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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
キヴェラ編
105/696

魔王の子猫は仲間と遊ぶ

王太子の取り巻きVS主人公。

互いに獲物認定しているので正義なんて欠片もありません。

 あれから。

 蜘蛛の巣を焼き払った騎士達が戻り次第これからの事を決め直すという方向になった。予想以上の大きさだった事に加え、倒した本人である脳筋美形さんが目を覚まさないからだ。


 思いっきり責任者じゃねーか、キースさん達。


 ビルさん曰く『名の知れた騎士が出てくると余計に不安を煽るんだよ』とのこと。騎士として動く連中は村人達の護衛が主な任務なんだそうな。つまり旅人の振りした協力者達が蜘蛛討伐担当だったってことか。

 その功労者である脳筋美形さんは極度の疲労で御休み中。寝てるだけなので安心ですね。一時はマジで死にかけてましたから、あの人。

 村人達もこれまでの疲れが出たのか詳しい話は夜に、ということになり家へと散っていった。


 で、私達は。



「さあ、お兄さん達に詳しいことを話そうか」

「ミヅキ? 嘘は吐いちゃ駄目だよ?」


 宿の食堂で見張り以外の騎士様達に囲まれてます。

 ちょ、私も功労者! 少しは気遣おうよ!?


「知り合いの護衛で馬車に乗ってたらキースさんに蜘蛛討伐メンバーとして捕獲されました。以上!」

「内容をすっ飛ばし過ぎだ!」

「それ以外に言いようが無いもん!」


 冗談抜きにそれが全てだ。その後、個人的な思惑の下に色々裏工作しただけです。

 と言うかビルさん達の聞き方だとそれで十分じゃん?


「ビル、それは事実だ。御嬢ちゃんは俺が巻き込んだんだからな」


 キースさんが口を挟むとビルさんはジト目で私を指差す。


「副隊長。こいつですよ、キヴェラで騎士達に情報を与えて弄んだ問題児は」

「な!?」


 ちっ、余計な事を。どういう報告を受けたのか知らないが、キースさんは驚愕の表情で私をガン見。

 ……ビルさん? 貴方達は一体何を言ったのかな?


「弄ぶなんて人聞きの悪い! 噂から予想される展開を教えただけじゃない。聞きたがったのはあの人達だよ」

「確かにそうだったね。でもね、普通はあんな発想してないんだよ」


 アルフさんも逃がしてくれる気はなさそうです。まあ、警戒されても仕方が無いか。

 でも事実を言っても納得してくれるかは別なんだよねぇ。


 だって『騒動起こすぜ! イベントだぞ、野郎ども私に付き合え!』という状態だったもの、気分的には。


 混乱する国を更に混乱に陥れるべく待ち構えていたけれど、酒場でイベントを起こしたのは向こうです。切っ掛け程度なのだよ、私は。

 考えを聞かせろと言ったのは向こうなのだ、聞かれなきゃ答えてないやい。


「そりゃ、私は宮廷医師の弟子ですから」


 そう言ってブレスレットを騎士達に見せる。


「いくら実力者の国だからと言って身分が全ての傲慢な連中は居るんですよ? 自分だけでなく患者を守る術が無くちゃ困るじゃないですか」


 暗に『国の事情もあるから詳しい事は聞かないでね!』と告げる言い方に騎士達は流石に口を閉ざした。

 何処の国にもある身分の壁です。言葉でのバトルや腹の探り合いは社交界だけじゃないのだ。


「あ〜……御嬢ちゃんの腕は俺が保証しよう。あいつが生きているのも御嬢ちゃんのお陰だしな」

「一応、診断書として怪我の状態と行なった手当てを一通り書いておきます?」

「いや、あいつの服の破れ方を見る限り御嬢ちゃんの言っているとおりだと思う。生きてりゃいいんだ」


 そう言ってキースさんは疲れたように、けれど安堵を滲ませて「ありがとな」と呟いた。

 その様子に騎士達も警戒を解いたのか顔を見合わせて視線を緩めた。


「わかった、今回の事はそれで納得しよう。だがな」


 そう言ってビルさんは掌でがしっ! と私の頭を掴み。


「お前、イルフェナに帰るって言ってたよな? 何でここに居るんだ?」

「ゼブレストで御土産買ってからイルフェナに帰ったよ?」

「ミヅキ。イルフェナからだとカルロッサまでもっと時間がかかるよね?」


 アルフさんの言葉に何を言いたいか悟る。ああ、なるほど。時間的にキヴェラからカルロッサ方面を目指したと思われてるのか。

 ならば事実を言っておこう。どうせ問い合わせればバレるし。


「コネを駆使して転移法陣使ってショートカットしまくってみました!」

「は?」

「最初はバラクシンの友人の所に行ったんですけどね、そこからアルベルダにも用があるって言ったら転移法陣使わせてくれたんですよ」

「……。お前、どういう身分なんだ? 転移法陣なんて簡単に使えないだろ?」

「はい、旅券。詳しくはイルフェナまでお問い合わせ宜しくー」


 ビルさん達の疑問も当然ですね! それを踏まえて私の仮の立場が近衛騎士団長夫妻の娘になっているのだろう。

 近衛には貴族しかなれない。しかも団長を務める人物ならば当然王の信頼も厚い。

 さすがに連続して転移法陣を使わせてもらえるとは予想していなかっただろうが、少なくともイルフェナとアルベルダは誤魔化してくれる筈だ。


 問題は私があの二人の娘ってことですよ。誰が信じるんだ、そんな事。


 誤魔化せるかなぁと考えているとセシルとエマが生温い視線を向けている。

 どうした、二人とも。その視線は一体何さ?


「大丈夫ですわ、ミヅキ。お兄様だってあれほど似てらっしゃいませんし」

「私達も聞いた時は衝撃的だったぞ」


 ……。

 そっか、私以上にディルクさんという存在が居るか。

 どうやら二人もイルフェナで衝撃の事実を聞いたらしい。狸あたりは面白がって伝えそうだしな。


「いや、そこまでしなくていい。御嬢ちゃんが俺達を助けてくれたのは事実だしな」


 いきなりキースさんが待ったをかける。


「副隊長、いいんですか?」

「そのブレスレットは間違いなく本物だ。しかも問い合わせろときてる……本当か嘘かの問題じゃないんだ、問い合わせればイルフェナはそう答えるってことさ」

「……。事実かもしれないし『そういう設定』になっている可能性がある、ということですか。イルフェナがそう言いきればそれが『事実』だと」

「そのとおり。どちらにしろ御嬢ちゃんの言い分が正しいのさ」


 キースさんは中々に頭脳派らしい。イルフェナが背後に居るなら私の言い分を嘘扱い出来ないと理解していたのか。

 実際、ブレスレットを所持している以上は『国の意思で動いている』という可能性もあるのだ。下手に突付いて険悪な状態にするよりも『私の言っている事を事実として受け入れる』という方向を選んだか。


「ええ、どちらにしろ私が正しい事になりますね。ビルさん達だって傭兵と身分を偽っていましたから」

「そういうことだ。それに俺は御嬢ちゃんを敵に回したくないね」

「あら、どうしてですか?」


 軽く首を傾げるとキースさんは深々と溜息を吐く。


「村人達の誘導は見事だった。事実を混ぜながら罪悪感を抱くように仕向けたんだろ? 互いに謝罪し納得してしまえば今後煽る奴が出ても簡単には乗って来ないだろうよ。……アルフに聞いたが騎士団が貴族に追及される可能性を潰したそうだな?」


 アルフさんは私とセシル達の会話を聞いている。そのまま報告されたのなら言い逃れはできまい。

 私はキースさんの言葉に一層笑みを深める。


「私は基本的に騎士達……特に民を守る騎士の味方ですよ」

「そりゃ、良かった」


 ええ、本当に良かったです。これで最低な騎士だったら誘導してキヴェラの追っ手にぶつけてますね。

 いまいち状況が判っていない騎士さん達は後でアルフさんから詳しく聞いてくださいね? 部外者なので詳しく口にするわけにはいかないのだよ……私にも報告の義務があるのだから。

 事実を報告しても個人的な言葉まで報告するわけじゃないしな。魔王様なら意図した事を判ってくれるだろうけど。


「とりあえず私の目的はカルロッサを抜けてコルベラへ行くことですよ。薬草のお勉強です」

「薬草? ……ああ、カルロッサの国境付近からコルベラは薬草の産地か!」

「そうでーす! 港町だから入手できる薬草は乾燥した物が大半なので直接生えている物を見て来いという先生のお達しです。現地調達なんて可能性も十分ありですから」


 カルロッサの北からコルベラは山が多いだけあって薬草が多く取れる。コルベラの貴重な収入源だそうな。

 宮廷医師の弟子ならば従軍する可能性もあるので『薬草を学ぶ』という十分な理由になるのだ。


「そういや、あいつもしっかり治療されてたな。確か増血作用の薬草を飲ませたとか言ってたし」

「とっさの判断が明暗分けますからねぇ、学んだ事が活かせて良かったです」


 脳筋美形への対処を知るキースさんは納得したとばかりに頷いている。彼等も騎士なのだ、口だけではなく実行した事実があれば十分納得できるのだろう。

 

 結論として私達は只の旅人扱いになりました。ついでに途中まで送ってくれるってさ。

 危険人物扱いじゃないぞ。……多分。



※※※※※※※※※


 で。


 そんな話をした翌日、騎士さん達の大半は蜘蛛の解体と運搬にお出かけです。

 村に残っているのは警備の為に騎士数名、私達、宿には脳筋美形がスリーピングビューティーと化している。

 ……一日近く経っても起きないな、やっぱり無理をさせ過ぎたか。


 蜘蛛の脅威も去り平和にお留守番をしていた私達なのですが。

 平和を乱す不届き者が唐突に現れたのだった。


「我々はキヴェラより遣わされた騎士だ! 黒髪の娘が居るならば抵抗せずに差し出せ!」


 何処の悪役だよ、お前等……と呆れの眼差しを向けたのは私だけではない。

 入り口付近に居た騎士を押しのけ、村にやってくるなり偉そうにのたまわったのはキヴェラからの追っ手だった。

 今時いるんだねー、こんな典型的な悪役。他所の国で威張るなよ。


 でも『黒髪の娘』って言われたからウキウキと出て行っちゃいます。


 獲物再び! 寧ろ今から私の独・擅・場!


 ……セシルとエマが心配そうな振りをしつつ私に付いて来ちゃいましたが。なお、二人の言い分は『いつも外野でつまらない』というもので恐怖は欠片も無い。

 まあ、色彩が変わってるし顔も正しく判別できない状態だしな。的は私か。


「貴様だけか? 小娘」

「黒髪は私だけですね」


 じろじろと私を眺めると、その騎士は口元を歪めた。他の騎士達も下卑た笑みを浮かべている。

 話を通していないらしく、カルロッサの騎士達は抗議しようとしてくれているけど押さえ込まれて動けないみたい。人数の差と……身分的に強く出られないのか。


「我々が追っている犯罪者に似ているな。一緒に来てもらおうか」


 へぇ? 焦るあまり黒髪なら誰彼構わずに……とかいうわけじゃないみたい。

 こいつらの視線がセシルとエマにも向かっていることから『遊ぶ』口実が欲しいだけか。セシル達もそれを察したのか表情を険しくさせ嫌悪の視線を向けている。


 『本物』であればそのまま連れ帰り『偽物』であれば名を騙ったとか言い掛かりをつけて自分達が楽しむわけね。


 貴族として何不自由なく暮らしてきた彼等にとって追っ手生活は中々に我慢を強いられるものだったらしい。そんな生活も限界、貴族としての横暴な部分が表面化してきたと言った所か。


 い い よ ? 楽 し く 遊 び ま しょ ?


 寧ろ感謝していますとも、口実を作ってくれたのだから。

 でもいきなり攻撃はいけませんね。とりあえず良い子を演じて煽りましょうか。


「あら、旅券はちゃんとありますけど? その罪状と詳しい特徴を教えてくださいな」

「ふん、悪足掻きは後にしろ」

「……おかしいですね? カルロッサの騎士を差し置いて確認もせずに捕縛するなんて」


 心配そうな顔をしているカルロッサの騎士に『大丈夫!』と微笑み、一度言葉を切ってわざとらしく思案顔になる。


「まさか、女を調達したいだけなのかしら? 貴方達が本物の騎士ならば犯罪者の追跡も国の許可を得ている筈。それが無いのならば騎士の名を騙るならず者」

「貴様っ! 我らを愚弄するか!」


 恐怖も無く事実を語る私に一人の男が激昂し剣を突きつけようとする。

 いや、お前これ事実だからな? 王命を受けた騎士でも他国で好き勝手できないの、国の恥になるからやっちゃ駄目なの、常識でしょ?

 馬鹿なのかと呟き、可哀相なものを見る目で見ていたら男達は更に怒りを募らせたようだった。

 ただし何人かは優位な立場を自覚してか相変らず下卑た笑みを浮かべているが。セシルとエマが穢れるから止めてくんね?


「愚弄しているのは貴方達でしょう? 騎士だと言うならば国の恥となるような行動をしないでください。私は当たり前の事を言っているだけです。で、私が犯罪者だという証拠は? 貴方達の身分証明は? カルロッサでの捕縛許可証は?」

「どれも無いんじゃないか? ミヅキ」

「ですわねぇ。どう見ても女性を拉致するならず者ですもの」

「モテそうに無いものね……任務を口実に女性を好き勝手しようとするなんて」


 クズねー、と呟くと二人も賛同し頷いた。

 セシルとエマも嬉々として挑発に加わってくる。エマから特に怒りを感じるってことはセシルを侮辱した連中か何かなのだろう。これは気合を入れて辱めねばなるまい。


「貴様等っ」

「まあ、待て。……泣いて許しを請わせてやろうか? その二人も中々の美人だしな」

「はは、上に乗って欲しいものだな! 気の強そうな女を泣かせるのは楽しそうだ」

「おいっ! 勝手な真似は……っ」

「黙れ。たかが民間人の為にこの国がキヴェラに刃向かうというのか? ……無理だよなぁ?」


 目的を隠そうともしない連中の発言にカルロッサの騎士さん達は顔色を変えて抗議しているが更に強く押さえ込まれ身動きが取れないようだ。

 奴等の言葉から察するにカルロッサが泣き寝入りするしかないというのも事実なのだろう。どれほど理不尽だろうと国全体を危険に晒すわけにはいかないのだ。

 特にこいつらの実家はこの国に影響力を持っているとかそんな事情もありそうだね。それが馬鹿息子達の横暴さに繋がっていると見た。

 村人達は嫌悪を浮かべながらも徐々に距離をとっていく。隙を見て騎士達に知らせに走るつもりだろう。


 ……キヴェラ上層部は意図的に反省させなかったっぽいな。若しくは現状把握を自分でさせる事も処罰の一環か。

 でなければここまで横暴に振舞える筈は無い。彼等は『罪人』なのだから。


 さて、そろそろ爆弾を投下しましょうか。これを見ても同じ態度が取れるかなぁ? 

 私は軽く袖を捲りブレスレットをしっかりと奴等の目に晒した。そして出来るだけ優雅に一礼する。

 その姿に奴等が息を飲んだ気配がした。庶民がそんな事を出切る筈がないのです、魔王様仕込みの礼儀作法は色んな所でお役立ち。


「イルフェナの宮廷医師ゴードン様に師事している魔術師、ミヅキと申します。師に命ぜられた旅ゆえ報告の義務がございますので、貴方達の言動は全てイルフェナに報告させていただきます」


 御覚悟を、と笑って付け加えると奴等も自分達の仕出かした事が予想外の外交問題に発展すると気付いたらしい。しかもその相手はカルロッサではなくイルフェナ。

 カルロッサならば横暴な態度が可能でもイルフェナまで敵にするのは拙いだろう。報復と称し必要以上に痛い目に遭わせる国なのだよ、イルフェナは。


 だから旅券見ろって言ったのに。お馬鹿さんだな!


 私は一言も『民間人』とか『カルロッサの民』とは言っていないのだから完全に奴等の落ち度だ。カルロッサ一国ならばキヴェラに逆らえないのだろうが、イルフェナが味方するなら別だろう。

 顔色を変え騎士達はリーダー格の男を窺う。そしてそいつは……更に凶悪な笑みを顔に浮かべていた。


「それがどうした? 報告をさせなければいいだけだ」

「へぇ、そう言う事を言いますか。貴方は権力で様々な事を揉み消してきたんでしょうね? 証拠を残さないように」

「さあ、どうかな?」


 得意げな表情はそれが事実だと言っているようなものだ。

 ふうん? こいつは典型的な馬鹿息子か。おそらくキヴェラでも権力を盾に好き勝手し、自分も騎士として暴力を振るって来たのだろう。

 王太子の親衛隊になれるような家だから潰せなかった、ということじゃなかろうか。そもそも騎士って家を継がない奴がなるしね、あの王太子の親衛隊なら残っているのは大半が同類だろう。


 だからキヴェラ上層部も『要らない』と判断したんじゃないか?


 こいつらを他国に放り出せば問題を起こすと『判っていた』から。


 処罰する為に意図的に『罪人だと自覚させていない』。


 他国に抗議されれば遠慮なく家ごと潰せるものね? やり手だな、上層部。

 どうやら我関せず思考の比較的まともな奴がアルベルダには来ていたらしい。グレン達が警戒してたのはこういう連中かい。そりゃ、鬱陶しいよな。

 でも私は敢えて彼等に感謝したいと思います。


 ありがとう! これでカルロッサが味方してくれる可能性が高まった。

 キヴェラ上層部がゴミ掃除に他国を利用するなら私は貴方達の策こそを利用しよう。


「……? 何故お前はそんなに楽しそうなんだ?」


 私の表情に気付いた一人が怪訝そうに声を掛ける。やべ、楽しみ過ぎて顔に出た。

 まあ、良いか。それじゃそろそろ痛い目見てもらいましょうか!


「煩いのよ、発情期の雄が!」

「な!?」


 腰に手を当て、いきなり見下した態度を取り始めた私に唖然とする奴等。それに構わず言葉を続ける。


「聞こえなかったの、お坊ちゃん? 実家の権力に縋って好き勝手してきた典型的な馬鹿息子。そんなだから個人として女にモテないのよ、男の底辺がっ!」

「な、な、な……」

「だいたいねぇ、家柄が良いくせにモテないなんて本人に家柄でさえカバーできない致命的な欠陥があると言っているようなものなのよ!? 頭も性格も悪い欠陥品の分際で国に迷惑かけるな、最低男」


 あまりな言葉にカルロッサの騎士達と村人達が唖然としてるけど気にしない!

 言われた本人達は怒りの為か顔色が大変面白い事になっているけど私は笑顔だ。

 悔しいかね、雑魚どもよ。私は楽しくて仕方が無い。


「貴様とて大した事はないだろうがっ」

「私は実力をあの国で認められてるけど? 国に恥をかかせたりもしないわよ」

「女としては問題だろう!」

「別に? 婚約者居るし」


 婚約者居る発言に奴等は衝撃を受けたようだった。一斉に言葉が止まる。

 ……あれ? もしや君達は居ないのか? 


「余り者?……いや、残り者かな」

「誰が残り者かっ!」

「あんた達。キヴェラの上層部だって馬鹿じゃないもの、家柄だけの無能とは婚姻関係結びたくないでしょ」


 格下ならば希望者は居るのだろうが、妙に高いプライドから一定以上の地位でなければ受け入れないだろう。まともな家がこいつらと繋がりを欲するとは思えんしな。


 そうか、そうか。負け犬として蔑んであげようじゃないか。

 心の傷も抉る勢いで広げようね。どうせこの先なんて無いんだし。

 (私にとって)楽しい思い出になるぞぅ、思い出して(笑い過ぎの)涙を流すくらいにな!


 それでなくとも既に会話が子供の喧嘩レベル。性犯罪者予備軍の戯言よりはマシ程度。

 周囲の微妙な視線に気付けよ、一応騎士だろ。


「そうそう、さっきの貴方達の言い分。『報告をさせなければいい』ってのは私達も同じことだから」


 にやりと笑い一歩前に出る。奴等は怪訝そうな顔になるもその余裕は未だ失われてはいない。


「……知ってる? 今この村近辺で巨大な上に人を食らう森護りが出てるの。その討伐の為に騎士が派遣されてるって」


 更に一歩近づく。奴等は何かを察したのか、やや困惑の混じった視線を私に向け始めた。

 この時点で対象への認識は完了。エマとセシルは何となく状況を察し少々私から距離を取った。


「牙も足も普通の剣じゃ通らないくらい硬くてね? ……食い千切られた『残骸』だけが被害者達が存在していた証と言われても納得できる状況なのよ。実際に騎士団が派遣されているから偽りとは思われないし」


 徐々に近づいて来る私に向けて奴等は警戒も露に剣を抜く。漸く攻撃態勢に入ったらしい。

 遅いね、イルフェナだったら今頃囲まれるか首に剣を突きつけられている頃だろう。


「それが、どうした」

「ふふ。例えば……例えばの話ね? 身動きが取れないように捕縛して見付かった巣に放置して巣穴を塞いだら……どうなるかな?」


 きっと数日後には『何か』の残骸がちょっと残るだけね! と楽しげに笑いながら言うと奴等は盛大に顔を引き攣らせ、続いて私へと殺気を向けた。


 えげつない? やだなー、こいつらのレベルに合わせただけですよ?


 奴等は漸く『イルフェナの魔術師』が弱者ではないと悟ったらしい。

 実力者の国に属する以上は見た目で判断などしてはならないのだ、外見すら利用して近づき隙を狙って喉笛を噛み千切るのだから。

 少なくとも私や黒騎士は『魔術師は接近戦ができない』という常識すら通用しない。


 そんな人間が惨酷さを持ち合わせていない、なんてことはありえないでしょ?


「く……化物がっ!」

「褒め言葉ね」

「魔術師を狙え! あの女さえ何とかすればどうにでも……っ!?」


 その言葉が終わるより早く衝撃波が奴等の喉・腕・股間を正確に捉える。勿論、無詠唱を誤魔化す為に適当な魔方陣をエフェクトとして浮かび上がらせて。

 奴等が痛みに絶句し転がった後は氷結を発動させ体を徐々に凍りつかせてゆく。


 ポイントは無言で行なう事です。何を考えているか判らなくて怖いから。


 得体の知れないものへの恐怖が効果的だということは貴方達の御仲間で実証済み。

 そもそも叫んだ後に行動するなんて『お約束』な行動とるなよ、気付かれるだろ?

 会話で注意を引き付け、その隙に攻撃の手筈を整えるなんて古典的な方法に引っ掛かるとは何て単純な……絶対こいつら交渉ごとに向いてねぇ。


「あら、あっさり終わってしまいましたわね」

「え、だって弱いもの。馬鹿だし」

「ミヅキ相手とはいえ、警戒する要素は幾らでもあったと思うが」

「権力にしろ暴力にしろ力押しで碌に頭を使ってこなかったんじゃない?」


 なお、彼等は未だに言葉も無く痛みに呻いている。アルベルダみたいに大掛かりな仕掛けとか作れないし、カルロッサ騎士の目があるから派手な事は出来ないのが残念だ。

 ……その騎士達も今は奴等に憐れみの篭った目を向けてるんだけどさ。ええ、女の私には理解できない痛みですからね。手加減なんてしちゃいませんとも。


「さあて、キヴェラの騎士様方?」


 がつ、とリーダー格の男の顔を足で踏み付けにっこり笑い。


「私と遊んでくれるんですよね?」


 その顔が恐怖に引き攣るのを眺め更に足に力を込めたのだった。

 紅の英雄に鬼畜呼ばわりされる私に慈悲なんて求めてないよねぇ?


※※※※※※※※※

 (キース視点)


「……。何だ、あれは」


 蜘蛛の解体と運搬の為に部下達を引き連れて行った時は普通の村だった筈である。

 何故こうなった。いや、奴等は一体何をした。


「キヴェラの騎士達が彼女達に言い掛かりをつけて乱暴しようとしたのです。情けないことに我々も押さえ込まれてしまって」

「で、それでどうして『あんな状態になる』んだ?」

「そ、それは……」


 部下の口から聞かされた内容は十分怒りを誘うものだ。いくら大国だろうとカルロッサは属国ではないのだ、そんな暴挙が許される筈はない。


 が。


 現状は誰がどう見てもイルフェナ三人娘が連中を拷問紛いの目に遭わせている。

 何故こうなった。いや、それ以前にこの状態おかしくないか!?


 奴等の代表格らしい二人は地面に跪き手をついて其々その背にセシルとエマが腰掛けている。

 人間椅子といえば良いだろうか。特殊な趣味を持つ奴ならば美女に乗られるのは嬉しいのかもしれないが。

 その他の連中はもっと奇妙だ。手足を縛られ角を上にした幾つもの木材の上に膝を曲げて座らされ、その太ももには大きめの石が置かれている。

 もう一度言おう、何故こうなった。


「ミヅキを呼べ」


 発案は間違いなくあの娘だ。ビル達が言っていた『問題児』とはこういう意味なのか!

 そのビル達はこの光景を見るなり『何やってんだぁ、あの問題児はっ!』と叫び頭を抱えているのだが。

 彼女達が無事なのは喜ばしいことなのに頭痛を覚えるのは何故だろう……。


「お帰り、キースさん」


 宿で何かをしていたらしいミヅキが俺を見つけて声を掛けてくる。その表情には陰りどころか怒りさえも浮かんでいない。あるのは無邪気さだろうか……そう、子供が楽しい遊びを見つけたような。


「説明を求む。こうなった理由じゃなく、こいつらの状況についてだ」


 深々と溜息を吐き先を促すと嬉々として話し出す。


「私達に『乗って欲しい』って言った奴等は人間椅子に、その他は村人達の安全を考えて拘束して簡単に逃げられないようにしています」

「……あれは普通の拘束じゃないだろう?」

「ある国に伝わる『そろばん』って言う拷問方法の応用ですよ。本当は体が角材に食い込むほど石が乗せられます」

「あ〜……何でそんな真似を?」

「あの状態だと立ち上がってもすぐに動けません。逃亡防止を兼ねてます」


 一応意味はあったらしい。村人達の事も考えてくれたと感心すべきだろうか。

 だが、感謝の言葉は続いた台詞に行き場を失う事になる。


「口で言っても理解できない、いい歳して国の法さえ守れない馬鹿どもには躾も教育も調教も同じですよね」


 ……。

 ……何、そのぶっ飛んだ発想。つか、最後は絶対に同じじゃねぇっ!


「待て。少し落ち着こう、な?」

「え、落ち着いてますよ? やっぱり発情期の雄は去勢すべきでしたかね?」


 何の躊躇いも無いその言葉にキヴェラの連中は一斉に硬直し、怯えた目でミヅキを見つめ。

 俺にも『賢さの方向が間違っている』という意味が理解できてしまった。


「無駄に医療の知識を発揮するなっ! 頼むから女がそう言う事を軽々しく口にしないでくれ!」

「死にませんよ? ある国では宦官というものもありまして……」

「いい! 説明しなくていいから、その発想から離れろ!」


 思わずミヅキの顔をガン見したのは話を聞いていたほぼ全員だ。

 中にはかぱっと口を開けて唖然としている者まで居る。そうだな、それが正常な反応だ。おかしいのはイルフェナ三人娘だけだな。


「そうですか? とりあえず彼等は体で判らせる方法を取っているのであの状態です。既にイルフェナへの報告は終わりましたからカルロッサも便乗して抗議した方がいいと思いますよ」

 

 そう言うとセシルとエマを振り返る。エマは微笑み、セシルは両手を広げてミヅキの行動を促し、それに応えてミヅキはセシルの膝に横座りする。

 小柄な体を支える男装の麗人と大きな瞳の美少女、ただし座るものは人間椅子。二人の行動が何とも残念な光景だ。


「重かったら退くよ?」

「いや、軽いぞ?」

「ふふ……セシルならば鍛えていますから大丈夫ですわ。それに女性に対し重いなんて禁句ですわよ」


 セシルにとっては軽くとも二人分の体重を掛けられた椅子――多分、傷めつけられたと推測――には少々負担だったらしく、ほんの少し揺れた直後。


 ガツ、とミヅキの足が椅子の頭を蹴りつけ、セシルは体勢が不安定になったミヅキを当たり前の様に支えた。その顔に浮かぶのは何処か獰猛な獣を思わせる冷たさ。


「椅子が動くな」

「あらあら、躾が足りなかったのかしら」


 椅子の役さえ満足にこなせないのに騎士を名乗るなど恥ずかしくはありませんの? と付け加えるエマの表情もまた優しげな笑みの中に冷たさが漂っている。


「本当に無能な方達」

「言っておくが我々はミヅキに劣るぞ? ミヅキは国に属する者の証であるブレスレットを持つ事を『許されて』いるからな」


 実力者の国。その言葉は極一部のみに当て嵌まるものだと思っていた。けれどそれは間違いだったのだ。

 見習いだろうと国に認められている以上は『その程度できなければならない』のだろう。


「さて、自称キヴェラの騎士様方?」


 ミヅキの声が何処か優しく、そして楽しげに響く。


「もしも貴方達が言ったように『国の命令』でなかったら……キヴェラからも国の恥として処罰されることを理解していますよね?」

「我々は……王命、で」

「ええ、それが偽りだった場合は一族郎党処刑されても文句言えませんから」

「いくら王命だろうとも、これほど他国に恥を晒しては実家が庇いきれないと思うがな」

「王太子妃様も逃亡されたとの事ですし、今は少しでも不安要素を消したいとお考えなのではないですか?」

「ああ、捨て駒ね。任務に失敗すれば処罰できるもの」

「『バレなければいい』と思っていたようだが、キヴェラはそこまで甘くないと思うぞ?」


 貴方達の行動は国に対する裏切りだものね! とばかりに続く言葉責めに奴等の顔色も悪くなっていく。

 甘やかされた貴族子息の典型のような奴等にとってイルフェナ三人娘は最悪の敵だったらしい。

 『何をしても許されるお貴族様』という思い上がった輩はどんな国にも必ず居るだろうが、イルフェナだけは例外だ。あそこは上層部にそんな馬鹿はいない。……いや、存在を認められはしない。

 ミヅキの報告を受け取った上層部は嬉々として外交に活かしてくるだろう。


「あ、言い忘れてた!」


 不意にぱちん! とミヅキは手を叩き。


「私の師匠はゴードン先生だけど、一番上の責任者……というか上司はエルシュオン殿下だから!」


 ……笑顔で最凶とも言える事実を暴露したのだった。

 エルシュオン殿下。類い稀な美貌を持つ、敗北知らずのイルフェナの魔王。


「問題児……お前、魔王殿下の配下だったのか」

「まだ見習いでーす! 目指せ、闘って交渉できる万能型の医師!」


 それは既に医師じゃねぇよ、と突っ込んだのは俺だけじゃなかったと思う。

 どうやら俺達は随分とでかい幸運を拾っていたらしい。……精神的な疲労はありそうだがな。

 

未だに『お貴族様』な彼等は他国の民間人の扱い酷し。彼等は騎士というより貴族なので『権力を盾に好き勝手する権力者』。

カルロッサのみならば彼等の思い通りになってました。……狙いをつけた相手が悪かったのです。

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