魔導師の掌で踊れ
別名『頭脳労働職の本領発揮』。
「……噂ほどではなくとも冷遇は確かに行なわれました。深く謝罪いたします」
謝罪を述べ頭を下げる王太子。謁見の間には王族の他に主立った貴族に近衛騎士、ひっそり他国の使者さんが存在。
私とエマはセシルのすぐ傍で護衛。王太子の言い訳を無表情で聞いとります。
ふふ、『噂ほどじゃない冷遇』ねぇ? 誠意って言葉知ってる?
当たり前だが周囲の雰囲気は非常に刺々しい。王太子が連れて来た側近達も居心地悪そうにしている。
無言の圧力を受けているだけでなく、自分達の方に圧倒的に非があると知っているのだから当然か。
王太子には一応きつく言って聞かせてあるのだろうが、内容が内容だけに何時罵倒されてもおかしくはないのだ。
そうなってしまえば予想されたシナリオどおりの遣り取りで済む筈はない。……主に王太子が原因で。
頼むからさっさと済ませてくれというのが本音なのだろう。普段は横暴な態度らしいからね、連中。
「……ルーカス殿がこう言っているが、お前はどう思う? セレスティナ」
厳しい表情で王太子の謝罪を聞いていた王が娘に顔を向け尋ねる。
それに釣られるように王太子はセシルへと顔を向け、済まなそうな表情を作って歩み寄る。
「セレスティナ姫。私の至らなさをどうか許していただきたい」
しっかりと視線を合わせていても言葉とは裏腹に瞳に宿るのは苛立ち。
誓約の内容を知らなければ宿る感情はともかく和解の構図なのだろう。
「どうか再び私の手を取りキヴェラへと来ていただきたい。二度とこのような事は起こさせません」
『ここまでしてやってるんだから許すと言え』とばかりに跪いて手を差し伸べる。
誓約に縛られる姫にこれを拒む事などできはしない。誓約を知る側近達は答えを聞く前から安堵の表情を見せ、王太子にも余裕が感じられた。
だが。
「馬鹿にするにも程がありますわ」
その言葉に王太子は呆けた表情になった。
「ひ、姫?」
「姫? 私が? 別の女に許しを請う男など誰が信用するというのですか?」
「な、貴女は……セレスティナ姫ではっ」
「私は姫をコルベラまで御連れした魔導師です。私はあれほどの冷遇をしてきたキヴェラを信用していませんの。王の許可を得て姫の護衛としてここに居るのです」
王が顔を向けた先には私・エマ・セシルの三人が居る。その中で明らかに侍女のエマは除外されるが残りは服装が逆なのである。
セレスティナ姫はコルベラの近衛騎士の装いを。
私はコルベラで借りたドレスを。
魔導師が公の場に合った服を持っていなくてもおかしくはない。借りました、ということだ。
私が所持しているドレスだと特殊素材・付加効果という意味でコルベラにしては豪華なんだよね……気付かれれば怪しまれる可能性・大。なので却下。
私がセシルより前に出ていたから王太子は私の方を姫だと認識したのだろう。普通ならばそれは正しい。
だが、私は『キヴェラを信用していない』と言ったのだ。盾になるのは当たり前。
ちなみにセシルは髪や瞳の色を変えているわけじゃない。セレスティナ姫が騎士服を着ているだけなので『判らなかった』という言い訳は通用しない。
「魔導師? 貴様、一体何をした!?」
「何もしていません。はっきり顔が見えていたにも関わらずセレスティナ姫と間違えたのは貴方様ですよ? それに今回の事はキヴェラに非があると先程も認めてらしたのでは?」
「くっ……!」
「私がここに居るのは王に許されたからですわ」
そうですよね、と王に視線を向ければコルベラ王はしっかりと頷き返してくれた。
そもそも無関係な者がこの場に居る事を許される筈は無い。常識です。
「ルーカス殿? 貴殿は姫に謝罪するのではなかったか? それにな、魔導師殿の同席は儂が頼んだのだ。当事者であるのだから当然であろう?」
「そ、それは……」
「それとも」
王は一瞬その瞳を険しくさせ。
「何か不都合があるとでも言うつもりかな?」
「そんな……そんなことはありません」
やや顔を青褪めさせながらも王太子は王の言葉を否定する。そうだよなー、ここで『あります』なんて馬鹿正直には言えまい。
キヴェラとしては絶対に出てきて欲しくはない、冷遇の真実を知る『逃亡を手助けした者』。
コルベラに居ることは当然としてもキヴェラに目を付けられる可能性から公の場に出てくることはないと思っていたに違いない。
普通は報告だけですね。でも私は普通じゃないので問題無し。
「私は当事者として真実を語る義務がありますの。一度動いたからには最後まで責任を持つのは当然でしょう?」
御理解くださいね、と微笑みながら告げるとキヴェラから来た人々は揃って顔を青褪めさせた。
何の為にお前らの言い訳を聞いていたと思っているのだ。事実と照らし合わせて追及する為に決まっているだろう?
先に奴等の言い分を言わせておけばそれが『キヴェラ公式の見解』となるのだ、公の場での正式な使者による謝罪なのだから。しかも言った奴は王太子。
逆にこちらが先に言えば使者達からキヴェラの言い分を引きずり出せなくなる。
こちらが提示した事への『個人的な反論』ではキヴェラを黙らせる事は無理だろう。王太子を切り捨てて新たな使者が謝罪に訪れるだけ。そうなると同じ手は使えまい。
公の場で言質取られたらアウトだからね、今回は『使者達が勝手な事を言った、キヴェラはそんな風に思っていない』と言っても無駄です。
さあ、これで準備は全て整った。
キヴェラの嘘を正していきましょう?
「では、キヴェラで流れた冷遇映像を皆様にも御覧戴きたいと思います」
そう言って魔道具を取り出すとキヴェラ勢は益々顔色を青褪めさせた。
「お、お待ちください! それは作られたものでっ」
「あら、私はコルベラの皆様にも等しく情報を公開すべきだと思うのですが? それに偽りと証明されるならばキヴェラにとっても良い事でしょうに」
「それは……そうですが」
「いい、黙れ。……魔導師殿、私からも御願いします」
声を上げた側近を黙らせ王太子は私に向き直る。魔道具の映像と聞いて若干の余裕が生まれたのか、薄っすらと笑みさえ浮かべている。
「魔導師殿ならば御存知でしょう。魔道具の映像は『確実とは言い切れないもの』だと。我々を信じるか、そのような物を信じるか。コルベラの皆様に委ねたい」
目を眇めて王太子を見返す。
魔道具の映像の欠点を上げた上でコルベラに判断させるときたか。
そこに公正さなどありはしない。コルベラがキヴェラに対し否と言えるかという脅迫だ。
「勿論ですわ。判断するのは私ではありませんもの」
頷き魔道具を操作する。
私がばら撒いた所為で他国の使者達にも見た者は居るだろう。知っていても眉を顰めてしまう不快な映像は事実ならば許される事はありえない。
ふふ……王太子様? 容易く縋れる手など相手も思い付くものですよ?
※※※※※※※※※
映像が終わった後は誰もが無言。其々険しい表情をしてちらちらとキヴェラ勢に疑惑の視線を向ける。
その中で余裕のある王太子と私は明らかに浮いている。王太子は自分の勝利を確信してか口元に笑みを浮かべていた。
だがコルベラに問うべく口を開く前に、私が次の手を打つ。
さあ、これからが本番。
「まずこれを御覧下さいませ」
そう言って傍に控えていたエマから一枚の紙を受け取り王太子に渡す。
訝しげに受け取った王太子は目を通すなり驚愕の声を上げた。
「これは私の後宮の見取り図ではないか!」
「よく見てくださいね? 確かに後宮の見取り図なのですか?」
「間違い無い。……どうやってこれを入手した?」
瞳に剣呑な光を浮かべて私を睨みつける王太子。
だが、私はそれに対し笑みを浮かべる。
「御認めになられましたね。それは入手したのではなく描き起こしたものですわ」
「何だと?」
「先程の姫の冷遇映像より描き起こされたものなのです。つまり、貴方様御自身があれは間違いなく後宮内だと認めたのですよ」
「な!?」
思ってもみない事を言われて絶句する王太子を他所に私は言葉を続ける。
「確かに記憶を映像化する魔道具の映像は幻影や幻覚の影響を受けるでしょう。ですが」
一度言葉を切って王太子の背後に視線を向ける。そこに居るのは他国の使者達。
「それらは術者が明確に作り出さなければならない筈。つまり、後宮内部の見取り図を作り出せるほど正確な幻影などは後宮を良く知る者以外無理なのです。極一部を再現するわけではないのですから」
「事前に侵入すれば可能だろう!」
確かにそれならば可能だ。
だが、私は軽く首を傾げて問い返す。
「どうやって、ですか? キヴェラの後宮には不審者を咎める警護の騎士や侍女が居ないとでも? 間違いなく気付かれますよね、そのような事をすれば。人物が幻影であるというならば余計に目立ちますし」
「そ、それは……」
「……ああ、確かに王太子妃様の周辺には侍女どころか護衛の騎士さえ居ませんでしたが。先程も申しましたようにこれは私が姫をお救いする際の記憶ですわ。言い忘れましたが魔道具でも撮影してありますよ」
「く……貴様っ」
「往生際が悪過ぎですわ。初めから正直に事実だったと話せば宜しいのに」
にぃと唇だけを歪めて笑う。初めから魔道具に記録された映像もあると言わないのは王太子本人に『冷遇映像はばっちり後宮内です』と証言させる為だ。
当たり前だが『幻覚を見せていた』という言い分も通用しない。幻覚・幻影共に王太子含む後宮丸ごと元になる映像の撮影に協力していなければならないのだから『作られたもの』と言い張るなら協力者ということになる。
ゼロから映像を作り出すんじゃないんだよ。別の場所で実際に起きた事を元に『再現』するものなんだから。
この場はキヴェラの王太子が謝罪する場なのである。偽りを言えば当然心象を悪くする。
誠実さとは程遠い言い訳とあの冷遇が事実だと判り、王太子の背後では何人かが眉を顰めていた。
彼等だってここまで詳しく証拠を突きつけられれば只の噂などとは思うまい。十分な判断材料になるだろう。
まずは一勝。さあ、続いて参りましょ!
「ああ、これだけは言っておかなければ!」
悔しそうな王太子を無視してコルベラ王に向き直る。
楽しげな私に王は僅かに片眉を上げたが厳しい表情を崩すことなく顔を向けた。
「お伝えしなければならない事がございます、王」
「よい、許す」
「はい。先程、王太子様は私を姫と間違えました。民の噂話に『婚姻の際にもヴェールすら上げなかった』というものがあった事を御存知でしょうか?」
「ああ、確かにあったな。聞くまでもなく儂もその場に居た。事実だ」
言い切られた内容に一つ頷く。花嫁の父である王からの証言なので偽りと疑われる事はない。
「姫や侍女の証言が有るとはいえ婚姻関係を一年結んだ以上は清い結婚生活であると信じる者は少ないでしょう。ですが、一度でも体を重ねていれば顔を知らぬなどありえませんよね?」
「勿論だ。何よりセレスティナと魔導師殿は全く似ておらん」
「ええ、そのとおりです。ですから……セレスティナ姫は未だ清い御体ですわ。本当に、本っ当に宜しゅうございました」
人生の汚点となってしまいますものね! と力一杯いい笑顔で付け加える私に王はしっかりと頷いた。
これ、超重要。他国の使者達をこの場にお招きする理由の一つですよ。
だって、キヴェラが腹立ち紛れにセシルを貶める嘘を吐くかもしれないじゃん?
王様、頷いたのは『よくぞ証明した!』という意味か?
それとも『その通り! 人生の汚点は要らん』という同意?
まあ、声に出さないのは状況をしっかり理解できているからだろう。それなら暴言吐いたのは私だけになるからね。
他国の使者さん達もしっかり国に伝えるんだよ。セシルの価値に響くからな!
「貴様、人生の汚点とはどういうことだ!」
「あら、甲斐性無しの汚れが着かなかった事が喜ばしいのは当たり前じゃありませんか」
「甲斐性無し!?」
「王族・貴族の皆様は政略結婚が当たり前だと聞いています。しかもこの婚姻はキヴェラ王が望まれたもの。恥ずかしくはありませんの? 立場に縋り権力を振り翳すくせに個人の感情を優先するなんて」
「こ、この……っ」
「セレスティナ姫の御顔すら御存知無いことから貴方様が姫に指一本触れていないことが事実として証明されたのですよ。証明なさったのは王太子様御自身です」
王太子は怒りの余り言葉もないのか私を睨みつけている。
はっ! 甘いな、お坊ちゃん。自分の言動がどういう意味になるのか少しは考えろ。
だいたい睨んだ程度で私がビビるか、魔王様の笑顔の方がよっぽど怖ぇよ!
ゼブレストの側室でさえもっと気合の入った奴が居たぞ? 負ける事を考えない御馬鹿……もとい好戦的な連中だったとも言うが。
それにしても権力を振り翳さなければ人を黙らせる事さえできないとは芸が無いね、アンタ。
「私はエレーナに誠実であっただけだ!」
「貴方様の立場では婚姻に必要なのは義務であって愛ではありませんわ。嫌でも薬を使うなりして義務を果たすべきでしょうに……必要な事だと諌められぬ寵姫様も何と不甲斐無い」
「そのようなことを平然と口にする貴様とエレーナを一緒にするな。女ならば少しは慎みを持ったらどうだ?」
「本来ならば言わずとも理解できているのが当たり前です。相応しくない内容だと言う前に御自分の至らなさを恥じていただきたいわね」
馬鹿ねー、と言わんばかりに大袈裟に溜息を吐いてやると今度こそ王太子は黙った。さすがに分が悪いと思ったらしい。
お馬鹿さんだな、王太子。私は『セレスティナ姫の純潔を証明する為』にこういった話をしているんだぞ?
お前が騒げば騒ぐほどこちらの正当性が認められるだけだ。
しかも『エレーナに誠実だった』って自分で証言したな?
周囲の皆様は私達の遣り取りから正しい情報を事実として拾ってくれるだろう。
ついでに言うと『キヴェラの王太子は王命さえ無視し王族の義務すら蔑ろにする』と公の場で明言してしまった事になるのだが。
気付いてないっぽいねー、あれは。頭を占めるのは私に呆れられた悔しさだけだろう。
大変判り易いですね。マジで煽り甲斐のある玩具です。
このまま自滅を狙ってガンガン行きますよ!
「そうそう、婚姻ですが。……本当にそのような事実はありますかしら?」
「なんだと?」
「誓約は『王太子妃は王と王太子に逆らえない』という一方的なものだったと伺っていますわ。セレスティナ姫は御自分の立場を実によく理解なさっておいでですから……どのような目的で使われたのでしょうね?」
「小国の王女ならば差があって当然だろう」
「いえいえ、そのような事を申し上げているのではございません」
軽く首を振り周囲に視線を向ける。
「王太子妃という役割を理解なさっている方を黙らせる誓約。御自分に都合の悪い事を黙らせる為に使ったのではありませんか? そう、例えば『王太子妃の予算の横領』、『持ち物の殆どを取り上げ食事すら満足に与えぬ冷遇』。これらをキヴェラ王に報告されては拙いと考えたからこそ行動を制限したのでは?」
ざわり、と周囲がざわめく。
コルベラの皆さんは事前に知っているのだ、声を漏らしたのは他国の皆様だろう。
王太子は周囲に視線を走らせると焦ったように口を開く。
「何を根拠に魔導師殿はそのような事を?」
「私ね、これでも色々と調べたのです。政略結婚ですもの、ある程度の冷遇は仕方がないと」
ふうっとわざとらしく溜息を吐き困ったように眉を顰める。
「私が後宮内にどうやって侵入したか御存知ないでしょう? 貴方が姫に与えた部屋……まあ隅の小さな部屋ですが。あれは隠し通路への出入りの為の部屋でしたの。家具が殆ど無い事も発見に繋がった理由だそうですわ」
「な!? 」
知らなかったのか王太子は声を上げる。
……お前、避難経路は確認しとけよ。もしくはどの部屋にセシルを押し込めたか知らなかったのか。
「驚かれたようですね。王太子様、今驚かれた事で貴方様が『姫の待遇に全くの無関心だった』と証明されました」
「部屋を用意したのは侍女達だ!」
「ですから彼女達は貴方様の言葉に従い、後宮内で最も王太子妃に相応しくない部屋を宛がったのではありませんか? 彼女達は隠し通路の存在など知りませんもの」
実際、ある程度の立場でなければそんなものを知る筈が無い。
ついでに言っちゃうと隠し通路って城にも繋がってるからね? 『図書室の倉庫に繋がっている』という情報をちらつかせるだけで事実だと証明できる。
ダンジョン、もとい隠し通路を探索済みなのは個人的な趣味ですが。
「侍女のエメリナは必死だったのでしょうね。そこから町へ向かい、身に着けていた装飾品を売って糧を得ていたそうですわ。確かに私が滞在した数日、毒入りの食事が運ばれた程度でしたし」
「侍女達の職務怠慢だろう!」
「あら、嫌がらせを推奨なさっていらしたのに? それに……王太子妃様に良くすれば貴方様の不興を買い遠ざけられるのです、できるだけ関わらないようにするしかなかったのでは?」
「……魔導師殿、一ついいか」
不意に王が声をかけてくる。
「そのような状態ですら事態が発覚しなかったのは何故だ?」
「御二人がそれなりに自活されていた事が原因の一つですね。他には『それに気付く者が居なかった』所為だと思われます」
「気付く者が居ない? 王太子妃ならば侍女の一人くらいキヴェラから付くだろう」
「居ませんでしたわ、その侍女すら」
コルベラ王の視線が鋭さを増す。
お父さん、抑えてください。貴方の娘の逞しさにも原因があるんですから!
「ほう……全てはエメリナ一人がやっていたというのか」
「ええ。ですからこのような物を残していたのでしょうね。自分に何かがあった時の為に」
控えていたエマから日記を受け取り王に差し出す。頷いた王に控えていた御付きの人が日記を受け取って王に差し出した。勿論、既に内容は知っている。
単なるパフォーマンスなのです。王が『何か協力できるかね』って言ったから。
折角なのでコルベラ代表として王太子にチクリとやる役を頼んだのだ。
日記を受け取ったコルベラ王はパラパラとページを捲り暫し目を通すと口元を歪めた。
「……。おやおや、冷遇などでは生温い表現ではないかね?」
「ええ、そう思います。ですから私は行動いたしました。これ以上あそこに置いておけば間違いなく命に関わりますもの」
「そのようだな。さて、ルーカス殿? ここに書かれた内容は知らぬでは済まされないと思うが?」
「私には……報告がされませんでしたので。改めて謝罪いたします」
その言葉に周囲の視線は一層冷たいものとなる。
おい、王太子。『知らない』じゃ済まねーって今言われただろ。とことん侍女達の所為にする気かい。
コルベラ王も当然その程度の言い訳で許す筈は無い。
「これはおかしな事を言う。貴殿は後宮の主としての役目を放棄されていたと?」
「そのようなことはっ!」
「王、そのような事を言っても無駄ですわ。この会話をしている意味すら気付いていらっしゃらないようですし」
クスクスと笑いながら王太子を『困った子ねぇ』とばかりに見る。
そんな私にコルベラ王は『仕方ない』と溜息を吐いて追及を止め、王太子は怪訝そうに私達を交互に見つめた。
「王太子様。貴方様がこの場にいらっしゃった目的があるように、私にも目的が有りますの。……貴方様の誠意を試し、冷遇が事実であると証明する目的が」
「な、に……?」
「御自分の発言を思い返してくださいな? 『自分は知らない』? 『侍女達の職務怠慢』? 貴方様が誠意ある謝罪をするならば、その者達の行動を把握し処罰をコルベラ王に伝える義務があるのではありませんか?」
実際、これらは必須である。自分が関与していなくとも主として謝罪する……というのが今回の謝罪なのだから。
にも関わらず王太子は『自分はやっていない!』と繰り返している。
これは本人が『誓約さえあれば何とかなる』と思っていたからに違いあるまい。誓約を行使し、セシルに取り成させようという魂胆が丸見えだ。最初でコケたが。
まあ、私が居なければそれで済んだだろうね。本人同士の和解が成立しちゃうから。
「映像だけではなく王太子様御本人が冷遇を事実と『公の場』で認めましたもの! これで噂に過ぎないという言い訳は使えません。私達は『誰が行動したか』など興味が有りません、『冷遇が事実であるか否か』という事のみですわ」
「貴様っ!」
「ああ、貴方様も立派に冷遇の共犯ですわ。後宮の主としての権限と誓約によって侍女達や姫の行動を制限していなければ成り立ちませんものねぇ? 姫はキヴェラ王自らがお連れになった王太子妃ですもの、その状況を訴える事が可能ですわ。キヴェラ王にも誓約の影響がありますし偽りは言えないでしょう」
さて、王太子。これで『王太子は冷遇に関与してない』なんて言えなくなったぞ?
ここが公の場であり各国の使者達が居る以上は私の言葉も当然伝えられる。単なる魔導師の戯言じゃございませんよ、王太子妃逃亡の当事者にして冷遇映像記録者本人の追及なのだ。
許す気なんて無ぇぞ? じわじわと包囲網を狭めてやろうなぁ!
一気に突き落とすなんて真似はしませんよ、逃げ道を探させておいて塞ぎます。
……あ。何だか凄く楽しそうにしてる人が居る。アルベルダ王だな、多分。
気持ち的には『頑張るねー!』と手を振りたい心境です。きっと振り返してくれるね、あの人。
さて、これまでの事をちょっとおさらい。
・冷遇映像が本物であり事実だと確認
・セレスティナ姫は未だ清い体と証明
・映像に映っていない部分の冷遇(侍女・護衛の不在、日々の糧さえ無い状況、王太子本人による後宮の主としての義務の放棄・誓約を使った姫の行動の制限による隠蔽工作)の証明
これくらいかな? 既に詰んでる気がするけど何か言い訳してくるんだろうか。
王太子は絶賛私を睨み付け中ですよ! 困った子だなー、そんなに遊んで欲しいのか。
……。
吼える駄犬を躾るのも重要だしな!
じゃあ、次いってみようかぁ!
「そうそう、その誓約ですけど。私、先程『本当にそのような事実はありますかしら?』と口にしましたわね? それはこのような物があるからなのですけど」
一枚の紙を取り出す。未だ折り畳まれたままのそれに王太子も周囲も怪訝そうな顔になる。
見た目は只の紙だ。魔力を感知できない限りはね。
「『ある場所』から拝借してきましたの。ああ、勿論これを抜いた後はきちんと『鍵』を掛けて来ましたから他に盗難などされていない筈ですわ」
「ふむ、魔導師殿? それは盗み取ったとは言わんのかね?」
「お借りしただけですわ。それに盗難届が出ていない物を所持していたところで処罰できません。訴える者が居ないのです、少なくとも現時点では」
盗難云々の追及をされない為にも事前にこの会話は必要です。協力者は勿論コルベラ王。
この場での最高権力者であるコルベラ王が納得してしまえば盗難に対する追及は後回しにできる。って言うか用が済めば返す気だし。
「さて、王太子様……貴方様はセレスティナ姫と本当に婚姻してらっしゃいました?」
にこりと笑って折り畳まれた紙を開く。そこに在るのは王太子のサイン。
それが何かを悟った王太子は驚愕に目を見開いた。
「な、婚姻の誓約書だと!? 何故ここに!?」
「お借りしてきました、脱出の際に。王太子様はこちらに来る前に確認してきたのですか?」
「い、いや。誓約は解けていないと宮廷魔術師が言っていただけだが」
「そのとおり。込められた誓約は未だ有効ですよ」
婚姻の誓約書にセレスティナ姫のサインは無い。コルベラ王に差出すと頷いて受け取り軽く目を通す。
「ふむ。何処にも姫のサインは無いな」
「そんな筈はない! 誓約は成った筈だ!」
「だが、何処にも無いぞ? 確認してみるかね?」
御付きの手によって渡された誓約書を見た途端、王太子は小さく「馬鹿な……」と呟き固まった。
そういや誓約書は術を解除するしか術が無いんだっけ?
王太子は最終兵器を打ち砕かれて硬直してるようにしか見えないけど驚きは無いのか。
「私、悪戯が大好きですの! セレスティナ姫をお救いする際、邪魔でしたので少し弄らせて頂きました。ふふ、王太子様? セレスティナ姫に縋る思惑が外れて悔しいですか?」
「魔導師殿、どういうことだ?」
「キヴェラは誓約を利用するつもりだったということです。冷遇が事実であろうが王太子妃である『証拠』がある以上は王太子様直々の『謝罪』のとおり『許さなくてはいけない』のですから。当事者達が和解してしまえば他国は口を挟めませんもの」
「なるほど、姫の自由を得る為だけに誓約書を奪ったのではないのだな」
「はい。これでセレスティナ姫が誓約に縛られることはありません。婚姻の事実も消えますし良い事尽くめですわ」
にこやかに告げる私に王太子は射殺しそうな視線を向けたまま詰め寄ってきた。その手には誓約書が握り締められている。……いいんだろうか、皺くちゃにして。
「良いわけないだろう! 貴様、神聖な誓約を何だと思っている!」
「国が決めた婚姻を蔑ろにし、その神聖な誓約さえ自分の為に使う貴方様に言われたくはありませんね」
「この盗人が!」
「既に貴方様の手に返却されていますが? 盗難届も無く返却された以上は罪に問えないと思いますけど」
「く……貴様ごときに、貴様の所為で……!」
「公の場で見苦しい真似は止めた方が宜しいですよ? キヴェラの顔としてこの場にいらっしゃる王太子様?」
コルベラの皆様が姫の冷遇映像にさえ動かなかったのは何の為だと思うのです? と付け加えると少々冷静さを取り戻したのか私と距離を取った。
使者の皆さんはもはや厳しい視線を隠そうともしない。明日は我が身かもしれないのだ、徹底的にキヴェラへの対抗手段を探し国へと持ち帰るだろう。
……極一部の人達が私に対し厳しい目を向けているけどさ。
『大人しくするのはお前もだろう!』という突っ込みですか? 説教は後にしてください。
「誓約の無い状態でセレスティナ姫にお尋ねします。貴女様はどのようになさりたいのですか?」
「私はコルベラの王女だ。キヴェラの王太子妃として在ったこともそう扱われたこともない! あのような待遇でどうしてそう言えるのか理解に苦しむな」
「そうですよね。侍女以下の扱いですもの、大国の妃だというのには無理があり過ぎますわ。コルベラの王女がキヴェラに滞在してらしただけですよね」
婚姻の証明が無いならば冷遇を理由に『実は王太子妃ではなかった』という言い分が立つ。
寧ろこの扱いで王太子妃とか言おうものならキヴェラの体制そのものが疑われるだろう。
もっと言うなら他国に強い不信感を植え付ける事ができる。即ち……『キヴェラは他国の王家ですら侍女以下と見なしている』と。
これを覆す要素は今のところ存在しない。王太子が不誠実さを暴露しまくっているし。
少なくともこれでセシルは確実にキヴェラから逃げられる。『王太子妃として嫁いだ』のではなく『コルベラの王女が滞在していただけ』なのだから。
王女への不敬を帳消しにする意味でもキヴェラはコルベラに強く出れまい。
「ねぇ、王太子様? 私、この計画を思いついた時にある人にこう言ってますの。『時間稼ぎをする事がキヴェラにとって優しさであり惨酷さです』って」
さあ、遊びはもう終わり。
優しく優しく終わりを告げてやろう。貴方には打てる手などないのだから。
「キヴェラが誠意を見せるならば姫の到着を待つ必要などないのです。冷遇に関わった者全てを重く処罰し、セレスティナ姫を祖国へとお返しすると共にコルベラとの変わらぬ関係を明言し、貴方様は誠心誠意コルベラ王にお詫びし国に処罰を仰ぐ。そこまでされればコルベラとて振り上げた手を収めますわ。そしてコルベラが納得すれば他国も介入できません」
王太子は黙って聞いている。周囲も同様。
「キヴェラ上層部の皆様は欲張り過ぎなのです。一つの事を成すついでに更に有利に事を進めようとする。罪人達の実家を潰す理由を得る為・他国に誠実さを見せつける為にわざと罪を自覚させないまま追っ手とするように」
「……最小限の行動で多くを成す事を目指すのは当然だろう」
「確かに政はそういうものですね。ですが、今回は誠実さを認められる事が重要なのではありませんか」
キヴェラ上層部は有能だ。だからこそ結果を重視し過ぎたんだよ、王太子。
今回必要だったのは結果じゃなく誠意なのだから、裏がバレればこれ以上無い悪手となる。
「私、王太子様が嫌いです」
「何だ、唐突に」
突然の言葉に怪訝そうな顔をする王太子を表面上は笑みを浮かべて見つめる。
得体のしれない生物を前にした恐怖か、王太子の瞳には若干の怯えが見えた。
ああ、慣れない言葉遣いが面倒だ。そろそろ適当でいいか。これからの内容は不敬どころじゃないんだし。
「イルフェナのエルシュオン殿下を『魔王も大した事は無い』、ゼブレスト王を『貴族に嘗められたお坊ちゃん』などと言って格下扱いするのですもの。それなりの準備をしなければ勝てない相手と期待しましたわ」
なのに……と残念そうに溜息を吐く。
「実際は自分の感情を最優先する下らない方でしたのね。王族としての権力を振り翳す事しかできない無能者、立場に対する義務を放棄しその重要性さえ理解していない粗末な頭にがっかりです」
「な!?」
「時間は十分ありましたわ。事が起きた後どう行動するかによって、人の本質や能力が見極められますの。王族としては信頼に値しない、立場を理解できない、義務を怠り感情を優先するなど底辺を極めてますね。そもそも王族として立派に務めてらっしゃるならばこのような事は起きません」
「黙れ!」
王太子の怒鳴り声を一切気にせず私は言葉を続ける。
「次に個人として。他者を見下すくせに自分が見下されるのは許せないとは何と幼稚な。本当に外交を担ってらっしゃったのですか? それに大人ならば感情を切り離し場に合った態度をとるのは当然なのですけど、それもできてらっしゃいませんね」
「貴様が煽るからだろうが!」
「容易く挑発に乗るなど愚かの極みですわ」
きっぱり言い捨ててやると意外にあっさり黙った。まあ、沈黙するのが正解か。
一部の人々が唖然としてるけど無視です、無視。
ああ、魔王様が『それを君が言うかい!』とばかりに頭を抱えてますね。
監視が必要なアホ猫に期待しないでくださいよ。私は自覚がある上での行動です。
「恋に生きてらっしゃるようですけど、何の努力もせず自分達の主張ばかりを繰り返すだけの安っぽい恋愛劇など周囲の理解を得る事はありません。現に支持者は貴方達に気に入られようとする野心を持つ者ばかり。身分違いの恋? 立場に見合った態度をとる事ができない者同士の恋など反対されて当然でしょう! 迷惑を被るのは周囲なのですから」
「エレーナを侮辱するな!」
「私が心の底から呆れているのは貴方様に対してです! 王太子様がまともな行動をとらないばかりに寵姫様も同類に見られているのですよ」
寵姫の評価を下げたのが自分だと言われ何か思う所があったのか、王太子は顔を青褪めさせた。
キヴェラでは『王太子妃に相応しくない』とは言われても個人的にどうこう言われた事はなかったんじゃないか? そもそも貴族令嬢は我侭・贅沢好きが珍しくないんだし。
それに寵姫さんの行動が謎なんだよなぁ、セシルを守っていたような気がしなくもない。
「最後に男として」
「ちょっと待て、何故そうなる!?」
さすがに周囲はギョッとしたような顔になった。
え、私『王太子嫌い』って言ったじゃん? ならば徹底的にいきますよ?
「さっさと寵姫様を孕ませていれば正統な跡取りとしてキヴェラも無視できません。周辺諸国に縁組の打診でもされれば後ろ盾を得るという意味でも寵姫様の立場を揺るぎ無いものにできたでしょう。……で、現実は? 何年恋人ごっこをなさるおつもりで? 正妃に見向きもしないほど熱愛しているのに?」
顔色の変化が実に忙しないですね、思い付きもしませんでしたか。
はっは、悩むがいい! 焦るがいい!
ここで否定すれば『寵姫が不妊』と言われ、黙っていれば『自分が種無し』と言われることになる。
究極の選択だよなぁ、王太子様? 今後に関わるんだからさ。
実際は間違いなくキヴェラ上層部が動いていたと思われる。王太子に手を焼く人達がこの可能性に気付かない筈は無い。
子供ができればさすがに二人の関係を無視できないのだ、寵姫の出自はともかくとして。
しかも王太子は王命でさえ無視する人なのだから勝手に他国へと縁組要請しかねない。
上層部を一切無視した行動をとれば最悪国が分裂する可能性もあるとは考えもしないだろう。
何より王太子はキヴェラ上層部を嘗め過ぎだ。
王太子は王妃の子である自分だけが次の王だと無条件に信じているが、王子は彼だけではなくキヴェラ上層部はそう甘くは無い。
王子が他にも居る以上、廃太子にして弟王子を正当な後継ぎにするという強行措置もとれるのだ。
さすがにそれは最後の手段だろうが、現時点でもできる事はやっていると推測。
後宮に手が出せない以上は寵姫暗殺を狙うより子供ができないよう一服盛った方が確実だ。多分、盛られてたのは王太子の方だと思うが。廃嫡の理由にできるから。
未だ悩んで答えが出せない王太子に冷めた視線を向ける者は多い。少なくともこの場に居る人々は王太子や王太子の子と縁組しようとは考えないだろう。
キヴェラでの扱いが怖過ぎる。下手すりゃ気付かぬうちに継承権争いに巻き込まれてしまう。
これで王太子の後ろ盾候補は消えただろうねぇ。今後、外交的な意味で王太子に側室を差し出しても利益は無い可能性が高いのだから。
「これで判ったでしょう? 『時間稼ぎをする事がキヴェラにとって優しさであり惨酷さ』という意味が。この場ですら誠意を見せなかった貴方様に容赦など必要ありませんわ。王族として、人として、男として。全ての意味で徹底的に貶めてさしあげます」
「魔導師殿は……自分達が逃げている間にキヴェラが相応しい振る舞いができるか否かを他国に判断させる為に遠回りをしたのか」
「そう思っていただいて結構ですよ。遠回りした方が逃げ易かった事も事実です」
コルベラ王の問いに頷き肯定する。楽しげに笑えば私を知る一部以外の人々が慄いた。
やだなー、キヴェラにもチャンスあげたんだよ。潰して自滅したのは自業自得。
『性格悪っ! 何その無駄な計画性。……嫌い? そこまで王太子が嫌い!?』
『え、さっき姫を救う為って言ってなかった? 誰だ、善意の魔導師とか言った奴!』
口にせずとも感想はこのあたりだろうか。おおぅ、疑惑の視線がビシバシ突き刺さる。
逆に落ち着き払ったコルベラ王はひっそり親指を立てていた。決着に納得していただけたようで何よりです、コルベラ王。
王太子の側近達は言い返そうにも私の反論を恐れて結局無言。十倍返しどころか身の破滅が待っていると漸く理解したらしい。
『最悪の魔導師』? 『賢さは暴力より性質が悪い』?
ええ、自覚がありますとも! 魔導師は天災扱いだもの、今更でしょ?
殺す事が無理ならば徹底的に。何の為に逃亡旅行の計画を組んだと思ってやがる。
あの王太子ならば絶対に恥を晒す! そう確信していたからに決まっているじゃないか!
キヴェラで内情を知ってからは最短距離でもいけるんじゃないかと思いました。短縮しなかったのは王太子様を知ったからに決まってる。謝罪程度で済ますかよ。
予想外に優秀な上層部に計画の失敗を危ぶんだが、そこは国の内部を乱すことでカバー。
これらは元から逃亡に必要だったから特に問題無し。当初より増えただけだ。
本当にお気の毒です、キヴェラ上層部の皆さん。自国が揺らいだ状況では問題児一人に構っている訳にはいきませんからね!
「貴様……許さんぞ。そんな口叩けなくしてやろう!」
「あら、貴方にできます?」
周囲の視線や囁きから、そして何より私の言葉から自分の失敗を悟った王太子は公の場である事も忘れて感情のままに怒鳴りつける。
それに対し「できるの?」とばかりに挑発的な笑みを浮かべて返してやれば口元を歪めて暗く笑った。
傍に控えていた王太子の側近が諌めようとするが遅い。
「これほどの侮辱許し難い! 我がキヴェラは貴様に宣戦布告する!」
ざわめきが一気に静まる中、私はその宣言を笑みを浮かべて受けた。
ねえ、王太子様?
私の獲物は……最初からキヴェラという『国』なのですよ?
※王太子が青褪めたのは王妃の言葉を思い出したから。
『逃げ場がなく従うしかない状況』なら周囲の同情を買えますが『逃げ道があったのに自滅』では呆れられるだけですよね。