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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
魔導師の受難編
132/696

騎士と魔導師と彼女達

夜会直前の目撃。

 夜会当日。

 アルを連れて少しだけ部屋の周辺を見学――何らかの事情で一人になった場合、迷子になる可能性があるのだ――していると奇妙な現場に出くわした。

 いや、正確には隠れてひっそり目撃だけど。


「……。何あれ」

「侍女が令嬢に意見しているようですね。見間違いでなければ」


 アルも困惑気味に答える。自分で言ったことながら、おかしいと感じているらしい。

 私達の視線の先で彼女達は言い争っている。しかも侍女の方が強いみたい。


 いやいや、これは無いだろう。普通におかしい。


 侍女の主らしき女性はただ彼女に庇われるのみで、彼女の言動を諌める気はないらしい。

 なお、一般的な常識として侍女の主が相手の令嬢より身分が上だろうとも謝罪すべき状況である。謝罪内容は勿論、『己が侍女の不敬について』。

 侍女が令嬢に意見できる筈は無いのだ、普通なら。


「あの侍女がかなり高位の貴族令嬢という可能性もありますが」

「それにしては相手が全然気にしてないよね? あと、相手より彼女の主らしき御嬢さんの方がドレス地味じゃない?」

「ですよね……」


 夜会は夜からなのだから、今は着飾っていないだけという可能性もあるだろう。

 だが、アルは公爵子息。いくらシンプルな装いだろうと高貴な人々は上質のものを纏っているという事を知っているし、見れば判るだろう。

 悪く言えば生地の質と言うか。シャル姉様やコレットさんを見ている私にも何となく彼女の装いに対し『質素』という単語が浮かぶのだ。


「この……っ……侍女ごときが、私にそのような口を利いて良いと思っていますの!?」

「いい加減になさってください! 御嬢様はフェリクス様の婚約者でいらっしゃいます。私はフェリクス殿下より直々に御守りせよと命じられているのです!」 


 ちょ、待て! いい加減にするのはお前だ、お前! つーか、元凶はあの坊ちゃんかい。

 信じ難い光景に思わず半目になる私、額を押さえて溜息を付くアル。

 うん、確かにフェリクス殿下は『御馬鹿さん』扱いされても仕方ない奴だな。この光景を見る限り、決して王家サイドが意図的に貶めているとかではない。

 今回の事も絶対悪意は無い……いや、どういう意味になるか考えが及ばなかったんだろう。


 Q・王族直々に守れと命じられました。相手は令嬢、強気に出てもOK?

 A・駄目に決まってるだろう!


 Q・では正しい態度は?

 A・相手を敬いつつ、王族の存在をちらつかせながらその場を凌ぐ。


『申し訳ございません。ですが、私は殿下より姫を御守りせよと直々に命を受けております。これ以上人目のある場所での口論は殿下の耳にも入りましょう。私が口を噤んだとて噂になればそちら様(名前が判っているとなお良し)が咎められてしまいます。どうか、お怒りを収めてくださいませんか』

 

 これくらい言えば相手は絶対に退くだろう。相手を敬いながらも諌め、かつ脅迫するという手口である。

 意訳するなら『噂になると不利になるのは貴女だよ、心配してるんだからね! 殿下だって私に命じた以上は味方してくれるだろうし、直接王族の怒りをかってもいいの?』という感じ。

 貴女を心配してます的な言い方なら相手も怒るまい。フェリクスを知っているならば、それが現実に起こりうる事だと思うだろうよ。


「……って思うんだけどさ」

「……そうですね、その言い方は満点に近いと思います。王族が背後に居ると匂わせ醜聞となる可能性をちらつかせれば大抵は退きますし」


 思わず小声で自分なりの意見を呟き賛同を求めれば、アルがうんうんと頷きつつ私の頭を撫でた。

 ……どうやら常識的な意見が嬉しかったらしい。確かにイルフェナにはこんな馬鹿は居ない。いや、イルフェナどころか大抵の城には居ないだろう。


 だって、どう考えても主の恥になるじゃん?


 侍女が忠誠心のあまり失礼な態度を取ったならば、主には侍女を諌め謝罪する義務がある。

 そこに主の身分など関係ない。『侍女ごときが上位の存在に無礼を働いた』という事実があるだけだ。

 主の方が相手より身分が上だったら謝罪で許されるし、身分が下でも嫌味程度で済むだろう。王族の婚約者なのだから。

 フェリクスへの報告も主から『自分達が悪かった』的な報告をし、侍女も自分が感情的になり過ぎた事を謝罪すれば相手も無事な上、侍女の不敬も許される可能性がある。

 それを相手が知れば味方になってくれるかもしれないじゃないか。貸しもできる。


「どう考えても味方が居ないのって自業自得じゃない?」

「そのようですね。おそらくは侍女の態度をフェリクス殿下が褒めてでもいるのでしょう。でなければ子爵家に勤めてはいたのですから、貴族相手にあのように強気に振舞うことはないかと」

「……。御嬢様の実家なら親しさから身分の差を見逃されても、多くの貴族が集う城では周囲の目もあるし許されないんじゃないっけ?」

「そうですよ? 連れている貴族、もしくはその家が馬鹿にされますね」


 ひそひそと話しているうちに相手の令嬢は悔しそうに去って行く。それを見て得意げになる侍女と彼女に感謝する御嬢様。

 物凄くアホらしい光景だ。二人にとっては身分を越えた友情を確かめ合う感動的な場面かもしれないが。


「……。戻って報告しよっか」

「そうですね。ですが、これであの二人にも手加減は不要だと判明しました。我々でさえ目を疑う光景なのですから、教会派の貴族達とて味方はしないかもしれません」


 確かに。アルの言葉も尤もだ、あれと同類扱いはされたくないだろう。

 フェリクスに利用価値があれば擁護に動くかもしれないが、今回の相手は魔王様。……見捨てた方がいいな、絶対。

 

 そんな事を話しながら部屋に戻るとライナス殿下と王太子殿下の姿が。

 折角なので今見た光景をアル共々暴露。


「バラクシンってこれが普通? 異世界人の扱いは期待して無いけど、身分制度も崩壊した?」(意訳)


 とか聞いてみたら物凄い勢いで否定していた。

 魔王様とクラウスは表情を変えなかったが呆れているようだ。二人に向ける視線は哀れみ一杯。

 バラクシン王とその御家族のこれまでの苦労が偲ばれる。


「どうやら婚約者殿にも手加減は要らないみたいだね」


 口元に笑みを称えた魔王様の言葉に思わず疑問を投げかける。

 これはバラクシン勢も同様。アルとクラウスはその可能性もあると思っていたらしく無言。


「……手加減する選択肢なんてあったんですか?」

「ほら、子爵令嬢程度だと難しい事は知らないかもしれないだろう?」

「ああ……『箱入り娘の可能性』ですか」


 一応は同情する面もあるんじゃないかと思っていたらしい。まあ、子爵令嬢というか貴族だと人を使う立場だもんな。特に女性は政治に関わらない人が大半だ。

 彼女が今回フェリクスがしでかした事を知らない可能性とて充分にあった筈。


「だけど君達の話だと、その侍女を諌める事も相手に謝罪する事もしなかったわけだろう? 知っていても止めないだろうね」


 魔王様的には王族の婚約者として失格、と。

 あれでは王族どころか高位貴族との婚約すら危ういんじゃなかろうか。そもそも評判の良い御嬢様ならば家に縁談くらい来ているだろう。


「彼女はな……男爵家や子爵家程度ならば問題は無いんだ。寧ろ教会派貴族ならば幾つも縁談があっただろう……あの子爵家は善良な教会派なのだから」


 やや複雑そうにライナス殿下が話し出す。

 つまり、あの御嬢さんは同じ程度の家ならば幸せな結婚も可能だったということ。

 教会派と言っても国を割りたいとかではなく、信仰によるものという感じなのか。

 ただし、善良な御嬢様が全ての貴族に望まれるかといえばそうではなく。


「だが、王族や高位貴族に必要なのは善良さばかりではない。王族の手を取るならば今までの自分を捨てる覚悟が必要だ」

「賢さ、情報収集能力、人脈……あとは後ろ盾ですかね?」

「まあ、物凄く良く言えばそんなところだ。特に王家と教会派が対立している以上、彼女は裏切るという形にもなるのだが」


 あ、そっか。

 それにいくらフェリクスが御花畑思考でも財政管理や公務は王家側。彼女、その事に気づいてるのかね?

 気付いては……いなさそうだったけど。


「だが、もう遅い」


 うっそりと魔王様は笑う。


「これまで幾度も窘められる機会があったフェリクス殿下と御伽噺のような恋物語を『演じた』んだ。最期まで踊ってもらおうじゃないか」


 逃がす気なんて無いよ――そう暗に告げられライナス殿下達は息を飲む。

 イルフェナからすれば当然だ。私は『苦難に立ち向かう恋人達の為』に呼ばれたのだから。

 それに彼女とて親や友人達から何も言われなかったとは思えないのだ……普通は心配なり反対なりするだろう。それでも王子の手を取ったのは彼女自身。

 そもそも、これほど派手な事をしておいて婚約解消が許される筈も無い。愛を貫いてもらおうじゃないか。


「今回、私はミヅキを止めないよ。この子も色々と思う事がありそうだからね」

「え!? やだなー、魔王様。私は魔導師ですよ? ……どういう存在か知らなかった、なんて言い訳は許しません」


 にこやかに微笑み合う私達。バラクシン勢は何故か無言。


「おやおや、私も何かをしてしまいたくなりますね」

「……エルの護衛は俺が受け持つ」

「その時は御願いします」


 言葉が苦手だと自覚するクラウスはアルの支援に回るようだ。

 アルとて一応護衛という名目で来ているのだが、私の護衛をしている場合は『ついで』に何かをやりかねない。

 ……腹黒い上に敵に容赦無いのだ、アルは。だからこそ情報収集を容易くこなせる。

 私は報復という大義名分があるので容赦なんて最初からしないけどね!


 さて、『苦難に立ち向かい愛を貫こうとする御二方』?

 私達は貴方達の思惑通りに動くどころか、報復する為に参りました。

 どのような一夜になるか、楽しみですね?

王族二人が部屋にいたのは、アルと主人公が隠れながらひそひそしてる姿を偶然見かけたから。

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