魔導師と騎士はじっと待つ
突然現れたイルフェナ勢にバラクシンの貴族達が何も思わない筈はなく。
興味深げに向けられる視線と囁かれる声。
私達の立場が『魔導師とその護衛』なのか『二人とも魔王殿下の護衛』なのか判らず、周囲は声をかけあぐねているらしい。
まあ、そうだろうね。私達がお仕事中だった場合は自分の印象が悪くなるもの。
特に私が噂の魔導師だった場合は怒らせれば命の危機。直接接した事が無い人が大半なのだ、噂を信じるならば慎重に行動するだろう。
「さて、あの方々がいらっしゃる前に周囲の評判程度は聞いておきたいのですが」
アルは笑みを崩す事無く周囲を窺っている。フェリクス達はやはりまだ来ていないらしい。
「そうね〜、でも他国の人間相手に容易く本音を口にするかな?」
「そういった可能性もあります。ですが、先ほどのことを今まで繰り返してきたのならば敵は多いかと」
「あれは、ねぇ……」
思い出すのは侍女と令嬢の遣り取り。令嬢が社交的な性格であり、それなりの身分を持つ家の生まれならば敵の数は一気に膨れ上がる。
友人だけではなく取り巻きや家同士の繋がりがある者までいるのだ、それを理解していれば敵対行動は取らない筈。と、いうことは……。
「彼等の敵は多いでしょうね、殆ど自業自得だけど」
「本当に貴族として当然のことすら理解できていらっしゃらないようですね」
にこやかに話しつつも私達の二人に対する評価は底辺だ。冗談抜きに『周囲の風当たりがきつい』どころか『喧嘩を売りまくって孤立』という状態じゃなかろうか。
「失礼致します。……アルジェント殿、お久しぶりですな」
品の良さそうな御夫婦が控えめにアルに声をかけてきた。年齢的にアルの御両親あたりの知り合いなのだろうか。アルも彼らを目にすると軽く会釈し挨拶を交わしている。
「御久しぶりですね、ベイル御夫妻」
「皆様、お元気ですかな?」
「ええ。暫く会ってはいませんが変わりありません」
……アルの態度からして割と親しい人のようだ。歳下のアルに対しても礼を崩さない誠実な態度な上に悪意は感じられない。夫人もにこやかに二人を眺めている。
そんな風に観察していたら不意に二人の視線が私に向いた。
「ミヅキ、こちらはベイル伯爵御夫妻です。父の学友で長い付き合いの方なのです」
「ふふ、若い時にイルフェナに留学しましてな。随分と面倒を見てもらったのですよ」
なるほど、そういった繋がりか。今まで付き合いがあるくらいなのだ、バシュレ公爵とは友好的な関係を築いているのだろう。何より媚びたり探るような雰囲気は全く無い。
「初めまして、ミヅキと申します。先ほどから噂になっている異世界人の魔導師ですよ」
自己紹介と相手の反応を見る為にさらっと暴露すれば、ベイル伯爵は僅かに目を見開き……それはそれは嬉しそうに頷いた。
……? 何故だ、何その反応。
「おお! バシュレ公爵から聞いておりますぞ、漸くアルジェント殿に想い人ができたと!」
「え、そっち!? 魔導師とか異世界人ではなくて!?」
「いやいや、私が言うのもどうかと思うのですが……バシュレ公爵家の皆様はその、個性的ですから」
言いつつもアルからやや視線を逸らすベイル伯爵。嘘が吐けない人のようだが、事実をこの場でぶっちゃける勇気も無いのだろう。
そこは素直に『変人の産地だよね、イルフェナ』と言ってくれていいよ、ベイル伯爵。
つまりバシュレ家三男の好みは他所から見ると『何その理想の女性像。実在するのか、それは』という認識だったわけですね! さすが付き合いが長いだけあって特異性を理解していた模様。
……好みのタイプを知ってても誰も紹介できんわな、該当者居ないだろうし。
「聞いた時には妻共々冗談かと思いましたからなぁ。個人的な好みでも難しいでしょうが、それに加えて信頼関係を築ける実力者となると……」
難関過ぎるでしょう、と続けるベイル伯爵。どうやら狭き門過ぎて婚約すらしない言い訳だと思っていたらしい。
確かにそれだけ聞いていると理想の女性像とは思わないだろう。どちらかと言えば忠実で使い勝手の良い駒の募集だ。
「それが一般的な認識じゃないですかね」
「やはり……意図的に狙ったわけではないのだね?」
「前者は捕獲されかかった事が原因です。『素敵な騎士様』像は一日もたずに崩れ去りました。後は魔王様の教育の副産物というか」
本音トークを続ける私に御夫婦はうんうんと頷いている。おお、一般人の反応だ。
やっぱり本人達を知っていると『守護役は魔導師溺愛』という噂は不自然だと感じるのだろう。どう考えても『利用できる有能な人材確保』の方が納得できるもん、それも嘘ではないし。
しいて言うなら現状は立場優先が絶対条件の友人関係が一番近い。個人として信頼がある者同士の利害関係の一致は素敵な絆。
「彼女は他の守護役達とも友好的な関係を築いているのですよ」
さり気無く私の腰に手を回しつつ――周囲にフェリクス達と比較させるつもりだろうか――私達の繋がりを主張するアル。
想い人と言いつつも『我々の有能な駒です』アピールは欠かさない。守護役達は国が最優先の騎士、『友好的』という言葉が単純に『仲が良いお友達的な付き合い』とイコールになる筈がないのだ。
尤もそれは逆の意味にもとれる。『この子に何かしたら我々が出てきますよ』という警告だ。
それを聞いた御夫婦は頷きつつも、感心と哀れみが混ざった目で私を見る。『やっぱり駒じゃん!』とか思ってそうな表情だ。
……奥方様、さり気無く両手で私の手を握り「頑張ってね」とはどういう意味の激励ですか?
「ところで……少々お尋ねしたい事があるのですが」
「おお、何かね?」
「率直に伺います。フェリクス殿下とその婚約者の御令嬢は御二人から見てどういう方でしょう?」
直球過ぎるアルの質問に御夫婦の顔が強張った。そこを透かさず私が追い打ちをかける。
「実は夜会の前に少々信じ難い光景を目にしたのです。侍女が主らしき女性を庇いつつ、どこかの御令嬢に食って掛かっていまして。身分的にはありえない状況ですし、特殊な立場の方なのか伺ったところ『フェリクス殿下の婚約者』だと」
それを聞いた伯爵は苦々しい表情となり、奥方は深々と溜息を吐いた。隠しとおすのは無理だと理解できたらしい。
やがて伯爵は溜息を吐きながら口を開いた。
「それはサンドラ嬢と彼女の侍女でしょうな。まったく、己が立場の危うさを未だ自覚できていないのか」
「フェリクス殿下が侍女の行動を諌めるどころか褒めているのですよ。私達も幾度と無く諌めているのですが、聞く耳を持たないばかりか益々頑なになってしまって」
どうやら諌めてくれる人も居たらしい。それを彼女達が否定的な意味で受け取っているのだろう。
おいおい、これは孤立しても仕方ないだろ? 明らかに彼女達が悪い。
「昔からフェリクス殿下は母親に甘やかされておりまして。王族としての自覚が無いばかりか、感情で物事を考えるようになってしまっているのです」
「……御令嬢との出会いも教会が運営する孤児院だったそうですわ。あの方達は今の状況を物語にあるような、恋人達が苦難に立ち向かう一幕のように思っているのではないのでしょうか」
「さすがにそこまで現実が見えていないということは……無いと思いたいが」
奥方様、大・正・解! 間違いなくフェリクスは現実が見えてない。
しかも私に『魔法使い』の役を振って来ましたよ! 何というミスキャスト……!
彼等の愛読書はきっと『王子様は心優しい娘と幸せに暮らしました的な御伽噺』。次点でロマンス小説か何かだな。参考にするものがあまりにも現実とかけ離れているし。
温厚そうな御夫婦なのだ、これでもかなり柔らかく暈した言い方なのだろう。国の内情暴露に該当する事を口にするのも『それが隠されていないから』。
目撃されている以上は下手に誤魔化すより柔らかい言い方で伝えてしまった方が傷は浅い。
この二人でさえこれなのだ、敵対している人達はどれほどの不満と怒りを募らせている事か。
「御安心を、御二方。明日よりその悩みも消えますよ」
にこりと笑ってそれだけを告げる。バシュレ公爵と懇意ならばアルの立場も判っている筈。
まして今宵は我等が魔王殿下が直々にお出ましだ。それらの情報と私達が興味を示した話題を組み合わせれば答えには簡単に行き着く。アルもまた笑みを深め私の言葉を否定しない。
そして期待どおり二人は一瞬息を飲み……やがて深々と溜息を吐いた。「やはり殿下が何かをしたのだな」と呟くあたり、私達に話し掛けたのは情報収集だったのだろう。
「我々を招いたのはバラクシン王御自身。……王は賢明でいらっしゃいました」
「そう、か」
「それゆえに責を負うべきは国ではありません。御安心を」
アルの言葉に伯爵はやや疲れたような、それでもどこか安堵したように笑った。そして最後に一つの助言を与えて去って行く。
『バルリオス伯爵にお気をつけください。あれは逃げる事が上手い……おそらく今回も自分の逃げ道は用意しているでしょう』
『伯爵の狙いはおそらく魔導師殿。貴女の名声や人脈、そして力はとても価値がある』
『アルジェント殿が傍にいる以上は大丈夫だと思いますが、決して警戒を解かぬように』
情報ありがとう、ベイル伯爵。つまりイルフェナの狸様劣化版といった感じなのですね? もしくは野心家を気取っても地味に能力不足な二流悪役か。
……。
公の場、しかも魔王様の御付きとして来ているからこそ迂闊な真似が出来ないと思って彼等は忠告してくれたみたいだけど。
すいません、今回来た連中は全員最初から殺る気にございます……!
そいつ名前も知らない頃から今回の抹殺リスト第一位に輝いているから!
しかも王が許可してるので暴れても該当人物だけなら罪に問われません。
アルも私の考えが判っているのか「止めませんから御存分にどうぞ」と囁いている。
わざわざ耳元で囁いて周囲の視線を集めるあたり、やはりさっきからの態度はフェリクス達の比較対象として印象付ける為なのだろう。
さすが日頃から『素敵な騎士様』を演じている腹黒、己の利用方法をよく心得ている。
さて、欲しい情報は手に入った。後は主役を待つばかり。
※※※※※※※※※
それ以降は話し掛けてくる猛者も出ず、アルと言葉を交わしつつ周囲の観察に精を出していると不意に人々がざわめいた。
彼等の視線の先には一組の男女。男の方は……高校生くらいだろうか? 背はそこそこあるのだが、割と幼い顔立ちだ。悪く言えば苦労の影やそれを乗り越えてきた自信が感じられない。
こう言ってはなんだが、私の知っている王族の皆様はそれなりに厳しい状況を生きてきた人達だ。セシルでさえキヴェラからの逃亡理由が『そろそろ金が尽きるし、自分達が死んだらヤバイ』というもの。
嫁ぐ事にも冷遇にも国の為に納得していたのだ、逃げる事と後宮で餓死することを天秤にかけてまだ祖国が生き残れる方法を選んだだけである。
確かにセシルがそんな死に方をしていればコルベラは即宣戦布告、後に滅亡だったろう。レックバリ侯爵を頼ったのも自分の為というより国の為。
フェリクスはそのセシルと殆ど歳が違わなかった気がするのだが。
何故だろう……雰囲気からしてこの違いは。
「甘やかされたという話は本当なのですね」
「あ、やっぱりそう思う?」
「勿論。我々とてずっとエルの傍に居たのですから」
魔王様もかつては苦労したということだろう。そうして対処法や実力を身につけていったということか。
フェリクスにはそれを感じられないとアルは言いたいらしい。
その間にもフェリクスは視線を廻らせ誰かを探す素振りを見せ……やがて嬉しそうに婚約者を伴って歩き出した。
――私達の方へと。
「……は?」
「これは……」
アルと私、二人揃って顔には出さずに固まった。
いやいや、いきなりこっちに来るな。来ちゃ駄目、主催への御挨拶はどしたの!?
王族だからって王への挨拶をすっ飛ばしていい事にはならないだろう。それ以外にも自国の有力貴族達に声をかけなきゃいけないんじゃないの?
それに婚約者を連れているのだから、今後を考えて最低限挨拶程度はしておくべきだ。妃にする気ならば彼女は無関係ではいられない。
当たり前だが周囲の視線は一気に厳しくなった。他国の招待客を最優先にしてどうする、私達も常識知らずの仲間入りをさせたいのか!?
「失礼、もしや貴女がイルフェナの魔導師殿ですか?」
そんな気持ちとは裏腹にフェリクスは笑顔で話し掛けてきた。
……。アルは公爵子息としての立場もあるから、この受け答えは私が応じた方がいいだろう。
「ええ。そうですよ」
「では……」
「その前に。殿下のお言葉を遮る非礼はお詫びします。ですが! どうぞ王族としてこの場に居る最低限の義務を忘れてくださいますな。王に挨拶もせず、集ってくださった貴族の皆様への労いすら無いままに民間人である私と言葉を交わすなどありえません」
(『さっさと王に挨拶して来い、貴族をシカトするんじゃねぇっ! こっちが敵視されるじゃねーか、王族なら嫌味や苦言にビビらず筋を通して来い!』)
意訳するならこんな感じ。今ここで諌めておかねばフェリクスの御仲間一直線。それは嫌だ。
だがフェリクスは一瞬表情を強張らせると直に不満そうな表情になる。
「彼等は……サンドラを認めようとしない。子爵令嬢だからと常に厳しい言葉をぶつけて来るのです」
「今の貴方様方を見れば意地悪ではなく、恥をかかぬよう諌めてくださっているとしか思えませんが」
思わずそう言えば、フェリクス達は傷付いたような表情になった。そこには私への失望が色濃く現れている。
……判り易いな、フェリクス。勝手に期待し、勝手に失望するなら『魔導師を利用しようとした』と言っているようなものだぞ? 私の意思を無視しているのだから。
無条件に味方にならなければ敵扱いだというならば、意思の無いお人形でも侍らせておけ。
「貴女も……身分に拘るのか」
「拘るのではなく他国の者の前で恥をさらさないよう、進言しているのですが」
「しかし……! 心無い言葉にサンドラはとても傷付くのですよ!?」
「それがどうしました? 覚悟を以て殿下の隣に在ることを選んだ方がその程度で俯いてどうします。今後はもっと厳しい日々が待っているのに」
そこまで言って一度言葉を切り、訝しげな表情を作る。
「まさか……何の覚悟も無く婚約されたとでも? 御伽噺ならば愛があれば済みますが、現実では御本人の立ち振る舞いの他に人脈、社交性、忍耐、努力などが求められると誰でも知っているではありませんか。……御伽噺を現実と混同するのは幼子くらいですよ?」
民間人でしかない私も知っていますしね、それくらい……と続ければサンドラ嬢は傷付いた顔をしたまま俯いてしまった。
フェリクスはサンドラを慰めつつも困惑した表情を浮かべている。よもや異世界人で民間人の私からそのような言葉が出るとは思わなかったのだろう。
さて、御二人さん。
私は貴方達が思うような『善意の魔法使い』ではないのですよ。
しいて言うなら『目的の為に立ち回り、口で言って理解できなければ実力行使。異議は認めず、災厄扱い上等という自己中心型の行動派魔導師』です。
フェリクスへの言葉も『今現在、自分達が同類に思われない為の行動』なので自己中発言以外の何物でもない。
今後そのままだったところで、私には痛くも痒くもないのだから。
利用しようとするなら怒らせる可能性も視野に入れましょうよ。
私は……貴方達が切り捨てられることに僅かな憐れみさえ抱かぬ魔導師なのですから。
フェリクスは一応魔導師に気を使っているつもりです。
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