小話集11
アルベルダの主従とイルフェナでの交渉。
小話其の一『友は語る』(グレン視点)
アルベルダ王城の一室。そこには二人の男が集っていた。
一人はこの国の王、もう一人は自分だ。
長年の友人である気安さから個人的な愚痴を聞くのは自分の役目だった。と言うか、自然とそうなってしまったというのが正しい。
今でこそ昔からの仲間達には異世界人だと知られているが、異世界に放り出された自分を拾ったのはこの男だ。気付いていながらも他の者と変わらぬ扱いをし、さりげなく必要な知識を与えてもくれた。
その頃から変わらぬ仲だからこそ、普段は口に出来ぬことも言えるのだ。互いに個人としての姿を見せてきた結果ともいえよう。
「肩の荷が一つ下りましたな、王」
随分と穏やかな表情で酒を飲む男に問い掛ける。
ブリジアス王家、その血を継ぐ者。彼等を守りつつも既に国が失われた状態ではどうする事もできなくて。
事情を知り守るこの男が居なくなれば、彼等がいくらこの国の民だと言っても守りきれるか怪しかった。いや、国を守る為にキヴェラに差し出される可能性とてあったのだ。
「ああ。これで俺が死んだ後に背負わせる物が一つ減った」
背負わせるなどと言いつつも厄介者扱いなどした事は無い。王にとっては彼等もまた国を支える仲間であり、守るべき民なのだ。
「おっかないなぁ、魔王殿下と魔導師殿は! まさか『農地を奪い復讐者達の祖国の名をつける』なんて」
「あの二人は不屈の精神と言うか、不可能という言葉を知らないのでしょうな」
楽しげな王に対し思わず遠い目になる。
誰が予測できるのか、キヴェラ相手にそんな力ずくの方法が可能などと!
……いや、あの二人というかミヅキとイルフェナという国が協力し合った結果なのだが。冗談抜きに奴等の辞書に不可能という言葉は無い気がする。
「ミヅキは策を好みますからね……そういった人間が力と人脈を持っている。これほど恐ろしいことはありますまい」
「あ〜……確かに恐ろしいが、その大半は魔導師殿だろ」
「ええ、勿論」
きっぱりと言い切ると王は盛大に引き攣った。やはり亡霊騒動はミヅキという存在がどういったものか知らしめたらしい。
はっきり言ってあの時、王の出した条件は不可能に近かった。
ミヅキは気付いていなかったが、その難易度は高いなんてものじゃなかったのだ。だからこそ、あの時点で『アルベルダがコルベラの味方になる』という報酬を提示した。
……報酬は間違いなく結果に見合ったものにされていたのだ。王の側近達が『それが可能な人物なら勝算がある』と納得するほどに。
「なんと言うか……随分と特殊な発想をしているよな、魔導師殿は」
「王、ぶっちゃけても構いませんよ。今更です」
「はっきり言えば鬼畜という言葉が物凄く似合うな。相手にとって最もダメージが大きい方法を選んだり、敵の行動が最悪の結果で跳ね返るようにしたり、何と言うか色々と的確だ」
間違っても褒め言葉ではない。王もそれを自覚しているからこそ、やや決まり悪げなのだろう。
だが、それがミヅキである。最良の結果を出すべく常に努力を怠らない――大半が碌でもない方向に向かって爆進する――のだ、手に負えない。
外見が強そうにも凶暴そうにも見えないことから嘗められがちだが、それすら利用して立ち回る頭の回転の速さと度胸は賞賛すべきだろう。方向性さえ間違っていなければ。
手放しで褒め言葉が出てこない残念な生き物なのだ、あれは。
エルシュオン殿下が保護者……違った、後見になったことは喜ぶべきなのだろう。少なくともミヅキが言う事を聞くストッパーになっているのだから。
ただし手を組まれると今回のようなことになるのだろう。国の政を担う者としては中々に無視できない事態である。
「まあ、うちにはグレンがいるから大丈夫だろ」
多分……とひっそり付け加えるあたり王も判ってきたようだ。世の中には愛の鞭なる言葉も存在する上に確実というものなど無い。
敵対する予定も無いが、万が一を考え手を打っておくのは当然だろう。
事情を知らぬ若い奴等が馬鹿な事をやらかした場合は即拘束して戸籍抹消、その上でイルフェナに捧げることで上層部は合意しているのだ。
悪く言えば切り捨てる用意があるとも言う。亡霊騒動を見学したからこその英断だった。
「しかし、あの王太子を〆るとはなぁ」
呆れ半分感心半分といった様子で王が呟く。〆たということからキヴェラの元王太子のことなのだろう。確か廃嫡が決定された筈だ。彼を王太子の地位につけておく危険性が実証されれば当然とも言えよう。
「身分などミヅキには意味がありませんからな」
「ああ、違う違う! そっちじゃないさ、顔だよ顔! あのお坊ちゃん、顔だけは綺麗じゃないか」
「ああ……そういう意味でしたか」
「普通は見惚れたりするんじゃないか? それをカスとか言ってたし」
気の毒にな、と言いつつも王は笑っていた。あれが謝罪の場でなければ拍手くらいしていただろう、この親父は。
とはいえ、その気持ちは判るのだが。本当に『お坊ちゃん』と称されても仕方の無い人物なのだ、元王太子は。こればかりはキヴェラに同情した。
「守護役連中の顔を見慣れているからでは? 難ありでも見た目も地位も最上級でしょう、あれは」
「グレン、お前地味に酷くないか?」
王の突っ込みに「そうだろうか?」と内心首を傾げる。変人、特殊性癖の持ち主とか言わないだけマシだと思うのだが。
そんな様子の自分を見ていた王は半ば呆れたように「自覚がないのか」と呟いた。
「お前ねぇ……地味に魔導師殿と似てるよな、そういうところは」
「ふむ、そうですか?」
「ああ。何と言うか……やっぱり魔導師殿の『弟』だよなぁ」
そう言ってがしがしと頭を乱暴に撫でる王は嬉しそうだった。「髪が乱れますっ!」と言いつつも、止めても無駄な事だと知っている。
これは昔から繰り返された王の癖のようなものなのだ――自分を弟分として面倒を見ていた頃からの。
……この世界に来たばかりの頃、「拾ったのは俺だから俺の弟分な」という無茶苦茶な言い分を通し養ってくれたのはこの男だ。
不審がる周囲を他所に構い倒し、この国に受け入れられる空気を作り出してくれたからこそ溶け込めたのだと思う。
その頃よくやっていたのが頭を撫でるという動作だ。後に理由を聞いたところ『親から逸れて不安そうにしている子猫みたいだったから』という微妙な答えが返ってきたが。
慣れない環境に知らない世界……確かに不安だったのだろう。そんな状況で差し伸べられた手は自分にとって得難い幸運だったのだと言える。
だからこそ、内乱が起きた時に自分の知識を使う事に躊躇いはなかった。
正義とか恩義を感じたのではなく、自分はただ居場所を、彼等を失いたくなかっただけなのだから。
実に自分勝手で個人的な事情だといえるだろう。異世界人だからこそ自分にとっての敵を排除することに容赦などしない。
他の者とは違い、自分は得ていた平穏の略奪者達を許せなかっただけ。
そこまで考えて内心苦笑する。これでは確かに今のミヅキの事を言えまい。誰から見ても立派な同類だ。
規模の差こそあれ、やっていることは彼女と大差ないではないかと。
「そうですな、確かに似ている。異世界人という立場の元に私達は『自分にとっての』敵には決して容赦せず牙を剥くでしょう」
「物騒だなぁ。まあ、そういうお前達だからこそ周囲が構うんだけどな」
クク、と低く笑いながらグラスに口をつける王は懐から手紙を取り出してテーブルの上に置く。
「魔導師殿からの依頼だ。『後に生まれるだろうブリジアス領主の子の誰かに分家としてアディンセルを名乗らせたい』とさ。俺は賛同しようと思っている」
「……。やはり生き長らえる事を望みませんでしたか」
「ああ、全員な。……復讐に全てを賭けられる奴ってのは凄いよな」
『凄い』とは『一途』という意味なのか、『必ず遣り遂げる』という意味なのか。
それとも……『それを唯一の存在理由に定め後を望まぬ』という覚悟に対する賞賛なのか。
彼等の生き方をどう受け取るかは其々なのだけど。
「儂もこの国が危機に陥ればやってみせますぞ? 必ずや望んだ結果を齎して見せましょう」
「はは! お前ならやりそうだよな」
「勿論。ミヅキの『弟』ならばこそ、遣り遂げてみせなくては」
自分にはミヅキのような力はない。だからこそ策を廻らし、多大な巻き添えを作ってでもこの国と仲間達に結果を齎してみせるだろう。
悪と呼ばれようとも、どれほどの犠牲を払おうとも……ミヅキと敵対しようとも。
どちらかが失われた時に涙を流そうとも、決して歩みを止めないだろう。
ああ、やはり自分達はよく似ている。
何処までも自分勝手で自己中心、この世界にではなく極一部にのみ価値を感じる異端。
自分は間違いなくミヅキと同類なのだ。最上級には『この世界で傍に居てくれた者』。
だからこそ、利害関係も含めて今後もミヅキとの付き合いは続いてゆく。それはミヅキも同じだろう。
そして、儂がそうするほどの価値ある仲間を得られた事を喜んでくれるのだ。それだけは確信できる。
「ミヅキと敵対しようとも儂が選ぶのはこの国ですよ」
「頼もしいな、グレン! だが、魔導師殿とはできるだけ友好的でありたいよなぁ」
笑う王に自分も笑い返す。
この覚悟の重さは自分だけが知っていればいい。
『当然じゃないか、その覚悟がなければ友人なんて呼ばないよ』
……そう言って満足げに笑う懐かしい賢者の声が、どこかで聞こえた気がした。
※※※※※※※※※
小話其の二『小国の意地と楽しみ』(キヴェラ交渉役視点)
部屋には美中年とも言うべきブロンデル公爵、そしてその隣には金髪の美女が笑みを浮かべながら待ち構えていた。
そう、『待ち構える』という表現が正しいのだ。彼等は自分を歓迎して微笑んでいるのではない、報復の場に居る事が楽しいだけなのだから。
「ようこそ、イルフェナへ。さて、我々の要求はこんな感じになるのだけど」
「ふふ、地図を御覧下さいな。戴きたいのは色を着けた部分ですわ」
二人の言葉に席に座ると同時に広げられた地図を見る。そして思わず声を上げた。
「な……他国と接している農地を取るつもりなのですか!?」
地図にはキヴェラが他国と接している領土が境界線のような形で色付けされている。広さを総合するなら二割ほどにもなるだろう。
自給自足には十分だが、今後他国相手に優位に立つことは不可能だろう。それくらいの規模だ。
だが、目の前の二人は笑みを浮かべたまま。それはとても不気味に映った。
「おやおや、これは妥協案だと聞いていたのだがね?」
「本当ですわね。あの子を諌める代わりに交渉の席に着くということでしたのに」
「交渉はする! だが、これはあんまりではないのか!?」
半ば叫ぶように口にすれば二人は一層笑みを深めた。美しい容姿に妖しい毒が混じり、見る者全てに警戒心を抱かせるような……そんな表情。
激昂しかけたことも忘れ、思わず背筋を凍らせる。
「ですからこの状況なのですわ。ミヅキ様はキヴェラを許してはいませんもの……キヴェラがコルベラに対し優位に立っていた要素を潰さなければ納得なさらないでしょう」
「重要なのは土地の譲渡ではないのですよ。魔導師が牙を収めるだけの、納得する状況にしなければならないのですから」
そう言われてあの魔導師を思い出す。
無邪気にして自分勝手、圧倒的な強さを持ちながらも認めた相手の言う事は聞く。
彼女の言動からキヴェラには何の思い入れも無いのだと……『どうでもいい存在』だと十分理解している。いや、理解した気になっていた。
魔導師が容易く牙を収めるなど聞いた事など無い。
それは保護者に何を言われようとも変わる筈ないじゃないか。
そこまで思い至ってキヴェラの認識の甘さに唇を噛み締める。あの魔導師を諌める事がキヴェラにとって十分な罰であると、今更ながらに思い知って。
「そうそう、こんなものもあるんだがね」
そう言ってブロンデル公爵がテーブルの上に置いたのは何枚かの紙。いや、数字が書き込まれた報告書か何かだろうか。
訝しげに見返すと、ブロンデル公爵はテーブルの上に長い指を走らせながら答えを口にする。
「これはね、かつてキヴェラがイルフェナに一方的に攻め入った時の被害を記した物だ。いや、思いの外痛い出費だったね」
「ふふ、騎士達も随分と怪我をしましたわ。それでも実力者の国と言われる以上は決して落ちませんでしたが」
数字だけ見ればそこまで酷い被害ではないだろう……ただし、キヴェラの基準において。
小国ならばかなりの損害だと言える。それでも屈する事も滅ぶ事もなく、現在の状態に持ち直す様は立派に脅威と言えるだろう。
「我々は争いは好まない。だがね? 悔しさが無いわけではないんだよ」
ブロンデル公爵家は魔術特化の血筋だった筈。ならば血縁者も当然戦に参加していた事だろう。
「我がバシュレ家も何人かが参戦いたしましたわ。怪我を負って戻って来た親族を見た時は己が無力が腹立たしかったと記憶しています」
バシュレ家。何人もの優秀な騎士を輩出する名門だったか。
言葉も無く俯く――それしかできない――自分にかけられる言葉は穏やかな声音ながらも見えない毒を含んでいる。
『簡単に許されるなどと思うな』……そう、突きつけているのだ。個人の感情ではなく、国を担う者として。
「あの子は本当にできた子だよ。私達に報復の機会を与えてくれるなんてね」
「同感ですわね。未来の妹ですもの」
「おや、こちらに来てくれるかもしれないよ? 我々とはとても話が合うだろうしね」
「もうっ! 意地悪ですわね、公爵様」
交わされる場違いなほど明るい会話に思わず顔を上げる。
『未来の妹』? 『こちらに来てくれる』?
そんな私の様子に二人は楽しげに笑うと最上級の言葉の刃を突きつけてきた。
「あの魔導師……ミヅキ様は弟の婚約者ですの。勿論、守護役という意味ですけれど。ああ、弟はエルシュオン殿下率いる白き翼の隊長を務めておりますわ」
「息子が守護役の一人でね、同じく殿下率いる黒き翼の隊長だ」
「な……翼の名を持つ騎士の隊長格が二人!?」
「あら、押さえ込む事ができる者が役に就くのは当然でしょう? ミヅキ様でさえ守護役相手では確実な勝ちは無いと公言していますもの」
驚きを露にするも二人はそれがどうしたと言わんばかりに平然としている。
最悪の剣と呼ばれる騎士、その隊長格でなければあの魔導師は押さえ込めないというのか!? 喉を潰せば無力になる魔術師とは雲泥の差じゃないか!
……いや、この場合は押さえ込める守護役個人の能力が特出している事に驚くべきだろうか。しかも魔術師ではなく騎士が守護役に就く理由、それは――
「ゼブレストからはセイルリート将軍だ。これで判ったと思うけれど……あの子にはね、我が国の魔術師ですら全く歯が立たない。それだけじゃなく、騎士相手に接近戦もこなすんだ。ああ、知っていたかな?」
「そちらが強攻策に出ても何の心配もしていませんの。今現在も一部の近衛を含む騎士達と宮廷魔術師達がキヴェラを見張っていますのよ」
「う……」
歳下に言い聞かせるような穏やかな口調の――実際かなり歳下なのだが――公爵の声は優しげですらあった。だが、その内容は酷く恐ろしい。
体の震えを止める事が出来ない……いざとなったら武力行使をちらつかせようと考えていたことなど御見通しだったというわけか。
そして自分達はイルフェナという国を過小評価し過ぎていたのだろう。
思えば常に防戦一方だった気がする。守りに特化した国だと思っていたが、それは『攻める気が無かっただけ』。決して余力が無かったわけではないのだ。
そんな彼等が攻める側に回ったらどうなる?
これまでイルフェナが攻め込むなど聞いた事は無い……つまり、『どんな攻め方をしてくるか判らない』。魔導師を押さえ込むような騎士や魔導師に及ばずとも準ずる実力を持つ魔術師が居る可能性だってある。
しかも今回はあの魔導師も参戦してくることは確実だ。自らに匹敵する守護役達を引き連れ戦場を圧倒するだろう。
キヴェラが取るべき道は一つしかない。
即ち……条件を全て呑むこと。
交渉と言いつつも既に道は塞がれていたのだと、この時初めて痛感した。
私の様子に二人は言葉にせぬ脅迫が通じたと悟ったらしい。楽しそうに口元に笑みを浮かべている。
「さて。とりあえず君の意見を聞こうか? どうせ君以外にも送り込まれてくるだろうから深く考えずに口にするといい」
「……何故、そう思われます?」
「うん? だって君の出した結論ではキヴェラは納得しないだろうからね。だから何人でも来ればいい……我々以外にも交渉役になりたいという人は居るのだし」
穏やかな美声で語られる言葉の意味の裏を探れば『誰が来ようとも必ず成し遂げる』という自信の現れだ。そして彼等は自分達以外の者が交渉の席についても結果は同じなのだと『確信している』。
「私は……私の意見は――」
その後。後に続いた交渉役達は悉く敗者となり、同じ結論を抱えてキヴェラへと帰還することになる。
それは同時に小国と侮っていたイルフェナの認識を改めさせる事を意味していた。
※主人公と同類なグレン。差はあれど最優先は同じ方向。
※ノリノリで使者をお迎えする二人。相手が悪かった。




