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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
キヴェラ編
106/697

互いに利用し利用され

騒動その後とキヴェラの対応。

 

 キヴェラの連中がマジ泣きしたところで一応この騒動は終了と言うことになった。

 ちなみに肉体的にというより精神的疲労による部分が大きい。暴力によって傷めつけるなら暴行をキヴェラ側に追及されるかもしれないが言葉なら問題無し。

 いい歳した大人が『悪口言われました! 脅かされました!』と言った所で説得力は無い。寧ろ冷たい目で見られて終わりだろう。

 勿論、私達で精神をガリガリ削った所為なのだが言われて当然の事をしているのはこいつらだ。

 カルロッサの騎士達が何だか涙目だったのは気の所為ですよね、気の所為。


「御嬢ちゃん……イルフェナには手加減という言葉が無いのか?」


 物凄く疲れた表情のキースさんの発言に私達は顔を見合わせ首を傾げる。


「え、手加減してるじゃないですか」

「え゛」

「これがイルフェナだったら治癒魔法をかけつつ生かさず殺さずの絶妙な暴力が振るわれて気力・体力共に消耗してますって」

「怪我は大した事ありませんしねぇ」

「……? この程度で何か問題があるのか?」


 事実を暴露する私に不思議そうなエマとセシル。そうか、コルベラも似たり寄ったりなのか。

 そういえば食料不足の小国ながらもちゃんと国として残っているものね。厳しい環境だからこそ結束は固く、敵に容赦が無いのかもしれない。それくらいじゃなければ守れないだろうし。


「……手加減してたのか?」

「うん。この後の使い道を考えたら精神状態まともなままにしとかなきゃ!」


 精神錯乱してたから責任能力無し、なんて言い出されちゃうじゃないですか! と笑顔で語ったら沈黙された。

 はっは、重要な事じゃないか。言い逃れできんよう逃げ道は塞がないと!


 キースさんは諦めたように溜息を吐くと気を失わせたキヴェラの連中を納屋に押し込めるよう指示した。一々煩いし抵抗される事を考慮してのことだろうが、問答無用に気絶させるあたりカルロッサの騎士達もお怒りなようです。

 加えて奴等の言動から宿屋で一般人と一緒にしておくのは危険だと判断したらしい。

 賢明ですね、発情期の雄どもは無駄に体力あるから暴れるかもしれないし。

 ……あ。良い事思いついた。


「キースさん、キースさん」

「ん? どうかしたのか?」


 ちょいちょい、と服の裾を引っ張ると騎士達に指示しながらも話だけは聞いてくれる。


「あの連中、蜘蛛の一部と同じ場所に入れましょうよ」

「は?」


 思わずこちらを振り返り怪訝そうな顔をするキースさんに素敵な提案を試みる。


「蜘蛛の事は一応話してありますし、実物と御対面ってのは素敵な思い出になると思います」

「……。お前、食わせる云々って連中を脅してなかったか?」

「……冗談に決まってるじゃないですか」

「おい、その間は何だ? 視線を逸らすな、舌打ちするな!」


 キースさんは私の遊び心を察したらしく突っ込む。

 脳筋美形の御世話係ゆえに細かい事に煩いのだろうか。お説教モード発動のようです。何だよ、いいじゃないか。

 その時、エマとセシルから援護射撃が入った。


「良い考えだと思いますわ。村には女性や子供達もおりますし、見張りの騎士様達も人数を余計に割く手間が省けますわ」

「そうだな。そもそも持ち帰った蜘蛛は頭と足だけで既に死んでいるのだろう? 危険は無いと思う」


 実際、エマの言うとおりなのだ。蜘蛛が死んでいると言っても放置はできないし、村の見張りもまだ減らす訳には行かない。暫くは警戒体勢をとってこれ以上巨大蜘蛛が居ないかの様子見となるだろう。

 キヴェラの連中が思いっきり予想外の敵なのだ、早い話が邪魔者である。

 『馬鹿野郎、手間とらせんなぁっ!』というのが騎士達の本音であることは間違い無い。


「確かに……それはそうなんだがな」


 未だ迷っているのかキースさんははっきり頷いてくれない。まあ、一応巨大蜘蛛は危険生物扱いだったしね。

 キヴェラの騎士達も危険といえば危険なのでしっかり確保しておきたいという気持ちも理解できる。何せ脳筋美形が未だ爆睡中だ、最終兵器が無いに等しい。


 実のところキヴェラの連中が逃げ出したら『狩りの時間だ!』とばかりに皆で楽しもうと密かに思っているので全然問題は無いのだが。


 言ったら言ったで説教されそうですな、頭の固い人達に。遊び心が判らん奴め。

 まあ、とりあえずは平和的に拘束&監禁だな。大丈夫、協力者達は私達の周りで話を聞いていたから。


「村人の皆さーん! 聞いていたとおりです、御協力御願いします!」

「おう、任しとけ!」

「騎士様達に負担は掛けられねぇよなぁ」

「俺は娘が居るし嬢ちゃん達の意見に賛成だ」

「よし、さっさと放り込もうぜ!」


 村人達は元気良く頷き合うとさっさと作業を開始する。村人さん達、大変頼もしゅうございます。

 ってゆーかね、彼等はキヴェラの騎士連中の脅しをしっかり聞いているのだ。その目的も含めて。

 カルロッサの騎士でさえ押さえ込んで好き勝手しようとする奴等を警戒するのは当然なのです。

 ついでに言うと彼等はこの村に住んでいるから森護りは共存種。実物の脅威を知らなければ『死んだ蜘蛛ごときに騎士が怯えんじゃねぇっ!』という心境なのだ。

 シェラさんだって女性なのに『森護り程度で騒ぐな』ってキースさんに言ってたしね。貴族とは認識が違うのですよ。

 なお、そのシェラさんは城に連絡を入れに行く騎士と共に近くの町まで行っている。

 『放っておいて悪いね』と言いながらも怒りを滲ませた笑顔で出発していきました……アルベルダにチクるつもりだな、絶対。王様きっと喜ぶぞ。


「ちょ、待て! 勝手な真似っ」

「ここは村人達の好意に甘えましょうって! 大丈夫、逃げないよう私も全力で協力するから!」

「それが一番凶悪だろうがっ!」


 慌てて止めようとするキースさんには背後からしがみ付いて拘束。

 酷いなー、傷ついちゃうぞー、年頃の乙女なのにー……と棒読みしつつもキースさんを押さえ込んでいたらエマとセシルが手伝ってくれた。

 その光景と村人達の輝かんばかりの笑顔――好き勝手された報復も兼ねている――に他の騎士達も顔を見合わせ村人達に手を貸し出す。

 ほらほら、キースさん。皆さんも納得してらっしゃるみたいですよ? 多数決で私達が正しい。

 細かい事は気にしない方向でいきましょうよ。何かあっても『証拠隠滅』という素晴らしい言葉があるじゃないですか。

 ……という事を押さえながら言ったら唖然とされた挙句『イルフェナの女ってこんなのばかりかよ』と呟き頭を抱えられた。


 キースさん。

 真に申し訳ないのですが、私達は誰もイルフェナ産じゃございません。いや、イルフェナは多分似たような感じだろうけどさ。

 コルベラも同じみたいですよ? しかもセシルは姫でエマがその侍女ってことは貴族令嬢だ。


 ……隣国だし婚姻も多いだろうから言わない方がいい?





 その後。

 キヴェラの騎士達は目覚めるなり


『う……うわわあぁぁぁぁっっ!』


 という叫び声を盛大に上げ。

 その声を聞いた人々に『やっぱり貴族のお坊ちゃんなんだな』と苦笑される事になる。


「あんな歳でもやっぱり男の子なのねっ! あんなにはしゃいで」

「童心に返っているのかもしれませんわね。幼い頃は貴族でも庭を駆け回ったりいたしますし」

「私もよく兄達と遊んだな。ああいった遊びの中で学ぶことも多い」


 ……などと平和に話していた私達の会話を聞きつけたビルさんは物凄い勢いで振り返り、私に疑いの目を向ける。

 何故だ。何その反応は。


「問題児っ! お前、今度は何やらかした!?」

「え、酷い。今の会話の何処に問題が?」

「お前、さっき一人で納屋の様子を見に行ったよな? 騒動の中心はいつもお前だろ!?」


 ちっ、バレてる。

 僅かに逸らした視線を肯定と取ったビルさんは私の肩をがしっ! と掴み凄みのある笑顔を向けた。


「さあ、お兄さんに正直に答えろ。洗い浚い吐け」

「ビル、尋問じゃないんだから」

「騎士が簡単にあんな叫び声を上げるか!」


 ビルさんの言い分、御尤も。自分も騎士だからそういう発想に行き着くのか。村人達は蜘蛛に驚いたのかと笑い合っているがビルさん達はそれだけが原因だとは思わなかったらしい。

 そんな私達の様子にキースさんが片手で額を押さえながら近づいて来る。


「御嬢ちゃん……さ、正直に言え。怒らないから」

「怒られるような事をしてませんって」

「訂正しよう。さっき納屋で何をやらかした?」


 頭痛を覚えつつも諦めというスキルを身に付けたようです、キースさん。さすが脳筋美形の世話人だけあって順応が早い。


「あいつらが納屋の床に簀巻きにされて転がされてたんで蜘蛛の顔と向かい合わせになるようにしただけですよ。目が覚めると目の前に巨大蜘蛛の牙とか目があります」

「ああ、それであの叫び声か」


 逃げようと動いた拍子に蜘蛛の近くに転がる事もあるのだ。私がやらなくてもそうなった可能性はある。

 それに直接危害を加えたとかじゃないわけで。


「迫力ある光景ですよね。普通ならば食われる直前くらいじゃないですか、あの位置から目にするのは」


 キヴェラ騎士達の叫び声に納得しつつも微妙な表情のキースさんにそう続けると、背後でビルさんとアルフさんがひそひそと会話する。


「酷ぇ。マジで酷くないか。そりゃ、叫ぶわ」

「ビル、ミヅキは一応被害者なんだから」

「それだけで済むのかよ、被害者なのに」

「……あ」


 ビルさんの発言に二人揃って私に向き直り。キースさんは再び私をガン見する。

 そのまま固まったキースさんを押しのけアルフさんとビルさんは私に詰め寄った。


「で、他には? 何をやったのかな? ミヅキ?」

「問題児、隠すと為にならないぞ?」

「えっとー、おちゃめな悪戯として蜘蛛の牙に水垂らして来ました。傍には『牙からの毒に注意するように』って貼り紙して」

「悪質過ぎるだろうが、それはっ!」

「実害の無い恐怖演出じゃないですか。ついでに小さく『毒で融けました』的な跡を製作してより一層のリアルさを演出してあります!」


 細かい所も頑張った! とばかりに胸を張る私に二人は絶句し、キースさんは遠い目になった。

 対してエマとセシルは「相変らず悪戯っ子なんですから」「手が込んでいるな」と楽しげにしている。今までを知る二人にとっては手の込んだ悪戯程度の認識らしい。これはもう感覚の違いだな。

 しかし、カルロッサの騎士達はそうは思わなかったらしく。


「ミヅキ……それは叫び声を上げて当然だよ」

「身動き取れない奴からすれば怖過ぎるだろう!?」


 ぺしっ! とビルさんが私の頭を叩き、アルフさんは納屋に様子を見に走り。

 キースさんは……


「御嬢ちゃん……優秀なのは判ったから知恵の使い方と方向性を見直そうか」


 と何故か真剣な顔で言い聞かせようとしてきた。『保護者根性でしょうか』とはエマ談。

 年頃の娘さんが居るという納屋の持ち主さんも大変乗り気で悪戯の許可をくれたんだけどなぁ? 


「いいか、まず自分を基準にしちゃいけない。か弱い女子供にするようにだな」

「奴等は男で騎士なので問題ないですね」

「いや、それは」

「軟弱で頭が弱くて自分を守る力も無いのに騎士を名乗るクズというならば考慮します」

「……」


 黙った。さすがに「そのとおり、それでいいんだ」とは言えませんな。

 キースさん、私は凶暴さを絶賛されてる異世界人です。お説教は親猫だけで十分です。



※※※※※※※※※


 そんな騒動があった数日後。

 何故か村には城から派遣された宰相補佐様とイルフェナの騎士達の姿があった。


「何故いきなり宰相補佐官が?」

「御嬢ちゃん提供の記憶を込めた魔道具を送ったらこうなった。奴等の言動はさすがに許し難かったらしい」


 キースさんの口調も何処と無く刺々しい。まあ、そりゃそうか。奴等、カルロッサを属国紛いの扱いしてたもの。

 いくら影響力のある家が関わっていようとも連中は所詮騎士。国が抗議しなければなるまい。

 宰相補佐になれるってことは補佐官様はそれなりの家出身なのだろう。外交問題なのだ、対抗手段としてわざわざ送り込まれたと見た。 


「アンタがイルフェナの魔術師? ふうん、盛大にやらかした割に見た目は普通の小娘なのね」


 栗色の長髪はさらりと靡き、細くて長い指には綺麗に整えられた爪。お肌もしっかりお手入れされている美人さんです。

 ええ、細身で長身の美人さんなのですが。


「えーと……すみません、性別はどちらで?」

「あら、素直じゃない。普通は面と向かって聞かないわよ、小娘」

「間違えた方が余程失礼です。自分より遥かに美人な男を複数知っているので」

「……性別も心も男よ。私は自分を磨く事にも全力なの。第一こちらの方が自然でしょ?」

「物凄く納得できる御答えありがとうございます」


 知的なインテリ美人は自分に合った美しさを追及した姿でしたか。いや、確かにこの人の場合はこっちの方が似合う。

 失礼な質問をした私に対して怒っていないところを見ると『相手を油断させる方法の一つ』なのだろう。見下している相手ならば当然隙も多い。マイナス要素になりがちの外見を特化させて武器の一つに変えた成功例か。

 ……奥方獲得は難しそうですな。理解者じゃない限りまず無理だろう。


「何か失礼な事考えてない?」

「イイエ、何モ」


 勘の鋭さも素晴らしいですね! 聞いた所によると三十代で次の宰相確実な補佐官なんだそうな、頭脳も文句無しに優秀なのだろう。

 アルベルダやコルベラは苦労しそうだなぁ……おそらく外交強いぞ、この人。


「災難でしたね、ミヅキ」


 聞き覚えのある穏やかな声が背後から聞こえる。ええ、私が驚いたのはこちらです。

 振り返ると眼鏡を掛けた穏やかそうな美青年、その身に纏う制服は近衛騎士のもの。


 何故、貴方が此処に居るのでしょうか。近衛騎士団副団長様?


 イルフェナからはクラレンスさんが自分の部隊を率いて御登場です。何故出てくるのさ、近衛騎士が。

 私の表情からそんな疑問を感じ取ったのか、クラレンスさんはやや苦笑しながら理由を話す。


「今回の事はキヴェラ側が隠蔽を仄めかした事もあり、カルロッサと共同で抗議することになったんですよ。問題を起こした者達がカルロッサ側からは無視できない家の者のようですし、イルフェナからもそれなりの家の者が選ばれました」


 クラレンスさんはシャル姉様の旦那様。つまり騎士といえど公爵家の人間扱い。元々近衛は貴族しかなれないから連れて来た騎士は実家がイルフェナ上層部の皆様か。

 報告書だけじゃなく『実際に見て来い、我等の目となれ』という意味だろう。


「ちなみに私とそこの宰相補佐殿は学友です。あんな外見ですが、外交となるとそれはそれは陰険な手を使い相手を苦しめる悪魔です」


 気を付けるんですよ、と付け加えるクラレンスさんの方が悪魔に見えるのは何故だろう。そもそもイルフェナが人の事を言える立場なのだろうか。


「ちょっと! クラレンス、アンタ随分と勝手な事を言うわね!? イルフェナにだけは言われたくないわよ」

「勿論、我が国にも同類は居ますよ? 私はこの子を心配しているだけですから」

「……今回の事も随分と手際が良かったわね? まさか情報を掴んでいたのかしら?」

「時間が勝負の事もあるでしょう? 我々は常に最善を目指しますよ」

「手紙を送ったその日にアンタ達が派遣されるなんて思わないわよ! 合わせる側の迷惑も考えなさい!」 


 どうやらイルフェナは何かあった時を想定してスタンバイしていた模様。これが他の国なら裏工作を疑われるのだろうが、イルフェナなら有りなのだろう。

 それにしても。

 仲良しなのだろうか、この二人。私以外、若干引いている周囲を他所に会話は続く。

 

「もうっ! 一体、その小娘は何なのよ? 馬鹿どもを拷問紛いの手で泣かせたり近衛騎士と知り合いだったり」

「エルシュオン殿下が妹の様に可愛がっているゴードン医師の秘蔵っ子です。ちょっとお転婆ですけど、とても頑張りやさんなんですよ」


 その言葉に宰相補佐様の顔が微妙に引き攣り、カルロッサの騎士達は沈黙した。そして次の瞬間盛大にざわめく。


「『ちょっと』!? ちょっとお転婆ってだけで済むのか!?」

「……誰か頑張る方向を修正してやれ」

「頑張りやさんという名の鬼畜なのですね、判ります」


 カルロッサの騎士様達よ、突っ込む所はそこかい。

 そもそも善人だったら外交において結果なんて出せないだろうが。


「……可愛がっている? 魔王殿下、が?」

「ええ。今回の事を見ても優秀さが判るでしょう?」


 そう言うと今度は私に向き直る。


「貴女のご両親は今回の事にとてもお怒りでしたよ。『鼻と耳を削ぎキヴェラに送り付ける』などと言っていましてね」


 困ったものですね、といいつつもクラレンスさんは微笑ましげな表情で私を見ている。

 御両親……ああ、団長さんとジャネットさんですね。確かにジャネットさんは怒り狂えば実行しそうです。

 狸のぬいぐるみ首絞め事件といい、身内には優しいが敵には容赦無い人なのだろう。


「あはは、大丈夫ですよ。口だけで絶対に実行しませんから」

「おや、どうしてですか?」

「だって、外交に活かすならば下手に怪我させるのは拙いでしょう? 相手を一方的に責める為にもこちらが追及されるような事はするべきじゃないです」

「ふふ、よくできました」


 きちんとお勉強していますね、とクラレンスさんは私の頭を撫でる。ただし、私達の会話に周囲はドン引きした。

 ひそひそと小声で聞こえる会話は『何それイルフェナ超怖い』という方向一直線。

 そんなに驚く事かね? 鉄拳制裁しか理解させる術が無い馬鹿相手なのに、それをしないのは他に理由があるからに決まってるじゃないか。

 有効利用・仕掛けられたらそれを武器に変えて反撃、がイルフェナですぜ?


「ああ、うん……よく理解できたわ。怪我をきっちり治してあるくせに心は随分と折られているようだから」


 若干顔を引き攣らせながらも納得したのか、宰相補佐様が頷く。報告書も当然読んでいるのだ、私が何をしたかなんて全て知られている。

 クラレンスさんは笑みを深めると拘束されているキヴェラの追っ手達に視線を向けた。


「国としても彼等は許し難いですが、個人的にも許せるものではありません。お説教を兼ねての事情聴取といきましょうか」


 そう言って奴等の方へと歩いて行く。その手に持っているのは……乗馬鞭?

 首を傾げる私にクラレンスさんが連れて来た近衛騎士が理由を教えてくれた。


「副団長は普段から近衛の教育係を務めているのです。不適切な言動をした者の再教育、という場合ですが」

「あの鞭は乗馬鞭を改良した物で体に跡が付き難いのです。勿論、終われば治癒魔法をかけます」

「騎士は体を鍛えていますから簡単に痛がらないのですよ。民間人と同じでは効果がありません」


 解説ありがとう、騎士さん達。確かに体を鍛えていたら痛みに耐性がつくだろう。いい歳して引っ叩かれてのお説教なのだ、受ける方も痛い以前に十分恥ずかしい。

 そもそも帯剣しているのです、その状態で剣を出さないのだからクラレンスさん的には虐待ではなく事情聴取。

 イルフェナ的には日常らしいですね。硬直しているカルロッサの皆様に馴染みが無いだけのことですよ、気にしちゃいけません。

 ……ここは専門の人に任せた方がいいな。私相手だと怖がるだけで情報を聞き出せるか怪しいもん。


「私もカルロッサ側として見物するわ。随分と好き勝手な事を言ってくれたみたいだしねぇ?」

「おや、やはり貴方も随分とお怒りでしたか」

「当然よ!」


 そう言って拘束されている連中に向き直り一枚の紙を見せつける。


「これはこちらからの抗議を受けたキヴェラから届いたばかりの書状よ。これによるとアンタ達は罪人だそうね?」

「な、我々はっ」

「キヴェラはアンタ達の罪状を明確にし、謝罪してきたわ。『未だ理解していないとは思わなかった。こちらの不手際を謝罪すると共に抗議を重く受け止め其々の家を取り潰す』と書いてあるわね。御自慢の実家はもう無いみたいよ?」


 唐突に告げられた『事実』に追っ手達は呆然とし言葉もない。自分達の地位はこの先も続くと思っていたのだから当然か。

 元々罪人なのだろうが、王太子妃逃亡を事実と認めなければならないので罪状は別のものだろう。


「これにより貴方達の取り扱いはカルロッサとイルフェナの二国に委ねられました。身内贔屓をしない、と言うより貴方達を恨んで害する者が居るから国に置けないというのが本音でしょうね」


 家が潰されたのならば関係する全てに影響が出る。恨みを持つ連中に下手に騒動を起こされても困るし守る気も無いからそっちで処分してくれ、ということだろう。


 ふうん? カルロッサに好き勝手できる家なのに随分とあっさり処罰が決まったねぇ?


 やっぱり自滅を狙ってたみたいだな、キヴェラ上層部は。家を潰す理由に二国からの抗議を使うあたり中々に性格が悪い。

 上層部からの説明もされるだろうが納得させられるかは怪しい。反発がカルロッサに向かう可能性も考慮し、防衛を兼ねてイルフェナは近衛を出したのか。

 イルフェナの近衛に喧嘩を売る馬鹿は居まい。逆恨みにしてもリスクが高過ぎる。

 報告した時点でキヴェラの対応もある程度は予想できていたのだろう。さすが実力者の国、先読みも完璧です。


「と言うわけで貴方達にキヴェラが関与することはありません。禁止された薬物使用の果てに罪人とは」

「薬……物?」

「禁止された薬物使用の罪を軽減する為に犯罪者捕獲の任務にあたっていたのでしょう?」

「『精神的におかしくなっている場合もある』って書かれているわね。こんな事を仕出かすくらいだもの、『精神に異常をきたしている』とキヴェラが言い張るのも無理ないわ」


 ほう。つまりこいつ等が何を口走っても妄想だと言い切るつもりか。今回の対応も『本来のキヴェラの騎士には関係有りません、こんな馬鹿な真似しませんよ』というアピールを兼ねてると見た。

 ……。

 キヴェラ上層部、性格悪っ! 捨て駒を更に利用するとか鬼畜だな。私もやるけど。

 他国を巻き込んで使えない家を潰す理由を得るだけでなく、周囲に誠実さをアピールかい。

 キヴェラの不祥事は今のところ噂でしかないのだ、上手く世論を誘導できれば王太子妃冷遇も『王太子一派の独断』として逃げ切る事が可能だろう。

 一見こちらに誠意を見せる裏で自分達もしっかり有利な方向に持っていってるし。特に王太子の謝罪が控えている以上、誠実さアピールは重要だ。


 ……嫌な相手だな、お互いに。相手を利用しつつも自分も利用されるなんて。


 同じ条件でドンパチやらかしてたら勝つ自信ないぞ? 今回は向こうが国を守る立場だからこそ逃げるだけの私が優位なのだから。


「言っておきますが、精神に異常をきたしていようが我々の追及は緩みません。十分な証拠をミヅキが残しておいてくれましたので余罪も含め裁かれます」

「安心なさい。きちんと法で裁かれるわ……他にも心当たりがあるならば別だけど」

「それでは事情聴取といきましょう」


 そんなクラレンスさんの言葉を背に、私は彼等の食事を作るべく宿の食堂に向かったのだった。

 ……『見ちゃいけません』とばかりに近衛騎士に囲まれて。

 派手な音が聞こえてきたけど近衛騎士さんは誰もが『問題ありません』と言い切っていたので死にはしないのだろう。



 良い子になれよ、追っ手ども? 

 骨は誰も拾わないだろうけど、達者でな。


バシュレ家の婿再び。ちなみに「鼻と耳を~」発言は団長の方。

彼等が異様に早く村に着いたのは報告を受けたと同時に村を目指したから。準備万端でした。

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