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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
キヴェラ編
101/696

一方、その頃イルフェナでは

今回、主人公は出てきません。

騒動が起これば当然それを利用しようとする人も居ますよね。

別名『まともな国と色々ぶっ飛んだ国』。

 ――イルフェナ・騎士寮にて――(エルシュオン視点)


「……」

「……」


 騎士寮の食堂にてライナス殿下からの書状を読んでいたレックバリ侯爵は暫し無言だった。

 ああ、その気持ちも判るよ。私も同じだったからね。

 グレンを擁するアルベルダが今回の件にミヅキの存在を疑うのは予想通り。それ以外にも魔導師の脅威を知る国がミヅキを警戒対象にするのも仕方ないといえるだろう。

 情報規制により大した情報は得られていない筈だが、それでも魔導師ということは知られている。異世界人という事も大きい。コルベラとの接点が有ったなら協力者ではないかと疑われていただろう。

 と、言うか状況の奇妙さからミヅキ以外に該当者が居ないというのが本音だ。ミヅキを知る人物なら無条件で疑いを持つと断言できる。

 逆に知らなければ『誰かは知らないがよくやった』程度で済むだろう。そもそもキヴェラに対し不満を持つ国は多いのだから。

 それこそ天災紛いの魔導師に喧嘩でも売ってくれないかとさえ思っていた。過去を振り返る限り魔導師と呼ばれた存在に喧嘩を売って只で済んだ事などない。

 そういった意味ではミヅキは非常に安全な魔導師と言える。何せ保護者の言う事は一応ちゃんと聞くし、理由無く自分から喧嘩を吹っかけるような真似もしない。

 使う魔術は日常生活を快適にしようとした故のものなので、人体実験や威力確認の破壊活動をすることもないのだ。

 だが。 


 ミヅキ、君が教育を無駄にしない努力型の実力者という事も理解している。


 身内には可能な限り優しいということも知っているよ。


 でもね?


 個人、それも言葉で王族を怯えさせるなんて想像してないよ!?


 あの娘は一体どういった方向に行くのだろうか。

 どうも教育方針を間違えたような気がしてならないのだが。

 そう、しいて言うなら……凶暴な奴に武器の扱いを教えた、みたいな? 

 上流階級にある者達の認識・在り方、交渉の仕方……それらは彼女自身の身を守る為に必要だったからこそ学ばせたのだ。勿論、見るだけではなく本人が自力で習得するような体験学習で。

 結果、彼女は見事に習得し現在では翼の名を持つ騎士達にとっても頼れる仲間と化している。


 そこまではいい、そこまでは。


 問題は何故、バラクシンのライナス殿下が個人的に訪ねて来るかということだ!


「……私の意向を確認していただけただろうか」


 護衛の騎士を一人しか連れず『個人的な御忍び』としてイルフェナを訪れたライナス殿下はやや緊張しているようだ。

 本来ならばこのような場所に招くのは適切ではない。だが『あくまで個人的な御忍び』だと言い張る――この時点で絶対におかしい。他国まで足を伸ばす御忍びってどんなだ、しかも転移法陣の使用許可が出ている――ライナス殿下の意向に沿ってこの場所となった。

 ミヅキがアリサの所を訪ねた直後である。どうせ原因はミヅキだろうとレックバリ侯爵も巻き添え兼助言役に呼んでおいたが。


「一ついいですかな?」

「ふむ、何でしょう」

「これを読む限り貴方個人がミヅキの味方をするという事なのじゃが、国は何と言っておりますかな?」


 ライナス殿下の訪問目的。それは『国が関わらぬ限り王弟ライナスはミヅキの味方になる』と保護者である私に明言すること。

 確かに異世界人は価値があると認識されがちではある。実際ミヅキは価値があるだろう。

 だが、それならば守護役を推せばいいだけだ。

 それをせずに『個人的に味方する』などと言い出す理由。


 つまりバラクシンはミヅキの信頼を得ていない。

 守護役を推しても却下される、ということだ。


「兄上は……王は承知しておりますよ。キヴェラの事もありますし」

「ほう?」


 レックバリ侯爵の片眉が上がる。


「貴方は非常に微妙な御立場でいらした筈。王太子が立ち貴方自身も継承権を破棄したとはいえ、王弟であり少なくない影響力を持っていらっしゃると思うのですがな」


 レックバリ侯爵の言い分は正しい。一度王族として生まれた以上は生涯王族なのだ。国が滅ばぬ限り何の影響も無いなどとは言えないだろう。

 言い方は悪いが継承権が有ろうが無かろうが王の駒として政略結婚という可能性もあるのだ。

 加えて彼自身が国に仇成す事を防ぐ為、権力を持つ者達との繋がりを極力避けるようにしていた筈。これを進言したのはライナス本人だと聞いている。

 王である兄の忠臣という立場を取っていた人物が『個人的に』などと言い出したところで信じろという方が無理である。

 主の思惑の下に動いているのではないか、と。

 遠回しに疑いを向けるレックバリ侯爵の言葉にライナス殿下は深い溜息を吐いた。

 ……何故か妙に疲れた顔をしているような?


「先日アリサの所で鉢合わせましてね、彼女と。勿論、身分は隠しておりましたが……その時にアリサの扱いについてそれはもう、容赦無く言われたのですよ。ええ、こちらが悪いのですよ。不敬にはなりません」

「「……」」


 何を言いやがった、あの娘は。


「具体的な内容は少々立ち直れなくなりそうなので省きますが、一言で言うならこうでしょうね。『この無能!』と」

「それは……何とも」

「おや、ミヅキがそう言ったのかな?」

「言われた方がマシでした。我々にも理解できるよう実に細かく異世界人として意見を述べてくれましたから」


 反論しようがありませんでしたよ、正論過ぎて。そう言ったライナス殿下は思い出したのか少し顔色が悪いようだ。

 護衛の騎士もやや俯きがちなので何かしら言われたのだろう。



 つまりアリサの扱いについてミヅキはじっくり詳しく意見を述べたと。


 感情論ではなく、相手が反論できないような言い方をして追い詰めたと。


 じりじりと追い詰めばっきり心を折った、というわけだよね?



 ……。

 ……。

 ……他所の国で何をしているのかな、あの馬鹿猫。

 君は今現在、とっても重要な『御使い』の最中じゃないのかい?

 内心顔を引き攣らせた私とは逆に、レックバリ侯爵は納得したと言わんばかりに頷いている。


「ほほう! やられましたか、あの娘に。あれは本当に手加減というか容赦を知りませんからなぁ」

「……レックバリ侯爵も経験がおありで?」

「ええ。あの娘の恐ろしいところは最終的に望んだ結果を出すということでしょう。その為にはありとあらゆる人脈・物・噂に常識を使いますから」


 敵になって初めて知るのですよ、『自分はまだ甘かった』と――そう言い切ったレックバリ侯爵にライナス殿下は更に顔を青褪めさせた。

 ミヅキを認めているのか、それとも自分以上の外道だと言い切っているのか判断しかねる微妙な言い方だ。

 しかもそう断言しているのが外交上手のレックバリ侯爵。恐怖は増したんじゃないのか、更に。


「手加減、されていたのでしょうか」

「いやいや、警告だったと思うべきではないですかな?」

「警告、ですか?」

「うむ、『次は無い』という意思表示とも言いますな」


 しれっと笑顔で言い切る外道狸。

 レックバリ侯爵、怯えてる人を更に追い込む貴方も立派にミヅキの同類だと思うのだが。

 呆れた視線を向けるも何のその。嬉々として殿下を追い詰めているようにしか見えないその姿に周囲の騎士達は揃って視線を逸らした。

 ……ああ、『見なければ良い』ってことだね。君達もミヅキの味方か。


 どうもレックバリ侯爵は引退前提で動いてから『後の事なんて知らない』とばかりに自由思考になった気がする。

 もっと言うなら『ミヅキの味方をしていた方が面白い』とも思っている節がある。

 年寄りの娯楽に付き合わされるライナス殿下にレックバリ侯爵を呼んだことを心の中で詫びた。

 さすがに遊び過ぎではなかろうかと本題を切り出す。


「侯爵、遊び過ぎだよ。幾ら本音を語らぬからといって相手は王族だ」

「おや、はしゃぎ過ぎましたかな」

「……どういうことです?」


 訝しげに尋ねてくるライナス殿下に表面的には穏やかな笑みを向ける。


「貴方がはっきり仰らないからですよ。要はこういう事でしょう? 『キヴェラの件を受け国は中立、貴方個人はミヅキの味方になる。場合によっては貴方個人がコルベラに友好的な対応をし、他国との関係を調整する』。キヴェラに追及されてもあくまで貴方個人の判断、煩いようなら貴方を処罰し国に迷惑が掛からぬようにすれば体裁は繕える。……自ら捨て駒となられましたか」

「ミヅキの味方となる為に理由が必要だったのではないですかな? アリサという異世界人への対応を恥じ、ミヅキの苦言という脅迫に味方となる事を決めた。……表向きはこのような感じでしょうなぁ、『貴方個人』ならば国が異世界人に屈した事にはなりますまい」


 私達の言葉にライナス殿下は瞳を眇め沈黙する。『キヴェラの事もあって王は承知している』と言ったのだ、ならばミヅキとの関連性も当然考慮されていると言う事。

 それを踏まえて今回の申し出をしたのならば、別の使い方も考えたと思うのは当然だ。

 僅かな動揺を見せるライナス殿下にその予想は正しかったのだと実感する。

 勿論、これで許すつもりなどない。我々さえ欺こうとしたのだから覚悟はできているだろう?


「今の所確実な情報は『キヴェラの王太子妃が冷遇に耐えかね逃亡』という一点だ。協力者も逃亡した状況も逃走経路も不明、実に奇妙だろうね」

「王太子妃様が姿を消された時はゼブレストに滞在していたそうですからな、あの娘。にも関わらず事実だと踏まえての対応なのですから余程確実な証拠でもありましたかな」

「……魔導師を警戒するのは当然では?」

「確かに。だが、それは実害あってこそのものだよ。ミヅキはこれまで存在した魔導師達のような事はしていない筈だ」

「そのような事を仕出かしたのならば国が責任を取らねばならないでしょうな。……仕出かしたのならば」


 続け様に言葉を紡ぐ私達にライナス殿下は軽く唇を噛み黙ったままだ。彼はミヅキの味方をすると言えば容易く受け入れられると思っていた節がある、だがそれが間違いだったと気付いたのだろう。


 ここで簡単にライナス殿下の提案を受け入れるならば『今回の原因はミヅキだ』と言っているようなものだ。

 『国が関わらぬならば』という前提での提案に頷けば『国の為にミヅキをキヴェラに売り渡す』という可能性も出て来る。

 

 一見、ミヅキを恐れて味方になりに来たように見えるが実際は探りを入れに来たのだろう。

 ミヅキがどういった決着をするのかは知らないが、バラクシンはミヅキがキヴェラと争っていると仮定してイルフェナやゼブレストに何らかの圧力を掛ける気かもしれない。

 彼は王族であり王の忠実な駒――キヴェラの味方でなくとも、優位に立てる状況を逃すとは考え難い。


「貴方達は我々を随分と侮っているのだね。忘れているようだけどミヅキに教育を施したのは私だよ? 我が国が不利になるような展開を許すと思うかい?」


 必要ならば我々はミヅキを切り捨てるよ、あの娘ならばそれを望むだろうしね――そう最後に付け加えるとライナス殿下は僅かに驚愕を表し、そして諦めたように溜息を吐いた。


「まったく……よく躾けられていますな。あの娘も貴方達の対応を予想していましたよ、それが当然だと」

「当然だね。自分の事に対し責任を持つ、最優先は国だとしっかり言い聞かせたから」


 実際はそこまで言っていない。だが、ミヅキはある意味権力者よりも割り切った考え方をする。

 これはもう本人の性格だとしか言いようが無いのだ。グレンからもそう聞いている。


「お帰りなされ、ライナス殿下。これは貴方個人の訪問ゆえ見逃しましょう」


 穏やかに笑いながら促すレックバリ侯爵だがその言葉は非常に厳しい。

 『容易くあの娘を利用できると思うな』という警告を込めた言葉にライナス殿下は目を伏せる。非はそちらにあるのだ、優しい言い方をしてやる義理はない。


「今回の事をミヅキに話したら激怒すると思うよ? あれは賢い。貴方の……いや、バラクシンの思惑など容易く見抜く。そして報復するだろう」

「国は関係ないと……っ」

「ミヅキにそんな言い訳は通用しない。貴方の行動はミヅキを王太子妃の協力者だということを前提にしている。少しでも私達が認めるような発言をすればイルフェナに圧力を掛ける気なのだろう? 義理堅いあの子が許すとは思えないね」

「あの娘は正義などどうでもいいのですよ。貴方が国の為にしたと言うならその元凶である国をどうにかするのが最も効果的だと思うでしょうな」


 これにはライナスの護衛を務める騎士も絶句する。そうだろうね、普通はそこまで極端な発想はしない。

 だが、ミヅキは異世界人なのだ。外交をする立場どころか貴族ですらないのだから自分が関わらぬ国など無関心もいいところだ。

 そんな『個人』ができることなど『自分の能力による敵の撃破』一択。単に選択肢が無いだけである。

 ……自己保身を考えないミヅキならではとも言うかもしれないが。


「今回の事は貴方達が調べた情報を信じるべきだろう。我々も独自に動いている。国が大事ならば他の事に気を取られている場合じゃないだろう? ……下らない事などするものではないよ」


 暗に帰れと促すとそれ以上の言葉を紡ぐ事無く立ち上がった。これ以上食い下がればこちらを不快にさせると判っているのだろう。

 御忍びなのだから王族が見送る必要は無い。レックバリ侯爵共々冷めた目で見送った。




 そして。



 二人を送る為に此処から出て行く騎士達の姿を視界の端に収めながら傍に控えていた守護役に意識を向ける。

 

「……で。どう思うかい?」

「キヴェラの件を利用して動く国があることは予想済みでしたが……随分と露骨な探り方でしたね」

「愚かだな。ミヅキにある程度接していれば最も怒らせる事が何か判るだろうに」

「情報収集を兼ねて探りに来たと見るべきではないかね? 今は少しでも情報が欲しいところじゃろ」


 白と黒の守護役――アルとクラウスはライナスの行動に随分と辛辣だ。

 まあ、方向性は間違ってはいない。国を守りたいと思うならばミヅキとキヴェラのどちらにも傾ける状態にしておく事も仕方あるまい。

 レックバリ侯爵の言い分も一理あるし、他国がこの程度の行動をすることは予測済みである。

 ライナスの失敗はそれを利用してイルフェナとの外交を優位に進めようとした事だ。ミヅキが今回の件に関わっていると確証が得られ次第、何らかの脅しを掛けるつもりだったと思う。

 ……こちらを煽る為にわざとそう見せたのかもしれないが。


 個人として『善人』であろうとも優先すべきは国なのだ。他国とてそれは同じなのである。

 それに対し批難するつもりなどない。気付き退ければよいだけなのだから。


「ミヅキが怖いというのも本当だと思うよ。あれは相当言われただろうね」

「ふむ、それは仕方ないのではないですかな? 恐らくは興味を抱いて接触し、身分を見破られ徹底的に言われたのじゃろう。ライナス殿下はアリサ嬢の後見人を務めていると聞いておる」

「ミヅキは我々と生活していますからね、護衛の状況から本来の身分を推測するなど容易いかと」


 少なくともあの護衛に柔軟性というか誤魔化す気があるようには見えなかった。

 あのまま張り付いていたのならばミヅキはその主であるライナスを警戒しただろう。只の貴族ではない、と。


「しかし随分と嘗められたものですね。確かに異世界人の保護は国単位ですからミヅキが関われば責任を負うのは国ですけれど」

「外交に関わる一部だけが怖がられていたんじゃないか? 確かにイルフェナは戦を好まず退けるだけだしな」

「ですが、それだけで守れる筈はありません。『表立って行動していないだけ』だと予想がつくのでは」

「『強さ』を単純に武力と捉えてるんじゃないか?」


 幼馴染達の発言にその可能性が高いかもしれないと頷く。特にバラクシンはイルフェナと争った事は無いから知らないのかもしれない。

 だが、戦を好まない=大人しいではないのだ。基本的に興味が無いだけで。

 しかもそういった連中ほど国の危機には脅威と化すのが我が国の特徴だったりする。


 今回の訪問はキヴェラの件に便乗したものであり、イルフェナに直接敵意を向けられたわけではない。『運良く外交において有効なカードを得られれば』程度のものだったろう。

 それ故の個人的な御忍びなのだ、公の場であったのならば国として抗議する。……ミヅキが王太子妃の逃亡に関わっているという証拠は何も無いのだから。

 証拠があり、それが事実と証明されるならば保護している国として何らかの折り合いをつけねばならなかったろう。

 尤もそれは今後もキヴェラが強国であることが前提であり、我が国が大人しくしていた場合に限るのだが。


 ミヅキがバラクシンでアリサの対応について発言、この時ライナス殿下と知り合う。

             ↓

 ライナス殿下はミヅキの賢さに対し脅威を抱く。同時にキヴェラの件においてバラクシンがどちらの味方も出来るよう利用する事を思いつく。

             ↓

 バラクシン王に提案。集めた情報からキヴェラの王太子妃逃亡にミヅキが関わっている可能性に辿り着く。

             ↓

 この事を踏まえてイルフェナへ。イルフェナの保護者がこの事を事実と認めれば外交において有効なカードとなる。

 バラクシンは国の安全とイルフェナに対し優位な立場を手に入れる。


 予想だがこんな感じだったのではなかろうか。相手がイルフェナでさえなければ、この通りになったかもしれないが。

 いや、イルフェナがミヅキの関与を認める事が前提なのだから嘗められていたと見るべきだろうか?

 ……。

 この策、ミヅキの性格が大問題だと思うのは気の所為か。ミヅキが大人しくしている筈が無いじゃないか。

 そもそもキヴェラという国を獲物扱いしているのだからセレスティナ姫の事が片付いた後が本領発揮だろう。何せ逃亡をし易くする為に砦を落とす魔導師だ、しかもその計画は出発前から練られていた。


 絶対に何かやる気だ、キヴェラが無事である筈は無い。


 バラクシンではどれだけ猫を被っていたというのだろうね、あの子は。

 ライナスももう少し別の話題を振ってみればミヅキの性格を理解しただろうに。


「まあ、仕方なかろう。この策自体、姫が逃亡中であることが前提じゃからの。何らかの形で決着がつけば口を挟めぬのは他国も同じ。時間が無いあまりに焦ったということではないかね」

「キヴェラがイルフェナを狙うのは今更ですからね。今回の計画がキヴェラに知られればイルフェナが一方的に責められる事になりますから脅迫材料にはなるのでしょうが……まあ、エルや貴方が引っ掛かるとは思えませんけど」


 レックバリ侯爵の推測も正しいだろうが続くアルの言葉に皆が頷く。

 バラクシンは教会派と王家に割れているから、兄の力になりたいライナスの行動もある意味納得できる。自分が犠牲になる事前提なところも好意的に捉える要因だ。


「殿下……そもそもミヅキの情報規制をしてる事が原因ではないですか? あいつの性格知ってたら絶対にこんな事を言い出さない気がします」

「どう考えてもミヅキが黙っているとは思えませんよ、それ」


 これまでの見解を聞いていた双子の騎士達が口々に言うのも当然か。

 それは私も考えていた事だよ、双子。


「どうせセレスティナ姫の件でミヅキの事はバレるから丁度いいんじゃないかな。上層部には事実が伝わるだろうし」

「それ以前に利用しようとする自国の馬鹿どもはお前さん達が押さえとるんじゃないかね?」

「おや、我々だけではありませんよ? ……違うかい、セイルリート将軍」


 背後を振り返ると部屋の隅に深紅の髪と瞳をした一人の騎士が佇んでいる。その身に纏うのはイルフェナの一般騎士のもの。


「当然です。ゼブレストでも動いておりますよ。あまり数は多くありませんが、直接関わっていなければ恐怖も遠いのでしょう」


 穏やかに微笑んではいるが言った事は随分と物騒だ。ミヅキはゼブレストで危険人物認定でもされているのだろうか。

 それ以前に『国が動いている』と明言した事からそういった連中の排除を命じたのは王だろう。どうりでミヅキが気楽に遊びに行けるはずだ。


「バラクシンは今日の事で沈黙し中立の姿勢をとるでしょう。ミヅキの味方をするには情報が圧倒的に足りませんし」

「そうだね、ミヅキも敢えて味方にしようとはしなかった……と言うか期待しなかったんじゃないかな」

「ライナス殿下は気付いていなかったようですが、ミヅキは警戒心が強いですからね。アリサ殿の事さえ満足に対応できない国に期待するだけ無駄と思ってそうです」


 セイルリート将軍の言葉に全員が頷いた。此処にいる者達は皆、一度はミヅキに警戒されている。何らかの切っ掛けがない限り信頼を寄せるということはしないのだ。

 その判断基準も『実力』『方向性』といったものなのでミヅキ個人の機嫌をとったところで好意に繋がる事は無い。

 バラクシンはミヅキを未だ過小評価しているらしい。背後に居る私が指示を出しているとでも思っているのだろう。


「アルベルダがコルベラの味方になるみたいだし、バラクシンは放っておこう。カルロッサがまだ判らないが万一の時は何か弱みを握ればいいよ」


 双子が「殿下、それ非道ですっ!」と喚いてはいるけれど。

 いいんじゃないかな、他には誰も気にしていないのだから。

 そうして午後の一時は和やかに過ぎていった。……盛り上がった会話の内容はともかくとして。



 さて、ミヅキ。

 直接手助けできないけれど、煩い外野は押さえ込んであげるよ。

 君はどんな決着を見せてくれるのかな?

 だけど……少しは自分を大事にしなさい。

 私を含め君を案じている者も多いのだから。


※※※※※※※※※


――翌日、バラクシンにて―― (ライナス視点)


「申し訳ありません。やはり見破られてしまいました」


 深々と頭を垂れる自分に王は「やはりな」と溜息を吐きつつも仕方ないとばかりに首を振る。


「気にするな、ライナス。元より乗り気ではないお前に命じた俺が浅はかだっただけだ」

「そのような事はありません!」

「事実なのだよ。あの魔王がそう簡単に入り込む余地など与えてくれる筈は無い」


 その言葉にエルシュオンの姿を思い出す。穏やかな笑みを浮かべてはいたが表面的なものだ、あの綺麗な笑みの裏で一体どんな事を考えていたのやら。


「随分と可愛がっているという話だったが、やはり国とは比ぶべくもないか」


 兄の言葉に首を傾げる。

 そうだろうか? あれは信頼していると言う方が正しくはないか?


「おや、違うのか?」

「はい……私には信頼しているからこその態度に見えたのです」

「信頼? だが、異世界人の魔導師がキヴェラの一件に関わっているならば何らかの形で動こうとするものではないか? 見捨てているようにしか見えないが」


 ミヅキが本当に王太子妃の逃亡に手を貸しているというならば兄の言葉は正しいのだろう。

 『国を選ぶ』と言い切った魔王は可愛がっていようとも容易く切り捨て国を守る。

 だが。

 我々はミヅキが魔導師だという情報は得ていても『どのような術を使うか』は知らないのだ。

 もしも……もしも、ミヅキがキヴェラに勝利できるような実力を持つのならば。

 イルフェナの保護者達から認められているのならば。


 私を退けたのは『目的に専念できるよう余計な火の粉を払った』という事ではないのか?


 無論、これはあくまでも憶測に過ぎない。口にしたところで誰も信じまい。

 それほど簡単ならばこれまでに誰かがキヴェラの勢いを止めているだろう。いくら賢くとも所詮は個人、権力もなく国の助力も期待できないならば大国の前に潰される。

 キヴェラだけではなくキヴェラを恐れる国からも敵と認定されるのだ、それが判らぬほどミヅキは愚かではないだろう。


「まあ、そのうち判るだろう。どんな形にせよコルベラとキヴェラは決着を着けるだろうからな。それにしても……」


 王は私を見て苦笑する。


「やはり、お前に謀は向かんな。素直過ぎる」

「は!?」

「敵意を向けてきた相手や利用しようとする者を受け流す術は培われたというのに、その反動か自分が騙す事には向かなくなったな」

「……陛下」

「……」

「……。兄上」

「うん、何かな? ……たまには兄と呼んで欲しいものなのだがなぁ」


 可愛い弟だというのに、と残念そうに続ける王に控えていた側近の一人がひっそりと笑う。兄の親友であるあの男も自分にとっては兄のような存在なのだ、未だに頭が上がらない。

 己が不甲斐無さを恥じる自分を慰めてくれているのだろうが……からかいを多分に含む様にどうも素直になれなかった。


 少々意地の悪い兄の言葉に溜息を吐き、同時にその言葉を理解して情けない気持ちになる。

 ああ、そうだ。自分に謀など向かない。ましてアリサの事で世話になった相手だ、どうしても罪悪感が邪魔をする。

 それに……アリサの為にミヅキと国の関係を拗らせたくはないと思うのも事実だった。


「此度の件、我が国は中立の立場をとろう。だが、コルベラに書は送れ。動きがあり次第こちらも動く事になろう」

 

 王の言葉によって静観という決定が下される。

 それが正しい事なのか否かを知るのはまだ少し先になりそうだった。

主人公、お気楽平民ライフの裏側。守られている事は知っていますが、具体的に何をしているかは知りません。

バラクシンの思惑は保護者達の見解がほぼ正解。便乗し自国の利益を求める行動はある意味当たり前。

ただし、主人公の保護者はそれを許すほど甘くはありません。仕掛けられれば返り討ち。

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