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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
キヴェラ編
102/697

平穏な旅路……である筈がない

魔物が居る世界では当然こんなことも起こるわけで。

 音を立てつつ荷馬車――幌馬車というやつですね――は進む。現在、村へ向けて走っています。

 ウィル様のお知り合いという商人さんはシェラさんという女性でした。明るく豪快な小母様です。彼女の御好意で大して荷物の無い馬車の中で呑気に過ごしていたり。

 『あたしに聞かれたくない話とかあるだろ』という御言葉と共に荷馬車の中に誘導されました。確かに自分達の周囲だけ一時的に防音すればシェラさんは『馬車が音を立ててるから何も聞こえなかった』という事にできますね。 

 魔物とかが出てこない限りは馬車で運ばれて行くだけの簡単なお仕事です。しかも報酬出るんだとさ。

 ……。

 ウィル様、一体何処まで暴露してらっしゃるので? いいのか?


「漸くコルベラに帰れますわね」


 エマは非常に嬉しそうだ。セシルも祖国が近づく事が喜ばしいらしい。


「しかし、大丈夫なのか?」

「何が?」

「今更なんだが……私の存在がコルベラを苦難に追い込むのではないかと」


 そう言うとやや俯きがちになり表情を曇らせる。なるほど、それが帰国を手放しで喜べない理由か。

 確かにそのまま帰ればコルベラとキヴェラは間違いなく揉めるだろう。普通に考えればコルベラが責められる側だが、今回の原因はキヴェラにある。

 泥沼展開一直線ですよ。ましてキヴェラでのセシルの扱いを知れば絶対に手放さないだろう。

 国の為に嫁いだセシルとしては自分が原因で祖国が苦難の道を歩む事が許せないのだろう。争っても確実に負けるって判ってるもんな、普通ならそこを気にするか。


「追い込まれないと思うよ?」

「え?」

「え、だってセシルの解放と同時に私が自分の目的の為に動くもん。コルベラを相手にする暇無いと思う」


 寧ろ自衛に努める暇さえないと思うのだが。


「大体さー、キヴェラの王都どころか後宮、一部城の中にまで入り込んでたんだよ? 何もしてないわけないじゃない!」

「あら、城の中にまで入り込めたのですか?」

「うん。ほら、例の本の寄贈。あの手伝いに借り出されたから本の回収とか虫干しの為に台車を引いて動き回ったんだよ、一階部分だけだけど」


 キヴェラの城は一階に誰でも利用できる図書室があった。勿論、城に入る事ができる立場が限定されている上での『誰でも』なのだが。

 他には食堂といった『大して重要じゃない部屋』が大半。外部から侵入され易いからでしょうね、きっと。

 偉い人の部屋とか重要な部屋は上の階にあるらしく一般の侍女は侵入不可。当然、一時的に派遣された侍女ごときでは居館に近づく事すらできない。

 おそらくは近衛が重点的に配備されているのもそういった場所が主なのだろう。一階では一般の騎士以外殆ど見かけなかったもの。


 まあ、普通は堂々と仕事してたり判らなければその辺の騎士を捕まえて聞いたりする奴が実は部外者だとは思うまい。


 それに王太子の後宮から派遣されたのは本当なのだ……後宮管理の杜撰さのお陰です。

 貴族令嬢な侍女様達は力仕事ともいうべき本の運搬や整理などやりたくないのだよ。故に『新米ですので私が参ります』という立候補は大変喜ばれました。こちらこそ感謝しておりますとも。

 苦言を呈して遠ざけられた人達が沢山居るので『配属されたばかりです』と言っておけば怪しまれません。誰か居なくなった分が増員されたのね、みたいな?


「そういえば寄贈される本の中に官能小説を混ぜたと言っていたな」


 ぽん、と手を叩きセシルが納得すればエマも思い出したのか同じように頷く。


「確かにミヅキは侍女として数日労働していましたわ。あの時に何かしたのですね」

「今はノーコメントで!」


 にやり、と笑いながら言うと二人は笑みを浮かべたまま何も言わなかった。いい加減慣れたようです。特にエマは私が何かしたと決め付けているあたり日頃の行いとか方向性に理解がありますね。

 このヒントはゼブレストでエマに渡したナイフだったりする。


 Q:何故、都合よく魔血石なんて物を持っていたのでしょう?

 A:残り物。


 かなり小さい物だしそれだけでは使い道がないけれど、製作者の一部として魔法の起点にはなるわけでして。

 しかも魔石とはいえクズ石使用の為、強度が無いから一度使えば壊れるのです。証拠隠滅も完璧! 

 クラウスに聞いたところ意外な事に魔血石がこういった使い方をされた事はないらしい。

 魔道具自体が高価なので普通はそれなりの質の魔石を使って作るのが当たり前。だから自分の魔力を供給できる魔血石=自家発電可能な充電池で長持ち、みたいな認識が一般的なんだとか。

 魔血石の使い捨て仕様という発想が無いわけですね、私は使い捨て前提なのでクズ石使って作ったけど。

 それらを活かした切り札を事前に考えていたのだよ。相手は大国、抜かりはありません。

 詳しくは実行を待て! ……実行は最終手段だから脅迫だけで使わずに済むのが最善なのだけど。


 と言うか、私の目的ってキヴェラへの復讐ですよ? セシル達の事は狸の依頼。

 ここまで好都合な状態で何もしてないわけないじゃん?

 なお、アルベルダでグレン達に渡した魔道具の材料は必要経費と称し狸様持ちである。一般的に出回ってる程度のものなので魔石そのものは大して高価ではないらしいが。魔道具って技術料が大半なんだとさ。

 

 ……話を戻して。セシル達が脱出するまで私も裏で色々やってたわけですよ。

 城というのは外部からの攻撃を防ぐ為に結界が張られている。それでなくとも見張りが各所に居るので普通に入り込む事は困難だし、内部でそれなりの魔法を使えば当然感知されてばれる。

 ただし、貴族以上は護身の為に魔道具を身に着けていたりするから治癒や解毒程度の魔法ならば特別感知できない。

 逆に攻撃系の魔法は魔力探知どころか派手な音するだろうしね、間違いなく誰かが気付く。詠唱と言う名の意味不明な独り言も明らかに異様なので警戒されます。

 加えて重要な場所には警備の騎士どころか魔法で何らかの対策がとられているのが普通。これは神殿でも同じだった。

 そんなわけで一度侵入してしまえば魔力持ちが普通に動き回った程度では警戒対象にならないのだ。

 そもそも入り込めたのは隠し通路使って後宮に居たからですよ。直接城に……というのはさすがに厳しいだろう。

 内部に招き入れる隙を作った王太子様達の職務怠慢は重罪なのです。あの連中、そこまで気付いてるんだろうか?


 余談だが詠唱だけでなく『感知され易い』という欠点もあるので個人を狙う暗殺に魔法はあまり使われないんだそうな。

 気配に敏い人ならまず反応するってことだろうね、魔法があるからといって必ずしも優位な立場になるわけじゃないという現実です。

 私が評価されている大部分が無詠唱・即発動という点。確かにこの欠点克服は普通なら厳しいだろう。


 まあ、ともかく。

 後宮経由での侵入は実に楽だったのですよ。碌でもない人々のお陰です。

 これで私がそれなりの動きをしていれば目立つのだろうが、私は素人というか民間人A。分類は『簡単に押さえ込める存在』なのです、高い所にある本を無理に取ろうとして肩を攣らせる奴が間者になれたら凄ぇよ。

 なお、その現場が大変微笑ましく周囲に見られ『無理をするな、小さいんだから』等と言われたのでアホの子認定はされているかもしれない。おのれ、『小さい』は余計だ。


「そうか。ミヅキがそう言うならそう悲観するものでもないかもしれないな」


 明らかにほっとした様子のセシルにエマも安堵したようだ。

 そうだよな、この二人からしたら逃亡は仕方が無かったとは言え祖国より自分を取った事になるんだから。

 気にするなという方が無理だろう。一時でも忘れておくれ。

 大丈夫! と二人に言い切りながらも私の内面は大変ブラックにございます。



 案ずるな、君達の協力者は鬼畜が褒め言葉にされる珍獣だ。 

 キヴェラよ、私と楽しく遊ぼうぜ?



 元々あったゼブレストの事や過去イルフェナに侵略かました事に加えて王太子のあの暴言。許せる筈はありませんね!

 それに加えてこれまで他国に高圧的な態度を取ってきたのだ、圧倒的優位な立場を崩せば参戦希望者続出だろう。それを押さえる意味でも私が確実な勝利を収めて決着を着けねばならない。


 下手するとキヴェラの領土を狙って争いが起こる。それは色々面倒なので避けなければ。


 味方は欲しいが便乗して戦を起こされても困る。

 『魔導師の決着に便乗し、それが元で不興を買ったら自国がヤバい』……そう思わせる事が最終的に必要になるのだ、後々の為にも派手にいかなきゃならんのだよ。

 まあ、大人しくしてくれない国には『静かにしていて欲しいな♪ 何もしてない癖にハイエナ根性丸出しなんだからぁ! お馬鹿さんねっ』とお話すれば理解してくれると思う。なに、ちょっと痛い思いをするだけだ。


「ふふ、ミヅキと話していると本当に大丈夫だと思えるから不思議です。魔術の腕を知っているという点もあるでしょうけど」

「そうだな。ただ……その割にこの世界の解毒や治癒の魔法が使えないというのが奇妙に思える」

「そうですわね。それは私も思っておりました」

「あ〜……それは異世界人だからというのが大きいな。言葉が自動翻訳されるのは生活する上ではありがたいけど、詠唱できないんだよ」


 私の言葉にエマは首を傾げる。


「詠唱できなくともイメージでどうにかなると言ってませんでしたか?」

「うん、その現象を私が理解できるならね。私から見て奇跡としか言い様が無い魔法は再現できないんだよ。しかも重視するイメージによっても効果や規模が変わるね」


 私が魔法を使う上で重要なのはイメージ。勿論、この世界の魔法もイメージが必要だがそれ以上に明確なイメージが必要になる。

 光の珠とか使えるので魔力があればゲームの魔法に似た物も使用可能だろう。それに現実の知識を加えるのでかなりの応用ができるのだ。

 『光の珠』も詠唱ならば誰が使っても同じ効果だが、私の場合『電球』『蛍光灯』『LED』などで変化があり、持続時間も調整可能。特にLEDを至近距離で一瞬だけ発現させると良い目潰しになります。

 『加熱』も同じく温度調整が出来るのだ、元の世界では温度設定あるからね。『魔法を手足の様に操る』と言われても否定はできない。全ての基本は魔力を『何らかの事を成す為の力』として捉えているからだが。

 そして元の世界が娯楽に溢れていた事も大きい。『転移』『幻影・幻覚』『結界』なども映像化されていることにより『どのような現象』か理解できている。魔道具製作もゲームの『アイテム生成』のイメージに近い。

 現実の技術面では未だ無理と言うものも御手本があるのだ、魔力を何らかの事を成す為の力として捉えている以上は再現可能。逆に専門的な知識があると制限が多いだろう。

 私の使う魔法って『現実に可能か否かは別にして、元の世界の知識を元に再現』というものなのだ。人の想像力というか娯楽のお陰です。

 誰でも理解できる最高の教科書が溢れているようなものなのだから。


 が。


 『イメージどおり』とは良い事ばかりではないのだよ。

 これ、ゲームの魔法をそのまま使うととんでもない事になるのである。

 ゲームの魔法はMP消費量とそれに伴った攻撃力という『明確な数値』が設定されている。相手の装備やステータスによっても変わってくるだろう。そのダメージは数値で表され現実のような傷にはならない。

 だが、イメージは魔法の現象そのままの再現なのだ……ゲームのノリで使えば『使ったところで一見相手にダメージ無し』か『現実になって惨殺事件に発展』の二択。

 前者は魔法の効果に重きを置いた状態、後者は使った魔法の現象に重きを置いた状態。

 ゲーム内での怪我は数字で現される程度だからね、どの程度の怪我を負うかなんて明確なイメージがあるわけない。だから体力的には変化があるかもしれないが、外見上は変化が見られないだろう。

 逆に魔法の現象重視でイメージしてると初級魔法で人が死ぬ。大問題はこっち。

 普通に考えてみるといい……魔法を受けた状態というものを。


 炎が小さくとも服に引火するよね? 下手すると全身火傷を負うよ?

 小さい風の刃だろうと太い血管を切り裂かれれば死ぬだろ!? 


 ゲームだからこそ誰もが簡単に人に向けて放てるのだ。武器による技も同じく。いや、技は身体能力の都合上無理かもしれないが。現実ではありえない動きとかあるし。

 『人が死なない』……それが現実との差であり、もっと言うなら血の匂いや肉を断つ感触などは感知されない設定になっている。そこがどれほどリアルであろうとも『ゲーム』と認識される理由。

 ゲームで慣れて現実で犯罪を起こされても困るのだ。その差がある限り、殺人を企てたとしてもゲームとの感覚の違いに恐怖を抱くだろう。

 私がラグスの村で狩りだけではなく解体作業まで覚えさせられたのは生活面だけではなく、魔法を扱うからという理由もある。『生物を殺す』とはどういうことか教える必要があったのだ。

 『肉を断つ感触』『血の匂い』などといった『生物の死』を間近に感じさせる事によって『生物を攻撃する事』への恐怖と責任を覚えさせる。

 武器を扱うならば必然的に越える壁だろうが、魔法では実感し難いのだとか。攻撃魔法で生物を殺し、そこで初めて自分が扱う物の恐ろしさを知る魔術師も少なくないらしい。

 特に私みたいなゲームの存在を知る異世界人はゲームと現実の差に直面した時のショックは大きいだろう。何の心構えも無く殺人を犯すかもしれないのだ、下手すれば発狂沙汰ではなかろうか。

 そういった意味では詠唱とイメージの二つを重要視するこの世界の魔法は安全性に優れているのかもしれない。制限がつく上に発動しない可能性もあるのだから。


 尤もこの世界の魔法はかなり不思議なものだ。詠唱を除いても理解できるか怪しい。

 この世界に来た当初は治癒魔法を『失われた部分を魔法で補う』と思っていたので、人種どころか種族の違いかと思いましたよ。

 『え、魔力で欠けた部分を補えるの!? もしや人型してるだけで別種族!?』と。

 その後、私にも治癒魔法が効くと判り謎は深まった。もう『この世界の治癒魔法はそういうもの』と思うしかない。

 詠唱が使えない私にとって同じ事をやれという方が無理なのですよ。ゲームの回復魔法ってHPという数値を回復させるものなんだから。

 解毒魔法も似たようなものだ。先生に解毒の薬草とか教えてもらって『ああ、やっぱりゲームじゃないんだから万能の解毒剤とか無いのね、元の世界と一緒じゃん』と知った後に解毒魔法の登場。 

 元々古代から伝わっているものなので、先生にも『そういうもの』としか説明しようが無いらしい。私は解毒魔法の存在を現実と思えないから使えないんだろうね。

 ゲームの中の解毒って『毒という状態に定められたHPの減少を解除するもの』なのですよ……明らかに別物です。じわじわHPが減る毒状態は呪いとかの方が近いだろう。

 複数の毒や解毒剤が存在=元の世界と一緒=解毒魔法はゲームの中だけ、という認識が私の中で成り立っているのです。そんなわけで私の解毒魔法は『体内から異物を排除・浄化』というものになりました。

 身体能力の強化も当然使えない。筋力だけ上がっても体が負担に耐えられるのかという疑問が残る。それにゲームではステータスの上昇という数値での認識なので現実に活かせる筈はないのだ。

 常識に縛られるのは私も同じ。様々な場所で中途半端な知識が邪魔をするとは思わなかった。 


 ……という事を話してみたら二人は何となく理解したようだ。

 完全に理解するには基礎知識に差があり過ぎるので無理だろう。それだけでも十分です。


「確かに私が魔法を習った時にも講師に言われましたわ。『魔法を覚える事と使いこなす事は別だ』と。訓練では人を相手にする事がありませんし、実際に攻撃手段として用いた時との差がありますもの」

「あ、やっぱり言われた?」

「ええ。魔法は武器と違って人を傷つける認識が希薄ですから……生物を相手にして初めて現実と向き合うのでしょうね。恐怖や罪悪感に負ければ明確なイメージなどできなくなりますし」


 魔術師でなくとも使える魔法は治癒や解毒といった安全なものばかり。『殺す』という壁を越えなければ魔術師など名乗れないということか。

 まあ、得意不得意は別にして攻撃魔法の使用を拒否してたら居る意味ないよな。護り専門ならそちらを特化させなきゃならないだろう。

 と、いきなり馬車が止まる。思わず防音結界を解除し外に出て行こうとした私達にシェラさんの怒鳴り声が響く。

 ……? 魔物が出たわけじゃないっぽい?


「危ないじゃないか! 一体何やってるんだい!」


 顔を見合わせて出て行くべきか迷う私達を他所にシェラさんと誰かの会話が聞こえてくる。

 どうしよう。できるだけ出て行かない方がシェラさんも安全なんだよな〜、私達の立場的に。


「すまない。だがこちらも急を要するんだ。もし複数の護衛を雇っているなら貸してもらえないだろうか」

「はぁ? こんな村の近くで? 人手が必要なら村の連中に頼めばいいじゃないのさ」

「村人では戦力的に劣る。戦闘を生業にしている者が好ましい」


 ……何かがあって戦力になりそうな人材を欲しているのか。話し方からすると盗賊か魔物か。声の主は若い男性のようだが随分と焦っているようだ。

 護衛と言っても表向きの理由なので実質戦力なのは私しか居ないのだがね。


「ちょっとお待ち。こっちだってね、そこまで危険な旅じゃないことを前提に雇ってるんだ。それをいきなり『貸せ』? 物じゃないんだよ、護衛は!」

「勿論理解している。だが、このままでは囮となって引き付けた仲間が死ぬ上に村も危うい」

「どういうことだい?」

「……『森護り』が出た」

「それくらいで騒ぐんじゃないよ。あんた、貴族なのかい?」


 『森護り』……こんな名前をしているのだが巨大蜘蛛である。大きいもので全長二メートルほどにもなる黒い蜘蛛で名前のとおり森の奥に住む。普通の蜘蛛と違うのは暗い穴に住み糸は吐かないということ。

 名前の由来は森に住む魔物が主食だから。これが森の奥で魔物を狩ってくれるので魔物の異常な繁殖が防がれている。

 獲物認定されない限りは人と共存できる奴なのですよ、住み分けができているし。

 何でこんな事を知っているかと言えば狩りの実習中に殺しかけた事があるから。ビビるよね、普通。ゲームでも定番のモンスターだしさ。

 条件反射で吹っ飛ばした所に狩りの先生こと小母さんからストップが入り解説となったのだ。『それは倒しちゃ駄目!』と。

 後にも先にも蜘蛛に治癒魔法かける機会なんてあれだけだろう……足とか取れなかったのが幸い。すまない、蜘蛛。悪気は無かった。


 で。


 このように共存できる蜘蛛が出た所で何故こんなに慌てているのだろう。その名前が出た途端、セシルとエマも微妙な顔をしている。『放って置けよ』というのが全員一致の思いだろう。

 だが事態はそう楽観視していられるものではないらしい。


「普通の奴じゃない、倍以上ある」


 ……マジで? リアル森の主にまで成長なさった蜘蛛さん居るの!?


「それだけじゃない、村には討伐の為に騎士の一団が来ているんだ。……到着したばかりで村の守りを優先するらしい」

「そいつは……被害が出たってことなのかい?」

「まだ村人には出ていないらしい。……死体が見付かってないだけだが」


 それは旅人には被害者いたかもねってことでしょうねー、絶対。食われて残骸が見付かったとか。騎士まで派遣されるってことは自警団如きじゃ対処できないと確信したのか。

 ああ、うん。これ私が行った方がいいかもしれない。村の近くで出ている以上は馬車を襲う可能性もある。その場合、一番危険なのはシェラさんだ。


「セシル、エマ。私が行くからシェラさんを村まで御願い」

「いいのか?」

「あの声の様子から嘘とは思えないし、馬車を襲われる方が厄介だよ。それに私なら対処できるから」

「確かに、そうなんだが……」

「護衛を名乗っている以上は仕事をしない方が不審がられる。だから村までは御願いね」


 無詠唱に至近距離だが転移を使える私なら大丈夫だろう。結界も張れるし治癒も可能。総合的に言って最適だ。

 寧ろ二人の本来の身分を考えると無事でいてもらわなければ困る。今出て来ないなら村までは大丈夫そうだ。村に着けば騎士団も居るみたいだし。

 それにあの人、妙に詳しいから村の騎士に頼まれて行動してる可能性がある。村に滞在するなら恩を売っておくのも悪くは無いだろう。


「判りましたわ。村で合流いたしましょう」

「そうだね、この道をそのまま辿れば村に着くみたいだし。宿の手配をしておいて」

「判った。他には可能な限り情報収集しておこう」


 優先順位のはっきりしているエマが私の考えを支持し、セシルもとりあえずは納得したようだ。二人が頷いたのを確認してから馬車を降り、話している二人の下へ向かう。


「シェラさん、私が行くよ。村が襲われても困るよね」

「ミヅキ、いいのかい?」

「警戒態勢が解かれないと足止めの可能性もあるんじゃない? 囮の人も気になる」


 シェラさんも心配しているのだろう。私の言葉に強く反対はできないようだ。

 ところが男の人は目を丸くして私を見ている。


「えーと……御嬢ちゃんが護衛?」

「成人してますよ。ついでに言うならイルフェナ産の魔術師です」


 ほらほら、とイルフェナで貰ったブレスレットを目の前にちらつかせる。

 イルフェナの魔術師と聞いた途端に男性は安堵の表情を浮かべた。実力者の国所属という事に加え、大物相手ならば武器を振り回すより戦力になるのでそこを評価したのだろう。


「いや、済まない。頼みたいのはこの周辺の捜索だ」

「蜘蛛の討伐ではなくて?」

「一人じゃ厳しいだろう?」


 あ、そっか。一人で倒せるとは思ってないんだ。仲間がどうなったか不明だし、蜘蛛も気になるから状況を知る意味も兼ねての捜索なのか。戦闘になるかもしれないから戦える奴が必要だったのね。


「あまり奥には行きませんよ? 迷っても困るし」

「ああ、この道に戻れる程度でいい。さすがに奴もそう遠くまでは行かないだろう」

「ちなみに蜘蛛に遭遇したのって何処?」

「……此処だ」


 その言葉にシェラさんと揃って固まる。

 おい。もしや木が妙に倒れてるのは脇道じゃなくてそれが原因かい。しかも村への一本道に出現ですか。

 ああ、これはこの人達が正しい。こんな村の近くにそんな奴が出るなら引き離そうとするもの。村に到着した騎士達だって守りを固める方向に行くわな、そりゃ。


「理想はそいつと合流して倒す事なんだがな」

「強いんですか、その人。どんな外見なんです?」

「物凄く強くて美形だ! ただし……脳筋だが」


 ……。

 何その残念設定。もしや守護役連中と同類か。


「それ戦闘狂とか強い奴が大好きってことじゃ」

「そうとも言う。だが強い。この場合は物凄く頼もしい、うっかり戦闘に熱中して他の事を忘れてそうな気もするが」


 言い切ったお兄さんは深々と溜息を吐いた。なにやら脳筋美形のお陰で苦労しているらしい。

 ま……まあ、生存率は高そうですね。シェラさんが微妙な顔で黙り込んでるけど気にしない!


「じゃ、シェラさんは先に村に行ってください。私一人なら何とかなりますから」

「気をつけるんだよ? 危なかったらすぐに逃げておいで」


 そう言うと不安を若干残したまま馬車を走らせる。村はすぐ近くだと聞いているから距離的に徒歩でも問題ないだろう。最悪、セシル達の所に転移すればよし。


「悪いな。あ、俺はキースって言うんだ。宜しくな」

「ミヅキです。とりあえず御仲間さんを見つける方向にしますね」

「頼む」


 茶色に近い金髪に青い目のキースさんはすまなそうに、それでも嬉しそうに笑った。何だかんだ言っても御仲間さんが大事らしい。


「とりあえずこれ持っていてください。万能結界ですけど吹っ飛ばされた時は保証できません」

「了解。へぇ……さすがイルフェナ。御嬢ちゃんみたいな子がねぇ」


 予備のペンダントを渡すと感心したような表情になる。生存率を上げる為だ、この場合は仕方ないだろう。

 治癒魔法込みの奴は持ってないからなー、怪我するなよ兄ちゃん。


「じゃあ、手っ取り早くあの木が倒れた道を辿りますか!」

「へ?」


 にこぉっ……と笑いキースさんの腕を取り。そのままキースさん共々浮かび上がらせる。

 人を連れて飛ぶのは初めてなんだよね、実は。折角だから実験台になっておくれ。

 大丈夫、基本的に私と同じ状態で飛べるから! 落ちても低空だし万能結界があるから死なないさ!


「ちょ!?」

「暴れないでくださいねー」

 

 そのまま森の中を飛行で辿りだしたのだった。いいじゃん、獣道紛いを歩くより早いしさ。 

 さて。迷子の脳筋美形さん、何処にいらっしゃいますかー?

※大まかな設定しかないので魔法に関しての突っ込みは無しで御願いします。

キヴェラでは『城内部に入り込んだこと』が重要でした。居館でなくともできる事はありますよね。

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