踊った後には追い討ちを
『おじいちゃんの御使い』が終れば自分の時間です。
「これほどの侮辱許し難い! 我がキヴェラは貴様に宣戦布告する!」
大国の宣戦布告に周囲は静まり返り、視線は当然私に集中した。
王太子の言葉とはいえ国第二位の存在なのだ、つい口を滑らせたなどとは言えはしない。
だが。
「……宣戦布告? キヴェラが私個人に?」
「そうだ! キヴェラの王太子をここまで侮辱して只で済むとは思うな!」
「あらあら、私は事実を述べただけですわ。それでも侮辱だと仰る? 御自分に非があるというのに?」
「下賎の者が王族に逆らうなど許される筈は無いだろう。身の程を知れ!」
相当頭に血が上っているのか王太子は身分を振り翳すばかり。いや、ある意味正しいよ? ここが『キヴェラがコルベラに対し謝罪すべき公の場』で私が『冷遇の証人』でなければね?
それらを重視するなら身分云々は口にすべきじゃないのだ、キヴェラは権力を振り翳しコルベラを黙らせようとしていることになっちゃうから。
そもそも私が提示した証拠・証言に不審な点があれば王太子の側近が口を出しているだろう。それができない時点で負けを悟るべきじゃないのかね?
まあ、それはどうでもいいんです。ここからは私の為の時間だから!
「ふふっ、本当に愚かな方」
くすくすと笑いながら王太子の後ろ……他国の使者達に視線を向ける。
「皆様、しっかり聞いておいてくださいね? 『キヴェラの王太子』が『私個人』に対し『国として宣戦布告』したということを」
「なんだ、証人にでもするつもりか?」
「ええ! ……『宣言をした時点で貴方様がキヴェラの王太子である』ということがとても重要ですから」
「な、に?」
「あら、だって」
一度言葉を切り、にやりと口元を歪め。
「正式な決定権はキヴェラ王にありますでしょ? 後から『既に廃太子された者の言葉ゆえ無効』などと言われてしまうかもしれないですし。まあ、ここが『公の場』であり『キヴェラからの正式な使者』である以上はそんな逃げ道など許しませんが」
他国の使者達をこの場に潜ませた理由は幾つかある。『正式な謝罪の場に証人として出席してもらうこと』と『こちらからの情報ではなく自分達の目で確かめ判断してもらう為』。この二つはキヴェラがコルベラに対して脅迫を行ない、事実を捻じ曲げて他国に伝える事を防ぐ為だ。
当然セシル解放の為でもあるのだが、その後の事も踏まえて手を打っておかないと今回の事が実にキヴェラに都合よく情報操作される可能性がある。他国としても明確な証拠がない限り大国の言い分を無視できまい。
ところが今回はそんな真似が絶対にできない。国の信頼する使者がコルベラからの提案で謝罪の場にいる事を許されたのだ、『コルベラは隠す気なんてないよ』という意思表示です。
これによりコルベラやセシルが不利になる情報が流れても疑われるのはキヴェラ。味方する国もないだろう……自分達がコルベラの立場になるかもしれないのだから。
まあ、それが一つ。もう一つの目的は私個人の為。
『王太子から個人への宣戦布告』が無ければ私は動けないのだよ。
保護されている国はイルフェナなのだ、私が喧嘩を売ろうにも当然諌める義務がある。先に手を出せば責任追及はイルフェナにいっちゃうので、どれほど憎くとも手が出せない。
そして同じくらい重要なのが『宣戦布告した時点で間違いなく王太子だった』という『事実』。コルベラだけじゃなく他国の皆様が正式な謝罪の場に居るからねー、キヴェラが『切り捨てた後だった・王太子じゃないから無効』と言い訳しても通用せん。
これにより私個人がキヴェラと一戦交えるフラグが立つ。寧ろこれしか無い。
イルフェナを巻き込まず私個人がキヴェラとドンパチやらかす重要なフラグですよ。私個人に喧嘩売ってきたのはキヴェラ。個人的な報復ならば文句を言われる筋合い無し!
逆にイルフェナがキヴェラに『魔導師を煽るな、ボケェっ!』と抗議することも可能なのだ、異世界人を保護し諌める側として。
私は証言者としての義務を果たしただけなのに、都合が悪いからと喧嘩を売った王太子が一方的に悪い。それは他国の使者達も見ているから誤魔化しようが無いだろう。その流れに持っていくだけでは罪とは言わん。
嗚呼……漸く来たぜ、待ちに待った瞬間が!
お人形に込める予定だった想いを本人にぶち当ててやろうなぁ?
「どういうことだ……? 私が切り捨てられるなどっ」
「捨てた方が早いじゃありませんか。国を傾ける王族など不要ですし、キヴェラがそう甘いとは思いません。それに」
王太子にゆっくり近付き、にこりと笑った後。
「私が貴方様を〆ますから。勿論、キヴェラも」
「は? う、わっ!?」
一瞬呆けた王太子に構わずパチリと指を鳴らす。衝撃波は王太子の両下腿を直撃し、膝から床に落ちた。
「つ……貴様、一体、何を」
「私があんたの胸倉掴めないからに決まってるでしょ!」
痛みと驚きに言葉が切れ切れになっている王太子の胸倉を掴んで堂々と言い切る私に周囲は別の意味で沈黙した。
いや、だって身長差があるからさ? 無駄に高い分は膝を突いてもらわなきゃね?
「勝手な言い分を」
「あれほど言いたい放題言わせてあげたんだもの、次は私の番よね」
「な……ぐ!?」
右手で胸倉を掴み、左手でドス! と拳を鳩尾に一発。
私にとっては王太子の体は重い? 殴っても威力が無いだろう?
大丈夫! 手首には対象が軽量化されるよう設定した魔道具、拳には空気を纏わせることで呻く程度の威力は出るから!
準備は万全です。これを見ても判るように最初からボコる気満々でした。こいつに何を言っても無駄だと知っているもの、言い訳はいいから直接殴らせろ。
「馬鹿だ馬鹿だと思っていたけど本っ当にどうしようもない奴ね! さすがは出来損ないと評判の王太子様だわ」
「何だと!? もう一度言ってみろ!」
「出来損ない、無能、王妃の子というだけで王太子の立場に居るキヴェラの頭痛の種、甲斐性無し、悲劇の主人公を気取ったナルシスト、それから………」
「お、おい。増えてるぞ?」
リクエストに応え口にする私に他国の使者から突っ込みが入った。なんだ、黙っててもちゃんと聞いてたのかい。
「事実ですから問題無しです!」
「貴様、調子に乗るのもっ!?」
「煩い、黙れカス!」
「カス……」
「こいつの名前ってルーカスで合ってますよね? 略してカス。ほら、嘘は言って無いし間違いでもない」
拳を入れて再び王太子を黙らせつつ、「内面も十分カスですよね」と付け加えると反応に困った使者さんは沈黙し視線を逸らした。
皆さんの反応は『確かに』と頷く者、唖然としたまま未だ硬直中な者、頭を抱える者と大きく分けて三パターン。
はっは、細かい事を気にしていたら大物になれませんよ! 今はついでに嘲笑っておきましょうよ、キヴェラの王太子様をね。
「あ〜……魔導師殿、貴女はそちらが本来の性格か?」
何処かで見たことがある赤毛の騎士が顔を引き攣らせながら尋ねて来る。おお、セシルに御相手願いたいとかぬかしやがった騎士じゃん。こいつも来てたね、そういえば。
「勿論。場に合った態度と言葉遣いは当然でしょう?」
「今はいいのか?」
「事前にコルベラ王に『場合によっては御前をお騒がせします』って許可を得てるよ」
『ちょ、コルベラ王知ってたの!? 知ってて許可した? やっぱり怒ってた!?』
何人かの声無き叫びが聞こえた気がした直後、視線はコルベラ王に集中した。王座には相変らず厳しい表情のコルベラ王。
「ふむ、娘が世話になったのだから多少の我侭は聞いてやらねばなるまい」
「多少ですか、これが」
「コルベラ帰還までの報告を聞く限り大人しいと思うぞ?」
その言葉に一部以外は暫し硬直。そして。
「大人しい!? 大人しいのですか!?」
「え、嘘ですよね? ちょ、一体何やらかしてきたの!?」
「……エルシュオン殿下、少々伺いたい事が」
「アルベルダか? カルロッサか? 何処だ、被害に遭った国は!?」
使者達、言いたい放題です。つーか、私が加害者的に言われるのは何故だ。
ちなみにコルベラ王や上層部には旅の思い出をダイジェストで話してある。カルロッサはあの事件の当事者であるセシルが姫だと事前に聞いたらしく、使者がコルベラに着いた直後に報告と御礼を述べていたから丁度良かった。
おそらく疑問を持った宰相補佐様にクラレンスさんあたりがばらしたのだろう。『魔導師が姫と侍女を連れ帰った』なんて聞けばタイミング的に誰の事か察するよね。
まあ、確かにちょっとはしゃぎ過ぎだったかもしれない。でもその対象が『王太子の親衛隊』だと話したのでコルベラの皆様は拍手喝采、誰にも咎められてはいない。支持を得たのは私、多数決により正義とされたのも私、コルベラ内に限り異論は認めない。
と言うかカルロッサでの事件に至っては追っ手どもがリアルに犯罪者なので自己防衛に過ぎない。問題にしようが無いのだ。
「なるほど。ついでに聞くがキヴェラの混乱もお前さんか?」
「勿論!」
やや呆れながらも確信を以て尋ねて来る騎士にいい笑顔で頷く。すると再び王太子が暴れ出した。
「貴様の所為で我が国は迷惑を被ったのか!」
「あんたの所為でキヴェラは迷惑を被った挙句に私の付け入る隙を作ったんだよ」
ドスドスと鳩尾を殴りながら――意外と平気そうだ。殴る位置がずれている事もあるだろう――再び王太子に向かい合う。私の目的はキヴェラだが王太子も大嫌いなのだ、これまでを思い返すと怒りが湧き上がる。
「魔王様やルドルフをよくぞあそこまで格下扱いできたものだわ。私の保護者と親友があんた如きに嘗められるなんざ、許せる筈ないでしょ? ああ、そういえば私は珍獣だったかしら? ならば法で裁けないわよねぇ?」
「ぐ、がぁっ……いいかげん、に」
「反論は認めない。黙ってろ」
殴ると言っても軽いのだ……言葉を封じ尚且つ数を打ち込みたいから。気絶なんて許しません。
時々足が出るのは御愛嬌。見なかったことにしてねー、気付いた人達。
ちなみに『ドレスは破れても構わないわ』とは王妃様談。セシル……本当に何を話したんだ。
騎士は暫く王太子と私の様子を眺めた後、諦めたような溜息を吐いた。
「殿下、もう口閉じましょう。俺達の負けですよ」
「ヴァージル!?」
「冷遇は事実、その証拠も……何より証言したのは殿下じゃないですか。しかも勝手に宣戦布告。逃げられませんよ、国からも魔導師殿からも」
「気弱な……我がキヴェラが侮辱されたのだぞ!?」
諦めの言葉を吐く騎士に王太子は暫し呆然とした後、騒ぎ出した。
うん、これは私も意外。思わず手を止め二人の遣り取りに注目する。
……これは『ある可能性』も思い過ごしじゃなかったっぽいなぁ?
「侮辱ではなく事実でしょう。第一、キヴェラを侮辱したのは貴方です。ここが公の場だとあれほど言われていたというのに」
「私に耐えろと言うのか!」
「国の為ならば当然です。そもそも原因は貴方とその周囲の者達。それに」
一度言葉を切って周囲を見回す。
「周囲の言葉が聞こえてないんですか? ……魔導師殿、この場には他国の者が混じっているな?」
「そうよ? キヴェラの噂を聞いた国から問合わせが来るのは当然でしょう? コルベラ王はキヴェラの姿も自分達の目で確認してほしいと許可を与えたのよ」
「お優しいことで。なるほど、誠意を見せれば事は収まったということか」
「そうでしょうね、噂よりも事実の方が勝るのだから」
「だが、こちらが下手を打てば限りなく追い詰められる策だ」
騎士はじっと私を見詰めた。私は無言。
「仕掛け人は貴女か、魔導師殿」
「……当たり前じゃない。私は魔導師なの、それくらい『できなければならない』わ」
正解に辿り着いた騎士にそう言って笑う。実際はイルフェナの教育の賜物なのだが、ここは飛び火させない為にも『魔導師だから当然』と言っておくべきだろう。
「私も聞きたい事があるんだけど、いい?」
「俺に?」
「そう、貴方に。貴方さ、後宮で私が背後に居た事に気付いたんじゃない? 一度振り返ったものね?」
「……何の為に黙っていたと?」
「王太子の口から冷遇の証言を導き出す為。あの時、随分と都合よく話題が変わったわ……貴方の誘導によって」
私は基本的に騎士に囲まれて生活している。だからこそ後宮の騎士の態度が許せなく思うと同時に奇妙に思う事があった。
……親衛隊になるような騎士が素人の気配に気付かないなんてことがあるのか、と。
私は姿こそ認識されずとも気配を消す事はできないのだ。これはイルフェナでも後宮侵入において心配されていたことでもある。簡単に誓約書を奪えたのも偏に警備の兵が居なかったからだ。
『……?』
『どうした?』
『いえ……一瞬寒気がしたような』
『泣かせた女が恨んでるんじゃないのか?』
『酷いですね!』
この会話の直後にセシルの事をヴァージルが口にしている。しかも不義を仕立て上げるような話題で。
その後の会話が王太子の個人的な誓約の利用と冷遇の証拠に繋がっているのだ、違和感を覚えるのが普通。
「あの後宮に侵入する目的なんて王太子妃の現状を探る事が最有力でしょ、キヴェラにとってもコルベラにとっても」
「……」
「ついでに言うと王太子がボコられてるのに動かなかったから。私が知る騎士は謁見の間だろうと主を諌めたり守ったりするのが当たり前なのよね。本来なら私を怒鳴りつけるなりして主から引き離すものじゃない?」
「ヴァージル? まさか事実なのか?」
信じられないとばかりに己の騎士を窺う王太子にヴァージルは一言。
「事実ですよ。できれば侵入者は王の手の者が良かったですがね」
あっさりと頷き肯定した。その表情は諦めが混じりつつもどこか晴れやかだ。
「何故だ! 何故裏切るような真似を……」
「俺が『キヴェラの騎士』だからです」
「お前は今まで私のやり方に一度も口出ししてこなかったじゃないか!」
だからこそ信頼し傍に置いたのだと言わんばかりの王太子にヴァージルは苦く笑う。
「仕方ないじゃないですか。そうするしか殿下の傍にいる術がないんですから」
「な……」
「これまでを思い出してくださいよ。苦言を呈した者を全て遠ざけてきたのは貴方でしょう? 『最後まで殿下の傍にいる』というのが遠ざけられていった者達との約束であり、俺の騎士としての在り方です」
つまり、ヴァージルは傍に居る為に王太子の言う事に従ってきたという事か。自己保身に走らないのは忠誠心というより王太子を止めなかった責任を取る意味なのだろう。少なくとも彼は自分達のしてきた事に言い訳をしていない。
「キヴェラの上層部は甘くありません。殿下が切り捨てられるのも時間の問題だったでしょう。どうせならキヴェラ自ら断罪し膿を出すべきだと思ったんです。貴方を含む一部を切り捨てれば国の憂いは晴れるのだから」
忠誠は国に。我が主は貴方に非ず。
ヴァージルは暗にそう言いたいのか。処罰される中に自分がいようと最後まで傍に在ることも忠誠と言えば忠誠なのかもしれないが。
「さて、折角此処にいる以上は謝罪しておきますか」
そう言ってセシルの前に歩いて行くと跪き深く頭を垂れる。
「例えどのような理由があろうとも王族の姫に対する無礼は許されません。どうぞ我が首をお受け取りください」
「……では一つ私も話そうか。あの夜ミヅキは怒り狂っていてな、私の部屋で酒盛りをしつつ君を待ち構えていた」
「……酒盛り、ですか?」
「ミヅキの手料理を肴にな。数少ない楽しい思い出だ」
思い出したのかセシルは笑みを浮かべている。が、その他の人々は微妙な顔。
うん、そうだね。後宮に入り込んで酒盛りは普通しないわな。
「もし君が本当に部屋を訪ねて来ていたら……どうなっていたか知っているか?」
にやり、とセシルは意地の悪い笑みになり。ちら、と私を見た。
ああ、『言っても良いか?』ってことね。でも内容が内容なので姫の口からはちょっと拙い。
「私が言うよ。セシル、ここは公の場」
「おや、すまない。ついつい自分も彼等を驚かせたくなってしまってな」
そう言いつつも悪いとは思っていないだろう。明らかに笑いを含んだ声だ。
そんな様子にヴァージル君は微妙に顔を引き攣らせている。本能でヤバげな何かを悟ったらしい。
「酒盛り開始からワインが二本空くまでに来ていたら扉を開けた途端、廊下に跳ね飛ばされて人の姿をしていない死体に……」
「ちょ!? いやそれ冗談ですよね!?」
「事実だぞ? 『会話の内容的に部屋に一歩でも入ったら不義に仕立て上げられる』と言ってな」
映画でよくある仕掛けです。扉を開けた途端に空気圧縮による衝撃波が全身を襲い壁に叩きつけられるのだ。そこまですれば『男を待ってました』なんて言い掛かりは不可能。
セシルの肯定にヴァージル君は本格的に顔を引き攣らせた。良かったね、話題を誘導しただけで。少しでも行動に移していたら今頃あの世だったかもしれん。あの時私は本気だった。
尤も簡単に死ぬとは思っていない。親衛隊になるような騎士は結界を張る魔道具くらい持っているだろうし、咄嗟に避ける可能性もある。何より騎士は頑丈なのだ、受身をとって耐えるかもしれない。
『死ぬかも』というのはあくまで私基準。アル達を見る限りまともに食らっても生きている気がする。さすがに無傷とはいかないだろうけどね。
「で、それ以降は捕獲した後に目隠しと耳栓をして服剥いて人の多い場所に捨てる。勿論、拘束したままで」
「……それもどうかと思うが死なないだけマシでは?」
「え、そう? だって騎士なら周囲の気配に敏いでしょ。音はせずとも周囲に人が居る事は判るし、拘束されてれば拉致されて何処かに閉じ込められてると思わない?」
「まあ……それはそうだな。普通は街に放置されるとは考えないだろう」
一般的解釈ならば納得はできるだろう。何せヴァージル君は王太子の御付き、家柄的にも政治的にも拉致して情報を得る価値がある。
「無駄に真面目な事を恥ずかしい格好のまま言うんだよ? ……民に見守られながら」
「そ、それは……かなり嫌なんだが」
「運良く助けられたとしても裸で拘束されてたって町の噂に耐えられる? 拘束プレイ好きの変態嗜好と思われるだけならまだしも下手すりゃお持ち帰りの危機に……」
「……! いい! 判ったからそれ以上言うな! 貴女こそ公の場であることを自覚してくれ!」
「あ、お持ち帰りって女だけじゃなく男の可能性もあるからね? 本屋で普通に騎士同士の恋愛小説売られてたし」
「はぁ?」
「あったよ? 顔の良い男がそんな嗜好と知れば同類どもの餌食になること請け合い。下手すると本になるね」
「……。魔導師殿? 一応貴女は女性なのだが」
「女である前に魔導師です。生きた災厄に常識を期待すんな」
言い切るとヴァージル君は今度こそ黙った。色々とショックだったらしく大変顔色が悪い。
ヴァージル君……私の世界は娯楽に溢れていたのだ、もっとえげつないものだって沢山あるのだよ? 薄い本を出していた従姉妹に付き合って平然と売り子できる私に今更何を恥らえと?
そもそも『死ぬより辛い罰ゲーム』が生温い筈ないじゃないか。一生心に傷を負ってもらうつもりでしたとも。
……などと考えていたら後頭部に衝撃が。思わず王太子を落とし、視線を向けると魔王様。
あら、魔王様。ついに黙っていられなくなりましたか? 王族として恥ずかしい奴だもんな、王太子。
とか馬鹿正直に言ったら追撃が来た。親猫様、酷いです。
「君はねえ……少しは自重しなさい!」
「常に全力で物事にあたるのが家訓です。諦めるなんて選択肢は存在しません」
「凄く正しいと思うのに不安に感じるのは何故だろうね?」
「うちの一族、方向性はともかく同類しかいないんで誰も止めませんよ。寧ろ盛り上げる方向です」
事実を言ったら溜息を吐いて沈黙された。それはそれで酷くね? 魔王様。
「ミヅキ、お前も婚約者を持つ身なのだから少しは大人しく……は無理か。言葉を選べ」
宰相様も来た。魔王様もそうだが、今回ルドルフの名代として参加の宰相様はいきなり動くということはない。コルベラ王に許可を貰っていたから魔王様共々私を諌めに来るのが遅れたのだろう。
保護者達もさすがに王太子をボコるのは拙いと思った模様。若しくは誰かに止めるよう懇願されたか。
「誰もそんな事気にしませんよ?」
「そんな事は……」
「奴等に一体何を期待しておいでで? 私への執着理由は暴力・性格・実力・魔術に在り方。ほら、何処に女性らしさが存在します?」
「う……判っていてもはっきり言い切られると返答に困るな」
「でしょう?」
セイルよ、身近なお前にすらフォローに困っとるぞ? まあ、理解者だからこそ素敵な騎士様じゃないと知っているのだろうけど。
そんな私達の会話に周囲は……主に魔王様と宰相様に対し恐れ慄いている。私が大人しくしているという理由で猛獣使い扱いが決定されたっぽい。保護者の言う事は聞くよ? 一応ね。
そして空気の読めない子が一人。
「貴方達もその珍獣をしっかり躾けておくべきでしょうな!」
咄嗟に私を背後に庇った宰相様とその前に立って遮る魔王様。宰相様の背にへばり付きチラっと顔を出す私は様子を窺う猫のよう。
「やっぱり、おかん……」
「誰がおかんだ!」
ぺしっ! と頭を叩きつつも背に庇う事は止めない。
保護者代表の親猫様と宰相様、私の言動を知っていても自分が庇うべき存在という認識は揺らぎませんか。
尤も私に保護者様を害させる気は欠片もない。おかしな真似をしたら牙を剥く。
そして王太子は何処までも予想を裏切らない奴だった。
「ああ、代わりに謝罪でもしてもら」
「死ね」
立ち上がり二人に詰め寄って来た挙句に戯言をほざく王太子。当然最後まで言わせず指を鳴らして腹に一発。蹲ったところを足で転がし、がつりと踏み付ける。
予想通りの展開に保護者二人は額を押さえ、周囲には呆れと『守る必要あった? 放っておいても平気じゃね?』という微妙な空気が漂った。
……極々一部の人が楽しそうだったりするのは気の所為だ。
「もう一度言ってごらん、二人に何をさせるって?」
「ぐ……」
「敵だものね? キヴェラだって散々国を滅ぼしてきたもの、敵になったら容赦しないのは当たり前よね?」
ぐりぐりと踏み付けているとよく知る声が聞こえてくる。
「何故ミヅキの逆鱗に触れる真似ばかりするのでしょうな」
「馬鹿なんだろ、救いようがないくらい」
「ここまでくると脳の病か何かなのでは? そちらを疑った方がよいかもしれません」
「うげ、近くに居る連中大丈夫か?」
「……それは病がうつるという心配ですかな?」
「それも嫌だが、いきなり暴れ出すかもしれないだろ?」
グレンとウィル様、貴方達も十分酷いな。
※※※※※※※※※
その後。
ヴァージル君を除いたキヴェラ勢は簀巻きの上にロープでぐるぐる巻きにし――着替えたかったので〆た後、侍女さん達に頼んだ。コルセットを締め上げる事に慣れた彼女達の手際は見事だ――王太子以外は森に吊るしてきた。蓑虫は森に帰るがいい。
なお去り際に「御存知の様にコルベラって食料不足なんですよね。獣達も餓えてたりして」と言い捨ててきた。まあ、結界を張ってきたので数日は無事だ。襲われてもちょっと怖いだけだ、男が泣くな。
王太子は保護者の所に持って帰るので城のテラスから吊るしてみた。その顔にはいかにも女にやられました的な引っ掻き傷。
「ミヅキ、この為に爪を磨いていたのですか?」
「うん。寵姫ちゃんと修羅場にでもなっちまえ。平手の方が良かったかな?」
「それ以前の問題のような気がしますわね」
ほのぼのと会話をする一方で――
「へ……へぇ、随分と溺愛してるのね」
「ええ。婚約者になりたくて守護役の地位を勝ち取ったのですよ」
「あの小娘、確かに優秀なのよね。うちも守護役出そうかしら?」
「出したところで気に入られるかは判らんが」
アルとクラウスが話し掛けてくる他国の知り合い相手に婚約者溺愛アピールを繰り返していた。私の事が知られた以上は守護役連中の認識も広めておこうということらしい。
今回、彼等の立場は護衛の騎士。公爵子息ではなく魔王様の護衛で来たから自分からは話し掛けられないんだよね、二人とも。だから謁見の間でも会話に入ってはこなかった。キヴェラ勢を監視してたんだってさ。
守護役の実家公認の婚約者ならば『何かしたら公爵家も黙ってないよ』という牽制になるのだろう。魔王様や宰相様が保護者として認識されたことも大きい。
「逃げられそうにありませんわね、ミヅキ」
事実でも言わんでください、エマさん。ある意味納得してるけど言えば奴等が喜ぶだけです。
……現状に納得してるのは異世界人としてだけどね!
立場上、公の場では影の薄い守護役連中も同じ場所に居たり。
キヴェラ勢は国と連絡を取ろうにも監視されてできませんでした。つまりキヴェラはこの騒動をまだ知らず。




