裏工作も忘れずに
村の入り口には騎士さん達が待機していた。キースさんの報告で巣に向かった騎士ではないのだろうが事情は知っているみたい。
彼等は上から来た私達に唖然としていたが、キースさんとその背に背負われた脳筋美形を認めると安堵の表情になった。
キースさん、騎士であることを誤魔化せてませんよ? 明らかに彼等の仲間じゃないですか。
私の視線に気付いたキースさんは「ま、そういうことだ」と呟き騎士達にも目配せする。ああ、気付いても黙ってろってことですね。了解です。
「蜘蛛はどうなりました?」
「こいつとそこの御嬢ちゃんが倒した」
「「は?」」
キースさんの言葉に騎士達は揃って固まり。次に私に視線を向け訝しそうな顔になる。
そだな、脳筋美形は絶大な信頼があるみたいだけど私は護衛ですら頼りなく見えるみたいだし。
「魔術師なので。私は結界や治癒でのお手伝いですよ」
「ああ、そういうことか」
「私の記憶で良ければ後で見せますね」
魔法は詠唱を必要とするので動きの速い相手に至近距離から挑むなど自殺行為だ。例え脳筋美形が居たとしてもフォローしきれるものではない。
彼等はキースさんが『倒した』と言ったから攻撃魔法でも撃ったと思ったのだろう。サポート役だと知って納得したみたいだが。
ええ、実際はめっちゃ撃ってます。しかも気を引く程度の手加減した状態で。
リアル戦場では『手加減などして味方を死なせる気か!』と怒られる行動ですね! でも今回は私や騎士達の都合もあるのでこれが最善にございます。
……こう言っては何だが蜘蛛を殺すだけならば私一人でも可能だったろう。上から真空の風刀を連発して足や頭を切り落とせば良いのだから。
ただし、それをやった日には事情聴取と言う名の捕獲が待っている。『空中浮遊しながら』という時点で術の複数行使が問題視されるのだ。色々理由を付けて取り込もうとしてくる輩も居るだろう。
『一般的な魔術師ができない行動』を『旅の魔術師』がやるべきじゃないのだ。異様さが目立つから。
いくらイルフェナ産だと言っても間者か特殊な訓練を受けた者だと疑われる。そうなると国の通過が厳しくなるので地味なサポート役に徹したのだ。脳筋美形よ、感謝する。
「巣は今焼き払っている。こいつは疲労で暫く起きないだろう。確認されているのは一匹だけだが一応暫くは警戒しておいてくれ」
「わかりました」
他に大蜘蛛が居たら拙いので警戒体勢は続くらしい。騎士達は頷くと私達を村の中へ招き入れてくれた。
村の様子は……思ったよりも落ち着いている。広場のような場所に男達が集まって騎士達と同じく襲撃に備えているようだった。
「御嬢ちゃんはどうする? 一緒に宿屋へ行くか?」
「私は先に村人達に蜘蛛が倒された事を伝えておきます。……あの人達、あまり眠っていないみたいだし」
「そうか……俺達が着くまで必死だったろうからな。そうしてやってくれ」
「宿屋に連れが居る筈なので無事を伝えてもらえますか? あ、それから一つ御願いが」
そう言って脳筋美形が未だ手放さない剣に視線を向け。
「それ、できれば破棄させてください。色々強化しちゃったので」
「そのままじゃ駄目なのか? 金は払うぞ?」
「楽しそうに蜘蛛を切る姿にヤバさを感じました。私は強化した術者として責任を持たなければなりません。あと、そのままだと手合わせで相手を剣ごとぶった切りますよ」
「……」
「個人的に大切なものだというならば他の方法を考えますが……」
これは私の記憶を見て貰えば一発で理解して貰えると思う。『お前は戦闘狂か!』と誰もが突っ込むと同時にドン引きする雰囲気があったもの。誰も野放しにはするまいよ、あれは。
キースさんも何となくは理解できてしまったらしく暫し思案した後に頷いてくれた。
「そういった物では無いが……その言い分も理解できるな。よし、俺の判断で君に渡そう。おい、離せ」
そう言って剣を渡そうとし。
次の瞬間、脳筋美形は『嫌だ!』と言わんばかりに抱え込んだ。
「「……おい」」
二人揃ってジト目になったのは仕方あるまい。キースさんは深々と溜息を吐くと「俺が押さえているから引っぺがしてくれ」と依頼してきた。
貴方は御世話係か何かなのでしょうか? 妙に慣れてらっしゃるようで。
「キースさん、しっかり押さえていてくださいね」
「思いっきりやれ」
「では失礼して」
剣を両手でしっかり握り脳筋美形の腹――腹筋が見事なので痛くも痒くもあるまい――に片足を掛け。
「せぇのっ!」とばかりにキースさん共々力任せに引っ張ったのですが。
……離さないでやんの、何この執着。抱え込むな、首を横に振るな!
思わず無言になる私達に周囲で見守っていた村人達が声を掛けてくる。
ああ、やっぱり見世物になってましたか。
「おい、何やってるんだ?」
「強化し過ぎた武器なので破棄しないといけないんですが……この状態です」
視線の先には脳筋美形。誰がどう見ても眠っているのに『お気に入り』を手放しません。
「確かにそのままじゃ危ないよな。よし、俺達も手伝おう」
「ありがとうございます!」
引き離そうとしているのが剣なので村人達も危険物だと認識したらしい。お手伝いの申し出はありがたく受けさせていただきますとも!
……その後。
其々腕を三人がかりで引っ張り、漸く引き剥がしが叶った時には全員で喜びの声を上げた。
この騒動のお陰でなし崩し的に私とキースさんは村人達に受け入れられたようです。
つまり、それだけ大変だったんだよ! 達成感やら連帯感が湧くくらいには!
ありがとう、村人達!
ありがとう、キースさん!
何時の間にか周囲で応援してくれたお子様達にも感謝だ!
「じゃ、俺はこいつを寝かせてくるわ」
「お疲れ様〜」
「兄ちゃんもちゃんと休めよ〜」
皆に手を振りながら見送られ、キースさん達は疲れた顔をしながらも宿へ向かっていった。
そして私の手には魔改造された剣。今のうちにさっさと壊しておくべきだろう。
「それでこれはどうするんだ?」
「あ、私が魔術師なのでそのまま破棄します」
興味深そうに私の手にある剣に視線を向ける村人達。彼等がこの剣の凶悪さに気付く前にさっさと壊さねば。
破棄と言っても普通に使えなくするという意味ではない。『分解』だ。欠片でも残ってたらヤバそうですもの。
この場合は『見た目は砂より細かい粒に変換・その状態で定着』という感じか。全ての粒を何らかの方法で集めたとしても、その状態に定着させておけば元の剣には戻らない。
原子という単語を知り、イメージ重視の魔法を使うからこその破棄方法です。確か金属は原子が規則正しく並んで結晶を構成しているとかいう状態だった筈。
多少間違っていたとしても元の世界の中途半端な知識を元に再生不可能なくらいの分解が可能だろう。そもそも異世界だしな、思い込みでいける気がする。
何より証拠隠滅を完璧にせねば私がヤバイ。重要なのは其処だ。
「ちょっと離れていてくださいね」
村人達に一声掛けて手にした剣に集中する。剣が魔力を帯びてぼんやりと青く光り、その形が曖昧になっていき……一気に空気に解けて消えた。さらりと手から流れ落ち消えたものが確かにそこに在った名残。
「はい、お終い」
「すっげぇ……今の魔法?」
「そうだよ! 元々私が手を加えていた武器だから可能なんだけどね。本当はこんなに簡単に出来ないよ」
「そっか、姉ちゃんが何か魔法をかけてたんだな!」
「うん、正解。だから解いたの」
興奮気味に話し掛けて来た御子様に嘘と本当を交えつつも気楽に答えてやる。
これ、意外と重要です。下手に秘密にすると『理解できないけど凄い事』だと認識され中途半端に噂になるのだ。その噂が更に改悪されて妙な方向に行っても迷惑です。
でも、子供にさえ気楽に話せる内容ならば誰だって重要視しない。理解できなくとも『村人だから難しい事が判らなかっただけ』で終わるのだ。実際、村人達は感心しつつもそれ以上の興味は無いようだしね。
よーし、これで証拠隠滅完了! 今の光景を見ていたところで再生なんぞは不可能だろう。
達成感に笑みを浮かべているとセシル達が近寄ってきた。安堵の表情を浮かべている所を見ると心配させてしまったらしい。
「ミヅキ、あの騎士と協力して蜘蛛を倒したと聞いたぞ」
「怪我はありませんわね? 少し休みます?」
「ああ、あの美形な騎士様が頑張ってくれたから怪我一つないよ」
ある意味本当です。裏で糸を引きましたが。
そして私達の会話を聞いていた周囲の村人達は『蜘蛛が倒された』という情報に沸いた。あ、そっか説明まだしてないや。
思い出し村人達に向き直る。
「今聞いたとおりです。他にも居る可能性は捨てきれませんが一匹の巨大蜘蛛は倒しました。巣も他の騎士様が発見してくれたので焼き払われているところです」
「本当か! 俺達が見たのは一匹だけだ」
「そうなんですか? じゃあ、大丈夫かな。ちなみにこれが討伐風景です」
そう言って直接周囲の人々へ自分の記憶を見せる。私の記憶を白昼夢として見るような感じなので夢を見せた時の応用で可能だろう。魔道具の代わりを私が果たせばいい。
勿論、私に都合のいい超ダイジェストな場面のみです。内容は『巨大蜘蛛と戦う騎士様』→『苦戦する騎士様とサポート各種』→『勝利する騎士様』という絵本でもここまですっ飛ばしはすまいという紙芝居的シロモノ。
人々が求めているのは英雄なのです、他は適当に脳内で補ってください。
「私は邪魔にならぬよう浮遊の術で上空に居たんです。時々降りて蜘蛛の気を引いたり結界を張ったりはしましたが、倒してくれたのはさっきの騎士様ですよ」
「いやいや、あんたも凄いだろう」
「あの蜘蛛を前にして騎士様を庇うなんてよくできたなぁ」
村人の皆さんは口々に褒めてくれますが、私の個人的理由からなので褒め言葉はいりません。しかも脳筋美形は騎士様として認識されたようだ。
それから……ごめんね、皆さん。少々貴方達を脅かさせてもらいます。
「今回の事は大蜘蛛が居るにも関わらず魔物を減らし過ぎた事が原因ですよね? ……今のうちに謝罪してしまった方がいいと思いますよ」
「え?」
村人達は『謝罪』という言葉に首を傾げた。セシル達は何か思う事があるのか黙って聞いている。
「増え過ぎた魔物の討伐を依頼したんでしょう? あの時に貴方達が本来の魔物の数を正しく教えなければならなかったのに」
「ちょ、ちょっと待て! 俺達が悪いってのか!?」
表情を険しくさせた一人の男が詰め寄って来るが、私はそれに不思議そうな表情で返す。同時に少々威圧を加えて村人達には不安になっていただこう。
「当たり前じゃないですか。いいですか、派遣された騎士はここで生活していないから普段の状況を知らないんです。貴方達が止めない限りまだ多いと思って討伐し続けますよ」
「そ、それは……」
「勿論、派遣された騎士達の落ち度でもあります。貴方達としっかり話をして討伐数を決めなければならないんですから。ですが、それが元で巨大蜘蛛が村近辺にまで出没しました。……多分、最初に来た騎士達は何らかのお叱りを受けたでしょうね」
気まずげに顔を背けた男は私に詰め寄った時とは逆に顔色が悪い。それは村人達も同じ。
『一方的に非がある』と言われれば怒るだろうが、『双方に非があるのに自分達だけ処罰を免れる』という状況ならば気まずく思って当然だ。しかも騎士としての処罰など彼等には想像もつかないだろう。
何より威圧によって不安になっている彼等ならば罪悪感は増す。そこを突付いて反省が必要だと思い込んでもらうのだ。
実際は派遣された騎士達がアホだった、というだけかもしれない。とは言え、今後この話を蒸し返さないようにする為には『落とし所』を明確にしておかなければならないだろう。今後の信頼関係にも関わるし。
それを利用して国を混乱させようとする輩も居るのだ。私なら利用するもの。
「ですから今のうちに『自分達も悪かった』と謝罪の意を伝えてしまえばいいんです。勿論、貴方達だけが悪いわけじゃない。けれど蟠りを残したままではこの村が騎士から良く思われない可能性がありますよね?」
「……。そうじゃな、儂らも自分達の事を騎士様達に任せ過ぎておったな」
穏やかな声に顔をそちらへ向けると白い髭のお爺さんがいた。
「村長さん……」
「この娘さんの言うとおりじゃないかね? あの時、儂らはただ魔物が減る事を喜ぶばかりじゃった。あの森護りは儂らの態度を怒った山が遣わしたのかもしれんの……人ばかりが住まう土地ではない、と」
村長さんの言葉は何処かで聞いた昔話みたいだ。けれどこの地で共存してきた事実がある彼等にとってはとても重い言葉だったのだろう。誰もが俯き過去の自分を恥じている。
「気になるなら謝っちゃえばいいんじゃないですか?」
「ふむ、そう思うかね」
「ええ。というか、騎士様達はさっきから私達の話を聞いてますからね。……ってことで騎士様がた! 彼等はとても反省しているみたいですが貴方達はこれからも守ってくれますか?」
突然の問い掛けに肩を跳ねさせ周囲の騎士達がこちらを向く。聞いてるのは判ってるんだ、さあお答えを?
「勿論だ。今回の事は我々騎士団にも非がある。……すまなかった。以前来た者達の代わりに謝罪しよう」
そう言って一人が村人達に頭を下げると他の騎士達もそれに倣う。おお、庶民に優しい騎士様達だな!
その様に仰天しながらも、村人達も次々と頭を下げ謝罪し出した。場の勢いって凄ぇ。
「いえいえ、こちらも悪いのです。その言葉を戴けて嬉しく思います。どうぞ、魔物を討伐してくださった騎士様達にも儂らが詫びていたとお伝えくださいませんかな」
「了解した。彼等も自分の未熟さを知る良い機会となっただろう。必ず伝える」
「お願い致します。図々しい御願いですが、宜しければ後程手紙を受け取ってはくれませんかな? 村の代表として我々の感謝と謝罪を動いてくださった皆様にお伝えしたいのです」
「勿論、引き受けよう」
「ありがとうございます」
再び村長は頭を下げる。これならば今後この件を蒸し返す輩が居ても大丈夫だろう。
それを見届けてから黙っていたセシル達と少々離れた場所に移り、ひそひそと小声で事情説明。
「……で、何故あんな事を言ったんだ?」
「今回の事が騎士団の恥として貴族に糾弾されない為。あとは他国が仕掛けてくる場合の足掛かりを潰す為かな」
一番可能性がありそうなのは『貴族が騎士団を押さえ込む為の言い分として使う』ということだ。
キースさんは魔物討伐に参加した騎士を貴族のお坊ちゃん扱いはしていたが嫌悪は感じられなかった。未熟だが仲間として認めているから、今回は兄貴分が出てきたんじゃあるまいか。
だが、貴族の中には騎士如きと格下扱いする輩も当然居る。そういった連中にとって今回の事は目障りな騎士を処罰する良い機会だろう。
つまり『適切な指導も出来ない無能・上に立つ資格無し』と糾弾し、今回の出来事の責任を取らせようとするってこと。セシル達もある程度は察したのか頷いている。
「確かにそういう輩は貴族に居ますわね。見た感じでは騎士団は民の味方のようですし、蟠りを解いておくのは良い事だと思いますわ」
「それに自分達から謝罪しただけでなく、魔物討伐の騎士達にも感謝してるからね。いくら貴族が喚いても当事者達が『終わった事』と認識した以上、部外者のでっち上げにしかならないよ。互いに悪いと認めてるし」
騎士を悪く言う村人が居ないのだ、糾弾されても『何の関係もない奴は引っ込んでろ!』で終わる。つか、村人達は騎士の味方をするだろうしね。あの様子じゃ金でも釣られまい。
「個人的には面倒起こさないで下さいねって感じかな。ま、通行料代わりってことで!」
「あらあら」
「ミヅキらしいな、完全に善意ばかりというわけじゃないのか」
苦笑しつつも咎めない貴女達に言われたくはございませんよ、御二人さん?
これでも一応、脳筋美形への感謝があるのだ。都合よく利用させてもらったからには見返りを贈らねば。それに私は基本的に騎士の味方にございます。
ところでさ。
「……視界の端に何処かで見た顔が居るのは気の所為かな?」
「気の所為では無いと思いますわ。私達も声を掛けたのですが別人だと言われてしまって」
「それで諦めた?」
「いいや? ミヅキに任せた方が面白そうだと思って待っていた」
おや、期待されてましたか。それならば応えなければなりませんね!
「ビルさーん! 御久しぶりー!」
「……」
声が聞こえている筈なのに騎士がこちらを向く気配は無い。
ほう、無視か。いや、この場合は『別人だから自分が呼ばれてるとは思ってない』という感じかな。
ふうん? じゃあ、もう一度呼んでみますか。
「年齢より老けて見えることが気になってるビルおじさ……」
「誰が老け顔のおじさんじゃぁぁっ! お兄さんと呼べ、この問題児!」
「やっほー、元気ぃ?」
即座に反応し「しまった!」という表情を浮かべたビルさんはキヴェラでお会いした時と全然変わらぬノリの良さ。
私の事を『問題児』なんて言うのはビルさんだけですからねぇ、誤魔化せませんよ?
にこにこと手を振る私に対しビルさんはがっくりと肩を落とし。
「どうしてお前がここに湧いてるんだ、問題児……」
「運命」
「そんな言葉で片付けるなっ! お前の場合は絶対に違うだろ!?」
失礼な。巨大蜘蛛の討伐に協力したじゃん、個人的理由からだけど。
「ビル、その言い方は無いだろう。……久しぶりだね、ミヅキ」
「アルフさんもお元気そうで」
すぐ傍から聞こえたもう一つの懐かしい声に振り返ると其処にはアルフさん。ビルさんが反応しちゃったから隠れるのを止めたな、多分。
服装を見る限りカルロッサの騎士だったのか。
「セシルとエマも一緒なんだね」
「私達はミヅキの護衛兼旅仲間ですわ」
「楽しい旅だぞ? 貴方達も相変らず仲の良い友人同士なのだな」
アルフさんに気付いていた二人はにこやかに返している。
と、いうことで諦めてくれない? ビルさん。
脳筋美形と苦労人が居ない隙に裏工作に勤しむ主人公。
騎士にとっても良い事なので周囲の騎士達は諌められません。