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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
魔導師の受難編
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報復は徹底的に

準備は万端です。

 夜会開始まであと僅か。そろそろ人も集って来ていることだろう。

 そんなわけで私達もお着替え中。


 今回、私は男装なので着付けに人の手は要らない。白いシャツにアスコットタイ、黒に近い深紅のベスト、裾の長い同色の上着――男装扱いだが体に合わせるような女性的ラインの作り――に黒いズボン、いつもの編み上げブーツ。

 基本的に魔王様と色違いの御揃いなのだが、私の方には上着が開かないようウェスト付近に止め具がある所為か割と体のラインを出す状態となっている。

 加えて刺繍などの装飾は無い。ここらへんが立場の違いなのだろう。魔王様本人の顔も豪華だしな!

 色彩的には地味で護衛向きだが、夜会に潜り込むには十分可能な上質のもの。これでは一見、護衛なのか招待客なのか区別がつかないだろう。

 魔王様曰く『向こうにも女性がいるのだから少しでも対抗したくてね』とのこと。

 比較対象としてはあまりにもジャンルが違う気がするのだが、向こうの劣等感を煽る意味があるらしい。

 彼女は子爵家という家柄の所為か質素な装いを好むとの情報なのだ……『地味な服装をしていようとも認められる実例』を突きつけられれば、王族との婚姻を反対される理由に家柄を使えまい。

 そもそも彼女が周囲に見下されるのは身分だけが理由ではない、本人の自覚の無さとその行動だ。

 加えてフェリクス達に『シンプルな装いを好む』と思わせることが目的か。

 彼等は自分達が招待したと思っているのだ、私が華美なものを好まないなら『価値観が同じ』と勝手に判断して着飾る人々を批難するかもしれない。

 罠は夜会前からじりじりと始まっているのだよ、御二人さん。 


 で、問題の婚約者の外見だが。

 さっき見た婚約者の令嬢は可愛らしい雰囲気の人だった気がする。侍女の行動がインパクト強過ぎることもあるが、絶世の美女とかではなかった。

 シャル姉様クラスの美女になると何と言うか……こう、遠目に見ても人目を引く容姿だということがはっきり判る。全体的に華やかなのだ。

 迫力美人でなくとも魅力的な人は目立つ。可愛い系ならコレットさんだろう……こちらは話術と情報収集能力重視。周囲に人が集った状況を巧みに利用する手腕はお見事です。

 見た感じ彼女はそういったタイプではない。先程の状況からも話術は期待できないし、美形が多い貴族社会では残念ながら顔のレベルも並扱い。

 これ、『磨けば光る』ものも『磨かなければ原石のまま』という意味ですよ。特出した顔立ちで無い限り、後は努力の差がものを言う。化粧だって『化ける』ってことじゃないか。

 王子の婚約者になった自覚があるならば、教会に寄付してる分を自分磨きに使えと言いたい。周囲が見惚れる美しさも立派に武器となるじゃないか。

 だが、彼女の善良さは悪い意味で発揮されたらしい。


 『着飾るより孤児達にパンを』だと? 王族の妃がみすぼらしくてどうする。


 彼女は善良だが、美しく装う事の必要性をただの贅沢にしか思っていないのだろう。

 まあ、だからこそ私でも対抗馬になれるんだけどね。そもそも私の魅力は実力であって見た目ではない。

 守護役連中も清々しいまでに外見無視だし、クラウスに至っては人格すら『些細な事』にされている今日この頃。気にするだけ無駄です、無駄。


 そして魔王様のささやかな嫌がらせの本命は当然フェリクス。

 私と彼女が比較されるならば、当然その婚約者にも目が行くだろう。

 私の守護役、もとい婚約者はアルとクラウス。甘ったれたお坊ちゃんには荷が重過ぎる比較対象です。


 鬼か、アンタ。


 実力者の国の優良物件と底辺王子。思わず視線を逸らすレベルで周囲は哀れみ一直線。

 家柄では勝っている筈のフェリクス王子が公爵子息とはいえ騎士の足元にも及ばないという、大変珍しい状況が作り出されることだろう。

 ……それほど魔王様が激怒してるってことなんだけどさ。

 普段は此処まで惨めな思いはさせないだろう、一応王族なのだから。今回はバラクシン王がGOサインを出した事が大いに影響しているとみた。


「支度出来ましたよー」


 軽く化粧も済ませ一応髪を結い直し――と言っても護衛なのでいつものポニーテールだ――扉を開ければ既に魔王様達は支度が出来ていたらしく打ち合わせをしていた。

 アルやクラウスもいつもより若干装飾が多い。やはり『イルフェナからの招待客』として参加な以上は手は抜けないのだろう。


「……君は相変らず支度が早いよね」

「そうですか?」


 やや苦笑する魔王様に首を傾げる。ドレスの時でも驚異の早さと言われたので『自分を良く見せようという気合の問題じゃないですかね?』とは言っておいたのだが。

 当たり前だが私の場合、重視されるのはそんな物ではない。状況に応じた装いという一択だ。

 ……だからってグランキン子爵の時みたいな『これで貴女も戦場の華に!』というバトル前提装備と化すのもどうかと思う。夜会は戦場ではない。


「一応、念話はできるようにしておく。だが、基本的に君とアル、私とクラウスの組合せで行動すると思って欲しい」

「フェリクス達はこちらに来そうですね」

「それを狙う。君相手ならばフェリクス殿下もボロを出し易いだろうからね。精々、周囲にみっともない姿を見てもらうさ」



 魔王様、怖ぇぇっっ!? 容赦無ぇっ!



 誰もが見惚れる天使の微笑みで紡がれる言葉は極悪。

 手加減はイルフェナに忘れてきましたか。それほどにお怒りでしたか。

 フェリクス、マジで土下座した方が優しい対応で済むんじゃね? 無傷という選択肢は無いけど。


「おや、随分と容赦の無い」

「自業自得だ」


 騎士二人は苦笑しつつも諌めなかった。浮かべる笑みも何だか寒々しいのは気の所為か。

 魔王様の話だと私とアルを餌にして注目を集め、フェリクス自身の言動による自滅を狙うらしい。

 それは普通に抗議されるよりも惨めじゃないかね?

 そう言えば魔王様は楽しげに笑った。


「何も知らない貴族達が今後共倒れになっても可哀相じゃないか。私なりの優しさだよ」


 あ、そうか。

 内々に収めちゃうと事情を知らずにフェリクスを擁護する奴が出るかもしれないのか。

 今回はバラクシン王がフェリクスを切り捨てる事を前提に報復の許可を出してるから、派手な事をしても逆に感謝されるってことですね。処罰の必要性を周囲にも証明できるし。



 だからと言って私達が正義の味方に見える、なんてことはなく。



 口元を歪めて笑う姿も大変美しい親猫様、今の貴方は誰が見ても立派なラスボス。

 何処に出しても恥ずかしくない大物悪役にございます。そのカリスマ性溢れる姿に拍手喝采。

 配下A&幹部其の一は全力で与えられた役をこなす所存です。例えそれが餌役だろうとも。


 ――その後。


「見て見て、魔王様と色違いの御揃い♪ 私の方が装飾は少ないけど」


 ……などと様子を見に来たバラクシン王達に見せびらかし。

 「御揃いか……」と呟いた王が期待を込めてライナス殿下を見たり。

 それを受けたライナス殿下が微妙に視線を逸らしつつ、恨みがましい目で私を見たり。

 王太子殿下が呆れと感心を込めて「確信犯だねぇ、魔導師殿」と言ったり。

 非常に些細な事で『保護者はしっかり躾けとけやぁぁっ!』とばかりに憂さ晴らしをしながら、夜会までを過ごしたのだった。

 ライナス殿下の視線? 無視だ、無視。

 でも、今回の誠実な対応に感謝して万能結界付与のペンダントを贈ろうと思います。


 勿論、女性が好みそうな装飾付きでお兄ちゃんと御揃い。

 男性が身に着けるのはどうかと思うデザインでもお兄ちゃんと御揃い。


 魔王様も今回のバラクシン王の誠実な対応を評価していたから快く許してくれることだろう。

 効果を重視し身に着けるか、外見を重視し仕舞い込むか悩む姿が容易く浮かぶ。

 でも、きっと凄く喜んでくれると思うの! ……お兄ちゃんが。


 なお、この『御揃い』は間違いなく阻止される。さすがに見える位置に着ける事はライナス殿下だけでなく周囲も止めるだろう。隠して服の下に着けるとかが精々だが、見えないから周囲に自慢もできまい。

 勿論、こんなことをするのには理由がある。

 お兄ちゃんとしてはライナス殿下で遊ぶ……いや、戯れる私が羨ましいみたいなんだよね。本当に主従という形が常日頃みたいだし、これは今回疲れ果てただろう王様への気遣いなのだ。


 だって、この王様なら『御揃い』を却下する替わりの条件を提示するもの。


 立場や事情を考えると仕方が無いのかもしれないが、フェリクスとは違うという姿を見せつける意味でも兄弟仲良くすべきだろう。

 只でさえ教会派はライナス殿下を目の敵にしているのだ、何かあればライナス殿下は躊躇わず自己犠牲一直線。私としてもアリサの事がある以上は避けたい事態である。

 ライナス殿下。私はアリサ八割、残り二割くらいで貴方達兄弟と国を案じている。勿論、イルフェナが隣国だからという意味も含めての二割。

 ……たまには交流持ってやれよ、弟。そのうち『弟との距離について』とか相談されそうだ。 



※※※※※※※※※


「……それじゃ行こうか」


 目の前には大きな扉、そして護衛の騎士の姿。彼等は私達の目的を聞かされているのか、そっと目を伏せ申し分けなさそうに軽く頭を下げる。

 人目があるものね、目立つ行動はとれないか。魔王様も軽く頷き返す事で彼等に応えていた。


「私達は広間に入ってすぐの壁際に居ますね。一番人の流れがありますから」

「そうだね、会場の隅だけど隠れているわけじゃないから人目につくだろう。通り過ぎた人達も噂として会場中に広めるだろうしね」


 にこおっと笑って言えば、即座に意図を理解して微笑み返してくれる魔王様。さすがです、親猫様。

 魔王様達は先に王に挨拶に行く――私達は役割と身分から免除ということになっている――ので、それも周囲の人々の関心を誘うことだろう。

 で、フェリクスと私達がドンパチやらかし出したら王が「なにやら騒がしい云々」と興味を示す……という手筈だ。引導は王自身に渡してもらわなければならないからね、今回。

 広間に足を踏み入れると視線だけを動かして周囲の様子を観察する。……フェリクス達はどうやらまだ来ていないらしい。

 向けられる視線に気付かない振りをしつつも、笑みを浮かべて魔王様と会話。

 ここで視線に負けて下を向いたり挙動不審になってはいけない、弱者と見られて侮られる可能性がある。


「……以前も思いましたが、貴女は視線を逸らしませんよね。怖くは無いのですか?」

「対人戦の基本、かな?」

「なるほど」


 アルの言葉に少々物騒な返事を返せば苦笑しつつも咎められることはなかった。ええ、『戦』ですよね、夜会って。

 情報交換の場であり腹の探り合いが常なのだ、隙を見せれば悪意は自分に降りかかる。


 視線を逸らすな、隙を見せるな、上げて落として心を折れ!


 やり過ぎると孤立する可能性もあるが、鬱陶しい連中に絡まれるよりはマシ。栄誉ある孤立はある意味、自身の安全が保障された証。

 なお、クリスティーナのデビュタント時の経験からすると中途半端にビビらせるよりも徹底的に心を折った方が確実だ。周囲への見せしめにもなるしね。


「それじゃ、後でね」

「……はい」


 その言葉を最後に魔王様達は私達から離れていく。

 令嬢達はうっとりと、男性達の目は軽い驚きと警戒を込めた視線のまま二人を追っていく。

 やっぱりイルフェナの魔王の名は伊達ではないらしい。魔王様に付随する形で私にも『あれが魔導師か?』的な視線が向けられている。注目を集める事は成功したと見ていいだろう。


「……とりあえずは成功?」

「ええ。後は獲物がこちらに来てくれればいいのですが」


 内緒話をするようにアルの耳元で囁けば、穏やかな笑みのまま本音出しまくりな返事が返ってくる。

 そうか、獲物か。既にそういった認識かい。

 素敵な騎士様も殺る気満々らしい。どうする、フェリクス。止める奴が居ないぞ?


 嫉妬と警戒と好奇心に彩られた視線を感じ取りながら。

 私達は顔を見合わせて楽しげに笑った。


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