御利用は計画的に
薙ぎ倒された木々に沿って飛びながら状況を観察する。流石、蜘蛛。隙間を擦り抜けた所為なのか、思ったほど酷く木が倒れてはいないようだ。
ただ、逆に言えばこの痕跡から正確な大きさが推測できないとも言う。
普通の魔物のように薙倒して進むタイプならば残された爪の跡とか通り道の幅で大きさの予想ができるのだが。
「倍以上って言ってましたけど、単純に三倍ほどと見ていた方がいいかもしれませんね」
「あ〜……確かに。俺もでかいって印象が強かったからなぁ」
至近距離で見れば恐怖と驚きの為に正確な判断ができない場合もある。よくあるのは実際の大きさより過大解釈をしている場合か。
寧ろ今回はその方がありがたいが、希望的観測は捨てた方が確実だろう。倍の大きさなら木を薙ぎ倒す必要は無い。
足を入れた大きさだからね、『大きいもので二メートル』って。脳筋美形が強いなら逃げるより倒すだろう。
つーか、脳筋美形地味に凄ぇな。死体も転がってないってことは逃げ切ってるってことですよ。
絶対に普通じゃない。身体能力は一体どうなっているんだろうか?
いや、白騎士達も普通の騎士に比べて十分優秀なんだけどね? 彼等は騎士として全般に秀でている――勿論、貴族・王族相手の立ち振る舞いや観察眼に黒騎士との連携、時には交渉等――のでここまで特化してはいないだろう。
誤解の無い様言っておくが白騎士達は強い。結界の強度を測る為にたまに協力してもらっているが二・三撃で壊されるのだ。クラウス曰く、普通は此処まで脆くはないらしい。
魔道具の結界でも耐久度が限界に達すると一度壊れて張り直し……という状況になるので、この僅かな隙は無防備になるのである。だから術者としては耐久度を知る事も重要。
尤も二重・三重に張ったところで奴等は平然とぶち抜くだろう。一度はアルに体ごと吹っ飛ばされたもんな〜、瞬間的に力を出しているから常に重い一撃ではないらしいけど。
白騎士相手なら『攻撃は最大の防御!』を実践しない限り絶対に負ける。更には魔術特化の黒騎士達がいるので翼の名を持つ騎士ってのは冗談抜きに『元凶狩って来い!』の命令で実行できてしまう人々なのだろう。
「いやぁ、何て言うか……御仲間さんは人間ですか?」
「言いたい事は判る。一応、人間だ」
そう言いつつも若干遠い目になってるのは何故でしょう……?
「多分、身体強化の魔術を使ってるということもあるだろう」
「あれ、魔法が使えるならそこまで心配する必要無いんじゃ」
「それしか使えないんだ! あの脳筋は!」
……。
何故、それで初級魔法の治癒が使えんのだ。おかしくね?
訝しげに見つめ返す私にキースさんは『その気持ち判るぞ!』と強く頷きながら話を続けた。
「俺も最初は冗談かと思った。だがマジだ。身体強化って要は自分の能力の底上げだろ? 『自分の手で倒す』っていう括りになるから速攻で覚えたらしい」
「それなら治癒とか解毒も覚えればいいんじゃ?」
「本人に覚える気が皆無だ。しかも戦ってる間は倒す事しか考えないから魔法なんて欠片も頭に無いぞ」
「いや、戦闘後とか空いた時間に怪我を治すとか」
「本人頑丈だからな〜、しかもヤバイ時は身体強化使ってるから治すような怪我しないんだよ。治癒や解毒の魔道具を持っている所為でもあるんだが」
なるほど、怪我をしないから必要性を感じないと。しかも治癒の魔道具があるから些細な怪我は放っておいても治ってしまうわけですね。
随分と大雑把な美形だな、おい。いくら化物並に強くても頭の中が残念過ぎるだろ。
「うん、俺もそう思う。綺麗な顔してるのが更に痛い」
「声に出てましたか。すみません、正直なもので」
「気にしなくていいぞ? 顔に見惚れて夢を見るより、最初から現実を知って残念な生物だと認識された方が後から説明しなくて済む」
わぁ、キースさん良い笑顔!
これは顔と武勇で憧れる御嬢様方相手に相当苦労したと見た。ついついフォローしちゃうくらい仲良しだから御嬢様方との板挟みになるわけか。
試しに聞いてみたら遠い目をして「やっぱり、判るのか……」と呟かれた。
「何て不憫な立場……!」
「判るか。判ってくれるのか!」
「勿論ですよ!」
一見素敵な騎士でも魔術にしか興味無い残念な奴を知ってますからね、その類似品ともなればさぞ御苦労なさったことでしょう。
イルフェナは変人・奇人の産地だから理解があるし、クラウス本人は公爵子息。子供の頃からあの状態なら誰も何も言わないだろう……今更過ぎて誰も期待しないとも言うが。黙っていれば普通に見えるし。
最大の難点が『魔道具の嫁の可能性』というものだったので、それが無くなった今は両親でさえ何も言わない。そもそもブロンデル家自体が魔術特化の家柄だ。
その脳筋美形さんの立場が判らないが、貴族だった場合は大問題だろうよ。いや、貴族でなくとも騎士なら目を付けられる可能性があるからヤバい。
それなりの身分の御令嬢を蔑ろにしたら即アウトだ。イルフェナのように本人の性格を『些細な事』としてスルーしてくれる筈はあるまい。フォロー要員必須だな。
「とりあえず御仲間さんが無事である事を祈りましょう。自棄酒くらいならば後で付き合います」
「……ありがとなー、御嬢ちゃん」
何だか物凄く投げやりですが突っ込んじゃいけません。空気を読みますよ、私。
そんな感じで獣道モドキを辿っていった。
……で。
暫く辿ったら多少開けた場所に出たんですが。
「……」
「……」
二股に分かれてますね。これは片方が巣へと続く道、もう片方が誘導された道なんでしょうか。
「村から遠ざかるってことは右か?」
「元から遠い場所に住んでて村の近くまで来たんじゃなくて?」
お互いの意見を言い合った後、どちらの可能性もありえると頷き二人揃って黙り込む。
どうしよう、どちらともとれる。
これは素直に二手に分かれた方が良いかもしれない。キースさんも私も戦えるわけだし、運がよければ闘う仲間をゲットできるということでいいんじゃないかな?
その前に少々気になる事を聞いておくか。
「キースさん、キースさん。別行動前に聞いておきたい事があるんですが」
「はいよ、何だ? ……って御嬢ちゃん、別行動する気なのか!?」
「それが一番かと。さっさと行動しましょう、悩むだけ無駄ってものです」
「そりゃそうなんだけどなぁ、こう……もう少し怖がるとか」
「いえ全然?」
「あ、そう」
普通のお嬢さんなら怖がるでしょうね。でも私は除外してください。エマやセシルも怖がらないと思います。
無理をしているのかと気遣わしげに聞いてきたキースさんは、平然としている私にそれ以上言うのを諦めたようだった。
やだなー、イルフェナでは心配されても逃げるなんて選択肢は用意されてませんよ。敗北なんて認められませんね、絶対。
「何か前兆はなかったんですか?」
いきなり巨大蜘蛛が出没したにしては騎士団の対応が早過ぎる気がするのだ。
普通なら調査に来るか迅速な対応を迫らせるような明確な証拠が必要なんじゃないのか?
私の言葉にキースさんは瞳を眇め「そっか、魔術師って賢いもんな。気付くか」と呟くと私に向き直る。
「これはある意味、騎士団の恥だ。他言無用で頼む」
「無理です」
「即答かよ!?」
「だって旅の報告書出さなきゃならないもん!」
無茶を言うでない。どのみち私が関わっている以上は報告の義務がある。
ただし今回は例外的に沈黙もされるだろうが。
「あ〜……判った、それならば仕方ない」
ブレスレットを見せてある上に『報告書』という単語の登場でキースさんは仕方なさそうに納得する。
うん、無理ですよー。私は貴方より魔王様の方が余裕で怖い。下手に隠して後でバレたら大変です。
「実はな、少し前までこの周辺には魔物が多かったんだ。異常繁殖かと自警団や派遣された騎士達が数を減らして沈静化したんだが……」
「それって巨大蜘蛛から逃げてきたんじゃ?」
「だろうな。今だからこそ、そう思う。村の周辺にまで出てきたってことは魔物の数を減らし過ぎたんだろう」
ああ、確かにある意味恥だ。魔物の異常繁殖だと決め付けて数を減らした連中が悪いんじゃないのか、それは。
只でさえ餌が足りないのに更に獲物が居なくなって人を餌認定したんじゃないのか?
そもそも森護りは普通人を餌と認識しない。と言うか、食える事を知らないのだ。
『食べる物が無いから仕方なく食べて餌認定、ついでに餌の密集地帯発見』。それが今回の事件だろうな。
「一応は数を減らし過ぎる事がないよう注意する筈なんだが、今回派遣されたのが騎士に成り立ての奴等でな……。まあ、貴族子弟の箔付け任務ってやつだ」
「そいつらの初任務になるだけあって簡単に倒せるから血気盛んなままに殺しまくったんですね。しかも村人からは英雄扱いされるし気分も良かったでしょう。……馬鹿だけど」
「そのとおり。だから今回の件では原因の一端である騎士団がさっさと方をつけるしかない。周囲の状況調査を怠っている以上は明らかに非がある」
こう言ってるってことはキースさんは騎士か。しかも責任を取らせる事が可能な立場らしい。
その若い騎士達、絶対何らかの処罰を受けてるね。勿論、はしゃぎ過ぎた御子様達に同情はしません。
普通、魔物の討伐などがあっても何か事情が無い限り全滅させるということはない。その地域に住んでいる以上は魔物も何らかの意味がある場合があるからだ。凶暴な動物を餌にして数を減らす、とか。
森護りもそんな名が付けられる位には人と共存できている。
ただし、生物である以上は例外というものが存在する。その場合に限り討伐という形になった筈。
魔物の大量発生というのも事実なのだが、駆除する前に原因を突き止めておく事も重要なのだ。それを怠った以上、バレれば騎士団が原因と言われ批難されるだろう。
「それじゃ汚名返上も含めて脳筋美形さんに頑張って討伐してもらいましょうか。お手伝いならしますよ」
「何?」
「キースさん達、騎士なんでしょ? 他にも『一見傭兵か旅人、実は騎士』って人が居るんじゃないですかね」
「……」
「言葉にしなくて良いですよ。私が勝手に思っているだけですから」
「そう、か」
「ええ。じゃ、私はこっち行きますんで! 生きてお会いしましょー!」
「は!? え、ちょっと、おい!?」
そう言ってしゅた! と片手を上げると体を浮かび上がらせ片方の道を辿り出す。
一瞬呆気に取られ、次の瞬間慌てだしたキースさんはシカトさせていただきます。
キースさんに聞いておいて何ですが。
細けぇ事はどうでもいいんだよ。今やるべき事は蜘蛛滅殺の一択なんだから。
さっさと蜘蛛狩り終らせましょうぜ、キースさん。
物語の主役は素敵な騎士様です、世間ではそれが求められているんです……!
私は目立たない脇役で御願いねっ!
※※※※※※※※※
『深い森の中、私は一人の美しい青年と出会った……』
これだけ聞くと御伽噺にありがちな運命の出会いとやらに見えますね。あら、私ってばヒロインへとジョブチェンジ!?
……何て現実逃避してる場合じゃなくて。
死にかけの美形なんて拾ってどうしろっつーんだよ!?
ちょ、待て! 死んでない? 死んでないよね!?
私の為にも死なないでくださいよ、蜘蛛討伐の功労者が居ないと困るじゃないですかぁっ!
キースさんと別れてから暫くして再び開けた場所に出ました。何でしょう……明らかに戦闘した感ありありです。
追い着かれたのか仕掛けたかは知らないが蜘蛛と戦闘になった模様。
そこまではいい、そこまでは。
何で木の枝に貫かれたまま気絶してるのさ!?
見つけた御仲間さんは木の陰に隠れるように座り込んでいた。
かなり低い位置にあるしっかりとした枝――太さは五センチ程度なのだが硬いらしい。先端が僅かに体から突き出ている――に肩の下辺りを貫かれて気絶しております。多分この人が脳筋美形(仮)。
不幸中の幸いというか突き刺さったままだったから一気に出血はしなかったみたい。他に目立った外傷は無いから致命傷は避けたのだろう。
焦げ茶の髪はさらさら、体も騎士にしては細身の美形さん。
瞳を閉じた姿はまさにスリーピングビューティー!
……。
ここは『心も姿も美しい御伽噺的ヒロイン』の出番じゃね? 相手が脳筋な以上、そこから生まれる恋は一方通行になりそうだけど。
まあ、治療しないとヤバいからさっさと作業するけどさ。魔法使いは裏方さん。
まず脳筋さんの体を重力軽減でかなり軽くしておく。次に枝の引き抜き……なのだけど一気に抜いて大出血されても困るので治癒しながら引き抜きます。気を失ってて良かった、ゆっくり抜くからかなり痛そうだし。
引き抜くと同時に傷は完治。ついでに解毒魔法もかけておく。これで内部が化膿する可能性も無いだろう。
で、問題なのが失った血。明らかに顔色が悪いので先生が持たせてくれた増血剤を飲ませて無理矢理効かせてみる。こういった物は常に身に着けているし、私の治癒魔法は自己治癒能力を爆発的に高めるものなので薬を体に吸収させれば効果覿面だろう。ただ、その代わりに体に負担が掛かるのだが。
ちなみに増血剤は口移しで強制的に飲ませた。そのまま気付かないでいてくれ。
「これ以上やりようがないよねぇ……」
現在、脳筋美形さんを膝枕中。体温低下を防ぐ為に体周辺の温度を上げ、血の匂いに誘われる魔物や獣が出ても面倒なので服とか血の着いたものは洗浄した。
だからといって巨大蜘蛛の脅威が去った訳ではないのだが。
何らかの事情でこの場を離れてくれたからこの人が生きていられたのだ。餌を放り出した状態なので戻ってくる可能性は高い。
理想としては私がサポートしつつ、この人に巨大蜘蛛を倒してもらうというのが最善だ。騎士達の面目も立つし私も目立たずに済む。
とは言っても、そのプランは少々厳しいかもしれない。顔色悪い上に気絶しちゃってるもんな。目が覚めたとしても闘えるほど動けるのか怪しい。
一時撤退も仕方ない、この人だけ村に置いて単独で蜘蛛狩りに行くか? ……などと考えていたら。
「……だれ、だ……?」
何時の間にかぼんやりと薄い紫色の瞳が見つめていました。あら、見た目はクールビューティー。
無駄に色気を垂れ流してるのにギャラリーが私だけというのが大変申し訳ないですね!
軽く腕を動かしている辺り怪我をした自覚はあるみたいです。意識もはっきりしてるっぽい。
え……本当に大丈夫なの? マジで?
そんなにすぐ目覚めるようなダメージじゃないよね!?
などといった心の声を口にする訳にもいかず。
とりあえずここは無難に済ませてみましょうか。
「おはよーございます」
「……おはよう」
アホな挨拶をしたら律儀に返してくれた。視線も今はしっかりとしている。
流石です、美形は見せ場を作らなきゃいけない法則でもあるんでしょうか?
守護役連中並に綺麗な顔してるのが気になるけど、今はそんな事を確認している場合ではない。
「キースさんが心配してましたよ」
そう言うと脳筋美形さんは瞬きを繰り返した後、思い出すように目を閉じた。
「キース……そうだ、蜘蛛を村から引き離そうとして……」
「村は大丈夫みたいです。私は村へ入る直前にキースさんから蜘蛛退治のお手伝いを頼まれたんですよ」
実際にはそこまで頼まれてはいないが、私の為にも騎士団の為にもこの人に頑張ってもらう必要がある。
なに、蜘蛛を倒すことは変わらないのだから問題無し。
「怪我が治っているが」
「私が治しました。増血作用のある薬草を飲ませて魔法で一気に効かせたので暫くはだるいと思います」
「いや、それほどだるくはないな。……すまない、迷惑を掛けた」
「御気になさらず」
ええ、気にしないで下さいな。
私は未だ膝枕されているという事実にさえ気付かない貴方を巨大蜘蛛と闘わせようとしてますから。
「動けるようなら村に戻ります? それとも」
「奴を倒すまで戻る場所など無い」
建前的に尋ねた私の言葉を遮りきっぱりと言い切る脳筋美形。
よし、よく言った! 脳筋、もといヒーローならばそうこなくちゃな!
体を起こし周囲の状況を確認する脳筋美形に心の中で拍手喝采。
ではささやかながら贈り物をいたしましょう。
「剣貸してください。強化します」
「何? できるのか!?」
「魔改造するので墓の中まで持っていってくださいね」
「ありがたい! 蜘蛛の体が思った以上に硬くてこの剣では攻撃が通らなかったんだ」
どうやら攻撃そのものはできていたらしい。『攻撃が通らなかった』と言ってるから動きには付いて行けてたってことか。
ならば十分勝機はある。異世界産の技術でステータスアップと参りましょ!
渡された剣を手にしてイメージどおりの改良を。強度、切れ味、重さあたりを弄れば良いかな。
本当はあまり重さを変えない方がいいと思うけど、今の状態で軽々振る為には仕方ない。
……家宝の剣とかじゃありませんように。
後はキースさんにも渡した予備の万能結界付加のペンダント。これでかなり対抗できる筈。
「私は浮遊で蜘蛛の上空に居ますね。そこからならサポートだけでなく蜘蛛の注意も引き付けられます」
「そんな事が可能なのか?」
「魔物って基本的に魔力に反応しますから魔法を使えば条件反射で上を気にすると思いますよ」
マジです、これ。人間も魔力の流れを感知するけど魔物は野生の勘も手伝ってそれ以上。
魔法で目を眩ませたり脳筋美形さんが避けきれない攻撃を引き受けたりすれば蜘蛛の注意は上に居る私に向く。
ぶっちゃけて言うと『剣で切る』という行為で倒してもらいたいのだ。私は魔法しか使えないので誰から見ても脳筋美形さんの手柄になる。
「では俺は身体強化を施し蜘蛛を倒す事だけを考えよう」
「そうしてください。まず足を落として最後に頭を」
「心得た」
あっさり役割が決まって頷き合った直後――
ギイィィィィィィッ
『何か』の妙に高い声が響き。
蜘蛛って鳴いたかなー? つか、声大きくね? と首を傾げる前に巨大蜘蛛が姿を現したのだった。
※※※※※※※※※
で。
現在戦闘中にございます。てか、脳筋美形マジで強ぇ!
以前のダメージがある筈なのに余裕で攻撃を避けるはしゃぎっぷり!
流石だ、脳筋! 私が無詠唱な事にも気付かず目の前の敵に集中する君の扱い易さに、私は心の中で大絶賛。
「素晴らしいなぁ、この切れ味は!」
……見た目クールビューティーの癖に目の色と言動がヤバイ方向になってるのは見なかった事にしよう。
嬉しそうなのも気の所為だ。大丈夫、不憫な専属付き人が居るからちゃんと言っておけば問題無い。
私は自分の言葉どおり上からサポートとしてちまちま蜘蛛の注意を引いています。
一瞬上を気にした隙に脳筋美形さんが足の付け根を狙ってざっくざっくと切ってますよ。二・三回切りつけると足がもげるので、残りはあと四本。
上から見る限りは非常にサクサク切れてるので足を落とす作業は順調な模様。やべ、切れ味上げ過ぎたか!?
勿論、私も空中から参戦。『お手伝い』の域を出ない程度に攻撃してます。
蜘蛛の赤い目が苛立たしげな感情を伝える中、目を狙って氷結魔法を叩き込む。それを察した蜘蛛の足が鬱陶しげに氷を払い、意識が反れた隙を狙って脳筋美形さんが他の足に切りつける。
連携は完璧です。御互い自分の役割しか考えてないし、私が上に居るので仲間を気にする必要も無い。
元々ゲームでは後方支援だった上に見下ろす位置に居るから物凄く判り易いのだ。
と、その時。
流石に疲れが見え始めたのか脳筋美形さんが膝をつく。当然、蜘蛛は其処を狙って足を振り上げた。
……が。
その足は届く事無く『何か』に弾かれる。
「危機一髪、かな」
「な……一体何時の間に」
「転移魔法の応用で一瞬です」
蜘蛛はギリギリと力任せに結界を破ろうとするけど、結界は軋む音を立てるばかり。少ない足で体を支えている分、力が削がれているのだろう。
それに渡したペンダントの万能結界も発動しているから私のも含めて二重に張られている状態だ。簡単には壊せまい。
現在の状況:膝を突く脳筋美形を背後に庇って結界を張り蜘蛛と対峙する私。
元々結界を張っているのだ、転移だけなら十分間に合う。
ポジション的には『主役の危機を救う仲間』ですが、現実は『計画成功の為にフォローに走る黒幕』にございます。
ふふ、簡単に殺らせるものかよ。私の計画をおじゃんにしようとは良い度胸だなぁ、蜘蛛の分際で。
そんな想いと共に笑みさえ浮かべて至近距離にある蜘蛛の牙と赤い瞳を見る。すると野生の勘が働いたのか蜘蛛は一瞬動きを止め、次の瞬間、全力で押し潰すように力を込めてきた。
殺るか殺られるかしかないのがよ〜く理解できているらしい。ついでに私の方が危険だということも。
餓えた蜘蛛にとって『私達を食らう』という事以外に生きる道は無い。退けば餓えるし殺される、だからこそ生きる為に牙を剥く。
それは私達も同じ。そして目的がある私はそれ以上に生きる事に貪欲だ。
絶対に未来は譲らない。ここで朽ちる気などないのだから。
「大丈夫? 暫く時間稼ぎしましょうか?」
「いや、もう十分だ」
「じゃあ、目を瞑って。肩を叩いたら行動開始ね」
「何?」
背後では訝しげに眉を顰めているのだろう。顔の印象と違って意外と感情豊かだねぇ、君。
「一瞬だけ光度を上げた光の珠を出して目潰しします。すぐに消すからその隙に残りの足を落として下さい」
本来は暗い穴の中に住む生物だ。強い光に耐えられるとは思えない。
「それくらいなら大丈夫だ」
「足を落としたら即座に頭を。私は念の為に蜘蛛の内部へ氷結魔法を撃ちます」
「了解した」
作戦会議終了。多分、蜘蛛の命も終了。
足を落としてしまえば後は楽なのだ。解毒の魔道具を持っているみたいだし、体液に気をつけてくれれば問題なかろう。
ちらっと振り返り目を瞑ったのを確認する。準備万端、さあ最後のトドメと参りましょう?
「それじゃいきますよ」
そう言って目の前にある赤い瞳に向かいLEDを意識した高光度の光の珠を放ち即座に消す。蜘蛛が鳴き声を上げ、後ろに下がったと同時に私は肩を叩いて再び上へと移動する。
下では蜘蛛が足を振り回していた。見えてないのが一目瞭然の動きに脳筋美形さんは容易く足をかわすと残った足を切り落としていった。
蜘蛛が胴体を地に着け、それでも足掻こうと牙を剥くが二度三度と切りつけられ終にその頭胸部を切り離される。
グロい……などと言っている場合ではない。すぐに下りて最後の仕上げをしなければ。
再び膝を突いて肩で息をする脳筋美形さんを他所に、即座に氷結魔法を切断面から双方の内部へと行き渡らせる。
体の中身、体液すらも巻き込んで凍結させ体中に行き渡ったと同時に内部で砕く。剣によって足と頭を落とされた蜘蛛の体は内部をずたずたにされ間違いなく息絶えた。
蜘蛛といえどもこれは『魔物』。どういった状態が本当の死なのか私には判らない。
ならばあらゆる可能性を私は砕く。
内部に卵があるかもしれない、再生して襲い掛かってくるかもしれない、そして……周囲に毒など撒き散らされれば村さえ危険に見舞われる可能性がある。
だからどれほど惨酷だろうと容赦はしない。少しの可能性で事態は容易く覆るのだから。
「お疲れ様」
「……感謝する。君の力が無くば勝てなかった」
「御謙遜を。足も頭も切り落としたのは貴方でしょ」
最終的に死亡確認をするのは騎士団だろうが、傷の状態から彼等は仲間が魔術師のサポートを受けて倒したと思うだろう。蜘蛛の内部など解体でもしない限り判りはしない。切断面は氷で覆われてるし最終的には焼かれるだろう。
傍目には切り口に氷結魔法を撃ったようにしか見えないのだから記憶を見られても問題無し。
でかした! これで私は脇役決定。英雄は君だぞ、脳筋美形!
「えーと……二人で倒した、のか?」
いきなり掛けられた声に振り返るとキースさんが呆然と二つに分かれた蜘蛛の体を見ている。
「御仲間さんがね。私はサポート要員です」
「いや、それにしても……よく倒せたな」
「武器を強化したらザクザク切ってくれました!」
「ああ、うん。その様子が容易く想像できるな」
うんうんと頷いているキースさん曰く、もう一方の道は巣へと続いていたらしい。念の為に焼き払った方がいいと村から騎士を呼んで来たんだそうな。
そうですねー、火事に対応できる人間が居ないと森の中で火を使うのは危険です。蜘蛛の子供とか居て火がついたまま逃げ回られても困るもの。
で、騎士達に任せてからこちらに来てくれたんだそうな。倒しているとは予想外だったらしいけどね。
そうだ、キースさんにも脳筋美形さんの状態を伝えておかなければ。
「あのですね、キースさん。状況説明をしますとね……」
そうして死体モドキ発見からこれまでの経緯を私に都合よく話した結果。
「ちょ、それであいつさっきから黙ったままなのか!? 闘い終わって気絶した!?」
「……え゛?」
その言葉に後ろを振り返ると。
剣を抱き抱えたまま脳筋美形さんが転がってらっしゃいました。すまん、気付かなかった!
慌てて抱き起こしたキースさんは暫く様子を見た後、「極度の疲労だな。暫く起きんぞ」と安堵と呆れの混じった呟きを洩らした。
ああ、そりゃ疲労でぶっ倒れるでしょうねぇ……。
「はしゃぎ過ぎだ」
気力か。気力だけで戦っていたのか。
行事に大はしゃぎして翌日熱を出し寝込む子供かい、脳筋よ。
「とりあえず村に戻りますか。飛行するので御仲間さんはキースさんが背負ってくださいね」
「俺も村と往復して疲れてるんだがなぁ」
「じゃあ、私が横抱きで」
「すまん! 俺が運ぶ!」
素直で結構です。確かに私が脳筋美形をお姫様抱っこって視界の暴力だわな。本人にとっても黒歴史確定だ。
そして浮かび上がりつつ、忘れないうちに一つの提案を。
「あ、城へ報告に戻るなら頭と足を一本持って行った方がいいですよ。状態保存の魔法なら私が使えますし」
「何でだ?」
「こんなに巨大な森護りが居たなんて誰が信じるんです? 貴族は自分で目にしない限り危機感抱きませんよ。そうだな〜、『これが増えればより上質の肉を求めて貴い身分の方達が狙われるでしょう』とでも言っておけば自己保身の気持ちから対策を考えてくれますね」
「御嬢ちゃん……何故そんな事を思いつく?」
「必要な事は実力と証拠を元に脅……いえ、進言するものです!」
「今、違う事を言いかけたな? 脅迫って言わなかったか!?」
「あらあら、何の事やら〜」
さあ、セシル達も心配してるだろうしさっさと帰りましょ?
脳筋:名前さえ名乗っていない・知らない事に最後まで気付いてない。
主人公:面倒なのでわざと黙っているし聞かない。
目立つ事を避ける為に徹底的に脳筋美形を英雄に仕立て上げる主人公。証拠も無いので『お手伝い』のままです。