小話集9
前話の直後とコルベラでの一コマ。
小話其の一 『囚われたのは』(セイル視点)
ルドルフ様を一人部屋に残し、アーヴィと歩く。別に目的があるわけではない、ただ……今はあの方を一人にして差し上げたかった。
あの方は王だから。
あの方は我々の主なのだから。
だから……私達が傍に居ては泣く事などできないのだ。
率いる者が弱さを見せる事は付いて行く者達に迷いと不安を生じさせる。だから、あの方は配下の前では決して泣かない。泣けなくなってしまった。
ルドルフ様ほど、この国の犠牲となった者はいないだろう。
国を想う者達の希望となって、父親と対立し。
最高権力者として同志達の守りとなり。
そうした姿を見せてきたからこそ、ルドルフ様の下には忠臣となるべき者が集ったのだ。
……そしてそのまま背負うべき重圧となった。求められたのは『国を導く王』なのだから。
エルシュオン殿下が居てくれたことは幸運だったのだろう。情の深い王子は自分の持つ権力を行使しつつも、『ルドルフ』という個人を見てくれたのだから。
でなければルドルフ様は笑う事を忘れていた。誰もがルドルフ様の在り方を当然と捉え、どれほどの物を犠牲にしているのか気付こうとはしなかったのだから。
ルドルフ様はゼブレストの為に捧げられた生贄と言っても過言ではなかっただろう。
エルシュオン殿下の叱責は今でも耳に残っている。
『君達はルドルフをこの国の生贄にしたいのかい?』
『君達はルドルフという個人が存在することをどれほど覚えているのかな』
王族という立場から見てもルドルフ様に過剰な期待を寄せ過ぎている、と。唯一王になれる存在だからと矢面に立たせ、押し潰したいのかと言って来たのだ。
そう言われて初めて思い出した。いくら優秀であろうとも、ルドルフ様が未だ成人すらしていないということを。
一度思い出せば後悔ばかり。それでも在り方を変えられぬ我が身に何度失望したことか!
その後アーヴィは目立つ行動をとり、奴等にルドルフ様以上の警戒対象と思われるようになった。それで漸く負担が二分されたのだ。アーヴィの背に庇われてもルドルフ様への警戒は消えないのだから。
穏やかな生活をして頂きたい。
国の希望となって欲しい。
そんな矛盾した想いを抱えて、なお自分は歪んで。
できる事と言えば、あの方の敵を葬り去ることくらいだった。褒め言葉を耳にする度に思ったものだ……『主を守れぬ者のどこが騎士だ』と。
なのに。
『この世界で私の傍に居てくれた人以上に大切なものなんて無いわね』
彼女は躊躇い無く個人的な理由を口にして、ルドルフ様の憂いを払ってゆく。
『王』ではなく『友』の為に圧倒的に不利な状況を覆す。
そんな彼女の奔放さと自由と……自分勝手さに憧れた。からかいを多分に含んだ言葉に込めた賞賛と感謝は本心からのものだった。
ミヅキにとっては国など意味が無いのだ。大切な者が大事に思うからこそ守るだけで。
犠牲になるものに自分が含まれていようとも優先すべきは『彼等』。
そこには正義も悪も無かった。そういった考え方ができるからこそ、魔導師は畏怖されるものなのだろうけど。
「……ルドルフ様とミヅキを仲の良い双子の様に思っていたんだが」
「ああ、確かに双子みたいに同じ反応をしたりしますね。子犬と子猫がじゃれているようにも見えますが」
主に対する例えではないと思いつつも的確だと思う。和むというか微笑ましいのだ。
だからこそ、あれほどルドルフ様の傍に居ながら男女の仲だと思われない。異世界人でなければ腹違いの姉といっても納得してしまいそうだと、部下達が話していた。
ミヅキには感謝すべきなのだろう。そういった関係こそ、ルドルフ様が欲していたものなのだから。
「位置付けは間違いなくミヅキの方が姉だろうな。ルドルフ様、いや我々が立ち止まった時は躊躇いも無く手を取り望んだ場所へと連れて行く。全ての障害を打ち消して」
「……」
「私はミヅキを守っているつもりで……守られていたんだな」
隣を歩くアーヴィがぽつりと呟く。それは正しくもあり間違いでもある。ミヅキは守られている事を知っていたからこそ、今回動いたのだから。
ただ、切っ掛けとなる対象がルドルフ様や我々、リュカといった限られた面子に限定されているだけ。
我々がこの国を最上位に定めていなければ、あっさりと見捨てただろう――自分の事くらい自分でやれ、と。彼女はそういった面はとても厳しいのだ。
「守られていたからこそ、守る側に回ったというべきでは? 地位も柵も無いミヅキは自分の為にしか動きませんよ」
溜息を吐くアーヴィを視界に収めつつ確信する。そうだ、彼女は何処までも自分勝手。この世界で得た大切な者達を失わせる気など皆無なのだ。だからこそ、誰の予想も擦り抜けて結果を出す。
エルシュオン殿下が気付いたのは……自身の才覚と、彼女と似た立場ゆえ。二人とも国であれ個人であれ特定のものの為に動くからこそ、気付いたのだろう。
「我々は国に属する者です。責任が国に降りかかる以上は勝手な真似はできません。私とて感情のままに行動しなかったのは王家を支えるクレスト家を潰させないようにする為ですから」
『殺す』という行為に抵抗は無い。自身が罪人として裁かれようとも結果を残せるのなら構わなかった。
だが、自分の所為でクレスト家が潰されてしまうのでは意味が無い。自分一人の所為で王家と共に国を支えてきた一族を破滅させるわけにはいかないだろう。
自分の両親が殺された時も……クレスト家の当主は耐えたのだ。幼い自分に「すまない」と謝罪し仇をとってやれぬ悔しさに、自身の不甲斐無さに深く傷付きながら。
どこか壊れている自分よりも余程辛そうだったと記憶している。
「正直、お前がミヅキの守護役に納まって良かったと思う。強さは十分だし、お前を通じて私も動く理由ができた」
「そうですね、貴方は私の『兄』ですから。『弟』の婚約者を案じる十分な理由です」
「……使える駒を手放さない宰相でもあるがな」
苦い笑みを浮かべ自虐的な事を口にするアーヴィに思わず笑みが漏れる。この人はまだそんなことに拘っているのか。なんとも不器用で……優しいことだ。
「その立場を忘れればミヅキにさぞ冷たい目で見られるのでしょうね」
「それは……そうだが」
アーヴィはミヅキの性格を思い浮かべたらしく、呆れたような表情になると溜息を吐き首を横に振った。喜ぶどころか怒る姿が目に浮かんだらしい。実際、そうなるだろう。
「そもそもミヅキは誰かが自分の為に動く事を期待しないでしょう。勿論、動けば感謝はしますが……騎士を前に守られる発想の無い娘にはどれほど言い聞かせても無駄ですよ」
「あの、馬鹿娘は……!」
普通の思考回路をしていないのだ、しかも男よりも男らしい性格をしている。ミヅキは私を『主の為ならば自分を平然と利用する存在』と認識しているが、それはミヅキも同じだろう。
あの娘ならば絶対にやる。何の躊躇いも無く笑顔で『お前の主の為に働け!』と放り出すに違いない。勿論、自分も動くだろうが。
……そのうち『色仕掛けして来い』と言い出すのではないかと割と本気で心配しているのは秘密だ。間違いなく『自分の婚約者』という立場を綺麗に無視して嫉妬などしないだろう。事実コルベラでは賛同するような事を言っていたと二人から聞いている。
「少しは自分の事だけを考えて生きようと思えばいいのだがな」
「それを言っても聞かないからアーヴィのように過保護な者が続出するのでは?」
「……。イルフェナか」
「ええ、騎士達……食事に来る近衛の一部が」
彼等を頼り大人しく守られているならば、あそこまで過保護な方向にはいかなかっただろう。目を離すと無茶ばかりするので、自然とそうなったようなものだ。
「いいじゃないですか、今まで通りで。頼り頼られの関係が最善ですよ」
「セイル……お前、一応自分の想い人だろう?」
あっさりと結論付ければアーヴィは呆れた表情を見せる。それに対し私は楽しげに笑った。
「ええ、勿論。騎士としても個人としても信頼し執着していますよ? やはり彼女を選んだ事は正解でしたね」
「お前もその発想はどうなんだ、間違っても想い人に向ける言葉じゃないぞ?」
「ミヅキが普通だと思っているのですか?」
「……一般論として、だ!」
やや視線を逸らしながら言うアーヴィの姿に本心が透けて見えた気がした。やはり保護者の目から見てもミヅキを普通の女性扱いするのは無理があるらしい。
アーヴィ。壊れている私の執着は恋などよりも余程重いのですよ? それに……私にとって最上位にあるものがミヅキと同じである限り『執着』は一生続くものじゃないですか。
何より他の二人も似たような状態なのだから、ミヅキにとっては不幸なことかもしれない。
純粋にミヅキの幸せを願う者が最も警戒すべきなのは……我々守護役達なのだ。案じる気持ちと同じくらい仲間として信頼している以上は、主の為に駒として使う事に躊躇いなど無い。
勿論本人が納得した場合に限るのだが、我々の主は彼女にとっても大切な存在……断る事は無いだろう。
そのことに気付いた時、保護者達がどれほど悩むか判っていても彼女を手放そうとは思わない。
個人的な執着を抱いていようとも他の二人とて立場上同じ選択をする。彼女を利用する罪悪感や個人的な苦悩は……我々が抱えていればいいのだ。
「セイル? 何を笑っているんだ?」
「いえ、別に」
思わず笑みを浮かべる自分に気付いたアーヴィが怪訝そうに声をかける。
ああ、やはり。彼女の傍はとても『楽しい』。私は想い人だけではなく『理解ある友人達』と『最強の駒』を手に入れたのだ。それを楽しむ余裕も。
それに今は……偽りではない、心からの笑みを表に出せているのだ。その変化を齎した彼女が私の『特別』であることは間違い無いのだろう。
※※※※※※※※※
小話其の二 『食糧事情を改善しよう』
「……これくらいでいいかな?」
袋を担ぎ直し周囲を見回す。セシルやエマ、エレーナに加えセシル兄率いる騎士が何人か同じ作業をしている。
即ち……山芋掘り。むかごも当然回収済み。山と聞いて期待してたけど、やっぱりあったよ! 日本人なら即座に思いつく食材が! 知っているものより大きめだけど。季節感無視だけど。
人と同じく多くの物がこの世界に来ているので期待はしていたけど、まさか本当に有るとはね。
どうやら植物の根とかに見えて食べ物と認識されていなかっただけらしい。まあ、見た目上仕方が無いのかもしれないが。元の世界でも国によって認識に差がある物もあるし。
そして異世界人特有の自動翻訳は実に素直だった。筍も見つけたのだが皆の認識は『竹の芽』。間違ってはいないが、何だか別物な印象を受ける。もしかしたら言葉のズレも食材として伝わらなかった原因かもしれない。
私は元の世界でこういった農作物があると知っていたからこそ、可能性として気付けたのだ。さすがに山菜までは判らないし、確実なのは収穫したもの程度だろう。
「ミヅキ、これは本当に食べられるのか? 特に竹の芽は硬そうだが」
「うん、食べられるよ。さっき図鑑で調べたけど毒は無いし、多分同じだと思う」
「これが、ねぇ?」
セシルは首を傾げている。まあ、当然と言えば当然か。これほど食材があるなら日々食糧不足に頭を悩ませることはなかったのだから。
意外な事だがエマやエレーナも作業が楽しいらしく、気晴らしとしても十分だったようだ。
村娘な装いで嬉々として作業する姿は気取ったお貴族様ではない。優雅にお茶を飲むよりも自然な表情を見せている。
「……魔導師殿、これくらいでいいのかい?」
「十分ですよ」
本日の収穫は山芋(食用と種芋用)、むかご、筍(竹の芽)。これから近くの村へ戻って調理です!
これで受け入れられれば食糧事情が少しは改善されるだろう。農地を譲り受けたと言っても、それだけで全てを補えるとは限らないのだし。
ところで。
「お兄さん、騎士達は何故肉の調達も済ませているんです……?」
何時の間にか肉まで収穫されていた。ちなみに私は頼んでない。
私の問いにセシル兄はいい笑顔で私の肩をぽん、と叩く。
「期待してるからね」
……。
セシルから聞いていただろうし、羨ましかったんだな。
エレーナは一応罪人だし、セシルやエマが居るから護衛の意味で同行だと思ってたんだが……もしや食い物に釣られた? ねえ、王子様?
※※※※※※※※※
筍は切れ目を入れてから唐辛子と茹でて皮を剥く。これは元の世界のものと何ら変わりは無かった。こちらの世界の竹は私が知るものより大きいので、多少育っていても芽であるうちは十分柔らかいみたい。味も殆ど同じ。
……ぬか無しで灰汁抜きしたのだが味的な問題は無いっぽい。やはり成分的には完全に同じというわけではないのだろう。微妙に世界の差を感じるね。
村の人達の話を聞くと竹を入れ物として利用することもあるから、それ自体が食べられるとは思わなかったんだそうな。
これは山芋も同じ。こちらは滑りがあるという理由から全く手をつけなかったんだと。確かに最初に食べてみる人は勇気がいるかもしれない。
そんなわけで献立は『とろろ焼き』に決まった。肉も入れてお好み焼き風、これなら食べられるだろう。筍とむかごはスープと炒め物に。
元の世界でも馴染みがあまり無いむかごはバター、ニンニク、塩、胡椒で炒めて酒飲み用のつまみにしたらあっさりと受け入れられた。バターを使っているからコルベラでは高級品になってしまうが、一度美味いと知れば他の調理方法を考えてくれるだろう。
未知の食材は受け入れられなければ意味が無い。これが一番の壁だったのだが、気に入ったようで何よりだ。元の世界のレシピは偉大。戸惑い無く口にするセシル達のおかげでもあるだろう。
「……で、これがさっきのものか」
「そう。味付けした肉入り野菜炒めに卵と山芋を摩り下ろした物を混ぜて焼くだけ。柔らかいけどこれなら食べられるでしょ?」
「不思議な食感ですわね……」
「あれがこのようになるなんて」
セシル達は興味深そうに覗き込むと早速手を出していた。いいのか、姫様。皆で突付くような食べ方なのに。いや、旅では似たような事を散々したけど今は騎士とか兄の目があるじゃん?
「何か問題が? ……ああ、兄上も食べるか?」
「勿論もらうよ」
近くにいた兄を誘って楽しそうに味見する二人とそれを微笑ましそうな目で見る人々。
……ふつーに食べてるよ、この兄妹。いいのかよ、王族。周りも咎めないし。
どうやらこれが彼等の日常っぽい。大変庶民的にお育ちのようです、コルベラの王族は。
まあ、自分で焼いた出来立てを食べるってのも経験が無いから楽しいんだろうな。エレーナも不慣れながらも楽しそうに村人達に混じっている。普通の王族・貴族は自分で料理とかしないだろうしね。
見た目はソースなどが一切無いお好み焼きだが、野菜炒めに味を付けたので問題無いだろう。重要なのは腹が膨れるかということだ。
余談だがとろろの見た目に人々は盛大に引いた。やはり白くてどろっとしたものは異様に見えたらしい。焼けば変わりますよ〜と説明しつつ、皆の前で焼いたら納得してもらえたが。
「確かにこれならパンの代わりになるね。基本の物は全て身近にあるし」
「食糧事情の改善にどうですかね? 少しはマシになるかと」
「父上に進言しておこう。これは何処でも栽培できるのかい?」
「できると思いますよ」
食糧事情の深刻さを憂う王族としても興味が有るらしい。平然と食べているところを見ると特に問題はないようだ。元の世界と同じなら病気などに強い筈なので王族が率先して広めれば何とか浸透するだろう。
「しかし、君の居た世界は随分と食文化が進んでいるんだね」
「あ〜……私が居た世界は確かにそういった面が強いですね」
感心するセシル兄に曖昧に返す。
農作物はこちらの世界の方が圧倒的に美味なので、調理方法にそこまで拘る必要がなかった事が原因じゃないのかね? あとは国や身分によって手に入らない食材があることか。
山芋とか筍って昔から『季節になったら山へ採りに行きます』っていう感じの物だし、貴方達が食べているのは『別の形で美味しく食べたい』という気持ちから生まれたメニューです。
おそらく根本的な事が違うのだ。この世界では『生きる為の糧』、私が居た国では『食べる楽しみ』。いや、食べなきゃ死ぬけどさ。
あとは単に『食料だと気付くか否か』っていう差ではあるまいか。探究心というか、この世界に比べて食に対するチャレンジャーが多い気がする。納豆とかあるしな、うちの国。
実際、私が騎士寮で出す料理も事前に騎士sの試食が必須。この世界の味覚で判断してもらわないと美味いか不味いか不明なので、異世界料理が受け入れられるにはどうしても確認が必要になるのだ。
人身御供とか犠牲と言ってはいけない。協力者ですよ、協力者!
「今回見付かった物で少しは食糧事情が改善されるといいですね〜。薬草の産地が食糧難で機能しなくなるとか冗談じゃないですし」
「やっぱり君はそういう方向に行くんだね」
単純にコルベラだけを心配しているわけではない私にセシル兄が苦笑する。
いいじゃないか、別に。私は民間人なんだから個人の感情で発言しても。
「現実問題として。キヴェラが侵攻しなかった理由ってそれですよね? セシルを欲した理由も」
「そのとおり。攻め滅ぼせば一から我が国がしてきた事をやり直さねばならなくなる。飼い殺した方が楽だったんだろうね」
こっくりと頷くセシル兄の表情は相変らず笑みを浮かべており、周囲は未だ異世界の料理に盛り上がっているので私達の会話に気付いていない。
「暫くは国同士の立ち位置が掴めず不安定になるだろう。だから君が当事者であるセレスを守護役にしてくれたことに凄く感謝してるんだよ」
「やっぱり狙われますかね?」
「勿論。なにせ民の人気も取れるし、我が国や君との繋がりにもなる。誰かに降嫁させるという話も出たんだけど、あんな状況だったセレスに即婚姻しろとは言えなくてね」
……魔王様、こういう時は物凄く頼りになりますな。守護役がほぼ集う状況であの話を出したからその場で決まったのだし、言い出したのが魔王様達なので基本的に誰も反対はしないだろう。
思わず己が保護者を内心絶賛する私にセシル兄は続けた。
「だから困った事があったら遠慮なくコルベラを頼りなさい。父上からの伝言だ」
その言葉に怪訝そうな顔をすれば「公の場に呼ぶと個人への報償みたいな感じになっちゃうからね」と付け加えられる。
ああ、一応善意で動いたってことになってる以上――それが事情を曖昧にできるから。善意って言葉は便利だ――謝礼を出すと『実際は依頼した』とか言われる可能性があるのか。
それを考慮して『父親として』伝言を託してくれたのだろう。私が頼る場合はセシルのお父さんってことですね。
「……感謝します。病気関連はここが一番頼りになりそうですから」
「そう言ってくれると嬉しいね」
そう言って笑い合う。この話はこれでお終い。
「兄上! ミヅキ! 私達も焼いてみたんだ、味見してくれ!」
セシルが手を振って私達を呼ぶ姿にはキヴェラや道中で見せたような憂いは無い。傍ではエレーナが村の奥さん達から料理の手ほどきを受けていた。随分と打ち解けたらしい。
兄の目から見ても、セシルにとってあの一年は過去の事になったと確信できるのだろう。セシルを見る目に痛ましさは感じられなかった。
「さて、行こうか。皆が待っているみたいだよ」
「セシルってば凛々しい男装の麗人じゃなくて子供みたいにはしゃいでますね」
「はは! 少しくらいは無邪気な頃に戻っても構わないさ」
セシルはあれから自分なりに納得したのか、悲しむ素振りは見せなかった。セシルもまた自分勝手な選択――キヴェラに嫁ぐというやつだ――をした一人、理解はあるのだろう。
ただ、限られた時間を共に過ごしたいらしくエレーナは常にこういった行事に引っ張り出されていた。最初は戸惑っていたエレーナも今では随分と素直に感情を表情に出す。悪女の演技を止めた、これが本来の彼女なのだろう。
私達は近いうちに此処で笑い合っている友人を失う。それでも彼女を止めようとは思わないのだ、それが彼女自身の選択なのだから。
誰より自分勝手に行動する私が彼女を否定できる筈も無い。
だから……今は何の柵も無く笑い合った思い出を作ろう、エレーナ。
それが貴女の大切な『御爺様』が見せた祖父としての憂いを払うことになるのだから。
※心配するけど王族二人の事に関しては止めない守護役連中。
同類ばかりを集めたなどとは思っておらず、善良な保護者達の苦労は続く。
※きっとこの後は酒が振舞われて宴会状態。




