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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
魔導師の受難編
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魔導師は暗躍する

 上着とベストだけ脱いでいつもの黒い服にお着替え。そして部屋の窓から脱出後―― 


 現在、教会関係者の暮らす居住棟の壁に浮かびつつ貼り付いております。数人警備の人が居たりしたけど、容易く入り込める状態だった。認識され難くなる魔道具を持っていると言っても楽すぎだ。

 権力があろうとも教会だもんな。さすがに宝物関係の場所は厳重に警備されているだろうけど、幹部でない限りは職員の扱いなんてそれ以下みたい。

 ……まあ、幹部でもない教会関係者を襲った所で意味はなかろう。狙われる心配も無いのが普通か。

 そんな中、私の目的の人物は部屋でお仕事中らしい。黒騎士情報によると彼は若手ながら中々に現実が見えている人物とのこと。立場が幹部に一歩及ばないので上に意見はできても、実力行使は出来ないとか。

 そんな彼を慕う者も多く、幹部連中も彼の意見を煙たく思っても排除はできないそうな。教会派にもまともな人はそれなりに居るらしい。

 彼等はライナス殿下と同じ事を危惧している。これ以上、教会上層部が思い上がれば他国の後押しの元に潰される可能性も十分あると判っているのだろう。

 現に今回は教会派がイルフェナという国に喧嘩を売っている。公表し、バラクシン王家が報復を許せば国内にしか影響力の無い教会なんぞ絶対に負ける。

 バラクシン内部が荒れる事が予想されるので、イルフェナが派手に行動しなかっただけなのだ。多少なりとも隣国の影響は出るだろうしね。

 そもそも宗教が権力を欲する時点で本来の姿とは別方向に向かっているのだが。彼等がしている事は権力を手にする為に信仰を利用しているだけだ。建前だろうと潰す時はそこを突付かれるぞ、絶対に。

 そんなことを考えていると、目的の人物は仕事を終えたようだ。机から離れ……何かを感じたのか窓の方へと向かってきた。私の魔力を感じたのかもしれない。


 そんなチャンスを逃す私ではないわけでして。


「な!?」

「はいはい、静かにしましょうね〜」


 彼の背後に転移し――見える位置ならば可能だ――そのまま床に押し倒す。重力を軽減させれば大して音もせず、下の部屋の住人にもバレない。

 そして私が押し倒した側だ。これ、重要。超重要。

 現に目的の人物は不審者に押し倒されるという事態に思考が追いついてこないようだった。

 ……確かに聖職者、しかも男が自分より若い女性に押し倒されることは稀だと思う。


「このまま人を呼ばれて聖職者として破滅するか、話し合いに応じるか。お好きな方をお選びください?」

「貴様を不審者と告げればいいだけだろう!」

「あら? 私は御覧のとおり若い女なのに? こんな時間に簡単に部屋を訪ねられるとでも?」

「魔術師だろうが!」

「あはは! じゃあ、これを御覧になってくださいな」


 強気なままの彼に私は笑って『光の珠』の詠唱を唱える。当然、発動せず彼は困惑したようだった。

 ちなみに私が覚えている詠唱はこれだけ。似ていても発音に差があるのか相変わらず発動はしない。

 魔法としての意味は無いが、魔術師ではないという証明には効果的なのだ。『詠唱できても魔法の使い方を知らない素人』ってことだからね、これ。

 私の言いたい事が判ったのか、相手は顔を強張らせて固まった。不利な状況を悟ったらしい。


「さて、状況は貴方にとって圧倒的に不利。……ですが、教会の今後を思うならば話し合いに応じる事をお勧めします」

「な、に……?」


 訝しげに首を傾げる彼に向かって最大の爆弾を放ってやる。


「教会派貴族がイルフェナと魔導師に喧嘩を売ったので、下手をすれば教会は責任を問われますよ?」

「な……んだ、と。……いや、やりかねない奴も確かに居るが……」


 目を見開きつつも叫ばなかったのは、驚愕と共に否定できないと頭のどこかで判っていたからだろう。『いつかは起こる』と危惧していたのなら。


「近日中にフェリクス殿下の王籍抹消も発表されるでしょう。……これを機に腐った連中を一掃しませんか?」


 にぃっと笑うと彼は軽く目を見開いた後、暫し悩んだようだ。だが、やがてしっかりと目を合わせてきた。


「条件は?」

「あら、あっさり乗ってきましたね」

「まず君が私に嘘を吐く理由が無い。放っておいても教会が勝手に破滅するだけなのだから。次に君は『自分に何らかの利点がある上で提案をしている』。綺麗事だけならば疑うが、利害関係の一致ならば話し合いの席につこう」

「……期待通りの方で何よりです。そのとおりですよ」


 私は笑って体を起こし、手を差し出して彼も起こす。手を握り返したのは彼なりの信頼の証か。


「では、まず名を……」

「名乗らずに。名前を名乗らなければ『互いを知らないまま』ですよ?」


 名乗りかけた彼を制し理由を告げると、なるほどと頷く。これで魔法で関係を問われても『互いに知らないまま』だ。名前どころか異世界人の魔導師とも教会関係者とも互いに告げてはいないのだから。


「まず、私の希望について。上層部の腐った連中を断罪し、教会の一部を破壊」

「破壊するのか? 一体何の意味が?」


 首を傾げる彼に私は教会上層部の見取り図を広げる。それを見た彼の視線が呆れたものになったがスルー。


「教会の幹部連中って教会の奥から繋がる特別棟に住んでますよね? だから一見、教会が壊されたようにも見えるでしょう?」

「まあ……そうだな。警備の関係上、彼等はそこに住んでいる」


 特別扱いというわけか。この部屋は質素だが、特別棟とやらは豪華な造りなんだろうな。

 警備も彼ら自身の行いの所為……という気がしなくも無い。結界も張られているだろうけど解除できるしな、私。

 なお、この結界の解除は意外と難しいのだとか。私は魔力で織られた編物を解くような感覚だけど、この世界では術式の解除だから難易度が違うと言えば違うのだろう。認識の差だ。


「幹部達を〆る過程で、魔法により特別棟が落雷で破壊されたように見せかけます。被害を最小限に抑えるために各階に縦になるよう魔血石を配置して上から下にかけて亀裂が繋がるようにする、といえばいいでしょうか」


 実際には魔血石を中心に上下に向かって衝撃波を起こすだけである。ただ、縦に並んでいれば床と天井をぶち抜いて繋がり一つの魔法のようには見える。

 これが落雷だと建物自体が壊れかねん。雷が落ちたまま建物が割れるだけ、とはいかないだろう。


「ふむ、それで? 落雷に見せかけるには少々足りないが」

「幹部連中を〆てから音と光を周囲に見せつけるような感じで起こします。同時に教会の屋根を少しだけ壊せば、見ていた人や音が気になった人が教会に様子を見に来るのでは?」

「そうなるだろうな。この棟に住む者達だけでなく、信者達も見に来るだろう」

「そこでもう一つの罠の発動です。『これ』を霧状にして特別棟と教会内部に蔓延させます」


 透明な液体が入ったビンを見せると、彼は表情を険しくさせた。


「毒か!」

「いいえ? 毒ではありませんが似たような効果があります。しかも解毒魔法が効きません」

「は?」


 意味が判らない、と訝しげになる彼を無視して話を続ける。

 毒じゃないよ、調味料。例の『赤い霧』の色を抜いただけ。ただし、毒なんて目じゃないくらいに性質が悪いものではある。

 教会と特別棟は繋がっていますしね? そこを丸ごと覆って悪魔の霧を充満させてやろうじゃないか。

 ある程度蔓延させた上で結界を解除すれば魔導師の暗躍という証拠も残るまい。それに直接〆るのは上層部でも主な者だけなので、特別棟に暮らす全ての者に断罪の体験者になってもらいたいのだよ。


 不正に無関係な奴も居る? 

 勿論巻き添えになるけど尊い犠牲って言うんだよ、それは。


 ポケットから魔石のついたブレスレットを出して彼の目の前に差し出す。

 解毒魔法のみ組み込んだ魔道具は『元の状態に戻す』というもの。これがあれば悪魔の霧も怖くは無い。

 逆に言うとこういったものでなければ、全く効果が無いのだ。調味料って毒とは認識されないものね、普通。


「これに血を一適垂らしておけばほぼ無効にできます。苦しいだけで死にませんし、ここを守っているような警備兵は解毒の魔道具くらい持ってますよね? 解毒魔法を使える人も居ると思うのですが」

「あ、ああ。解毒魔法程度ならば使える者も多いだろう」


 困惑を顔に貼り付けたままの彼の言葉に私は笑みを深くした。

 好都合! 解毒や治癒を試して絶望するがいい!


「これと先ほどの落雷モドキを『神の断罪』に見せかけます。そして貴方は一人影響を受けずに救助にあたり、神に選ばれた聖人として信者を導け!」

「待て待て! 何故そうなる!? 簡単に神の奇跡を信じる者ばかりではないぞ」


 慌てる彼に私はにやりと笑う。彼がびくっと肩を跳ねさせたのは本能か。


「誘導すれば良いんですよ。私が救助に混ざりつつ『あの方は平然としてらっしゃる……まるで神に選ばれているようですわ』とでも被害者達の前で言っておけば信じますって。ただでさえ神を信じてる人達なんだから」

「おおぃ、随分外道な策だな!? お前、神を思いっきり冒涜してないか!? 被害者を利用って人としてどうなんだ!?」

「私の神じゃないから問題無し。利用できるものは何でも利用するのが私の信念です。それに人は時として神に挑むものですよ!」


 ぐっと拳を握って力説すれば、彼は盛大に顔を引き攣らせた。

 人間だもの、結果を出すために足掻くのが当たり前。どんな苦難にも綺麗事を貫けるなら、そいつは聖人かと言いたい。

 そもそも組織として成り立っている時点で暗部はどうしてもできる。

 その結果が王家との敵対じゃないか、敵対者との潰し合いという権力闘争の場に参戦した以上は『信仰は尊いものです』なんて言い訳が通じる筈も無かろう。

 王家VS教会が成り立つならば、私個人VS教会だって当然有りだ。

 今回は私の攻撃方法が権力行使や財力による圧力ではなく、『神の裁きへと仕立て上げた上で内部告発へ誘導』というものだっただけ。

 情報と魔法は使い所が重要です。それだけならば出来る事も限られてくるが、組み合わせれば『対処不可能な罠』へと変貌する。

 宗教にとって神罰や奇跡は信者を誘導する最強のカードだ。民間人だろうとも数の暴力を嘗めてはいけない。


「ば……罰当たりが……」

「自分達が権力を得る為に信仰を利用する連中だって罰当たりだろうが」

「う……」


 黙った。さすがに思う所があるらしい。

 いいじゃないか、これも信仰そのものの価値を落とさないようにする為には必要なんだから。

 霧の被害者――幹部連中以外は完全にとばっちりだ――が苦しむ最中に『何故か平然としている皆に慕われる人物』が『危険を顧みず自分を助けてくれて』、『彼が選ばれた存在であるかのような言葉を聞いた』らどう思うか。

 しかも解毒の魔道具も魔法も効かないのだ、治癒魔法も無駄……落雷も含めまさに神の怒り。それを免れている人物がいるならば、誰だって注目するだろう。

 それに本来特別棟含む教会に張られていた結界が消滅しているというのも、『神の奇跡』で片付けられる。それなりの規模の結界が攻撃を遮る事無く消えているのだ、まるで『神の怒りを遮ることを恐れた』かのように。

 勿論、ここでも信者達を誘導する。魔法が使える人達に『結界は強固なものと聞いております。それが簡単に消えることなどあるのでしょうか?』と周囲に聞こえるよう質問。


 この世界における魔術の常識 + 重要な場所を警備しているプライド


 魔導師の存在を疑わない限り普通は『無理』という一択だ。なお、これは黒騎士達に確認したので本当に無理らしい。複雑なものほど解除に時間がかかるんだってさ。


『通常、結界は術式の解除で成し遂げられる。だが、実行する場合は周囲に注意を払わねばならない』

『なんで?』

『解除している間は結界を張った術者の魔力に触れているも同然だ。短時間ならば大丈夫だろうが、複雑なものになるとそれなりに厄介なものとなる。干渉している奴がいるとバレて攻撃されかねん』


 以上、クラウスとの会話。つまり魔力を使う術式の解除も普通ならば当然警備している連中にバレる。

 襲撃の初手に殆ど魔法が用いられないのも結界に魔力が触れることでバレるから。魔法は基本的に遠距離、ぶち抜く威力が無い限り『仕掛けるよ!』と挨拶しているようなものってことですな。確かに黒尽くめは魔法撃ってこなかった。

 私は『一気に魔力を解いている』ので一瞬なのだ。黒騎士達曰く、融けるように消える感じで衝撃も無いので気付きにくいらしい。

 逆に言っちゃうと魔力を解くだけなので、どんな術式が使われているか調べる事が出来ないのだが。

 調査や解析といった方面では役立たずです。目の前の障害を取り除く為にしか使えないとも言う。

 教会での騒動も通常ならば詳しい調査が行なわれるのだろうが、いきなり起きた異常な事態に個人差が有れど混乱するだろう。そこに『被害を全く受けない人物』という奇跡を目の当たりにすればどうなるか。

 ……被害を受けた者達が神を信じているならば誘導に乗る可能性が高い。仮にも神に最も近い場所なのだ、奇跡が起こっても不思議はない。何より人々は『奇跡を目撃した自分』も誇れるのだから。

 自分を特別視したい気持ちも相まって一気に聖人ルートだと思うのですよ。彼の日頃の行いも後押しするだろう。便利な言い分だな、神の奇跡って。

 話を聞いて唖然とする彼は無視だ、無視。この策は私の立てたもの、彼は一時己の良心を無視して私の駒として動けばいい。

 大丈夫、全力でサポートするから!


「で、混乱する信者達を纏めつつ教会上層部の汚職をバラして『神がお怒りになられたのだ!』とでも言えば納得するんじゃないですか? 被害者は上層部に属する連中と彼等を守っていた警備兵達なんだから」


 そう言って黒騎士情報もとい教会上層部の汚職の証拠を彼に渡す。


「ほ〜ら、これで『知らなかった』という逃げ道は使えませんよ? 汚職の証拠を手にして黙っているんですか? 神に、仕える、立場なのに?」

「ぐ……行動そのものは悪魔の策なのに、結果的には正しいことになるのか」

「諦めましょうよ、組織の維持には汚れ役も必要です」


 きっぱり言い切ると彼は非常〜に嫌な物を見る目を向けてきた。


「……これで望んだ結果にもっていけたなら、私は神に対する考えが変わりそうだ」

「それで私が罰を受けなければ『でかした! よくやった!』と神に褒められたことになるんですね。大丈夫、『神の奇跡』は教会にとっても誇れることですから!」

「いや、褒めてはいないだろう、褒めては! その『奇跡』も仕立て上げられたものじゃないか!」

「あ、修繕の為の費用は教会派貴族から巻き上げるといいと思います」

「せめて寄付と言え、寄付と!」


 中々に突っ込み役が似合っているようだ。でも反対しないという事は策に乗ってくれるらしい。

 さて、教会上層部の皆様? 配下が仕出かした事の責任、きっちり取ってもらいますよ? 

神罰というより悪魔の誘い。

信仰が純粋に心の拠り所というものだったら、主人公は敵になっていません。

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