「次に保守系の考えを持つ者達。教会での情報から疑惑を抱いても、二国の王族の証言に疑問の声を上げることをしない。つまりは自己保身を第一に考え危ない橋を渡らず、王族の権力にも恐れを抱く者達です。魔王様が後見となっている私に喧嘩を売る可能性は低いかと」


 二つ、とまた指を折る。皆は私の話を無言で聞いてくれている。


「最後に教会の情報を得ており、私という存在を知っているにも関わらず探りを入れて来る者達。野心家であり王族の不興を買うことさえ恐れない……抑止力にはならない。逆らうだけの自信と能力があり、私と敵対する可能性も高い。警戒すべきは彼等です。情報が流れた後の動き次第でかなり絞れると思いますよ」


 そう言いきって「これが私の目的です」と締め括れば、ある者は呆れ、ある者は驚愕し……というように反応が分かれた。

 いや、私にとっては重要ですよ?

 イルフェナという国ではなく、『私個人にとって今後警戒すべき対象』という意味だから。

 対象が絞れたら、今後はそいつらが『要注意人物』として認識される。接触を望まれても、今回の態度を引き合いに出して回避可能。

 黒騎士達は情報を集めてくれるだろうけど、それはあくまで『国に対して』という基準。私が標的ならば当然敵も変わってくる。

 次にいつこの国に来るか判らないのだ、それくらいの情報を得たいと思ってもいいだろう。


「……君は本当にこういう事が得意だよね。てっきり個人の感情で報復に赴いたのかと思ったけど」


 複雑そうに魔王様が呟く。ライナス殿下達も魔王様と同じような眼差しで私を見ていた。

 フェリクスや伯爵のように『魔導師』を利用しようとする者が出る可能性があるのだ、自己防衛は必須。

 ……だが。


「え、御礼参りは個人的な感情のままに行きましたけど」

『え゛』


 彼等が思い浮かべるような、一般的には痛ましく思われる事情――感じ方は人其々です。私に悲壮感や苦悩なんて無いやい――だけである筈もなく。

 半分以上が『レッツ、御礼参り!』な気持ちで行なわれたことは言うまでも無い。ついでに貰える物は貰っておこうと思っただけです。

 伯爵〆たところで私個人が得るものって無いんだもの! 巻き込まれた挙句のただ働きですよ、今回。


「折角ですから色々やっておきたいんですよ! 私がバラクシンでここまで自由に動ける機会なんて今後無いかもしれないじゃないですか。いまのうちに除草剤を撒きまくって余計な根は枯らしておきます」

「それで枯れ果てたらどうするんだい!?」

「滅びちまえ、そんな連中。だいたい『仕掛けてくる』っていう前提なんです、その程度で殺られるならどちらにしろ消えますよ」


 敵の情報を得ておきたかっただけです。それ以外の理由はない。

 だって、『面倒だから纏めて〆ればいいや』ってわけにはいかないじゃん?

 ……って、何故また叩くんですか、親猫様!? 子猫の成長を喜んでくれてもいいでしょ!?

腕白な子猫を持つと親猫は大変です。

※活動報告にて魔導師二巻のご報告がございます。

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