親猫は語る
保護者にはバレていた主人公の思惑。
小話其の一 『掌の傷』 (ルドルフ視点)
「……という事で、我が国がイルフェナ・ゼブレストとキヴェラの間の領地を得ることになったから」
「了解した。あいつ、本っ当に容赦無くやらかしたんだな。キヴェラがあっさり譲歩するなんて、思いもしなかったぞ」
「はは! それは確かにね」
呆れて言えばエルシュオンは楽しそうに笑った。
……いや、ミヅキだけではなくイルフェナの行動もどうかとは思う。これまでの借りを返すとばかりに本気になった結果、ここまでぶん取れたのではなかろうか。
同行していたアーヴィの言葉をそのまま使うなら『感情の赴くままに「生かさず殺さず」という報復を民にまで見せ付け、挙句に王の周りを固めていた騎士や魔術師を赤子扱い』。
冗談抜きに災厄である。
過去恐れられてきた魔導師と似た行動をとってどうする、馬鹿娘。
いや、あいつが復讐を忘れるなんてことは絶対にありえないのだが。
そう考えると『滅亡させる事も出来るけど交渉次第で止める』という選択肢が残されていただけマシなのだろう。
そもそもエルシュオンとアーヴィはミヅキを叩きまくっていたらしい。
……災厄が保護者に叱られたくらいで牙を収める、というのも周囲からすれば衝撃的な光景だったんじゃなかろうか?
ミヅキは日頃から自分を守ってくれる彼等に感謝しており、『保護者の言う事は基本的に聞く』と言っている。その状況でもそれは有効だったらしい……今回ばかりは本人が自分の発言に責任を持つ性格だった事が幸いしたのだろう。
逆に言えば大国の王だろうと自分にとって価値が無ければ全く言う事をきかないのだが。
二人が『猛獣使い』『保護者』『おかん』『親猫』――内二つは身内が呼ぶ――扱いされても仕方あるまい。話を聞く限りどう考えても、暴れる娘を諌める保護者か飼い主だ。
「まったく、あいつは……」
感謝をしつつも、ミヅキの今後を考えると頭が痛くなる。これまでエルシュオンが情報規制してきた苦労を何だと思っているのか。
その原因がゼブレストだというのだから、自己嫌悪に陥りたくもなる。
エルシュオンはそんな心境を理解しているのか、俺を見て苦笑するばかり。
「今回の事はミヅキの独断だ。君達に非は無いよ」
「だがな……今回あいつが得たものってセレスティナ姫達と仲良くなったくらいだろう? どう考えても働き損だ。今後厄介事に巻き込まれる可能性も含めるとな」
魔導師に首輪がついていると知らしめたようなものなのだ。イルフェナとて外交的な問題ならば、ミヅキに協力させざるを得ない。
まあ……本人の性格も知れ渡ったようなので、何度か痛い思いをすれば妙な真似をする輩も出なくなるだろうが。
そう考え深々と溜息を吐くと、エルシュオンは「これは個人的な話として聞きなよ」と前置きして話し始める。
その表情はかつて俺がエルシュオンに「必要ならば頼れ!」と説教された時に似ていた。あれも『個人的な協力』だった筈。
「今回の事。……あの子はキヴェラを利用したんじゃないかな」
「利用……?」
俺だけではなく、控えていた宰相やセイルまでもが怪訝そうな顔になる。当たり前だ、ミヅキとキヴェラにはゼブレストとコルベラ以外の接点は無い。
俺達の様子に一つ頷くとエルシュオンは再び話し始める。
「始まりはレックバリ侯爵からの依頼だが、ミヅキの目的は復讐だった。……本当にそれだけが目的だったのか? あの子ならば国を混乱に陥れるという選択もあった筈。他国を巻き込む必要は無い」
「ですが、本人も言っていたようにセレスティナ姫だけではなくコルベラの事も考えた上で必要だったのでは?」
アーヴィが困惑気味に声を上げるが、エルシュオンはそれにも肯定を示すように頷いた。
「そう、それも本当だよ。確かにコルベラの為を考えれば必要だったと言えるだろう。だが、ミヅキにはキヴェラという『国』を盾にとって『交渉によりコルベラへの不干渉を約束させる』という手もあった筈。王太子に非があるから交渉の席に着かせることは可能だ。実際、最終的にはそうなっているだろう?」
「……確かに」
「そういえば『初めから用意してあった』と言っていましたね」
エルシュオンの言葉に俺達は納得する。それもそうだ、その時はミヅキの脅威はキヴェラだけが知っていればいい。
今回、他国を巻き込んでいるのは『キヴェラの農地を減らす』ことによる『周辺諸国の現状打破』の為。正当性を主張する意味でも他国の賛同が必要だった。
コルベラとしても他国が味方になるのはありがたいだろうが、ミヅキが自分の存在を主張してまで他国に恩恵を齎す必要はあっただろうか?
そもそも、ミヅキはセレスティナ姫達と懇意である。キヴェラの干渉など絶対に許さなかっただろう。キヴェラとしても魔導師を敵にしてまでコルベラに手は出すまい。
「確かにゼブレストやイルフェナの復讐という部分もあっただろう。だけど全てが終わった今となってはミヅキはそれ以上を狙っていたように見える」
「それ以上……?」
未だ答えに辿り着かない俺はエルシュオンに問い返す。するとエルシュオンは何故か俺達を見て苦笑した。
「キヴェラ王をゼブレストで謝罪させることでミヅキは『キヴェラを屈服させる実力を持った魔導師』だと印象付けた。柵に囚われず身分さえ意味の無い実力者が君の味方をしている……君達に下らない事を仕掛けようとする輩は躊躇するだろうね。国として無視できない事実だよ」
言っている意味は判る。あの謝罪で俺達の繋がりは明確になったのだから。
だが、エルシュオンはそれ以上のことを考えていたらしい。
「次にゼブレストとキヴェラの間にイルフェナが領地を持った事。これによりゼブレストは攻め込まれる可能性からかなり遠ざかったことだろう。迂闊に攻め込めば影響を受けるからね、我が国とて黙っていない」
「あ……!」
「それは……っ」
共に声を上げたアーヴィも『イルフェナが盾になる』という事には思い至らなかったらしい。
俺達の認識は『農地の獲得』という、あくまで『国が領土を得る』という事だけに向いていた。それに伴う弊害……というか危険性まで考えてなどいなかった。……『自国の事では無いから』。
同時にならば何故、と疑問に思う。イルフェナとて、その可能性に気付かぬ筈は無いのだ。現にエルシュオンはこうして口にしているのだから。
いくら親しくても彼はイルフェナの王族、優先すべき物は国。口に出したと言う事は国が納得しているということだ。
「そもそも領土を奪えと提案したのはミヅキだ。そして普通に考えて得る農地は国に隣接した場所になる。確かにキヴェラの力を削ぐ為ではあるけど、ゼブレストにその権利を与えなかったのも妙な話。今回の事に関わっていないから不審がる声は挙がらなかったけれど」
「それはまあ……当然だろうな。俺達がしたのは逃亡を見逃す程度だ」
「そう。だからこそ、ミヅキの目的に他国は気付かない。君達は『関わっていないから得る物が無い』。キヴェラ王の謝罪も『ミヅキを諌める為』にこの国の宰相が提示した条件だしね」
実際は違うけど。そう付け加えつつも、それがミヅキの目的の一つであったことは聞いている。
ミヅキが後宮騒動で苦労したのは事実なのだから当然だ。黒幕が只で済む筈はない、最も屈辱的な方法で報復したと言えるだろう。
そう考えていた俺の思考は、続いたエルシュオンの言葉に停止することになる。
「ミヅキは君達に時間を与えたかったんじゃないかな? 国を立て直す事に集中できる時間が君達には必要だろう? その為にキヴェラを利用した。レックバリ侯爵さえ出し抜いて」
エルシュオンは相変らず苦笑したまま。それは出来が良いのか悪いのか判らない、自分勝手な魔導師を思い出してのものだろうか。
それは同時に俺にも向けられている。……昔から俺を案じてくれてた、兄のような友人。
「……あ」
小さく上がった声にそちらへと視線が集中する。声を上げたのはセイル。珍しくも困惑を滲ませた表情で、何かを思い出しているようだ。
「どうした? セイル」
アーヴィが声をかけるとセイルは周囲の視線に気付いたのか謝罪をし、少々の困惑を漂わせたまま口を開いた。
「御見苦しい姿をお見せして申し訳ございません。今のエルシュオン殿下の予想に心当たりがありまして」
「おや、やっぱりあるのかい?」
「はい。アルジェントとクラウスも聞いております……守護役に就いた際、顔合わせの時にミヅキは言っているのです、『自分に出来る範囲で協力する。最善と思われる環境を整える事と私との繋がりを明確にする事の二点がルドルフ達にとって助けになる』と。それを実行したんですか、ミヅキは」
「おや、そういえば」
「……言っていたな、確かに」
セイルに続き口にする二人の騎士からの証言にエルシュオンは面白そうな顔をする。
だが、俺はそれどころではない。その話が事実ならば、ミヅキはゼブレストから帰還した直後にこの国にとって最善の方法を考え付いていた事になる。
勿論、具体的にどうこうする事までは思いつかなかっただろう。だが、『その思惑が常に頭の片隅にあった』としたら……?
「やれやれ、レックバリ侯爵はミヅキに随分と大きな餌をちらつかせたんだね。それは食いつくだろうよ、十分な利害関係の一致だ」
「あいつはそれで得るものなんて無いだろう!? セレスティナ姫達と友人関係になれたのは偶然だぞ!?」
「だから十分な準備をしていたんだろうね。彼女達が本当にお荷物だったとしても、レックバリ侯爵との約束があるから彼の望んだ決着にもっていっただろう」
『姫の為ではない』――エルシュオンはそう言い切った。自分にとって最大のチャンスをくれた礼に動いてやろうと思った、ということだろうか。
確かにキヴェラを訪れるまでミヅキにはコルベラ、若しくは姫達との接点は皆無だ。異世界人である以上はこの世界の部外者なのである、しかもミヅキは善意だけで動くほど愚かでは無い。
冷たい言い方かもしれないが異世界人の齎す影響力の大きさを考えた場合、自分勝手な正義感や元の世界の倫理観前提で行動されると困るのだ。
この世界には『異世界人は無条件に価値がある』と思い込んでいる者達とて存在する。そういった連中が異世界人の御機嫌取りで国を問わず味方し、勝手な行動をとれば国だけでなく大陸は荒れるだろう。
口ではともかく、善意で無条件に味方する者など皆無なのだ。どう考えても自分達にとって利益があるゆえの行動だろう。
だが、それを煽ったのが異世界人であれば彼等を裁くことなどできない。主犯である異世界人を裁く事が出来ない――悪意は無かったと言われればそれまでだ――のだ、協力者でしかない者達を裁く事も難しくなってくる。
まだ異世界人本人がそれを見抜ければ良いだろうが、世界が違えば倫理観も異なると理解できない輩にそれができるとは思えない。
『世界から一歩引いて自分の事だけ考える』――そういう態度が最も影響が少ない。
個人でなら周囲が押さえ込めるが、人を扇動されるのは困る。……本人がその責任を取れない以上は。
ミヅキの場合は常に『言い出した者の協力者』という立場なので、この世界の常識や法に従う事が前提となってくる。本人もそれを理解して行動するので、重要な切っ掛けになる割に表舞台に出る事が少ない。
完全に裏方だからこそ直接関わった者以外は『手助けした魔導師』という認識のみ。国の上層部とて話を通し、それが利害関係の一致に繋がるならば抗議はしないし味方にだってなる。アルベルダがいい例だろう。
この世界の住人が納得するような状況を作り上げ結果を出す――それこそミヅキが認められている最大の要因だ。
コルベラでの姫の解放も力ずくではなく、証拠と証言に基づいたものだったから他国は『納得』したのだ。姫への憐れみだけでキヴェラを批難し、力を振り翳しての解放だったならば反感を買ったことだろう。
「今回の事は……我々の為ということですか。勿論、他にも理由があるでしょうが」
「そういうことだろうね。一番初めにあの子が考えていた事は後宮騒動の黒幕への報復だろうけど、同時にこの事も考えていた筈だ。……ゼブレストが今回のあの子の参戦理由だよ。あの子の身勝手だけどね」
半ば呆然と口にしたアーヴィの言葉をエルシュオンは肯定する。それを聞き、アーヴィは拳を強く握った。
それは保護者としての不甲斐無さであり、自分達が元凶だった事への憤りか。確かに今回は少々危険過ぎた。
だが俺達は国を第一に選ばなければならない立場。ミヅキの齎した結果を『立場的に』評価する以上は、『個人』の感情で叱ることなどできないのだ。……犠牲にする事など望んでいなくとも。
エルシュオンは俯きがちになる俺達を見て微笑ましそうに笑う。
「君達だって普段はミヅキの味方じゃないか。忙しい最中にわざわざイルフェナに来るほどに」
「グランキン子爵の時の事か? レックバリ侯爵が出て来るなら必要だったろ?」
「だけど王が直々に出てくるなんて普通は無いんだよ。……あの子は君を親友だと公言している。君も同じく。この世界で自由で在れるよう守ってくれる存在である以上に、ミヅキにとって大切な友人なんだろう」
『この世界で傍に居てくれる人以上に大切な物なんて無い』――その言葉はどんな想いで口にしたものだったのだろうか。
自分達はそれを軽く考えていた気がする。……ミヅキがあまりにも平然とし、明るかったから。いくら思い切りが良かったとしても、突然の孤独に何も思わなかった筈は無いのだ。
「だから今回は大人しく受け入れてあげるよ。我が国もキヴェラに対して思う所があったし、あの子がイルフェナの為に報復の場を整えてくれた事も事実なのだから。……個人的に君の事もあるしね」
「いいのか? 無理を通したんじゃないだろうな?」
「我が国にとってもゼブレストとは友好的でありたいし、落とされると困るんだよ。そういった思惑もあるから問題は無い」
仕方ない、とばかりに苦笑するエルシュオンもミヅキには甘い。自国の利益に繋がったとはいえ、他国の為に利用されてやるような性格はしていないのだ。
それを許したのはミヅキと……思い上がりでなければ俺の為。魔王と呼ばれる青年は実のところとても情が深いのだと自分は知っていた。
「さて、それではそろそろ戻るとしよう。ああ、そうだ」
退室しかけてエルシュオンは思い出したように一度振り返る。
「……君にもあったよね? 『掌の傷』が。エレーナ嬢は祖父の掌に刻まれた爪痕を見続けて復讐に身を投じたけど、ミヅキも君の悔しさを知っていたんじゃないのかな?」
思わず握り込んだ拳、その掌には薄っすらとだが傷がある。馴染んだそれは完全に消える事が無い。これまではそうだった。
幼い頃からの癖に初めて気付いたのはエルシュオンだ。アーヴィ達でさえ、それに気付かないほど必死だったのだ。だから自分が弱音を吐くわけにはいかなかった。
……ミヅキはそれに気付いていたのだろうか?
「ミヅキは気づいてくれていたのか、エルシュオンと同じく」
「……ミヅキならば気づいてそうですね。敢えて何も言わないあたりがミヅキらしいですが」
客人が去った後にポツリと呟くと、セイルが苦笑しながら肯定する。
そうだ、あいつならそれくらい気付く。周囲の状況を冷静に観察し、情報を逃さないようにする事が重要なのだと知っているから。
「なあ、俺はあいつらに何をしてやればいい?」
思い浮かぶのはミヅキとエルシュオン。二人は『ルドルフ』という個人の味方でいてくれた。
その問いにセイルは事も無げに返す。
「頼られた時に手を貸すというのが最善ですが、立場を放棄するような事は許さないでしょうからね。……訪ねて来た時に変わらず受け入れることで宜しいのでは」
「……それだけか?」
「ええ。あの二人を立場ではなく只の友人と扱う方は稀でしょう」
「確かに、そのとおりでしょうね。エルシュオン殿下は王子、ミヅキは異世界人。二人とも個人よりもそういった認識をされる事が多いでしょうから」
アーヴィの言葉に納得する。そう言えばミヅキは魔導師と呼ばれる事もあった。それは職業であり個人ではないのだが、どうしても目立つ方で人は認識するのだ。
「そうか……じゃあ、これから頑張らないとな」
「では、私はこれを届けに行って参ります」
「私もお供しましょう。護衛は扉の前にもおりますし」
そう言って再びペンを手に取ると、二人はわざとらしく席を外す。特にセイルは普段ならば絶対に俺の傍を離れようとはしないのに、だ。
……別の事に集中していなければ泣いてしまいそうだった。それほどに嬉しかった。
自分に価値があったからこそ彼等に認められたのだと、そう思えばこれまで犠牲にしてきた多くのものにも納得できそうな気がした。
「ありがとな……エルシュオン、ミヅキ」
本人達に伝える事の無い感謝の言葉は、ひっそり落ちた一滴と共に部屋に消えた。
※主人公の言葉は『守護役連中と魔導師』参照。




