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魔導師は平凡を望む  作者: 広瀬煉
キヴェラ編
100/696

其々の後日談

 恐怖の一夜が明けたその翌日――


「お、これが映像で見た仕掛けか」

「事前に判っているからでしょうが、暗くなければそこまで怖くありませんね」

「見せ方が重要ってことか。要は使い方なんだな」


 自称・調査隊の皆様が例の砦を楽しく捜索中。解説書を片手に回っているので驚く事はないみたい。

 ちゃんと調査ですよ、調査。

 だってキヴェラの騎士達を保護した手前、確認しなければなりませんからね。



 ただし調査対象が『不審物・若しくは不審者や魔物』なので私の施した悪戯各種は認識されないけど。



 魔物でも不審者でもありません、どういう物か判っているから不審物でも無い。

 嘘は吐いてませんよ、一個もね!

 報告書にも書かれるので嘘はいけません。あの連中をキヴェラに送り届ける際には事情説明しなきゃならないしね。

 

 なお、保護した直後の彼等は非常に大人しかったらしい。というか大半が気絶してたから全員を収容できる宿へ直行。数日は貸切になっているのでアルベルダの騎士達も事情聴取を兼ねて泊まる事になっている。

 イベント終了後はあの場所から引き離す意味もあって回収を優先したけど正解でした。奴等の為に用意した宿では目を覚ますなり騒いだらしいから。これが外だと無関係な人達が何事かと思うだろう。

 ま、予想通りだ。押さえ込めるアルベルダの騎士達も居るし、他の客への迷惑も考えて貸切にしてあった事は英断ですね。

 更に奴等は自分達が泊まっていた宿の事を聞くも、宿の女将に『そんな宿は聞いたことが無い』と教えられ絶句していたとか。奴等の行動の発端が宿の主人から聞いた話なので当然ですね。


 ここで注目すべきはオカルトに遭遇したという事ではない。自分達以外で唯一の証人が消えたという事なのだ。


 お馬鹿さんだなー、ここで気付けばそのまま口を噤むという選択もあっただろうに。

 ちなみに女将さんは嘘を言っていない。だって宿じゃないもの君達が泊まった場所。

 国が所有する宿泊施設の一個なんだってさ。もっと言うならそこに集うのは諜報員達のみ。宿に見せかけた場所で旅人や商人の振りをしつつ集うわけですね。

 『宿』って言うから知らないと言われちゃうのだ、正しくは違うもの。言葉は重要ですね、王に証言を求められても虚偽報告にはならんのです。間違って泊まろうとする人には満室だと答え別の宿を紹介するので、管理人と事情を知る宿の経営者達との関係は良好だとか。今回も面倒な騎士連中を快く引き受けてくれましたよ、あの女将さん。

 まあ、私がそんな事を知って良いのかと思ったけれど


「何かの時に利用するかもしれないだろう」


 という王の大変意味深な御言葉に側近の皆さんが頷き問題無し。

 ……確かに身分的に一般人の私が城や側近の館に気楽に行ける筈はないですね。そういった繋がりを作ってくれたと言う事は信頼できると認めてくれましたか。


 そんな事もあり奴等が事情聴取されている間、私達は廃墟に来ています。回収と見学、もとい調査に。

 私は事情聴取を盗聴しつつ皆さんの御供ですよ。怪我をするかもしれないから引率は必要です。


 で。


 以下、現在絶賛盗聴中の彼等の会話。事情説明の所はかなりの興奮状態だったので碌に聞いていない。煩いだけだし見てた方が詳しく知ってますからね。

 ちなみに落ち着いてるのは通報を受けて駆けつけた騎士達の一人です。



『……我々は奇妙な声が聞こえるという通報を受けてあの廃墟へと赴いた。現在、他の者が調査中だが君達の言うような現象と言うか……魔物か? とにかく魔法の痕跡すら見当たらないと言っている』

『嘘だ! あれほどに強力な魔物だぞ!?』

『それ以前に君達の言っている事が正しいと証明することさえできていない。何なら一度現場に立ち会ってもらえるとありがたいのだが』

『ふざけるな! あんな場所にもう一度行くわけないだろっ!』

『ならば我々の報告を信じてもらうしかないのだが?』



 呆れ一杯に相手をしている騎士さん、御苦労様です。奴等が『もう一度行く』と言い出した時の為に私が砦に来てはいるけど、その状態じゃ待機する必要なかったっぽいですね。

 大鎌が刺さったように見えた壁の傷も直したのになぁ、恐怖演出の為に。『馬鹿な!』とか言って混乱して欲しかったのだが。

 現在、砦は簡易アトラクションと化しておりますよ。今日中には全部撤去される予定なので楽しめるのは今だけです。 期間限定という要素も加わって参加者達はとても楽しんでいるようだ。そうだよね、見ているだけってつまらないよね!

 楽しみたければもう一度来てもいいぞー、キヴェラの騎士様?



『ところで何人かの衣服に付いていた足跡だがな、今のところ該当する魔物がいない』

『アンデッドだと言っているだろう!』

『……。そうだな、君達の言い分ではアンデッド、つまり骨だ。大きさの違いはあれど大まかな種族を特定できる重要な証拠となる。だが、該当する種族が居ない。人型をしている新種の魔物でもない限り』



 今回はアンデッド=骨。つまり事実ならば『生きている個体が存在した』ということです。

 奴等の証言を鵜呑みにすると人と別の何かが混じったような種族か個体が存在しなければならない。しかもこの世界のアンデッドは術者の操り人形。

 発見されていない新種の魔物が存在しその骸を操った術者が居たという事になるのだが、肝心の魔物の行動が首を傾げさせる要因となっている。



 『アンデッドって知能あったか? しかもそんなに動けたか?』



 奴等の言い分はか〜な〜り〜無理があるのだよ、この世界の『常識』からすると。加えて言うなら欠片もその証言を裏付ける物が見付かっていないので信じられずとも仕方あるまい。骸を操る魔術師の存在を疑う以前の問題です。

 足型だけあっても精々『何か魔物が出た』程度なのである、『大鎌を持った人型のアンデッド』という決定的な証拠にはならない。

 キヴェラの連中は『自分の証言を全て信用させようとしている』からこそ、部外者には受け入れられないのだ。

 『魔物に襲われ錯乱した果てに幻覚でも見たのだろうか』と思われるだけである。と言うか、そうとしか解釈のしようが無い。

 あの死神の姿は一つで纏めれば異様でも、部分的なパーツの集合体として見れば十分許容範囲という考えもあるのだ。

 『黒いローブ』、『アンデッド』、『素早い動き』、『生きているかのような動作』。騎士と言う立場にあるならば戦った事がある敵にそういった特徴を持った者がいてもおかしくはない。



 『錯乱し様々な記憶が混ざり合った結果に自分が作り出した幻覚ではないのか?』



 保護した直後の奴等の状態といい、その推測を否定できる要素は少ない。

 何せパニックになっていた事も相まって魔道具で見た彼等の記憶が非常に断片的かつ混乱しているのだ。いくら経験していようと『本人がそれを正しく認識できていなければ証拠映像にはなりえない』。

 ちなみに記憶を映像化して見るという手段が確実な証拠とは言い切れない理由がこれだったりする。


 ・記憶を映像化……本人の影響をもろに受ける。本人視点で瞬きあり。平面映像。

 ・撮影された映像……幻覚・錯乱の影響は無いが幻影はそのまま映る。平面映像。

 ・立体映像……私の記憶+職人の技術の成果。ゴースト系悪戯には必須。幻術に近いが透けている。


 こんな感じで欠点があるのだ。魔道具によって微妙に映像が違います。

 記憶を見る場合は本人が錯乱していたり、対象が幻影を纏っていたり、幻覚を見せられていたりするとそのままになるからね。

 だから証拠の一つにはなっても確実とは言い切れない場合があるのだと黒騎士達から教えられた。『他国が批難する切っ掛け程度だ』と。

 私は事前にこれを聞いていたのでキヴェラ後宮の内部や風景などを冷遇映像に組み込んだのだ。冷遇現場だけでは確実な証拠とは言えないから。

 キヴェラは『映像程度なら誤魔化せる』と判断し、姫を連れ戻す事で全て収まると王太子をコルベラに送り込むだろう。いくらアホでも誓約がある以上は絶対に勝てるのだから。


 ……実はあの映像も罠なのだが。注目すべきは冷遇だけでなく『映像が事実』と確信させる周囲の状況。

 幻覚・幻影の映像に後宮内部の詳しい構造なんてものが映ってるわけないだろー?


 魔道具の映像は確実ではないという思い込みが『十分事実だと認識できる物が映っている』という可能性を隠すのだ。

 これを話した時は商人さん達に『なんて性格の悪い……!』と慄かれましたが。

 いや、だって狸様も証拠による姫の解放は難しいって思ってたから逃亡に拘ったわけだし。誓約の事も含めて難易度は激高だったのですよ。

 ちなみに逃げた後は死体を模造して姫の安全を確保するというのが当初の計画だったそうな。他国がキヴェラを批難している隙に姫が責任を感じ自害……ということにしてしまえばキヴェラも沈黙せざるを得ないというシナリオです。

 悲劇の姫を演出して極一部以外を欺くつもりだったんですよ、あの狸。そんな計画なら私に『姫と証拠持ってコルベラまで逃げろ』しか言えんよな、最低限しか計画に関わらせないのは優しさか。

 魔王様達も薄々その計画を察していたけど切っ掛けが無い限り国としては動けなかったのだろう。その切っ掛けに私が選ばれたから反対したわけだ。無関係な素人使うんじゃない、と。

 まあ、それくらいしなければ汚点の証人であるセシルは逃げられないだろうけど。


 現実問題としてキヴェラが恐れているのは王太子妃本人の証言だ。国の恥というより他国に攻撃される要素という意味で。知れ渡れば王太子を問題視する声も上がり内部も荒れるだろう。

 その可能性を潰す為にセシルとコルベラを利用する。公の場で姫本人が許してしまえばそれ以上の追及は誰にもできないのだから。



 が。



 甘いぞ、キヴェラ。そんな事は私も承知しているに決まっているだろう?

 そっちがセシルを利用するつもりなら私は王太子を利用してやらぁっ!



 冷遇映像は事実と確認できる部分があるので証拠になります。加えて私は撮影者。

 私自身が証人ですよ、しょ・う・に・ん! 魔道具の映像じゃねぇぞ、王太子妃を連れ出した張本人は無視できまい。

 侍女として侵入した際の情報と共にコルベラ王の御前で色々と暴露してやろうじゃないか。

 映像の信憑性を盾に『噂になった夢ほど酷い状況ではない云々』と言い訳してくるだろうからな、王太子は!

 賭けてもいいが王太子は絶対に誠実に謝罪などしないだろう。


 だからこそ、この策が活きる。キヴェラの不実さが公の場で証明されるのだ。


 視線の方が確実にいい場面を撮れるから記憶の方から大半の映像を編集しましたが。

 魔道具でも撮影してあるのです、若干位置がずれてたり場所が固定されてるけど確認には十分ですよ?

 キヴェラを油断させる為にその映像を使ってないだけで無いとは言ってませんよ。何の為に模造を疑われる可能性のある個人視点の映像を使ってると思うのさ。

 油断させておいて落とす、これ常識です。誓約の事も含めて絶望するがいい。

 嗚呼、最高の舞台で奴の言い訳を打ち砕く時が待ち遠しくてなりません……!



 ……話を戻して。

 記憶を映像として見せる魔道具は『一般的に目撃証言が事実か否かの判断に使う』って言ってたから虚偽報告を防ぐ程度の使い方なんだろう。後は当事者視点で状況を知る為とか。

 魔法だけに頼るなという教訓ですな、昔の人は偉大なり。

 そして今回はこの欠点が実にお役立ち。黒騎士達から得た魔道具の知識を別方向に活かしますよ!


 私がとことん恐怖に拘った理由でございます。罠は一つに非ず! ですよ。

 恐慌状態にして記憶が証拠になりえない状態にしておけば説明不可能な事態に一直線。

 記憶だろうと証拠隠滅は重要ですしね。まともに見られる状態だったとしても謎の死神の所為になるのでアルベルダは無関係。

 映画ならば登場人物込みで周囲の状況も見えるから状況を理解できるけど、個人の記憶だと本人視点。まともに映像化できたとしてもオカルト慣れしていない無関係の人が状況を理解できるのだろうか?

 そして足跡は当事者達に現実だったと判らせるだけではない。その後周囲を困惑させる要素としても必要だったので付けたのだ。どれほど探してもそんな魔物は見付からないしね、実在しないから。


 獲物もとい追っ手達の今後も悲惨だろうな。

 強制送還される以上は任務失敗、しかも錯乱した挙句に妙な事を口走り、喚き散らして国の恥を晒した彼等の未来が明るいなどとは思えない。

 加えて捨て駒扱いだった場合、今回の事を『精神を病んだ』という事に仕立て上げて一族郎党排除されるだろう。その系統の病人を出した一族は忌避される傾向にあるみたいだし。

 キヴェラ王にとっても有益な事が癪に障るが、逆に言えば向こうにも利があるからこそ突っ込まれないという利点がある。

 一応本人達の記憶と証言も提出されるだろうが理解できる奴は居ないだろう。ならばそれを利用しようと動く筈。

 そんな事を思いつつ盗聴を止める。これ以上は無駄だ、ここに来る意思がないなら聞いている必要は無い。




 ところで。

 私が居るのは廃墟の屋上なのですが。


「……何やってんの」


 視線を向けた先では例の足型にインクが塗られ、紙に足型が押されている。しかも複数。記念の色紙か何かだろうか。


「あ、魔導師様も要ります? 殆ど破棄されるから足型だけでも今回の記念にしようって」

「誰が?」

「陛下です」


 マジか。


「見付かった足型を模造して近いものを作ってみたってことにするから心配無用っすよ」


 『証拠は一切残さず破棄』という私の言葉を覚えていたのか青年が慌てて付け加える。うん、それ重要だからね?

 特にアルベルダがそういった物を所持するというのはマズイだろう。


「まあ……確かに『証言を聞いて残っていた足型と同じ物ができるよう模型を作ってみました』って言い分は通るだろうけど」

「ですよね! あれだけ『絶対に居た!』ってキヴェラの騎士様が喚いているんすから。試しに実在したらどんなものになるか作ってみても不思議はないっす」


 それで更に謎を呼ぶわけですね?

 あれ、実在しないから目撃情報すら出ないもんな。不思議生物に仕立てる為に左右で大きさを変えたりしたから誰が見ても『こんなの居るの?』としか思わないんだよねぇ。

 調査隊に始まり足型の再現、周辺の聞き込みと国としてはできる限りの事をやったとキヴェラに言うつもりなのだろうか。


「難しく考えなくていいっすよ、魔導師様。裏方を知ってる俺達でさえ奴等の言い分は信じられませんから」

「あれを信じろって方が無理だよね」

「無理っすね。それにあんな風に動く映像なんて初めて見たんで感動したっす!」

「立体映像? ……ああ、そういえば普通魔道具の映像は平面なんだっけ。術者が幻術を使わない限りあんな風にはならないんだよね?」

「ええ。イルフェナの技術者さんだからこそ可能だったんじゃないすかね?」


 確かに職人達は凄い。日々改良・開発に勤しんでるし、私が好き勝手に騒動を起こせるのは彼等のサポートがあるからだ。

 『記憶を映像として見せる』と言っても一般的な魔道具では映像が平面だし、ビデオカメラの様に撮影できる物も同様。透けてはいるが見られる映像は二つともテレビみたいなものだと言えばいいだろうか。

 夢として見せる魔道具は人に作用して疑似体験というか記憶の持ち主視点のような感じになるので、キヴェラでは王太子妃に同情する人が多かったと思われる。自分が冷遇されてるみたいだものね。

 これらはこの世界では割と普及している。テレビなどが無い分、魔術や魔道具という形で映像を伝える術が開発されているのだ。多少高価でも手が届かないわけじゃない。

 だからキヴェラで起こした夢騒動も内容が問題であって使われた魔道具は特に珍しいものじゃないのです。魔道具の入手経路から犯人が特定できないわけですね!


 問題は私が良く使う『記憶を立体映像化させる』という物。私専用のゴースト製作アイテムです。

 これは製作可能な技術者が非常に限られる。というか黒騎士限定。そもそも立体映像化させるという発想が無いのだ、使い道が無いから。実体無いし透けてるから映像って判るしね、確認程度なら平面映像で十分です。

 ところが状況と映像化する記憶次第で十分過ぎるほどの脅威になるのである。というか、私がした。

 ゼブレストであれほど騒ぎになったのは『動きの滑らかなアンデッド』と『立体映像』という二つの技術が組み合わさったからだ。でなければ貴族はそこまでビビるまい。英霊なんて信じなかっただろう。

 『異世界の知識』+『職人達の努力と技術』という組合せで多くの悪戯は成り立っているのです。

 英霊騒動の時に使った魔道具はその第一弾。それが後々まで使えるものになるとは魔王様も想像していなかったに違いない。おかげで黒騎士達とも良好な関係を築けていたり。

 そんなわけで今回は全て回収・破棄なのです。残ってたら絶対イルフェナが疑われるから。


「いやもう、胸がすっとしましたよ! あいつらの顔ときたら……っ」


 ……。何かキヴェラに嫌な思いでもさせられた事があるんだろうか。妙に清々しい表情だぞ、青年。

 それじゃ良い事教えてあげようかな。


「ちなみにね、あの連中が一番恥ずかしいのはこれからだ」

「は? まだ何かあるんすか?」

「だって」


 一度言葉を切ってにこり、と笑い。


「いい歳した男、それも騎士が『お化けが怖い』って泣いて国に逃げ帰るのよ? これ以上の恥、もとい笑い者にされる事ってあるかしら?」


 幼児の言い分紛いだが彼等の証言を事実と証明できないというのはそういうことです。アンデッドだって本人達も言ってるので意味的に間違ってはいない。

 何より選民意識に凝り固まった奴等――貴族とかですね――が自分が経験をしていない、常識の範疇外のことなど簡単に認めるだろうか?

 絶対に軽蔑の眼差しで見る奴が出る筈だ。そんな情けない姿を他国に晒したのだから。

 そう教えると青年は尊敬の眼差しで私を見た。


「凄いっす、魔導師様! 実在しない宿や足型、加えて悪夢! 最後の最後まで容赦無さ過ぎっすよ! 鬼畜とは魔導師様の為にあるような言葉なんすね!」


 ……それは褒め言葉なのだろうか、青年よ。








 そうして数日が過ぎ。

 保護された後も盛大に魘されまくった彼等はアルベルダの兵士達に連れられてキヴェラへと送られていった。

 隈とかかなり凄い事になっていたし、精神的にもヤバげに見えた。発狂するならキヴェラにしてくれ、迷惑だ。

 と言ってもナイトメアは外されたのでもう悪夢は見ない筈。その後までは責任持てないので知らん。


「いやぁ、実に楽しかった! あ、これ約束の物な」


 楽しそうに笑っているアルベルダ王は実に軽〜い調子で書を渡してきた。……確かに承認印まであるね。

 とりあえずこれでコルベラの味方はイルフェナ、ゼブレスト、アルベルダの三国。幾ら何でもこの状態で『今回の件を不問にしろ』とは言えないだろう。

 流出した情報を手に三国がキヴェラに待ったをかければコルベラに強硬手段はとれまい。建前的には正義と姫に対する憐れみ、本音はキヴェラ憎しの感情だが。

 さて、これで一方的弱者の地位は脱しました。後は何をしよっかなー?


「……魔導師殿、まだやる気なのだな」

「嫌ですわ! 目標はキヴェラの災厄と呼ばれる事ですのに、この程度で引き下がるなど偉大な先輩方に申し訳なくて」

「うん、言葉遣いは普通でいいからな」

「では御言葉に甘えて。王太子と王を〆るまで止めない」

「はは、素直過ぎるな」

「その割には楽しそうですね」

「当たり前だ! これほど楽しいのは久しぶりだぞ!」


 にやりと笑った王に私も微笑み返す。周囲が呆れてる? 知りませんよ、見なかった事にします。

 王様、中々楽しい人ですね。これからも良好な関係でありたいですよ、類友として。

 グレンとか側近の人達が泣く気がするけど気にしない!


「さて、それではもう一つ俺の依頼を受けてはくれないか?」

「依頼、ですか?」


 首を傾げセシル達を振り返るも二人も首を横に振る。何も聞いていないらしい。

 そんな私達にグレンが一枚の紙を渡す。内容は……馬車の護衛? 目的地はカルロッサ!?


「ありがたいですが、大丈夫ですか?」

「何がだ? 俺が御忍びの時に世話になってる商人がいてな、そいつがカルロッサまで仕入れに行くというから護衛をつけようと思っただけだぞ? 最近は物騒だしな」


 片目を瞑って『何か気付いても秘密ね!』なアピールをする王様に呆れたように笑うグレン。

 ……その物騒な出来事の元凶は私な気がしますが。

 とりあえず素直に御礼を言っておこう。御恩返しは全部終わってからにしますよ。

 三人揃って頭を下げると王は『気にするな』と言うようにひらひらと片手を振った。


「そろそろ下に来ている筈だ。道中気を付けろよ?」

「馬車を血塗れにはしないつもりですが」

「ああ、うん。魔導師殿はそっちか。大丈夫だ、奴は大抵の事は気にしない」


 グレンよ、『ミヅキは外見と性格が一致せんからなぁ』とはどういうことだ。側近の皆さんも納得するんですね、それに。

 ジト目で周囲を眺める私をエマが腕を引いて促す。


「ミヅキ。そろそろ参りましょう」

「そうだな、早い方が迷惑を掛けないだろう。まだ彼等はキヴェラに着いていないだろうしな」

「そだね、行くか……あ」


 扉に向かって歩き出し……言い忘れた事を思い出し振り返る。怪訝そうな表情の人々に向かって深く一礼し。


「グレンの傍に居てくださった事、感謝いたします。この世界に居るのは私だけですが、グレンの友人達の代表として御礼申し上げます。ありがとうございました!」

「お……おう、気にするな」

「それでは失礼します。……グレン、またね」


 それだけ言って今度は振り返らず退室し、部屋の外で待っていてくれたセシルとエマに笑って告げる。


「行こう、カルロッサへ。コルベラはすぐそこだよ」

 

※※※※※※※※※


 (グレン視点)


 言いたい事だけを言って部屋を出て行ったミヅキに誰もが呆然としていた。

 ……まったく、あいつは。

 最後の最後で予想外の事を仕出かしてくれた。


「……なあ、グレン。お前、こっちへ来たばかりの頃よく言ってたよな『家族はどうでもいいが家族のように接してくれた友人達に会いたいから生き残る』って」

「……ええ」

「魔導師殿はその一人か?」

「はい。幼い外見の私を構ってくれた筆頭ですよ」


 仕事ばかりの両親に愛情など期待しなかった。だが、その寂しさを埋めるように始めたのがガーデニングやネットゲームだ。

 必要以上に無邪気に振舞う自分に何かを察したのか、ヴァルハラの皆はよく構ってくれた。外見はともかく、本体は全員自分より年上だったのだろう。

 頭を撫でてもらう、抱きしめる、落ち込めば慰める、叱る、褒める……幼い頃から欲しかったものは全て彼等が補ってくれた。

 『友人』というより『保護者』に近かったのだと思う。実際、自分は別のギルドに所属していたのだし。

 そして……『赤猫』と呼ばれ過ごした日々は間違いなく異世界に放り出された自分を支えてくれたのだ。


「当時のグレンのような悲壮感が無いので忘れていましたが、魔導師殿も異世界に来たばかりですよね」

「まだ一年経っていない筈だ」

「やはり……思うことはあったのでしょうな。あのような感謝の言葉が出るのですから」


 出会った頃は敵意ばかりを向けてきた男が随分と穏やかな口調で言う。

 異世界人。その言葉は想像以上に重いものなのだ。偶然が重なった結果とは言え落ち着いた頃に打ち明けた際には、仲間達は挙って隠すよう言ってきた。

 それは本当に自分の為を想って言ってくれたのだとアリサやミヅキを見ていて痛感する。


「あの性格だと苦労しそうだよなぁ」


 がりがりと頭を掻きながら言う王の表情は明るくは無い。その様に同意するように思わず溜息を洩らす。

 ミヅキは……自分を偽らない。嫌な事は死んでも拒絶し、己が選択に満足して逝くだろう。

 だが周囲はたまったものではないのだ。『あいつらしい』と口にしても誰が納得できようか。


「魔王と守護役達、そして翼の名を持つ騎士達が常に守っています。ゼブレストもミヅキの味方でしょう」

「だが他国が放っておくと思うか? 今回の事で魔導師殿は間違いなくその名を知らしめるぞ?」

「それでも。自分で決めた事を覆すような真似はしないでしょう。忠告するだけ無駄ですよ」

「だよなぁ」


 無駄だ。ミヅキは異世界人だからこそ生き方を変えない。手放さなかった唯一のものが『自分』なのだから。

 そもそも人が何か言った程度で変わるような性格をしているなら自分は再会しても気付かなかっただろう。それほどにゲームでの性格とブレがないのだ、友人関係も楽に続くわけである。

 と、ノックが聞こえ返事を待たずに使用人の青年が入ってくる。


「失礼しまーす……あれ、何でしんみりしてるんすか?」


 場の雰囲気に首を傾げる青年に何でもないと首を振り用件を促す。

 すると一つの袋を差し出してきた。


「魔導師様から頼まれてたんすよ、皆さんに渡して欲しいって。万能結界付与のペンダントらしいっすよ」

「は? 魔道具か?」

「ええ、自分が貰った物と同じみたいっす。あ、グレン様はこれです」


 そう言って装飾の施された腕輪が渡される。記憶に残るそれは。


「ヴァルハラの……腕輪?」

「あ、そうっす! そんな名前でした。何でも効果は解毒・治癒・万能結界で、解毒と治癒は『元の状態に戻す』状態だから血を一滴垂らせって言ってました」


 銀色の、魔石がついた見覚えのあるそれは。自分にとって随分と懐かしく、そして驚くべき効果を秘めたもので。

 ……傍に居なくとも案じてくれているのだと判らせるには十分なものだった。


「はは……忙しいのに何をやっているのやら」


 呆れたように呟くが泣きそうな顔になっているのだろう。仲間達は自分から不自然に顔を逸らしている。


「万能結界か……こりゃ『グレンを宜しく』って意味なんだろうな」

「やれやれ、言われなくとも仲間ですのに」

「仕方あるまい。魔導師殿は今回殆ど我々と話す事が無かったのだから」

「確かに」


 軽口を叩く皆の言葉はとても暖かく優しい。あの頃とは違っても自分は確かにこの世界で居場所を築けたのだ。


「グレン。お前、凄い姉さんがいたんだなぁ」


 王が呆れたような、何処か安堵するような口調でそう言ってくるのに頷く。


「ええ。兄であり姉でもある、自慢の友人ですよ」

「おいおい、兄はないだろ」

「いいえ。それで正しいのですよ」


 自分にとってはゲームの世界も今の現実もミヅキに対する評価は変わらないのだから。

 ミヅキが自分を相変らず『赤猫』と扱うように。

 そう返すと王はもはや何も言わなかった。ただ、渡されたペンダントを何処か優しげな眼差しで見つめた。



 ミヅキ。お前は気付かなかっただろうが、再会した時に『レッド』と呼ばれた事が儂は泣きそうなほど嬉しかったのだ。

 友との再会を生きる為の目標にはしたが、過ぎた年月にそれは無理だと諦めてもいたのだから。

 国を違えた今となっては何があっても味方でいるなどと言えはしない。それでも。

 儂は……もう一度会えた事を嬉しく思うよ、賢者殿。

 



※※※※※※※※※


 ――数日後、キヴェラにて――(キヴェラ王視点)



「……で? そやつらはどうした?」

「病の可能性もありますし一所に留めております」

「連れてきたアルベルダの者と話したか?」

「はあ……できることは全てしてきたと言っております。たしかに提出された調査書に不審な点はありません」


 『その調査書自体が困惑する内容なのですが』と宰相も困惑気味に答える。当然だ、追っ手に仕立てた捨て駒がいきなり精神を病んだなど信じられるものではない。

 だが、アルベルダに不審な点が無いのも確かなのだ。

 困惑を貼り付けたアルベルダの使者は調査報告を提出しつつも首を傾げんばかりであった。


『こう言っては何ですが、彼等の言い分を確かめる術がありません』

『数日調査隊を廃墟に泊まらせてみたのですが、このような事態にはなりませんでした』

『異様に賢いアンデッド……でしょうか? それも目撃情報が全くありません』

『魔道具で見た記憶も非常に判り難い状態であり……錯乱していた可能性が高いと思われます』


 実際に見た映像は無理矢理繋ぎ合せたようなものだった。視線が忙しなく動く事に加え、ほんの一瞬異様に大きな顔のようなものや皿? などが映り訳が判らない。

 証言を纏めると大鎌を持った黒衣のアンデッドということになるのだが、残された足型も首を傾げるシロモノだ。

 これではアルベルダを追及する方が無理というものだろう。


「ふむ、先日の失態を気に病むあまり精神を病んだようだな」

「……ええ、そのようですね」


 わざとらしくそう言えば宰相はちらりと視線を向け微かに頷いた。


「これ以上の兵役は無理だろう。本来ならば処刑されてもおかしくは無いが哀れだな」

「ではどうなさるおつもりで?」

「『精神を病んだ事』のみを公表しろ。誰もが納得するだろう」

「……そうですね、元々精神的な疾患があったやもしれません」


 精神異常者を出した家の末路は悲惨極まりない。血を重要視する故に一族郎党を『そうなる可能性がある一族』として見る者が多いのだ。

 縁談などは破談にされ、付き合いを絶つ者も出るだろう。

 しかも今回は精神を病んだ事のみを公表し、そうなった原因は不明のまま。誰もが先日の失態が原因だと噂するだろう。その噂が彼等を更に苦しめる。


「結果的には処刑も終身刑も免れたのですから実家の願いは叶ったのでは?」

「そうだな。奴等を差し出した方が良かったと思うことは確実だが」

「選民意識のままに下らぬ事をするからです。王太子妃様にあれほどの無礼を働いてなお減刑を願い出るなど……恥知らずな!」


 吐き捨てるように口調を強めた宰相に側近達も同意する。当然だ、そんな真似をして許されると思うなど我々を嘗めているとしか思えないのだから。


「例の復讐者達が介入した可能性は?」


 傍に控えていた騎士団長が控えめに宰相に尋ねる。だが、宰相は緩く首を横に振った。

 発言を許可すると軽く頷き騎士団長に向き直る。


「全く無いとは言い切れん。だが可能性としては低いだろう。利点がない上に被害者があの者達だ。個人的な恨みでも無い限りわざわざアルベルダまで足を伸ばすかね?」

「……確かにそれならば砦の一つでも落としたほうが力を見せ付けられますな」

「アルベルダも困惑している。下手にこちらから調査団を派遣して復讐者達の事を感づかれたらどうする? そちらの方が厄介だ」


 宰相の言葉は尤もだ。今の所大人しいアルベルダに付け入る隙を与えるのは得策ではなかろう。

 皆も納得したように頷き、それ以上の質問は上がらないようだった。


「では、あの者達の処分はそのように。国内の警戒を怠らず、コルベラの動きも注意せよ」

「承知いたしました」


 姫がコルベラに着きさえすればルーカスの件は片がつく。それまでに今後の事を決めておかなければ。

 深々と吐いた溜息に気遣わしげな視線が向けられるが気付かない振りをしておこう。

 儂はまだ強者であり続けると決めているのだから。

主人公の悪戯は黒騎士達との共同作業。知識を提供し合うことで別方向に成長中。成長の成果はキヴェラへの罠に活かされ、狸が計画したものより凄まじいことになってます。

主人公に依頼が来た際の保護者の台詞「君が証拠を持って~」とあるように望まれたのは姫の逃亡だけだったのですが、何時の間にか主犯。

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