休憩中にも裏方作業
涙を流すサンドラ嬢を慰めるフェリクス。
だが、現状はそれを許すほど甘くは無い。
「……夜会に参加する以上は陛下への挨拶は当然の義務だろう。早く行くがいい」
厳しい表情のままにライナス殿下も二人に促す。
それを漸く理解できたのか――周囲の反応から判断したとも言う――強張った表情のまま頷くと二人は王の下へ歩いて行く。
それを見送ってからライナス殿下は再び私達に頭を下げた。
「すまない、あれほど常識が無いとは思わなかった」
「御自分に素直な方なのでしょうね」
アルが無難に返すとライナス殿下は深々と溜息を吐く。
フェリクスの置かれた環境は特殊であり、同情すべき点もあるだろう。だが、王族の一員と認め家族として躾けようとしてくれた人達は居たのだ。
その声を無視しておいて被害者面はできない。何より、世間はそんな裏事情よりも『無能な王子』としてしか扱わないのだから。
「……ライナス殿下。私ね、貴族の礼儀作法とかよく判っていなかった時にいきなりゼブレストへ送られたのですよ。今から思えば無茶苦茶です、国の後見とゼブレスト王の保護があると言っても全てが許されるわけではない」
魔王様の教育はイルフェナでさえ無茶苦茶だと言えるものだった。
だが、それは私が魔導師だったから。
今後の事も踏まえて『どういった教育が最善か』を考えた果てのものだった。
「求められたのは結果です。だから私は自分だけではなくあらゆるものを利用した。……他者を蹴落とす事を躊躇わなかった。結果を出す為、もっと言うなら自分を守る為に必要だったから」
「……」
ライナス殿下は無言。状況は違えど彼もまた己が在り方を決めたゆえに、他者を黙らせてきた過去があるのだろう。全ては己が定めた主の為。
「隙を見せれば落命する状況なのです、礼儀作法とて身に付けるよう必死になろうというもの。だからこそ私は今の私で在れた。誰かを蹴落としてでも自分を選べるようにもなりました」
「……それに後悔はないのかね? 外道と呼ばれようとも、誰かから敵視されようとも」
「おかしな事を言いますね。どう頑張っても私が異世界人だという事実は変わらないのです。周囲に理解を求める方が間違いなのですよ。その事に落ち込むより、私は異世界人である事を好き勝手できる大義名分だと誇ります」
『異世界人ならではの知識があり、学ぶ事でこの世界の知識すら併せ持つ』ことと『ゼブレストへの貸しと人脈』。その二つこそ魔王様が私にくれた最大の武器。
先生が言った『周囲に馴染むよう努力しろ』という教えも重要だが、時と場合により異世界人ゆえの知識は他者を圧倒するものとなるのだ。
要は使い所や見せ方の問題。私やグレンはこの世界の常識を踏まえつつ異世界の知識を利用したからこそ、強者なのだから。
魔王様は私をゼブレストの後宮に放り込むことにより、マイナス要素にしかならない事実が利点に変わることを教えてくれた。それは『私自身に価値をもたせて、この世界での立場を向上させる』ということでもある。
私がそういったやり方を身に付けることが必須とはいえ、今の状況は異世界人としては異例だろう。魔導師ということもあるだろうが、何かを依頼されても拒否できるのだから。
イルフェナの王族という自覚のある魔王様からすれば破格の対応と言えるだろう……国に被害を齎さないようにするならば知恵も強さも不要、魔王様自身の立場を重視するなら手駒とすべく飼い殺すはずだ。
「私は自由を与えてくれた魔王様に……それを許してくれたイルフェナに感謝しているのです。今回の事件、魔王様が望むのならば理想的な決着に向かわせてみせますよ?」
「大した忠誠心だな」
「忠誠? 日頃から毛皮に包んで守ってくれる親猫の為に牙を剥く事は当然じゃないですか。何よりその選択は自分自身で決めた事……どんな結果でも背負うのは私です」
飼い慣らされたと言うならば言った奴を笑ってやろう。立場を忘れる事無く、それでも守る事がどれほどの人にできようか。
少なくとも綺麗事を並べる奴には理解できないし、魔王様と同じ立場に在る者は背負うべきものが増えた事を賞賛すると共に呆れるだろう。――使える手駒に選択権を与えておいていいのか、と。
そして私は自分語りの為にこんな話をしているわけじゃない。放っておけば諌められなかった事を己が責任のように捉え、背負い込む人が居るからだ。
『自己責任』。異世界人でさえそれが当て嵌まる。魔王様の教育は『やる気が無ければ愚かなまま』という選択肢を強制的に消したもの。そういう意味では私は王族に通じるものがある。
『魔導師だからこそ、そのままにはできない』と魔王様は言った。それは王族も同様。
無能であれば国の弱点となり、存在すら危うい。だからこそ必要な事を学び、迂闊な言動を慎むのは本人の為なのだろう。
フェリクスはそれを学ぶ機会を自分の意志で拒絶してきた。ならば結果を背負うのもフェリクス自身。
「フェリクスは……もうやり直す事はできないんだな」
ライナス殿下は正しく私の言いたい事を察したらしい。
どこか寂しげに言って俯くライナス殿下にアルは頷く。
「今回の事は国同士の問題です。『知らなかった』のではなく『知ろうとしなかった』、もしくは『忠告を拒絶し続けた』。同情の余地はありません、あるとするならば彼等の今後を期待する事ではないでしょうか」
「それは……フェリクス達の先を望むということなのかね?」
「ええ。それ自体が罰と成り得ますから」
アルの言葉にライナス殿下はやや安堵を滲ませた。逆に言えば『イルフェナが処刑を望むことは無い』と断言したようなもの。別の形でやり直す機会が与えられると言っているも同じなのだ。
……まあ、フェリクス達にとっては死んだ方が楽かもしれないが。
そしてその決定を下したのは魔王様。フェリクス達から見れば厳しい断罪者だろうとも、他者から見るならとても優しい決定だ。
おそらくはフェリクスだけではなく、バラクシン王やライナス殿下の心情を思い遣ってのことだろう。
「なるほど、それではどれほど酷い目に遭おうともフェリクス達は生き長らえるのだな。随分と難しそうだが、魔王殿下に懐いている魔導師殿はその状況を作り上げるのか?」
「その程度できなくては『災厄の代名詞』として情けないでしょう? 不可能の一つや二つ可能にできなくてどうします」
にやりと笑うとライナス殿下は呆れたように笑う。それは珍しくも憂いの無い、やや幼く見えるようなものだった。
……後でお兄ちゃんに私の記憶を見せてやろう、とひっそり思ったのは秘密。
※※※※※※※※※
「ところでね。この夜会があの二人の為に整えられた舞台ならば邪魔者は要らないと思わない?」
「……心から賛同しますよ、ミヅキ。それに保護者には後でしっかりと話をしなければなりませんしね」
唐突に話題を変え、にこおっと笑った私にアルも笑顔で頷く。勿論、それは『素敵な騎士様』の笑みではない。本当に楽しげな笑みなのだ。
怪訝そうな表情になったライナス殿下は私達の様子に益々首を傾げた。
「ふむ……保護者、というと兄上か? それとも母親の方か?」
「いえいえ、『優しいお爺様』とやらですよ。学芸会モドキの安っぽい舞台ですが、自分の好む筋書きでなければ認めないような保護者は要らないじゃないですか」
「逃げられても困りますよね。ここは別室にて待機していただくのが最善かと」
「そうよね、特別待遇で終幕まで待っていてもらいたいわ」
特別待遇ですとも、その後に魔王様との保護者面談が待ち構えているのだから。私という異世界人を知ってもらう機会を設けなければ話が通じまい。
どちらにせよ元凶が無事で済む筈はなかろう。今回の事では罪に問えないが、無傷という選択肢など存在するわけがない。
「と、いうわけで誘き出してくださいな」
「は!?」
ぽん、と片手をライナス殿下の肩に置く。
「是非とも御願いします。そうですね……嫌そうにしながら『魔導師がフェリクスの事を不快に思っている。優しいお爺様ならば謝罪に行ったらどうだ』とでも言えば十分かと」
更にアルが反対側の肩に手を置く。ライナス殿下は私達の目的を察し、自分も協力者という立場に置かれようとしていることに顔を引き攣らせる。
「そ……それでは逃げられるのでは?」
「大丈夫ですよ。フェリクスの事をわざわざ謝罪するなんて株を上げるチャンスじゃないですか。好感度を上げたければ絶対に来ますね」
「私もそう思います。彼の目的を考えれば、フェリクス殿下抜きの状態で話し合いに持ち込める絶好の機会でしょうね」
現在、参加者達の視線はフェリクス達をそのまま追って自国の王へと向いていた。しかもそこには魔王様とクラウスも居るのだ、私達が更に隅に移動した事もあって人々の興味は向こうへ移っている。
私達への視線が皆無というわけではないが、ライナス殿下が頭を下げたり申し訳無さそうな表情をすることもあって『まだ謝罪してるんだ』程度の認識。
「大丈夫ですよ……『私達が何をするか知らなければいい』、いえ『見なければいい』んですから」
優しい眼差しでライナス殿下を見つめて言えば、アルがそれに追従する形で畳み掛ける。
「我々の行動は王に許可されております。……ご迷惑はお掛けしませんよ?」
言葉だけなら丁寧なのだが、視線は『さっさと行って来い』と強制している。
しかもアルが言っていることは事実なのでライナス殿下に逆らうという選択肢は存在しない。
「わ、判った。事情を知る騎士に部屋を確保させよう」
「御願いしますね。私達はそこのテラスで待っていますから」
そう言うと顔を引き攣らせたライナス殿下と別れてテラスへと足を進める。これでも一応年頃の男女、暗がりで愛を語り合うカップルは珍しくは無い。
……まあ、私達は愛を語り合うのではなく、敵をボコる共同作業の場というだけなのだが。
ロマンスを期待する皆さんには申し訳ない展開だが、暗くて人目につかない場所って犯罪の犯行現場になりがちだよね、普通。
その後。
ライナス殿下の言葉にのこのことやって来た元凶――本人が名乗ったし、近くに居た騎士も確認している――がどうなったかといえば。
「ぐ!?」
やって来て名乗るなりアルに鳩尾を殴られ昏倒した。確かこれって痛みで気絶するんじゃなかったか?
「アル、ムカついてるからって結構手加減無くやったでしょ」
「ミヅキも膝を入れてませんでしたか?」
「こっちに倒れこんでくるから、つい」
「ならば仕方ありませんね」
後ろを向いていた――見なけりゃいいのだ、見なけりゃ――騎士達は顔を引き攣らせて沈黙。ライナス殿下にこれから起こるであろう事を聞いていても、半信半疑だったらしい。
大丈夫! 死ななきゃいいんだ、死ななければ!
今だって治癒魔法かけてるから最終的には若干疲れて気を失っただけだもの!
「……あの、魔導師殿? 何故、御連れの方共々未だに踏みつけてらっしゃるのでしょう?」
ぐりぐりと二人して倒れた背中を踏みつける光景に騎士達は顔色が悪いまま、問い掛ける。
彼等とて生活があるのだ、犯罪者の手助けは拙いと思っているのだろう。
「個人的な感情の問題です」
「彼は元凶ですので。我々が直接手を下せるのは今しかないのですよ」
「基本的にイルフェナの代表者とバラクシンの王が『話し合い』で決着をつけるしか無いものね」
「ええ。ですが、我々とて国ごと侮辱されて笑って許せる筈は無いのです」
にこにこと笑いながら作業する――現在は簀巻きにして蓑虫化――私達に騎士達は何かを感じ取ったらしく再び顔を背けた。
うふふ〜、異世界人凶暴種と称される私が口だけで済むものか。
私を利用しようとして只で済むとは思うなよ? これは単なる身柄の確保だからな?
逃げるなら言い訳する前に捕獲すればいいじゃない!
魔導師だもの、普通じゃないのが当たり前!
蓑虫が出来上がると黒騎士との共同制作の作品を括り付ける。御存知、悪夢の定番品ナイトメア。気を失いつつも異世界の素晴らしい技術を体感できるという優れもの。
「あの……何やら魘され出したのですが」
「まあ、酷い! これは私のお気に入りの異世界の技術なのに! ……ああ、馴染みが無いから怖いのかもしれないわね?」
「なるほど、そういうわけでしたか」
「ええ。魔法の無い世界だから、この世界の常識とは少し異なるの」
安堵の表情を浮かべる騎士には悪いが、嘘を言っている訳でもない。単に私が『異世界産のホラーゲーム大好き』だっただけである。
が、ゲームと割り切っているからこそ恐怖も遠いのであって、現実との区別がつかなければ相当怖いとも思うのだが。
ある程度の耐性があればとっても楽しめたのだよ、ホラーと言っても恐怖とは別方向の楽しみ方もあったのだから。テーマに沿った参加者募集とかあったし。
『突如ゾンビと化した人々が群を成す町を脱出する』という『お約束』なものだろうと、オンラインで共闘可能ならばお遊び要素も当然有り。恐怖や敵を倒す爽快感が全てではなかったのだ。
参加にはコスチュームチェンジによる白衣着用が条件の『闘うお医者さん』――ゾンビ化を病気と捉えたわけですね――やら、サバゲーチームが丸ごと参加し作戦を展開する『特殊部隊VS』やら、『初心者歓迎! 初期武器でGO!』などといったネタ方向に走る奴も続出し、ホラーとは程遠い方面で受けたりもした。
なお、私が参加した『初心者歓迎! 初期武器でGO!』は初期武器がホラーゲームでは馴染み深い鉄パイプだったが為に『暴徒VSゾンビ』『人間の方がヤバイ』などとコメントされていた。……確かに数の暴力が加わると人間の方がヤバイかもしれない。
まあ、ともかく。そういった方面も好んだ私の記憶を基に作られた悪夢は当然アンデッド系が自分に向かって来るというものでして。
「く……来るなぁっ!」
伯爵は盛大に魘されていた。夢の中だろうと闘う意思を持てよ、男だろ?
黒騎士達は大絶賛だったんだぞ!? 即座に続編を希望するくらいには。
「あの、本当に大丈夫なのですか……?」
「大丈夫です! さっさと部屋まで運んでください。見張りも御願いします」
「は、はあ」
事情を察しているであろうアルも微笑んだまま無言。伯爵を足げにしていた行動こそ本来の彼の心境だ。
伯爵の背中にはっきり靴跡が付いていることなど気にしない!
「それでは後は我々に御任せください」
「御願いしますね。我々も役目を全うせねばなりませんので」
「……御願い致します」
最後に深々と頭を下げると、騎士達は伯爵を連れて去っていった。
さて、邪魔者も隔離されたし夜会会場に戻ろうか。そろそろフェリクス達が私達を探していると思うんだよねぇ?
表面笑顔で内心般若。伯爵、あっさり捕獲。
※活動報告にて重版決定のご報告をさせていただきました。