周囲の評価と現実
とりあえず復讐は一応決着。前話が『片鱗』だったのは実害の無い幻だったから。
凍りついた謁見の間では誰もが無言だった。
私達はともかく、キヴェラ勢は迂闊な事を言えないということもあるだろう。何せ魔導師の逆鱗に触れるものが何か判らないのだ、慎重にもなろう。
それほどに彼等は自分達の視点でしか見ていなかった、ということだ。
王都の状況を報告されても元凶を目の前に打開策などある筈もない。魔術師達が容易く潰されているという現実が彼等に『それが可能な術者はキヴェラに居ない』という認識をさせているのだから。
そもそも『発動の場に居たにも関わらずどんな術を使ったか判らない』のだ、術を解くよう私に懇願しようとも『キヴェラを壊したい』と言い切る者相手では無駄というもの。
打つ手無し――キヴェラは此処に至って漸く『弱者』になったのだ。それこそ私が言った『踏み躙られた弱者の心境』である。
騎士や魔術師だけではなく、貴族や王族だってその気持ちを味わってもらわなければね?
貴方達に攻め滅ぼされた国や都市はそんな気持ちを抱きながらも最後まで抗ったのだから。
「魔導師様に御願いがございます……!」
そんな空気の中、一人の女性が立ち上がり跪く。私に近寄らないのはこちらを上位と認識しているからだろう。
本来ならば身分差により民間人が近寄る事さえ出来ぬ高貴な立場にある彼女は、距離をとったまま跪くことで自分の方が下位なのだと私に伝えている。
――彼女は王妃。王太子の生母であり、キヴェラ王の正妻。
「私達が愚かな事は判っております! 十分……十分理解致しました! けれど! どうか、どうか民は見逃してやって戴けないでしょうか」
「見逃せ? 私は民にも責任があると言った筈だけど」
冷たく返すも王妃は怯まなかった。王妃に続いた側室達共々、私の視線を受け止める。
そして深々と頭を垂れた。それは私の方が上位だと公の場で王妃が認めたということ。
「仰る通りでございます。ですが、民は王に従うほかないのです。この国に暮らしている以上はどうにもなりません。代わりに私がどのような目にあっても構いませんから……!」
「どうか御慈悲を!」
「術を収めてくださいませ……!」
身動きの取れないキヴェラ勢は固唾を飲んで彼女達を見つめ、王は拳を硬く握った。彼女達に続かないのは自分達が『加害者』だと自覚しているから。彼等は私に縋っても無駄だと理解しているのだ、自分達はそういった声を無視してきたのだから。
王妃が民間人に跪き縋る……必死に懇願する彼女達の姿にキヴェラ勢の中には目元を潤ませる者もいた。
そして、私は。
――彼女達により一層の冷めた目を向けた。怒りも混じったかもしれない。
「……ふざけるんじゃないよ、偽善者が」
「……え?」
先ほどより冷たい響きに彼女達は顔を上げ、その途端表情を凍りつかせる。
今の私は限りなく無表情に近いだろう。だが、そこに浮かぶのは『怒り』。彼女達の懇願こそ、私を怒らせたもの。
「『私が代わりに』? ふふ、おかしな事をいうじゃない。まるで自分は罪人ではないと言っているようね?」
「あ……そ、そんなつもりは」
自分が言った言葉がどういう意味になるかを理解した王妃は更に顔色を悪くする。
「貴女は元々この国で王に次ぐ罪人でしょ? ……一度も侵略を止めなかった。止める事が可能な立場にいたにも関わらず『弱者を踏み躙る事に賛同した』血塗れ王妃様?」
「お……王妃さまは賛同などしておりません……っ」
「してるよ。王を諌めていない。黙って受け入れる事は『全て従います』『同意します』っていう意味になる事くらい知ってるよね?」
反論した側室は私の言葉に沈黙する。
当然だろう……控えめな王妃だろうと慕われているならば彼女の言葉が完全に無視されるということは無い。実際、側室達は今王妃の味方をしているのだ。
国の方針に女性は口を挟む権利が無いというならば民に訴えればいいだけだ。王や上層部とて民の声が大きくなれば無視はできないのだから。
何より王妃にはこの国で唯一『夫婦として夫を諌める』という手段があった。彼女達の反応を見る限り『侵略に関わる決定に一切口を挟まなかっただけ』だろうな。
「民を動かす事だって出来た、貴族達に王妃として侵略行為に難色を示す事だって出来た、そして……この国で唯一夫婦として王を止める事が可能だった。……で? 何もせずに受け入れてきた貴女達が賛同していないって? 寝言は寝てから言え!」
強い口調に彼女達はびくりと体を竦ませる。体の震えは私が恐ろしいだけではない……『魔導師の言う通りだと自覚できてしまったから』。もしも違うならば何らかの反論が来るだろう。
王妃。貴女はキヴェラがこうなる未来を変える事が可能な立場にいた。胸の内では思う所があったとしても、思うばかりで行動しなければ受け入れたということじゃないか。
「御優しい王妃様、立派な王妃様……キヴェラ限定のね。だいたい、侵略に赴く者達に『どうか御無事で』と祈る事はあっても『滅ぼし奪うなど、どうかお止めください』とは言わなかったんでしょ?」
「……はい。そのとおりで、ございます……」
「それってさぁ……『我が国の兵が傷つく事無く奪い取ってきてくださいね』って意味なんだけど? 一方的で自分勝手な侵略なんだから」
そう告げると王妃は目を見開き……自分の言葉の惨酷さを理解したのか口元を抑えて涙を流した。見開かれたまま落ちる涙は罪悪感の為だろうか。
言葉だけならば『優しい王妃様』なのだろう。だが、周囲の状況を考えると全く別の意味を持つ。
だから敢えて言ってやろう。これまで自分でも『慈悲深い王妃』だと思っていたみたいだしね。
「侵略行為に賛同しておきながら今更善人ぶるな、偽善者。キヴェラの事しか考えなかった貴女は当然復讐対象でしょう? 身代わりになるってのは無関係だからこそ可能なのだと理解しなよ」
王妃達はもはや言葉もないのか完全に沈黙した。今の彼女達は過去の自分を受け入れる事で手一杯なのだろう。
ふむ。このまま壊れてもつまらないよね、私は当事者達全員に今後苦労してもらいたいんだから。そう考えてある事を思いつく。
……ああ。折角なので一つの幻影を見せてやろう。貴方達もきっと気になっていただろうから。『あれ』は私の思い通りに動かせる。
私は『あるイメージ』を形にする。それは即座に一人の、大鎌を持った人の姿となって私の横に並んだ。
銀の髪、緑の瞳、同じ服装に同じ顔……ただし色と性別のみ違う。私にとってはゲーム内での姿だが、キヴェラにとっては砦一つを落とした恐るべき『復讐者』。
これはある意味もう一つの私の姿。慣れ親しんだ姿だからこそ自由自在に動かせる唯一の幻影。
「貴様はっ!」
「銀の髪に緑の瞳、女性のような顔立ち……まさ、か……」
「やはり魔導師だったのか!? だが……」
報告を受けていたのか何人かが声を上げる。髪と目の色くらいしか特徴は覚えていない筈だが、そこに『女性のような顔立ち』『魔導師』という単語が加わると容易く答えに辿り着く。
大鎌は……まあ、ゲームの中で持っていたし今は必要なので追加。
『砦は楽勝だったよ、初めましてと言うべきかな?』
「やはり……魔導師だったのか。そうか、貴様が……」
『この姿は幻影だけどね。ああ、他の面子も幻影だよ』
その言葉と共に砦イベントで見せた面子を一度浮かび上がらせ、即座に消す。それが示す意味は。
「一人、で……落としたのか?」
『そういうこと! やり方を考えれば案外楽にいくんだよ』
にこやかに幻影は笑い次の瞬間、滑るように前方に動くと王妃の手前で大鎌を一閃させる。同時に私は小さな風刀を発生させた。多少のズレは誤魔化せるだろう。
ぱらりと髪の一部が舞い、王妃の頬に一筋の紅い線が引かれる。思わず小さく悲鳴を上げ後退った王妃は同じく悲鳴を上げながらも王妃の体を後ろに引いた側室達に抱き締められた。
『ね、ただの幻影じゃないだろう?』
笑ったままだった『それ』は次の瞬間、笑みを消し王妃達に大鎌を突きつける。
『自分の殻に閉じこもるな、君は王妃だろ? 死ぬ事も狂う事も許さない……最後までキヴェラに尽くせ』
「……っ……命を投げ出す事は……罰、になりませんか……」
『君が死んで何が変わるのさ。一人だけ今後の苦労から逃げたようにしか見えないけど』
「王妃様をこれ以上追い詰めるのか! 貴様に慈悲の心はないのか!?」
王妃との会話に割り込んでくる騎士。彼は……場所から言って騎士団長か何かなのだろう。砕けた腕ながらも王妃を背に庇おうと無理に動こうとして周囲に止められている。
止めているのは下手に動けば王妃達がより危険に晒されると思っているからだろう。動けない事も事実だろうけど。
『心が壊れても生きているだけマシだろう?』
「な、何を」
首を傾げる幻影に騎士団長らしき人は困惑を浮かべた。だが、次の台詞にそれ以上の言葉を続けることができなくなる。
『だって君達は王族を皆殺しにしてきたじゃないか。民を愛した立派な王や王妃だっていた筈だよ? だから復讐者が生まれるんじゃないかな』
「あんた達、本当に身勝手ね〜。立派な王妃でもその女はキヴェラ以外から見れば王の賛同者でキヴェラを血濡れにした一人じゃない。滅ぼされた国の『何の罪もない王妃』が殺されてるのに自国の王妃は見逃せなんて」
『どうして時間が経っているにも関わらず復讐を選ぶか疑問に思わないのかい? 国があるなら目を付けられるような真似はしない、王族が生きているなら再興に尽力するだろう。……彼等はね、復讐しか残っていなかっただけなんだよ』
「消去法で復讐が残ったのに、民は見逃せ? 王妃を追い詰めるな? 随分と復讐を軽く考えているのね」
幻影と一緒だと一人二役になってしまうのだが、向こうが幻影を個人と認識しているので仕方ない。砦イベントの種明かし兼証拠として、幻影といえど実害ありという認識をしてもらいたかっただけなのだが。まあ、王妃に関しては正気に戻すショック療法なのだけど。
微妙に恥ずかしいので背後は絶対気にしない。何か熱い視線を感じるしね!? ……クラウスも護衛として居たっけね、そういえば。
王妃はじっと幻影を見つめ、それが幻影だと思い出したのか私に視線を向けた。それはさっきまでの虚ろな表情ではない。
そして彼女は。
「……申し訳ございませんでした」
しっかりとした口調で再度こちらに向かって頭を下げた。その謝罪は王妃の責を放棄しようとした自分を自覚したからなのか。それともこちらに居る復讐者達を思ってのものなのか。
本来の彼女は王妃に相応しい判断ができる人なのだと思う。先ほどの懇願はルーカスの事も含め精神的に余裕がなく、それでも民を守ろうとする気持ちの結果なのだろう。
その言葉を受け、私はエレーナの手に触れ治癒を施す。先ほどの王妃の言葉を聞いた彼女は怒りで掌を傷付けていた。王妃が謝罪したのだ、彼女も傷を残す必要は無いだろう。
伯爵の方も同様に治すが、こちらは距離があるので触れていない。気付いた伯爵はやや驚きながらも僅かに微笑み会釈する。エレーナは傷を作ったこと自体無意識だったのか、恥ずかしそうに頬を染めた。
気にしなくていいよ、二人とも。声を上げたかっただろうに私に譲ってくれたんだしね。
『騎士殿、私の実力は認めて貰えたかな?』
「……ああ」
『それは何より』
その言葉を最後に幻影は振り返りそのまま消える。それを見届けた騎士はそのまま視線を私に向けた。その表情は悔しそうな、けれど負けを認めたような複雑なものだ。
じゃあ、そろそろ最後の〆といきますか!
「さて、キヴェラの皆様? 私はこれまで色々とやってきました。それが『キヴェラが過去にしてきたこと』が元になっていることは気付いてますよね?」
「そうだな。形は違えど我が国がしてきたことだろう」
王の言葉に私は一層笑みを深める。気付いているならクライマックスはさぞ納得してもらえることだろう。
「では、最後に。『城の崩壊』に移りたいと思います!」
「は?」
思わず気の抜けた声を上げるキヴェラ王。ええ! その気持ち判りますとも!
「敗戦とか敗北ってやっぱり明確な証みたいなものが必要じゃないですか。国を滅ぼしてきた以上、城なんて残ってません。ですから! ここはキヴェラにも擬似滅亡を味わってもらおうと思います!」
いい笑顔で言い切った私にキヴェラ勢は困惑した表情を浮かべた。それは『個人で可能なのか』ということと『他国の者や復讐者達が居るのに?』といった思いがあるからだろう。
そうですねー、普通はそう思います。私もこの場に居るしな。
「同行してくださった皆様には万が一もあるということで既に準備しています。復讐者達に関しては……」
ちらりと申し訳無さそうに視線を向けるも、彼等は笑みを浮かべて首を振った。
「我等の事は御気になさいますな」
「そうですとも! 滅亡でなくともそのような瞬間に立ち会えるならば命を惜しみましょうか」
小父様達二人は実に晴れやかだ。そしてエレーナとアディンセル伯爵も同様だった。
「最期まで見届けられぬ事が残念ですが、我等は元より生き永らえるなど思っておりません」
「魔導師様。私達の事はどうぞ捨て置きくださいませ!」
アディンセル父子も賛成してくれるらしい。だが、それに焦ったのはキヴェラ勢だ。
「ちょ、ちょっと待て! 我々も個別に結界の魔道具は持っているぞ?」
「ええ、だからこそ良いんじゃないですか! 崩れゆく城、生きながら感じる滅亡と命の危機! 助け出されるまで正気でいてくださいね? 栄華を極めた国が一瞬にして滅ぶ(擬似)なんて物語のようじゃないですか……!」
「いやいやいや! 狙っている物が違うのではないか!?」
「大丈夫ですって! 何せ崩れるのは一階部分だけですから後は運です!」
私の言葉に全員が怪訝そうな表情になる。ああ、『何で崩れる場所が具体的に判るのか』ってことだろうな。普通は魔法を乱発するとかだろうし。
「セレスティナ姫を助け出す際にちょっと城の一階部分に細工を」
「後宮内ではないのか!?」
「本の整理の手伝いでこっちに来ましたよ。侍女に混じっている上に真面目にお仕事してましたしね〜」
「騎士達は……」
「上に行こうとしたり派手な魔法使ったりしなければバレないんじゃないですか? まさか後宮経由で入り込むなんて思ってもいないでしょうし」
騎士達が守るのは重要な場所や人、つまり一階部分はあまり重要視されない。賊とか入り込みやすい場所なのだが、最も人通りが多い場所でもあるのだ。不審者は絶対に目に付く。
上の階はきっちりガードされているだろうし、限られた人しか知らない逃げ道なども用意されていると推測。はっきり言えば『誰でも侵入できる・逃げる時に必ず通るのが一階』なんて誰でも予想がつくので、本命の隠し通路出入り口は一階には絶対に無い。
後宮から繋がっていた隠し通路も図書室倉庫にしか通じてなかったしね。あくまで『隠し通路の一つ』なのだろう。そもそも町から敵に入り込まれる可能性もあるし、城に通じる図書室の倉庫は基本的に鍵がかけられている。隠すどころか明らかに避難訓練用の通路並の扱いだ。
そこから城内に入ったところで図書室を出たら騎士達の休憩所のすぐ近くという親切設計、城が無事なわけですね!
「不審な行動をとれば即座に気付かれるだろう! いい加減な事を言うな!」
警備が疎かだったと受け取ったのか、さっきの騎士団長らしき人が声を荒げた。
うんうん、そうだよね。普通はそうですとも。
ただし、私は普通ではない。魔導師に常識を求めんな?
「不審な行動をとらなければバレないってことじゃないですか」
「な、に……?」
「ですからね? こう、手に握り込んでおいて中身を転移させればいいんですよ」
そう言って一つの魔血石を見せ、握り込んで見せる。
「何を、何処にだ」
「魔血石。一階の壁数箇所に埋め込まれた形になってますけど」
騎士団長(仮)や貴族達は魔術に疎いのか、いまいちよく判っていないらしく首を傾げている。まあ、そうだな。私が見せた魔血石は小指の爪ほどの大きさだ。それを恐れろという方が無理だろう。
だが、魔術師達は揃って顔色を変えた。彼等は魔血石の特性を知っているのだから。
「魔血石は自分の血と魔石を術によって組み合わせた物っていうのは知っていますよね?」
「あ、ああ。魔術師達が自分の魔力を魔道具に供給できるようにする為のものだろう」
「では、それが術者に繋がる物だということは理解できますね?」
「繋がる……そうだな、そういう事なのだろう」
そこまでは理解できたのか騎士団長(仮)は頷く。他の貴族達も理解できているようだ。
「つまり術者の一部ってこと。本来ならば目標を認識しなければならない攻撃魔法の起点として使えるんですよね〜、これ」
「な!?」
「いやぁ、普通はその場に居なきゃならないんだけどね。これを使うと遠隔操作で魔法を発動できるんだよ、便利だ」
しかも魔血石自体に魔法を組み込んだわけではないのだ、どんな魔法を使うかは術者の気分次第。これが今町で起きている亡霊騒動に使ったものとの大きな違い。
脅迫に使う以上は解除も念頭におかなければならないだろう。だが、これは回収しなくても安全な代わり『いつでも発動させる事が可能』なのだ。これでキヴェラは迂闊な事ができなくなる。
魔術師達が物凄く頑張って回収するという手もあるが、使った魔血石自体は使い捨て前提の物。魔法が発動していなければ魔力を辿るにしても気配が小さ過ぎる。
そんなものを見つけ出そうとするならば城中の魔法を解かなければならず、確実なのは城の破棄。普通に無理ですね。
「貴方達は命の危機と絶望を味わい、民は混乱の最中に崩れゆく城を目にして絶望する。……どう? 復讐劇のクライマックスとしては上出来でしょ? 大国に相応しい最期だと思いません?」
「いや……勝手に滅ぼさないでくれないか」
「でも貴方達が頑張らなきゃマジに滅亡ですよ」
にこにこと話す私に対しキヴェラ勢は無言。脅迫だと知っている魔王様達も私のあまりな発言に同じく無言。いいじゃないか、派手にすることで他国へとキヴェラの敗北が伝わるのだから。
実際、ゲームや物語のエピローグやその直前は『崩れゆく城からの脱出』という場面が割と多い。これは『誰の目から見ても元凶が倒された・もしくは城を圧倒的な力の崩壊に見立てる』という意味があるだろう。
特に城は国の象徴とも言われる存在、それが崩れたら誰だって敗北を自覚する。
「ちなみにこんな感じ。あ、今は軽くするから大丈夫だよ」
握っていた魔血石をキヴェラ勢の方へと放る。投げた直後はざわめいたキヴェラ勢もカツン、と小さな音を立てるだけの小さな赤い石にやや緊張を緩める。そして。
パチン! と私が指を鳴らすと軽い爆発が起き、石周辺の氷を吹き飛ばした。しかも床を軽く抉っている。
その光景にキヴェラ勢は石が破裂した跡をガン見し、同時に私にも視線を向けた。
「今は軽くしましたけど、元々使い捨てで考えてるのでもっと派手にできますよ。いくら強固な城でも一階の壁から亀裂が入る……いや、破壊かな? まあ、数箇所を派手に壊されたら重さに耐え切れず崩れ落ちますよね!」
一度に全部吹っ飛ばすより絶望感溢れる場面になりそうだよね! と続ける私に「悪魔か、あいつは」等と言った言葉が囁かれる。うん、好きに呼べ。現実は変わらないから。
善人だなんて一言も言って無いじゃん! 魔導師に何を期待してるのさ?
さあ、私が歴史に残る災厄となる記念すべき瞬間を恐怖で彩ってくれたまえ……!
が。
キヴェラ勢が心の底から敗北するのを待っていた人達もいるわけで。
私の背後に控えていた約二名は深々と……それはもう呆れと諦めを込めて溜息を吐いた後、私の頭を叩いた。しかも結構痛い。
いきなり酷いですよ、魔王様ー!
「ミヅキ、少しは自重しなさい」
「やだ。宣戦布告は向こうからじゃないですか」
「それはそうなんだけどね……」
「私からも諌めよう。ミヅキ、我々に迷惑をかけたいわけではあるまい?」
「う……じゃあ、ちょっと待つ」
演技ではなく半ば本当にお説教モードになってきた二人を軽く睨んでも反撃はしない。その光景にキヴェラ勢は唖然としていたが。
そして魔王様は『計画どおり』にキヴェラ王へと話を振る。
「条件次第で私達が諌める、という事も聞いているだろう。このままミヅキに好き放題されるか私達と交渉するか。好きな方をお選びください」
「……その条件は」
縋るものがある以上は王として無視するわけにはいかなかったらしい。ただ、縋るにしては相手が悪過ぎるというのも理解しているのだろう。さすがは王か。
「そうだね……ここまでキヴェラの増長を招いた原因である農地をいただこうか。ただし、どれほど得られるかは交渉次第と言っておく」
「仕方あるまい。だが……農地を直接要求はせんのだな?」
キヴェラ王の当然の疑問に魔王様は鮮やかに微笑み。
「キヴェラは常に優位に立った上で交渉を行なってきた。今回は対等な立場で交渉してみたいということですよ」
(訳:『対等な立場で臨む交渉の席でこれまでの報復、もとい実力者の国と呼ばれた小国の意地を見せつけてやらぁっ! 覚悟しとけ?』)
「……」
……どう考えても殺る気満々の、大変物騒な『お誘い』にしか聞こえない。言葉の裏を読み取った人々は一斉に青褪めた。下手すると命の危機より性質が悪いもんな。
魔王様、すっごく楽しそうだなぁ……今頃イルフェナ精鋭陣は交渉役の座を巡って壮絶なバトルでもしているんじゃあるまいか。
そして続くように宰相様が条件を提示する。
「我が国はキヴェラ王御自身が直接陛下に謝罪することを要求する。……心当たりがあるだろう、キヴェラ王」
「儂が若造に謝罪か……っ!」
キン、と僅かに音をさせながら頬を掠めた氷の刃にキヴェラ王は表情を強張らせる。ゆっくりと向けられた視線の先には勿論、私。今の実行犯が私だしな。
「あ? その若造相手に圧倒的な力を持ちながらも勝てなかった、傲慢な年寄りがほざいてんじゃないわよ」
「何だと!?」
「悪企みばかりしていて内部を疎かにした愚か者でしょ? 今回はあんたの野心が原因だっていうのに自覚無いわけ? 付き合わされた民はどうでもいいと? それとも被害を受けてきた他国に対して思う事は無いのかな? ……宰相様、やっぱりさくっと壊そうよ」
半ば本気で言って掌に魔力を集中させると、その影響か服の裾がふわりと舞った。それを見たキヴェラ王は顔色を変えて待ったをかける。
……私が本気なのだと漸く理解したらしい。まあ、セシルの事といい齎してきた結果は善人方向だったから『そこまでやる筈は無い』という淡い期待があったのだろう。
期待に沿えず申し訳ない、私はめっちゃ本気だ。
「ま、待て! 判った! その条件を呑む! 先ほどの言葉も取り消そう」
その言葉を聞き、無言で宰相様に視線を向けると軽く頷く。それを見て魔力を収める様子にキヴェラ勢はこれまでゼブレストにしてきた事を思い出したのか顔面蒼白だ。
それじゃ、本当に最後の仕上げといきましょうかね。
「じゃあ、当然私からの条件も呑むのよね?」
にこやかー、としか言い様が無い笑顔に何かを悟ったのかキヴェラ王は益々顔色を悪くする。
失礼な奴だな、魔王様達の条件を聞いた時よりも怯えるなんて。乙女なのに。
「今、この場で復讐者達に謝罪。勿論、誠心誠意」
「……それだけ、か?」
意外、と顔に貼り付けたキヴェラ王に私はにこにこと笑う。
「勿論、私の言葉をなぞる形で言ってもらう。だって、まともな謝罪なんてできないでしょ? ゼブレストの練習も兼ねて詫びろ」
「そこまで……愚かに見えるか……」
怒りを滲ませたキヴェラ王に私はあっさりと頷き。
「うん、見える」
『空気読め!』と周囲に言われたような気がするけどシカトだ、シカト。
だって、こいつルーカスの親じゃん? それに大国の王だからこそプライド高そうだ。
「息子が『初めてのごめんなさい』を失敗してるのよ? あいつの父親が成功すると思う? ただでさえ大国の王として誠心誠意謝罪した事が無いっぽいのに。もう後が無いから失敗すれば国の滅亡フラグが立つというペナルティ付きなんだけど」
「はぁ?」
意味が判らないのかキヴェラ勢は首を傾げ、そして視線を王太子に向ける。対して魔王様達は非常に納得できる理由だったのか「確かに」と頷いていたり。
「あ〜……王太子がまともな謝罪を見せなかったからミヅキは信頼できんと言っているのですよ。我々もそれには同意する」
やや視線を泳がせながらも補足する宰相様。おかん、解説ありがとう。
キヴェラ勢も複雑ながら王太子に思う所があったのか納得したようだ。と言うか判断基準が王太子な以上は信頼しろという方が無理だと理解しているのだろう。
「判った」
溜息を吐くとキヴェラ王はこちらに歩み寄り跪く。その先にはエレーナ達四人。
「過去キヴェラが行なった非道な行為を私は王として心よりお詫び致します」
「……過去キヴェラが行なった非道な行為を儂は王として心よりお詫びする」
「我が国は己が罪を理解しました」
「我がキヴェラは罪を理解した」
「どうか、お許しください」
「どうか、許してもらいたい」
若干違うが、だいたい同じ台詞をキヴェラ王は確かに口にした。
彼は王。公の場で跪いての謝罪は確かに『事実』として他国に伝わるのだ。それは紛れも無くキヴェラが復讐者達に対し膝を折ったということ。
キヴェラ勢も其々思うことがあるような素振りを見せるものの、動かせる範囲で体を動かし王に倣う。
「漸く、漸く悲願が果たされましたぞ! 亡きブリジアスの皆様方……!」
「聞いたか、同胞! 我等の勝利だ!」
「弱者の意地、思い知ったか!」
瞳を潤ませながらも笑みを浮かべて喜び合う人達の中。
エレーナは小さく「お爺様、御覧になってらっしゃいますか……」と呟きながら涙を零した。それが喜びの為であることは言うまでも無い。
――彼女は漸く心から笑う事が出来たのだ。
『城の崩壊によるキヴェラ勢生き埋めルート(結界の魔道具を持っていれば生存)』が当初はセシル解放の交渉手段だった主人公。冗談抜きに災厄。
最初の一撃で半分どころか勝利を確実にする気合の入れっぷり。