もう一つの忠誠
アルベルダが主人公を試そうとしたり、妙に協力的だった理由。
「ゼブレストからコルベラにかけて接していた農地を奪い取る事で決着がついたよ。これでキヴェラも大きなことは言えなくなるね」
「……奪い取る?」
「すまない、交渉によって譲り受けたと言った方が正しいね」
あ、やっぱり訂正された。建前は重要だしな。
いい笑顔でそう言った魔王様にイルフェナの本気を垣間見たのは気の所為だろうか。
結果的に私が回った国沿いの領地――二割ほど国が小さくなってないか?――を得た形になる。
勿論、話し合いの末に。
尤もこれはバラクシン以外の国がこちら側に付いた事への対策だと推測。
本国を直接キヴェラに接しないようにするという意味もあるだろう。奪おうとすればまず農地の侵略から始まるわけだし。
でもね、魔王様。
一体、交渉に赴いたイルフェナ精鋭陣の立候補は何人いたんです……?
「君の助言に従って復讐者達の祖国の名が残るようにしてみたんだ。対外的にも素晴らしいアイデアありがとう」
ええ、確かに『奪い取った農地に復讐者達の祖国の名をつけてください。国が再興されることはありませんが、名が残るだけでも彼等に報いられると思います』とは言いましたよ。
キヴェラもその名が付けられた意味を忘れないなら、過ちを忘れる事は無いでしょうし。
だからってキヴェラの交渉役が数名倒れたり、うっかり本気になり過ぎて想像以上の領地を獲得するなんて想像できるかぁっ!
アルによればブロンデル公爵とシャル姉様も「我こそは!」とばかりに名乗りを上げたらしい。私の婚約者の家ということで無条件に参加枠を勝ち取ったとか。
なお、レックバリ侯爵もちゃっかり保護者枠で参加したらしい。以前より若人育成を口にしてるから間違ってはいない。間違ってはいないのだが……交渉役が役に立たなければお手本と称し参戦したんじゃないのか? 狸様は。
コレットさんとクラレンスさんは自国の防衛に徹する為に参加を控えたと言っていたから『報復上等! ドンパチやろうぜ?』な姿勢で待ち構えていたのだと推測。単純に頭脳労働より肉体労働を選んだだけだ。
「ゼブレストからイルフェナにかけての農地はイルフェナが、アルベルダからカルロッサにかけてはアルベルダが、カルロッサからコルベラにかけてはコルベラが所有する事になるよ」
「……? コルベラは判りますが。何でアルベルダが?」
当然の疑問を口にすると魔王様は笑みを深めた。
「……アルベルダにはそうするだけの理由がある。いや、アディンセルに……かな」
「は?」
「それはこれから説明するよ」
何か理由があるらしい。
それを含めて魔王様がコルベラまで来ているのだろうけど。
「ちなみに君も証人の一人だから。と言うか魔導師が認めれば誰も文句は言えない」
……。
魔王様。さっきから全く意味が判らんのですが。
とりあえず必要なのが『他国の王族』と『魔導師』ということでしょうか?
……そして私は貴族の忠誠の凄まじさを目の当たりにする事になる。
貴族って……忠誠心を持って生きる人達の気合と根性って凄ぇ!
※※※※※※※※※
室内には魔王様とアル、クラウス、私。そしてウィル様とグレンと親子らしき小父様と青年。それにエレーナ達アディンセル親子が集っている。
組み合わせ的に意味が判りません。ウィル様、その二人は一体だ〜れ?
そんな疑問に爆弾発言で答えてくれるのがウィル様なのでして。
「この二人はアルベルダの公爵家の者達だが、ブリジアス王家の生き残りでもある。アルベルダでずっと匿ってきたが、今回ブリジアスの名が蘇る事に合わせ領主として土地を任せたい」
……。
全員無言。魔王様は事情知ってたっぽいけど。
ええぇぇぇぇっっ!? 生きてたの!? 残ってたの!?
驚きに言葉もないアディンセル父子にウィル様はやや辛そうに話す。
「あの当時、アルベルダがブリジアスに救いの手を差し伸べる事は不可能だった。だから唯一残された手段が『黙認』だった」
「黙認?」
怪訝そうなアディンセル伯爵にウィル様は頷く。
「最期の王の姉がアルベルダに嫁いだ事は知っているだろう?」
「は……はい。確か父の姉が侍女として付いて行った筈です。その後、乳母として仕えたと聞いています。ですが、王女の唯一の御子息はキヴェラに殺された筈……」
その言葉にウィル様はゆっくりと首を横に振る。
「確かにキヴェラの要請は来た。だが、体の弱かった乳母の息子が身代わりとなったのだ」
「ですが! キヴェラとて調べなかった筈はありません! 魔術による確認が無かったとは思えないのです」
言い募るアディンセル伯爵とて信じたいのだろう。だが、彼はキヴェラのしてきた事を知っている。それを踏まえて言っているのだ……『キヴェラが王家の血筋を残す筈は無い』と。
「お前の父親はブリジアス王の従兄弟、つまりその母親がアディンセル家に降嫁した王族と聞いている。キヴェラが魔術による確認をしようとも『ブリジアス王家の血を継ぐ男児』としてしまえば、乳母の子であろうと間違いではあるまい?」
「そ……それでは本当に、その方達は……」
「正真正銘、ブリジアス王家の血を継いでいる。公爵家に嫁いだ王女は子を産んだ後に体を壊し数年後に亡くなったが、最期の王の姉の血は絶える事がなかったのだからな」
震える声で確認をするアディンセル伯爵を前に父親の方が初めて口を開く。
「貴方達がアディンセルの意思を継いだ者か。……漸く、漸くお会いできましたな。辛い道を歩ませ本当に申し訳なく思っています」
穏やかな、けれど喜びの滲んだ声でその人は話す。エレーナ達父子を見る目はやや潤んでいた。
「私の乳兄弟のシミオンは生まれつき体が弱く、成人まで生きられぬと医師から言われていました。それでも乳母のアイリーン共々、母を早くに亡くした私にとってはかけがえの無い存在だった。あの時……キヴェラから私の命を要求された時、シミオンはこう言ったのですよ」
『僕はどうせ長くは生きられません。ですが、そんな僕にも出来る事が一つだけある』
『僕もまたブリジアス王家の血を引いている。……貴方の身代わりになることができるのです』
『御願いです! この体では貴方に御仕えする事も叶いません。どうか僕に生涯唯一にして最高の栄誉を……ブリジアス王家の血を守るアディンセルとして死なせて下さい!』
「あれほど必死なシミオンなど初めて見ました。シミオンが己が虚弱さを嘆いている事は知っていた……理解した気になっていた! 愚かにも私はシミオンを守っている気になっていたのです。本当はシミオンこそが私を守り支えてくれていたというのに」
固く握り締めた拳は兄弟のように育ってきた存在を守りきれなかったからだろうか。少なくとも、この人にとっては自分の身代わりになるなど許せる事ではなかったのだろう。
後悔しつつも死ぬ事は出来なかった。全ては自分を先に進ませてくれた存在の為。
「シミオンを失った後も私に仕えてくれたアイリーンは数年前に亡くなりましたが、最期までアディンセルが王家を裏切ったとは思っていませんでした。『アディンセルが主を裏切る事などありえません。それは我が子にも受け継がれておりました。私は息子が誇らしくてなりません……王の血を守りきるなど、どれほどの者ができましょうか』と」
「ええ、ええ! 父は国と共に滅ぶ栄誉を捨ててまでキヴェラに一矢報いる事を選びました。私も娘も、そして付いて来てくれた使用人達も……誰も後悔などしておりません」
その言葉に男性……ブリジアス王家の血を引く人物は嬉しそうに頷く。彼にとってもアディンセルの真実が証明されたことが嬉しいのだろう。それは乳母親子が正しかったということなのだから。
「シミオンは最期に貴方の事を言っていました。アディンセルには自分と同じ年頃の少年が居る筈だから必ず力になってくれると。……感謝いたします。そうまでしてブリジアスに仕えてくれた事、亡きブリジアスの皆の期待に応えてくれた事、そして我が乳兄弟が正しかったと証明してくれたこと」
そう言って息子共々、深く頭を下げた。アディンセル伯爵とエレーナは泣き笑いのような表情を浮かべている。
彼等とて齎された『事実』が嬉しいのだ。アディンセルは王の血を守り抜いたのだから。
主の血筋が残されていた事と己が一族が裏切りを疑わなかった事。その二つは彼等にとって非常に嬉しいものなのだろう。
惜しむべくは国を再興するまでには至らないことだろうか。いくら王家の血筋が残っていようとも、支える貴族が皆無では民が集ってくれたところで国を興せる筈も無い。
寧ろ民の事を考えた上で領主と言う立場をとったのだと思う。アルベルダに属するならば、その加護は得られるという事なのだから。
「これは私の息子の一人です。アルベルダが新たに得た領地はブリジアスの名を与えられた。そして息子には領主として赴くよう、陛下より命が下されました。ブリジアス領としてですが、その名は蘇るのです……!」
「そのとおり。お前達の事を民は『鋼の忠誠を持つ貴族』と褒め称えている。ブリジアスの名はアディンセルの尽力によって蘇ったんだよ」
「一つ言うなら今回の事が認められたのはアディンセルの働きあってのことだよ? 王家に尽くし、ただキヴェラに一矢報いる為に存在し、そして魔導師に認められた君達の働きがあったからこそ認められたんだ」
ウィル様と魔王様の補足に今度こそアディンセル父子は涙を溢れさせながら跪き深く頭を垂れる。
「ご無事で何よりです、殿下。我がアディンセル一同、再びブリジアスに御戻りになる日を心待ちにしておりました」
「苦労をかけました。……その忠義に感謝します、アディンセル伯」
「はっ! 父も鼻高々でございましょう!」
『主』より下された言葉はアディンセル一族全ての苦労を労ってのもの。王ではなくとも、その言葉はアディンセル一族の行い全てが認められたということでもある。
それを事実と認め、証明するのは二つの国の王族と今回の件に深く関わる魔導師。面子的にも偽りや虚言を疑われる筈も無い。
王族の言葉は容易く疑う事などできないし、実際に王族は自分の言葉に責任が伴うから感情優先で発言したりはしない。と言うか、『立場上できない』。それが一般的な認識。
魔術的な面に関しては私以上が現時点で存在しないとのこと。つまり、『魔導師の見立てなど信頼できん!』と声高に言ったところで私以上の実力が無ければ言い掛かりとして対処できる。『お前、私より劣るのに判るの? 証拠出せるの?』と。
キヴェラで色々やらかした事を他国は派遣された者達が見ていたので、様々な意味で私を疑う事など不可能という面もある。下手に機嫌を損ねれば自国が次の標的だ。
鋼の忠誠心を持つアディンセルは、キヴェラ曰くの『裏切りの貴族』は。
ブリジアスの『得難い忠臣』として漸く名誉を回復したのだ――
※※※※※※※※※
「……ってことは、私が試されたのはこの為ですか?」
「こればかりが原因じゃないがな。キヴェラの状況からアディンセルが絡んでいるんじゃないかと疑っていたんだ、寵姫の名前程度ならすぐに調べがつくからな」
なるほど。確かにそんな裏事情があるならば『アディンセル』という名に反応するわな。裏切り者だった可能性を考慮しつつ、ブリジアス王家の血を守る為に『コルベラに協力するか否か』と言う建前を使ったのか。
まあ、こっちもキヴェラを警戒する上で間違いではない。何せ私に求められたのは実績だ、キヴェラと争う可能性も考慮されていたんだろう。
「魔導師殿を信頼していないわけではないんだが、セレスティナ姫の件が発端となりブリジアスの生き残りが居るとバレないとも限らん。それでこの情報は伏せて、単純に『キヴェラを警戒する』という名目を使ったんだ」
「まあ……それが最良ですよね。あの時点で私の最優先はセシル達とコルベラでしたから。聞いていたとしても、そこまで気が回らない可能性が高いです」
申し訳無さそうなウィル様に『怒ってないよ』との意味を込めて首を振る。
うん、話されても困ったと思う。こう言っては何だが、優先順位的には滅びた国よりもコルベラだ。うっかり口にしないとも限らんし。
「ブリジアスの皆様~、国が受けた被害には足りませんがキヴェラを……いえ、キヴェラ王はボコっといたんで!」
一応、報告すべきかと思って告げれば男性は微笑んで頷く。
「ええ、聞いております。キヴェラの謁見の間で断罪したと」
「いや、それだけじゃなくて。拳でガツっ! といきました。王太子共々、顔に線が入ってますよ。しかも跡は消えないようにしたんで」
「は?」
意味が判らなかったのか怪訝そうになる人数名。なのでゼブレストの件も含めて御説明。
「凹凸のある指輪を嵌めた状態で抉るように顔に一発。こんな事情があるならアルベルダも条件に加えるべきでしたね」
「君ね……そんな事を言っていたらきりが無いよ? そもそも領地を得る前の事だろう、それは」
……。
そういやそうですね。時間軸的にこっちが先に伝えられる事は無いだろうし。
安全が確保されたからこその暴露だもんなー、これ。今回の騒動で状況が変わったからこそ、私を含め部外者が知ることが可能になった情報だ。エレーナ達の働きもあるし、今後彼等に味方する者も多いだろう。
じゃあ、『大鎌でドキドキ処刑体験(仮)』とかはどうかね? 魔血石回収の名目でキヴェラに赴き、城に『大好評・死神(笑)』を夜な夜な発生させるとか。続・死霊の町みたいな感じで……
「余計な事を考えるんじゃない!」
「痛っ!?」
叩かれた。
魔王様ー、なんだか騎士s並に勘が良くなってません!?