脇役達は思う……迷惑だと
バラクシンの人々視点。
温度差があり過ぎです。
――バラクシン・ある一室にて―― (フェリクス視点)
「まあ! それでは魔導師様がいらっしゃるやもしれませんのね?」
「ああ。セレスティナ姫の味方をしたくらいだ、サンドラの味方にだってなってくれるだろう」
嬉しそうに微笑む女性に釣られるように笑みを浮かべる。自分の婚約者となってからは辛い思いをしてばかりなのだ、こんな笑顔を見られるならば無茶をした甲斐があったというもの。
サンドラは子爵令嬢だ。本来は王族の婚約者になどなれはしない。
自分にも父の決めた婚約者である公爵令嬢が居たが、実に煩く嫌味な女だった。
良く言えば『貴族らしい』女なのだと思う。いつも余裕のある笑みを浮かべ、礼儀作法も完璧。
取り巻きの女達は彼女を自分より上位と認めていたようだし、どんな話題を振っても模範的な答えを返す。
『王族の妃』という立場に据えるならば全て必要なものだ。
だが、それは立場に相応しいというだけであって僕が望むものではない。
……母は不幸な人だった。家の為に望まぬ婚姻を強いられ、側室に収まった。
物語のような恋に憧れていた女性にとっては苦痛以外の何物でもあるまい。
それでも生まれた自分を慈しんでくれたのだから、とても愛情深い人なのだと思う。
いつも辛い事から守ってくれた母は、その所為か父とは疎遠だ。父の一番は王妃とその息子達、そして弟。望まれた存在ではない母や自分はいつだって部外者なのだ。
『フェリクス、貴方は幸せな結婚をしてね』
『女の子はいつだって王子様に憧れるものなのよ』
少女の様に夢を語り、自分の恋を応援してくれた母と優しい祖父。二人の後押しで何とか婚約にこぎつけられたのだ、感謝してもし足りない。
今回の事とて祖父からの入れ知恵だった。
『バラクシンはイルフェナの魔導師をとても恐れております』
『彼女を味方につけられれば、煩わしい輩も沈黙するでしょう』
『魔導師の噂を御存知でしょう? 彼女は弱き者の味方なのです』
それを聞いて心に歓喜が満ちた。
『弱き者』ならば自分とサンドラに当て嵌まる。
御伽噺のような出会いと恋をしている自分達に神は手を差し伸べられたのだ!
物語とて主人公に手を貸す優しい魔女が出て来るではないか。魔導師とて自分達の状況を知れば手を貸してくれる筈。
サンドラは貴族でありながらも領民を慈しむ心優しい娘だ。
質素なドレスでも微笑を絶やさず「贅沢をするよりも彼等にパンを」と考える。
宝石を買うよりも教会に寄付をして孤児院の経営に役立てることを望む。
これほど素晴らしい女性の価値を理解しない者達のなんと愚かな事!
……父を含め婚約を反対した者は身分が全てと考える者なのだろう。もっと大切なものがあるというのに。
己を飾るよりも民を慈しむ娘は当然慕われた。特に現在サンドラの侍女をしている娘は彼女の実家から志願してついて来てくれた。
主を「御嬢様」と慕い、嫌味を言う令嬢達から守る彼女へ自分が向ける信頼は厚い。
貴族相手だろうと怯まず言い返す姿に厳しい目が向けられても、泣く事も逃げ帰る事もしないのだ。
今はまだ婚約者という立場ゆえ子爵家令嬢の侍女でしかないが、婚姻すれば我が妃の侍女に抜擢しようと思っている。サンドラも心強いに違いない。
「ふふ……フェリクス様を見た時、孤児院の子達は『王子様が来た!』って大騒ぎでしたのよ?」
「確かに王子様なんだけどね。あの子達が見ていたのは君が読み聞かせていた御伽噺の王子だろ?」
「ええ。今こうしていることも御伽噺のようですけど」
そう言って僕が贈った指輪を嵌めた指を愛しげに撫でる。侍女は微笑ましそうに眺めつつもテーブルにカップを二つ置くと、一礼して静かに出て行った。気を利かせてくれたらしい。
幸せで穏やかな午後の一時に、絶対にこの幸せを逃すまいとひっそり誓う。
御伽噺の王子と心優しい娘の恋は必ず『めでたし、めでたし』で終るんだ。
僕達も彼等以上に幸福な結末を目指してみようじゃないか。
※※※※※※※※※
――バラクシン・ある館にて―― (バルリオス伯爵視点)
「ほう……本当にやりおった」
思い通りの展開に口元に笑みが浮かぶ。これで魔導師はこの国へとやって来るだろう。
「あれも漸く役に立ってくれたか」
思い出すのは己が孫にあたる人物。母親と同じく少々幸せな頭をしている、この国の第四王子。
娘を強引に側室にした時から生まれた子を影で操る事を夢見てはいたのだ。男児誕生に野心も形になりかけたと浮かれたものだった。
長い時間をかけて漸く己が夢が叶う。その事実に笑い出しそうになる。
王家と教会が対立するこの国では、教会派がどうにかして王家に影響を与えようとするのが常。そのチャンスは先代に男児が一人しかいなかった時だった。
送り込まれた娘は見事男児を生んだが、産後の肥立ちが悪く死亡。しかも生まれた子は兄や姉に非常に懐き、今では教会に敵対する筆頭となってしまった。
王弟ライナスこそ教会派にとって最悪の裏切り者なのである。
望まれた役割を教えられても決して靡かず、あろうことか兄に子が生まれると即座に継承権を放棄し、王への忠誠を誓約に認めた。
ここまでされるともはや打つ手は無い。諦める他は無かった。そして次に期待されたのが教会派貴族の娘を再び側室に送り込むことだったのだ。
問題は娘が想像以上に愚かだったことだろうか。当時を思い出すと本当に頭が痛くなる。
『嫌よ、お父様! 私は好きになった方へ嫁ぎたいの!』
側室の話を持っていった時にこの台詞。普通に縁談が来ているわけではないのだ、断れる筈はなかろう。
王家が望んではいなかったとはいえ、側室を送り込もうと考える輩は大勢居た。当時、王妃の子が一人だけだった事から王も断りきれず、仕方無しに許された幸運を何だと思っているのか。
そもそも貴族など家同士の都合で婚約が決まるのだ。
恋愛結婚という例も無くはないだろうが非常に珍しく、家柄が釣り合い様々な条件が揃ったからこそ許されるものである。
それを『好きになった方へ嫁ぐ』?
相手にだって選ぶ権利はあるだろうに、自分勝手な夢ばかりを押し付ける気か。
そもそも、こんな言葉を口にした段階で相手の家はかなりの確率で婚姻を認めはしないだろう。
貴族としての在り方があるのだ、それができない者を招き入れれば家を巻き込んで評価を落とす。
夢見がちな少女に想いを寄せる男もいるだろうが、いつまでも同じ価値観は持てないだろう。当主となれば家を守らなければならないのだから。
母親が甘やかした所為もあるだろうが、何故こうなったのか。
少しは野心を微笑みで隠して家の利となる婚姻をした姉を見習ってほしいものである。
……姉に比べて出来の悪い妹だからこそ、比べられない方面に傾倒しているのかもしれないが。
「だが、王子を産んだ。寵愛はそれっきりらしいが十分役には立った」
恋を夢見る母親は息子を溺愛し、甘やかした。王は分け隔てなく王族としての教育を施したのだろうが、辛ければ母の下に逃げる王子に段々と期待しなくなっていった。
気にかけようとも母親が邪魔をするのだ、手に負えない。更にはそれを『側室と側室の産んだ子だから』だと思い込むのだ……己が非を認めもせずに。
それを知りながらも諌めなかったのは愚かな王子であるほど自分に都合が良かったから。
優しい祖父として懐かせ、王族との繋がりとする。今回の事とてフェリクスは即座に自分を頼ったのだから成功したと言えるだろう。
「あの王子に交渉ごとなど期待できん。私自身が接触し魔導師をこちら側につけることができれば……」
王家と教会の力関係は逆転する。しかもフェリクスという王子がこちらの手にあるのだ。
魔導師といっても所詮は異世界人、あのアリサとかいう娘のように感情優先で振舞っているからこそキヴェラを平然と敵に回した。甘いのだ、やはり。
きっと御伽噺の様に、運命の恋を貫くあまり周囲の冷たい視線に晒されている恋人達の力となってくれるだろう。年頃の女性ということからもそういった話に共感を覚えるかもしれない。
「夜会が楽しみだよ、魔導師殿」
そう言って手元の招待状に視線を向けた。
※※※※※※※※※
――バラクシン・ある一室にて―― (ライナス視点)
話を聞いた直後、私は顔を上げられなかった。そして思った……
『終わったな、フェリクス……!』
唐突な兄からの呼び出しに首を傾げつつ、訪れた部屋。
そこには兄だけではなく自分と歳の近い王太子、リカード、そして宰相が集っていた。
集っていた、のだが。
雰囲気は葬式会場。
特に兄と甥は酷く落ち込んでいる。
リカードは殺気を隠し切れずに目付きが益々鋭くなり。
宰相は無表情で何かを書いていた。
……帰りたい。
そう思っても仕方あるまい。とにかく、彼等の雰囲気がヤバかったのだ。
「なあ、ライナス……」
覇気の無い声で兄――王が問う。
「あの魔導師は恋物語に感動するような性質だと思うか?」
「は? 魔導師……ミヅキですか? 無理でしょう」
無理、絶対そんな真似はしない。
あれほど現実的に物事を捉える娘など貴族ですら珍しい。そもそも『利用できるもの』を正確に把握し、適切な使い方をするからこそ厄介なのだ。
現に守護役達の使い方を心得ている。尤もそれはお互い様ということらしく、頼り頼られの友好的な関係が築かれているようだった。
あれが恋をする。
あの娘が相手を思って頬を染める。
……。
駄目だ、何かの策略だとしか思えない。ふとした瞬間に獲物を狙う狩人の目になってそうな気がする。
飼い主に獲物を献上する猫とそれを褒める忠犬ども。奴等はきっと猫を諌めない。
「叔父上、随分とはっきり言い切りますね? それほど私達の心臓を止めたいのでしょうか……」
思わぬ言葉にぎょっとして兄から視線を俯いたままの甥に移す。
ゆらり、と顔を上げた甥――王太子は。
ヤバかった。
目が据わってた。
いつも「兄上でいいですよね、五歳しか違わないし」と明るく言ってくる、若い頃の王によく似た優しげな雰囲気の青年は何処に行った!?
お……叔父さん何かしたのかい!? 謝るから言ってごらん!?
「エルバート、ライナスに非は無いのだからやめなさい」
「はい……そうですね。申し訳ありません、叔父上」
王に諌められ素直に謝る甥。……おかしい。本当に何があったというのだろう?
その疑問は最も冷静だった――身内でない事と怒りが突き抜けていた所為らしい――宰相によって齎された。
「フェリクス王子が『勝手に』夜会の招待状を『イルフェナの魔導師殿』に送ったのですよ」
「は……? 面識など無いだろう? 噂だって知っているだろうに」
「それがな、『優しいお爺様』に『弱い女性の味方をする魔導師』だと聞いたらしいぞ?」
疑問に答えてくれた王の言葉に視線を鋭くさせる。
無理に自分の娘を側室に押し込んできた教会派の伯爵。あれは野心の塊であって『優しいお爺様』などと言うのは手駒として確保されているフェリクスのみ。
フェリクス自身がそういった輩を見極められれば良いのだが、あの子は自分にとって都合のいい者の言葉しか聞かない。そう育てられてしまった。
本人も甘やかされるのが当然という環境だった所為か辛い事から逃げる傾向にあり、逃げた先で更に甘やかされるという悪循環。
尤も母親はともかく、伯爵は懐かせる事が目的だったようだが。
苦言を呈する忠誠や後々苦労すると判っている王族だからこその厳しい態度、それらを理解せず『側室の子だから自分だけ苛められる』で済まされては関わりたくもなくなる。
フェリクスは現在十七歳。未だ幼さが抜けきらぬ容姿と同様に考えも浅く、甘やかされたゆえに世界は都合の良いことばかりではないと理解していない。
魔導師に招待状を送ったというのも御伽噺の様に自分達を助けてくれるという、思い込みからだろう。
普通ならば最低限、信頼する者に魔導師の情報を集めさせる。イルフェナが関わっている以上は難しいだろうが、それでも『無条件で助けてくれる善人』ではないことくらいは判る。
「伯爵に誘導されたとして。彼の狙いは?」
「おそらくは魔導師と接触したいのでしょう。フェリクス殿下の味方をするならばバルリオス伯爵は最強の味方とも言えます。そこから親しくなり教会派に取り込む……という夢を見ているかと」
頭の足りない思惑を聞き思わず半目になった。周囲も「判るぞ!」と言わんばかりに頷いている。
宰相に至っては「愚かですよね」と冷めた目をしつつも笑っていた。
何だ、その御花畑的思考は。ついにボケたか、あの伯爵。
宰相も判っているのか『夢を見ている』という表現を使っている。
彼女に一度でも接しているなら、そんな甘い計画は粉砕されるどころか計画者の心を折られるという結論に達するのが普通。
そういう生き物なのだ、魔導師殿は。優しさも持ち合わせるが、それ以上に厳しさを持ち凶悪な性格をしている異世界人凶暴種。アリサを基準にしてはいけない。
大人しくさせるには飼い主に頼むしかないだろう。その飼い主もまた負けず劣らず凶暴なのだが。いや、あの国ではそれが普通なのかもしれない。
そこまで考えてふと首を傾げる。『魔導師に招待状を送った』とは聞いたが、あの飼い主が許すのだろうか? 普通ならば後見人であるエルシュオン殿下の所で止めるだろう。
王に尋ねると乾いた笑いと共に衝撃の事実が語られた。
「……送ってないからだ」
「……誰に?」
「エルシュオン殿下に。魔導師殿だけに送ったのだよ、あの馬鹿息子はっ! イルフェナに喧嘩売ってどーするんだ、後見人無視して招待とか無いだろ!? 魔導師殿にも招待状だけみたいだしな、最低でもドレスと装飾品持参して礼儀作法を教えてくれるよう頭を下げるのが筋ってものだろうが!?」
王は頭を掻き毟りながら捲くし立てた。だが、それを聞いた私の顔からは血の気が引いてゆく。
個人的に親しい貴族相手ならばそれでもいいだろう。だが、相手は異世界人。後見人を無視するなどありえない。
「……。異世界人は必要に迫られない限り民間人扱いだったと思うのですが。ミヅキは騎士寮で生活していますし、ドレスどころか礼儀作法など知らない可能性があるのでは?」
これは貴族に対してのものという事ではない。淑女のマナーというやつだ。
できなければ恥をかくだけなのだが、ミヅキは夜会になど参加するようなタイプではない。守護役達とて騎士なのだから、そうそう夜会に貴族としては参加しないだろう。
つまり彼等がミヅキを夜会に伴っていなければ、ミヅキは淑女のマナーなど学んでいない。
「ドレスや装飾品をいきなり贈るというのも参加を強制するみたいな感じになりますから、まず職人達を連れて行って参加の意思を問うべきでしょうね。それなら『参加するならばこちらで用意します』という意思表示になりますし」
宰相が深々と溜息を吐きながら口にする。民間人を招待するならばそれくらいしなければならないのだ、生活そのものが違うのだから。
それをフェリクスは無視……いや、思い至らなかったのだろう。あの子の世界は王族・貴族しか居ない。誘えば着飾って来るのが当然と考えているのだ。
「一応、私から頭を下げると共にエルシュオン殿下に『あの事』を依頼しておいた。殿下は快く受けてくれたよ……随分とフェリクスの事でお怒りだったからね」
「ああ……飼い主を軽んじられてミヅキ達も怒っているでしょうから連れて来ますね」
溜息を吐きつつも『手は打った』と告げる王に皆が賞賛の篭った目を向け拍手した。
さすがです、王! 少なくとも国としての礼儀は通しましたね! 滅亡は免れました!
思いつく限り、それが最善の手だ。寧ろ他には手が無いだろう。
後見人に依頼することで『貴方の好きになさってください。支持します』と王自ら表明したのだから。
言い換えれば『報復したければ御自由にどうぞ』ということだ。これならエルシュオン殿下も己の駒としてミヅキを連れてくるだろう……フェリクスに対する餌として。
現実を見ず、家族の言葉を聞かず、物語のような恋を求めた第四王子の未来はかなり厳しいものになるのだろう。
誰からも認められる『本物の王子』と彼に従う者達によって。
本人の自覚と周囲の状況って大事だね、という御話。
苦労するのは脇役の皆さん。