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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
魔導師の受難編
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大人しくしている筈は無い

 フェリクスの件が一応一段落した後。

 さすがに夜会を放り出すわけにはいかない――貴族達の不安を和らげる意味でも――ので、バラクシン勢と魔王様達は夜会へと戻る事になった。

 フェリクスはサンドラと、カトリーナは単独で部屋に監視付きで閉じ込められている。

 いきなり処罰を言い渡されて混乱している部分もあるだろうという、王の配慮だ。

 これには魔王様も同意した。話し合いにしても本人達が混乱したままでは、説教もろくに頭に入らないに違いない。

 なお、『罪人であることを実感させるために一晩牢にぶち込め』と言った私の案は却下された。

 アル達は賛同してくれたのだが、魔王様的には後の話し合い――と言う名の説教――に支障が出ると思ったらしい。優しさからの発言で無いあたりが素敵。

 サンドラは思う所があるみたいだったし、フェリクスも『母親VS嫁の未来が待っている』という現実が見えた以上は少しは考えるだろう。

 何より彼には寄り添うサンドラが居る。彼女の言葉ならば少しは聞く耳を持つに違いない。

 問題はカトリーナだが……彼女は少々難しい。何せこれまで常に『なりたくなかったのに側室にされた不幸な私』という前提だったのだ。

 それがなくなった……と言うか、自分の信じていた世界を壊されたのだから対処法など即座に思いつかないのだろう。彼女は自分が被害者だと信じていたみたいだし。

 不幸に酔った挙句の我侭放題、彼女の自己設定は『不幸な婚姻をして冷遇されつつも息子の幸せを願う優しい母親』あたりだろうか?

 それが凄まじく現実とはかけ離れた思い込みであることは言うまでも無い。


「放っておけばいいんだよ、そんな風にしたのは伯爵が原因なんだから」


 魔王様はさらっと放置発言。彼女が今後ヒステリーを起こそうが、不幸に酔おうが、幸せになろうが興味は無いらしかった。素敵な王子様は価値の無いものには無関心。

 まあ、王家に関わる立場にいなければ問題無いよね、イルフェナとしては。


「でね? 君は何処に行こうとしているのかな?」


 夜会に戻る皆を見送り「じゃあ、私は部屋に残るんで」と言って背を向けた途端、私は魔王様に捕獲された。

 現在、笑顔で私の襟首を掴んだ魔王様に問い詰められ中。

 いいじゃん! もう私は必要無いし!

 人というより猫の捕獲をしたような魔王様にバラクシン勢は唖然。いつものことですよ、気にしないでください。

 

「月夜が素敵なので夜間の散歩を」

「それは窓から出て行くものなのかな? 出て行く場所が部屋の窓ということは、在室していたように偽装工作したと言っているようなものだよ?」

「教会にとても興味がありまして」

「ほう……?」


 魔王様の笑みがいっそう深まった。同時に掴んでいる手にも力が篭ったような?

 ……威圧が加わったのは気の所為じゃないな、多分。

 暫し魔王様と見つめ合う。間違っても乙女が憧れる雰囲気ではない、どちらかといえば『隙を見せたら殺られる、目を逸らしたら負け』という状態。イメージ的には捕獲された猫が一番近い。

 そして相手が目を逸らさずとも勝利するのが魔王様だった。どのみち私が保護者兼飼い主に勝てるはずは無い。


「素直に吐け、馬鹿猫」

「魔王様、言葉から優雅さが抜けてます」

「君相手にそんな外交術が必要かな? ……で?」


 誤魔化されてはくれないらしい。魔王様の威圧にあてられたか、バラクシン勢も何だか顔色が悪い。

 なお、アルとクラウスはもがく私を『いつものやり取りですね』とばかりに微笑ましく傍観中。バラクシン勢との温度差が凄いな、おい。

 仕方ないと諦め、私は抵抗を止める。そして超簡単に今後の行動を述べた。


「ちょっくら教会派の本拠地に御礼参りに行って来ます。大丈夫! 準備は万端ですから!」

「何が大丈夫なんだい、何が」

「教会の不正の証拠や、やらかしても証拠が残らない報復方法までイルフェナで揃えて来ました! 伯爵の件も含めて黙らせる準備は万端です。あ、協力者は残留組の皆さんで私は実行要員なだけですよ」


 胸を張って言い切ったら魔王様は笑顔のまま暫し固まり、深々と溜息を吐いた。どうやら『皆も共犯』という部分には非常に心当たりがあったらしい。

 一応、他国訪問となるので魔王様(と護衛のアルとクラウス)は出発前は城に居る事が多かった。その間に私は寮の食堂で皆ときゃっきゃっと悪企み。

 今回ばかりは誰も止めない。『やらかして来い、災厄!』とばかりに協力的。


「勿論、バラクシン王家にとって迷惑にはなりません。結果だけを見ればかなり良い方向に行くと思いますよ」

「だからって……だからってねぇ……っ」

「知らなきゃいいんですよ、魔王様。教会派が魔導師に喧嘩売った事は事実なんですから」


 この場で口にする気は無いが、教会や関係者が暮らす居住棟の見取り図をくれたのはレックバリ侯爵だ。

 何故そんなものを持っているかと聞いたら『いつか使う時がくると思ってなぁ』と笑顔で返された。イルフェナにとっても教会派は警戒対象だったわけだ。

 それにクラウス抜きにしても黒騎士達は彼の同類。いい笑顔で手渡された情報各種は私が有効活用してみせるとも!

 なお、白騎士達も家と懇意の商人に連絡を取って教会派貴族との取引の妨害工作をしている。

 商人達に異世界の料理としてスイーツを手土産に渡してもらい、『量産は出来ないが個人的になら融通するよ』と伝言を頼んだらあっさりと協力に頷いてくれたそうだ。

 異世界の料理を手にする繋がりができるというのは彼等にとっても魅力的に映ったのだろう。取引相手が貴族の場合は振舞うだけで相手に好印象を期待できるし。

 地道な嫌がらせだが、あの寮に居る連中が大人しいはずはない。率いているのが魔王様だ。

 何より主犯が私こと異世界人の魔導師。今回の被害者です、ひ・が・い・しゃ!

 文句を言えるものなら言ってみろ。『滅ぼすよりマシでしょ?』と上から目線で言い返してやる。

 まあ、今は詳しい事は黙っていよう。魔王様達も『ああ、残ってる連中が情報与えたか』程度にしか思ってないだろうしね。

 話したら間違いなく『ちょっと御礼参り』で済まないと思われ不発に終わる。それは虚しい。


「魔導師殿……我々も聞いているのだが」


 ライナス殿下が諦めたっぷりに言ってくる。その他の皆様は未だ硬直中。


「ある意味、王家のためですよ?」

「……。判った、私が共犯ということになろう」

「あら、いいんですか?」


 暫し考えた後の意外な申し出に聞き返せば、ライナス殿下ははっきりと頷いた。


「君は確実に望んだ結果を出すのだろう? ならば何も問題はない。……私も教会派はそろそろ痛い目を見るべきだと思っていてね、彼等は一度自分達の立場を自覚すべきだ」


 その答えに私は目を眇めた。ライナス殿下はどうやら私と同じ結論に達していたらしい。


「教会ってバラクシンでは王家に影響力ありますけど、他国からしたら一国の宗教団体でしかありませんよね」

「そのとおり。思い上がっているんだよ、彼等は」


 王家はどんな国でも最上級の扱いをされる。特別なのだ、国を違えても。

 だが、教会は違う。この大陸中に信者が居るとかなら話は別だが、基本的に宗教系は国ごとなのだ。

 そんな思い上がった彼等が今後他国の王族や貴族と対等だとばかりに振舞えばどうなるか。

 ライナス殿下はそれを危惧していたのだろう。だからこそ、私の報復を推奨し共犯という立場になろうとしている。


「今回の事とて伯爵の思い上がりが原因だ。教会派の貴族が今後大人しくしているという確証は無い……ならば『教会派は魔導師の怒りを買った』と認識されるのも手だと思ってね」

「あら、私を利用しますか」

「利用? 共犯者と言って欲しいね」


 片目を瞑って茶目っ気たっぷりに言うライナス殿下。どうやらフェリクスの事で色々と吹っ切れたらしい。

 そういや、この人も教会派の被害者だっけ。これ以上被害者を出さない為にも行動すべきだと思ったのかもしれない。

 それを見ていたバラクシン王は軽く目を見開いた後に小さく笑った。


「エルシュオン殿下、我々はそろそろ夜会に戻ろう。魔導師殿は部屋に残られるようだからな。なに、騎士を扉の前に置くから心配は要らん」

「……宜しいのですか?」


 意外そうに魔王様が問い返せば、バラクシン王は何故か楽しげに笑う。


「何がだ? 我々は『何も知らない』。そうだな、ライナス?」

「え、ええ。そのとおりです」


 若干驚きながらも頷くライナス殿下に、王は満足そうに頷くと魔王様に向き直る。


「聞いたとおりだ。何の問題もない」


 そうして視線を騎士の一人に向けると、彼は頷き私の傍に来た。見送る側、ということらしい。

 魔王様も溜息を吐いて手を離すと、少々乱暴に私の頭を撫でた。


「気を付けるんだよ」

「了解です」


 気分は飼い主に頭を撫でられる猫。呆れようとも私を案じてくれる姿勢は変わらない……相変わらず魔王様は良い保護者。

 親猫様です、飼い主様です。たまに張り倒されるけど。

 それを見ていたバラクシン王がなんだか羨ましそうだったので、代わりに私がライナス殿下の頭を乱暴に撫でてみる。


「ま、魔導師殿!?」

「いや、何だか羨ましそうにしてる人がいるので。たまには素直になった方がいいですよ? 彼らは家族として接したいのに拒絶しているようなものじゃないですか、貴方の頑なな態度は」

「……! そ、うか。私としてはそんなつもりはなかったのだが」

「必要以上に構うのも距離を埋めたいからじゃないですかね?」


 ちら、と視線を向けた先では王と王太子殿下が『そのとおりだ!』とばかりに頷いている。こればかりは徐々に改善していくしかないだろう。だが、切っ掛けは出来たようだ。

 ……ライナス殿下は髪を整えてくれている王の手を大人しく、やや呆れたように受け入れている。王の立場重視で恐縮しないだけ進歩だな。

 やがて彼等は夜会へと戻って行った。アルとクラウスがこちらを見て軽く頷いたので、魔王様の護衛と私の偽装工作は任せろということだろう。

 さて、私もさっさと行動せねば。


「着替えをしているかもしれませんから、呼ばれて即座に反応できなくても心配しないでくださいね? 勝手に扉を開けたら怒りますよ?」

「承知致しました。そのような真似をすれば危険でしょうしね」

「あら、着替えを覗こうとする輩に手加減は無用です!」


 わざとらしく言えば騎士のお兄さんは苦笑しながらも頷く。

 ええ、女の着替えって時間がかかりますからね! 中から声をかけるまで入っちゃいやん。

 条件反射で魔法をぶっ放されても相手が悪い。女の敵、私の敵です。

 そして私は部屋に入り鍵をかけた。


 うふふ……うふふふふ……! 

 さぁて、今回の(私的に)メインイベントですよ! 

 前回ライナス殿下を探りに寄越した事といい、随分と調子に乗っているみたいじゃないか。お馬鹿さんなんだからぁ!

 ……。

 ……イルフェナ嘗めてんのか、コラ。

 いや、嘗められてるのは私か? 災厄として失格か? 確かに直接被害を齎した事は無いけどさ。


 そうか、そうか、そんなに私と遊びたかったのか!

 お誘いに気付かなくてごめんね!


 今回は白と黒のお兄さん達に加えて、狸さんまで『玩具』を用意してくれたんだよ、嬉しかろう! 

 お兄さん達は楽しく遊んだ御土産話を楽しみにしてるから頑張ろうね! 


 さ あ 、 私 と 遊 び ま しょ ……?

 

性質の悪い連中が大人しくお留守番している筈はありませんでした。

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