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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
キヴェラ編
113/696

小話集8

VSキヴェラの前に一話追加。別視点と舞台裏。

 小話其の一 『おじいちゃんの場合』


「む……ここまでやるとは……」

「予想外でございましたね」


 別室にて謁見の間での騒動を見ていたレックバリ侯爵は暫し呆然とする。

 ここはコルベラ。当たり前だが姫帰還の報を受けて元凶の狸、もといレックバリ侯爵も来ているのだった。

 だが、謁見の間に居てはイルフェナとコルベラの繋がりがバレてしまう。その為別室にて、黒騎士の魔道具によって映像を中継されているのだ。

 ちなみにそれは一部屋だけではない。謁見の間に入れない城中の人間が何処かの部屋で決着を見ているのだ。


「あれではキヴェラもこれ以上コルベラに手が出せまい。証拠を揃えた上での糾弾と婚姻関係の消滅だからの」


 そう、婚姻の解消などというものではない。『婚姻など始めから無かった』のだ、誓約書があの状態なのだから。

 まさか王太子の手に渡した上で『盗難届もないし既に返却済み』などと言い出すとは思わなかった。というか証言を王太子にさせる事自体予想外だ。


「ミヅキ様はセレスティナ姫と仲がよろしゅうございます。やはり一年間の冷遇は腹に据えかねたのでしょう」

「確かに仲が良いの。それ以外にも保護者を侮辱されて怒り狂っておったが」


 レックバリ侯爵は手にした紙に視線を落とす。それはキヴェラに居たミヅキから送られた怒りの篭った手紙だった。誰が見ても殺意溢れる文面と文字だ、怒りが透けて見えるのだから。


「お久しぶりでございます、レックバリ侯爵様」

「……ん? おお! 息災であったか」

「はい。……やはり此度の事はレックバリ侯爵様の御采配でしたか」


 声をかけてきた男は老人と言って差し障り無い年齢だ。亡き友を兄の様に慕い仕えてきた男は姫の婚姻を最も嘆いた一人であろう。何も出来ぬ己を責めたに違いない。

 それだけに留まらず主が可愛がっていた末の姫が一年もあのような扱いをされたのだ、その胸の内はどれほどの怒りと後悔が渦巻いたか。

 だが、それも今は随分と穏やかだ。元凶である王太子の惨めな姿と姫の解放を知って漸く人心地ついたのだろう。


「頼んだのは姫の逃亡の手助けのみじゃったがな」

「……それでも。それでも御心を砕いてくださったのでしょう?」

「頭を下げるのは当然ではないかね? あまりにも危険で無謀な頼みであるからの」


 はっきり言ってレックバリ侯爵がミヅキに依頼した内容は無謀の一言に尽きる。大国に喧嘩を売れと言ったに等しいのだ、エルシュオンが難色を示しても仕方あるまい。

 それをミヅキは個人的な感情の下にあっさりと引き受けた。……それほど大事だったのだ、ゼブレストで得た友人達が。


「あの娘は情が深い。それに賢い。逃亡するだけでは後々姫が嘆くと理解していたのじゃろうな」

「そうでしょうな……姫様が戻られたことは本当に嬉しゅうございます。けれど国が犠牲となるならば姫様は間違いなく己を責めたことでしょう」

 

 もしも姫がコルベラに戻るだけだったならば。それはコルベラ滅亡の合図だったろう。

 この国は閉鎖的な分、とても身内を大切にする。姫をあのような目に遭わせたキヴェラには二度と従わなかっただろう。その果てに待つのが滅亡だとしても一丸となって牙を剥く。


「ミヅキはコルベラの事など考えてはいまい。……姫やエメリナが泣くから。ただそれだけの為にこの状況を作り出し姫の自由を勝ち取りおった」

「恐ろしい方ですね……キヴェラを翻弄するとは。ですが、それ程に姫様達を大切にしてくださった事を嬉しく思うのです」

「それすらも手の内やもしれんぞ? あの娘は予想もつかないことばかりするからの」


 楽しげに笑うレックバリ侯爵に男も笑みを浮かべる。あの魔導師が恐ろしい事は事実だが、姫にとっては大切な友人なのだ。ここ数日は仲のよさを見せ付けて今後も変わらぬ関係でありたいのだと訴えている。……少々方向性が間違っているような気がしなくもないが。

 そしてコルベラの者達は魔導師に好意的だった。不可能と思われたことを成し遂げた魔導師は国にとって『恩人』なのだ。


「……おや」


 映像を見ていた執事が思わず、といった声を上げる。それに釣られて二人も映像に視線を向けた。そして揃って目を丸くする。


「何と……」

「これは……その、何と申しましょうか……」


 先程まで知的に王太子を追い詰めていた魔導師が王太子の胸倉を掴み拳を振るっている。諌めに出てきた保護者達の言う事は一応聞くようだが。


「拳、でございますか……」

「う、うむ。怒り狂っておったからの」


 思わず手にしていた手紙を男に差し出す。素早く目を通すと男は深々と溜息を吐いた。どうやら現状は仕方ないと思ったらしい。そして止められぬことだということも。

 そうしている間にも王太子は更に魔導師の怒りを煽り今度は踏み付けられていた。当たり前だが助ける者は居ない。


「……。コルベラが報復する必要はなさそうじゃな」

「そうでございますね……」


 それ以外に何を言えるというのだろう? 

 そして王太子があの状態なら今後キヴェラはどうなってしまうのか。

 思わず背筋を凍らせた三人だった。平然としているセレスティナ姫はかなりの大物だったようである。





「……本当に、ようございました」


 執事は主の様子に一人安堵する。姫の婚姻を知った時の主の怒りを思い出して。

 亡き友に頼まれたというのに動けぬ身の何と不自由なことかと血が滲むほど固く拳を握った痛々しい姿。

 相手がキヴェラであり、侯爵という立場にある以上は仕方の無い事だと主とて理解していた筈である。それでも無力な自分が許し難かったのだろう。

 この結果が魔導師によって齎されたものだというならば、その切っ掛けを作ったのは間違いなく主だ。侯爵という立場、国の信頼、全てを投げ打って魔導師を引きずり出し、頭を下げて見せたのだから。

 そこまでできる貴族がどれほど居るというのか。その結果がこれならば主の目は確かだったということだ。

 感心と尊敬と少々の呆れをもって楽しそうな主達を眺める。それは先王が生きていた頃の、在りし日を思い起こさせた。

 ……あの方も御存命でいらっしゃれば同じように笑みを浮かべていた事だろう。そう確信を抱いて。



※※※※※※※※※


 小話其の二 『護衛騎士の場合』


「貴方さ、後宮で私が背後に居た事に気付いたんじゃない? 一度振り返ったものね?」


 その言葉に確実な敗北と少しの安堵を自覚した。

 ……そうだ、ずっと誰かが気付いてくれるのを待っていた。キヴェラに動いて欲しかったが、大国ゆえに王太子の持つ権限も大きく強行することが出来ない。


 何故気付かないんです? 貴方を案じる声に。


 何故切り捨ててしまうのです、彼等こそ忠臣と呼ぶべきなのに……!


 大国の王太子という地位は確かに重く辛いだろう。そこに同情しないわけではない。

 だが。

 自分の主張を振り翳すばかり、権力を振るうばかりならば、王太子の地位は捨てるべきだろう!?

 そのような憤りを覚えた時、自分は貴方の騎士であることを辞めたんでしょう。貴方が必要とするものは忠誠ではなく、耳に心地良い言葉ばかりなのだから。

 だから。

 だから自分は平然と偽りを吐く。貴方の傍に居られるように、仲間との約束を守れるように。

 なのに……。


『……当たり前じゃない。私は魔導師なの、それくらい『できなければならない』わ』


 何処までも国の期待を裏切り続ける王太子を利用して魔導師は望んだ結果を手にした。

 それは偶然などではない、結果を出すべく努力したからだ。にも関わらず彼女自身は成し得た功績を称えられる事に興味が無い。


 何者にも媚びぬ態度。


 何処までも自分勝手。


 理解も名誉も求めず己が望みを叶える存在……魔導師。


 恐ろしい、と思った。今回の事を客観的に見るなら間違いなくキヴェラは悪者だ。それを確実なものとした背景に『他国が迷惑を被らなかった』という事情がある。

 魔導師ならば王都を破壊して姫を攫う事ができた筈なのだ。だが、それでは他国の理解を得られずコルベラと姫の未来は暗い。

 それを知るからこそ、キヴェラの非道を触れ回り手間をかけて他国を味方につけたのか、あの魔導師は!

 地位などなく、平民にも関わらず彼女は『魔導師』という立場に責任と誇りを持っているのだろう。それは過去存在した魔導師達も持っていたのかもしれないが。


『いいか? 魔導師だけは敵にしてはならん。あれは己の価値観でしか動かず、必ず目的を成し遂げる』


 幼い頃に祖父に言われた言葉が蘇る。今やそれが事実だという重みを持って。

 情報を齎した事に後悔は無い。裏切りだろうと殿下が王太子の立場にあるならばそれは必要な事だったと言い切れる。

 もしも殿下がそのまま即位などすれば周辺諸国だけではなくキヴェラもまた滅びただろう。馬鹿ではないが脆さゆえに逃げる事を考える者に大国の王の地位は重過ぎる。

 無闇やたらと権力を振り翳すのも自分にはそれしかないと理解できているのだ……王太子の周囲には優秀な者が集められるのだから。彼等を率いなければならない小心者にとって、それはとても苦痛であったことだろう。

 だが、同情はしない。……否、できない。

 彼等とて最初から優秀であったわけではないのだ、それに期待されればされただけ重圧として圧し掛かってくるのだから。それを理解せず、政に関わらぬゆえに優しい言葉を向ける寵姫にのめり込むなど何と情けない。

 その寵姫の我侭も他の貴族令嬢と比べて差はないのだ、寧ろ与える側が限度という物を教えるべきだった。彼女は寵姫、本人には何の権限も無い。それを悪女と言われるまでにしたのは間違いなく王太子。

 逃げ続けた愚かさが恋人の評価を地に落とすとは何とも皮肉な結果だ。……評価を落としたのは寵姫だけでは無かったが。


 お供しましょう、最後まで。貴方に覚えてきた憤りも失望も……後悔も。幾度となく付いた掌の傷は自分の罪の証。

 騎士にあるまじき感情で仕えるべき方を見た挙句に裏切った事実と共に、首を捧げてキヴェラへの忠誠を示しましょう。

 それが……『貴方を主と認めなかった事』に対する俺の責任の取り方なのだから。


※※※※※※※※※


 小話其の三 『ある令嬢の場合』


『我が一族の悲願、決して忘れてはならぬ』

『はい、御爺様』


 それは常に自分を奮い立たせてきた幼い頃の記憶。祖父の掌についた傷は決して消える事は無かった。



「王太子妃様がコルベラにお戻りになったそうです」


 昔から自分に仕えてくれている侍女が齎した報にひっそり安堵する。良かった、と。口に出せずとも心からそう思った。

 あの姫君こそ悲劇の王女なのだ。国の為に嫁いだにも関わらず酷い冷遇を受け続けたこの国の犠牲者。

 だが姫は祖国への侮辱と憤りこそすれ、己が身を嘆く事は無かった。……自分の役割を心得ていたから。

 その毅然とした姿や誇り高さに憧れると共に、自分がその原因となっていることを申し訳なく思った。

 

 申し訳ありません、私はどうしても立ち止まるわけにはいかないのです。

 どのような罵倒も処罰も受け入れますから、どうか今は耐えてください。


 何度そう思ったことだろう、どれほど胸の内で謝罪しただろう! 

 勿論できる限りの事はしてきたつもりだ。

 王太子殿下のご機嫌取り達の嫌がらせから守る為、不自然に思われぬよう持ち物や贈り物を取り上げた。その結果、彼等は私が嫌がらせの品を手にしてしまう事を恐れ王太子妃様への嫌がらせを止めていった。

 ……当たり前だ。毒を仕込んだ品や生き物の死骸を私が手にしてしまう可能性があるのだから。

 キヴェラの貴族から贈られる品を彼女は拒否する事が出来ない。そんな事をすれば嫁いだ国の貴族を信頼せぬ王太子妃という噂が囁かれ、その非は祖国コルベラへと向けられるだろう。

 彼等はそれを利用し嫌がらせどころか命さえ狙おうとしたのだ、許せる筈はない。

 ところが問題はそれだけに留まらなかったのだ。

 護衛の騎士達はともかく侍女達が必要最低限のことすら職務放棄をするなど冗談としか言いようが無い。

 ましてそれが私の為という言い訳の下、王太子殿下も後押しするなど呆れて物が言えなかった。


『愚かな』


 その言葉しか浮かばない。恋人に向ける言葉ではないだろう事は良く判っているが、それ以外に言葉が浮かばない。そして同時に殿下の周囲に期待する事も止めた。

 腹心である侍女に数日に一度の割合で様子見させることにしたのもこの為だ。ある時は嫌味を、ある時は死なない程度の毒入りの食事を届けに、王太子妃様と侍女の様子を探らせた。

 彼女にも損な役割をさせてしまったと思う。本当は最後まで私に付き合うと言ってくれるほど優しく誠実な人だというのに。

 けれど、そうまでして御守りした甲斐があったのだろう。王太子妃様は……いや、コルベラの王女は無事に祖国に帰り着いたらしい。

 噂によると逃亡に協力したのは魔導師ではないかということだ。密かに集めさせた情報を見る限りこれは確実だろう。

 ならば彼女もコルベラもきっと守られる。魔導師は……決して権力などに屈する事はないのだから。逃亡を手助けしたというならば悪いようにはすまい。

 そして同時に自分の願いが叶うかもしれぬと密かに期待する。

 贅沢をして国庫を圧迫したのも、王太子殿下に望む言葉を囁き諌めるどころか増長させたのも、全ては私の目的の為。

 囁かれているような巻き添えではなく正真正銘の悪女なのだ、自分は!

 容易く覆す事ができぬ伝統を逆手にとって内部からこの国を腐敗させる最悪の女、王太子を堕とした罪深い罪人。その全てが正しいのだ。

 そしてその果てにキヴェラにとって最悪の事態を齎す。


「魔導師は災厄、殿下ならばきっと……」


 あの王太子殿下ならばきっと魔導師を侮り不興を買うことだろう。いつもと同じように身分を振り翳し我侭が通るのを当然と考えるに違いない。

 確かにコルベラだけならばそのとおりだ。誓約も含めあの国と姫はキヴェラの王太子には逆らえない。

 だが魔導師がそこに介入するなら話は別だ。姫を救う為に混乱を齎しキヴェラを翻弄するような人物なのだ、そんなことは予想済みだろう。

 例え魔導師がキヴェラに対し動かずとも、周辺諸国のキヴェラに対する目はとても厳しいものになっているはず。これまでも我慢を強いられてきた彼等が王太子の廃嫡に動かないとは思えなかった。

 キヴェラは荒れるのだ、間違いなく。混乱の火種は未だ燻っているのだから。


「エレーナ様……漸く、漸くでございますね」

「ええ。きっと魔導師様は我等の願いを叶えてくださるでしょう」


 計画を知る腹心の侍女と手を取り合い頷く。手が微かに震えるのは死への恐怖からではなく悲願が叶う事への期待からだ。元より許されるなどとは思っていないのだから。


 ……私は。

 私はエレーナ・アディンセル。

 ブリジアスの『裏切りの貴族』にして復讐者、アディンセル一族の娘。


※※※※※※※※※


 小話其の四 『魔導師の場合』


「それにしても随分と印象が違うわねぇ」

「何が?」

「王太子ってキヴェラじゃ『一途な王子様』って言われてたでしょ。確かに綺麗な顔立ちではあるけれど」


 宰相補佐様のお言葉、ご尤も! まあ、それは印象操作した上層部の所為なんだけどさ。

 やはり実物の小物っぷりを見ると『キヴェラの民は何処を見てたんだ?』とは思うらしい。

 その王太子は傷だらけで床に転がされている。吊るしてた状態から引き上げただけで相変らず蓑虫だ。


 なお、傷は決して暴行などではない。

 姫の帰還に喜んだレックバリ侯爵が鳥達にも幸せのお裾分けをすべくパンをやったからだ。


 たまたま下にパンの欠片を落とし過ぎただけですよね、御歳ですから。

 そこに吊るされた蓑虫が居ただけですよね、偶然に。

 鳥達は餌を貰っただけですよ、うっかり嘴で蓑虫を突付こうとも。

 ほら、誰も悪くない。しいて言うなら蓑虫が邪魔。


「王族・貴族って顔か能力か家柄で婚姻関係結ぶから美形が多いじゃないですか。生まれながらに武器の一つを持っている状態ですよね」

「そうよ? それをどう活かすかは本人次第だけど」

「だからキヴェラ上層部はそれを民に使ったってことじゃないですかね? 外見だけなら御伽噺に出てくる王子様じゃないですか、これ。それに御伽噺の王子って賢さを描写されないし」

「ああ……そういうこと。黙って美しい恋人を愛でていれば民は勝手に想像を膨らませるわけね」

「おそらく」


 実際、冷遇映像流出による混乱があそこまで酷かったのは普段(と言うか上層部が作り上げた王太子の認識)とあまりに差があったからだ。話題性が十分過ぎる。

 加えて私達が『王太子悪人説』を流し情報操作したので、人々は少しでも情報を得ようと動く。


「そういえば……お前さん、キヴェラから問合わせされておったな。一体、何をしたんじゃ?」


 レックバリ侯爵の言葉に宰相補佐様は怪訝そうな顔になる。あ〜……『何をしたんだ』っていうのと『それでどうして無事に逃げてこられたんだ』っていう疑問が浮かぶのか。


「冷遇映像が流れてから王太子が悪者になるような事実を人の噂に流して情報操作したんですけど」

「ちょ!? 小娘、アンタ何やってるのよ!」

「城の住人が王太子妃逃亡という情報を民に流してくれまして。それで城から捜索部隊が組まれて黒髪の娘が問答無用に調べられたんですけどね」


 あれは一体誰が流したのかと思う。より混乱させる素晴らしいタイミングだった。ヴァージル君にも聞いてみたけど違うらしい。


「私も酒場で捕まったんで『王太子妃様の顔知らないっておかしくね?』『一年居たなら職人に聞けよ、ドレスくらい作ってるだろ』『職人が知らない上に国の上層部が気付かなかったなら王太子が予算を横領してたってことだよね』くらい言ってみまして」

「ふむ、それで確認されたのか」

「ええ。でも宮廷医師の弟子ならある程度の知識があってもおかしくないですから」

「確かに疑いは晴れたんじゃろうなぁ……で、そこまでした目的は何かね?」


 レックバリ侯爵は面白そうに聞いてくる。宰相補佐様は物凄い目で私を見ていた。……そういやレックバリ侯爵はあの場に居なかったな。


「迂闊に指摘する私を『未熟な魔術師』と印象付ける為ですよ。キヴェラが相手ならばそんな未熟者を間者にするなんてありえませんから」

「確かにイルフェナならばありえんな」

「だいたい、顔ですら有利な状況に持っていく為のカードじゃないですか。姫捜索の騎士だけじゃなく酒場に居る皆さん全てを騙せたでしょうね。酔っ払いや商人達が大いに広めてくれましたから」


 いやぁ、助かりました! と笑う私にレックバリ侯爵は生温い視線を向ける。


「年頃の娘にあるまじき発想じゃのー……お前さん、自分の婚約者が任務でどこぞの令嬢と親密になったらどうするつもりじゃ?」

「任務成功を願いますし、必要ならば手を貸します。女の一人や二人騙せないでどうしますか、彼等の立場で」

「自分こそが本命の婚約者という自信……ではないの」

「何言ってるんです、自分も駒の一つに決まってるじゃないですか。私は今回、国単位で騙してキヴェラを脱出して来ましたよ!」


 本心からの言葉にレックバリ侯爵は深々と溜息を吐き、宰相補佐様は。


「小娘ぇぇっ〜! アンタ一体どんな教育されてんのよぉぉぉっ」


 肩を掴まれ思いっきり揺さぶられた。視界の端では親猫様が首を振り「無実! それは私じゃない!」と意思表示しているが、日頃が日頃なだけに誰も信じないだろう。


「あ~……とりあえず、だな。これをどうする気だ?」


 レックバリ侯爵の視線の先には蓑虫、もとい王太子。


「引き摺ってキヴェラに持って行きますよ? 重力軽減かけるので重さ的には問題無し」

「階段は……」

「結界張って突き落とします。痛みは無くても恐怖はあるし」

「本っ当~に王太子が嫌いなんじゃなぁ……」


 そうは言っても誰も止めないじゃないか。

 そんな話をしているとセシル兄が話し掛けてきた。


「コルベラからは私が同行するよ。役目は謝罪の場の報告と抗議、それから嫁ぐ時にセシルの持っていった装飾品などの確認でいいんだね?」

「ええ。嫁いだわけじゃないんだし取り返しましょう。ついでに私とキヴェラの決着の見届けを」

「判っているよ。他にはエルシュオン殿下とゼブレストの宰相殿、他の国は我々の護衛として騎士が一人ずつ同行する。ところで……」


 セシル兄はちら、と自分の腕に嵌ったブレスレットを見る。


「今回限定って言ってたけど、これはどんな効果なんだい?」

「万能結界はペンダントの方って言いましたよね。それは短距離の転移です」

「転移? へぇ、凄いな!」


 アルベルダのオカルト騒動で使ったやつだ。キヴェラ王都には情報収集の為に滞在している商人さんが居るので、予め準備された部屋に跳ぶことが可能。……魔道具を見て無邪気に喜んでるセシル兄には悪いが最悪それが必要になるということだ。実力行使になったら同行者がヤバイもの。

 というか、これ元々は後宮侵入の逃亡用として用意された物だったんだよね。無駄にならなくて何よりだ。実際は全然バレなかったしなぁ?


「場合によっては暴れますんで移動したらさっさと脱出して下さい」

「う~ん……逃げる用意はしてあると言ってもそう簡単にいくかな?」

「できますよ。……だって、そうなった場合は周囲がそれどころじゃないもの」


 当初はセシル達を連れての脱出が一番困難と思われていたのです。つまり手段は色々考えられていたのだよ。それにちょっと追加して今回のイベントの華にしようと思っているのだ。

 御安心下さいな! とにこやかに言えばセシル兄は即座に楽しそうな表情になった。


「何か起こるんだね」

「ええ! 期待していてください」


 にこやかに微笑み合う私達。気分は悪戯を仕掛ける共犯者。さすがだセシル兄、不安よりも好奇心が勝る辺り貴方はやっぱり妹と方向性が瓜二つ。そこへ魔王様の突っ込みが入る。


「こら。それは最悪の場合であって基本的には使わない方向でいきなさい」

「「……ええ~」」

「揃ってごねても駄目! 一応、王族と宰相を連れているんだから」


 いや、それもそうなんですけどね。でも派手にいきたいという好奇心とかキヴェラ上層部を呆然とさせたい気持ちとかもあるわけで。

 まあ、キヴェラ王がさっさとこちらの条件を呑んでくれればいいんだけどさ。


「それじゃ行きましょうか、キヴェラへ」


※※※※※※※※※


 そして彼等の会話を見ていた守護役二人とコルベラ王女と侍女は。


「必要以上に刺激しない為とはいえ残念だ。兄上が羨ましい」

「仕方がありませんわ。私達が姿を見せれば向こうは逆上しそうですもの。……ところで」


 揃って傍に居る白と黒の騎士に視線を向ける。先程のミヅキの発言に思うことがあったらしく微妙な表情だ。


「立場に対して理解があり過ぎる発言ですね……」

「割り切るというより執着無しか……」


 騎士二人が微妙に落ち込む中、王女は何の悪意も無く二人に言い切る。


「何を言ってるんだ? 信頼と恋愛感情は別物だろう? ミヅキは君達を信頼しているが恋をしているようには見えないぞ?」

「私達も仲良しですしねぇ」


 何を今更とばかりに素直な発言をしトドメを刺す。その言葉に反論が無かったのは言うまでも無い。

・レックバリ侯爵も当然コルベラに来てました。

・ヴァージル君の事情。この後、セシルに謝罪しろくでもない報復計画があった事を知ります。

・傾国の美女狙いだった寵姫ちゃん。王太子が即位していれば間違いなく目標は達成されたと思われ。

・蓑虫が引き上げられたので次はキヴェラに行きます。出発直前の一コマでした。

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