永久なる愛を……
トリップもので三話完結にしようとしていたんですが、無駄に(ここ重要)長くなりそうです。
三部作といってたいのは訳がありまして、もともとお題提供で書き始めたものなんです。
1トリップ・リップ
2トリップ・トラップ
3トリップ・ループ
の三部作。
タイトルから見れば大いなるネタばれですね。
過去に個人サイトで展示していたものを修正して上げております。
悪い魔法使いに眠らされたお姫様や、意地悪な継母に殺されたお姫様は、みんな素敵な王子様の口付けで目を覚まして幸せになっています。
私、斉藤 美姫は、小さな頃からお姫様に憧れておりました。
5つ上の兄が寝物語に読み聞かせてくれた、“お姫様と王子様が結ばれて永遠の愛を誓って幸せになるお話”がとても好きで、私もいつかそのような恋をして愛を育み幸せを得るのだと信じております。
――お姫様になること。
これが幼いころから持っている私の目標です。十八を迎えた今でもその思いは褪せることなく、ずっと胸の中心にあり所作や周りへの気配りなど全て気に留めております。
このような私を見て、両親や兄は呆れたように笑われますが、気に留めてなどいられません。
なぜなら王子様が迎えに来てくださった時、だらしのない女性でありたくはないからです。
きっときっと来てくださります。
私が生涯をささげる素敵な王子様が……。
◇◆◇◆◇◆◇◆
「生きてんのか?」
「はい?」
唇に触れた柔らかくひやりとした感触に目が覚めました。
パッチリと瞼を開いた先には二対のサファイアの瞳。一瞬、あまりにもその澄んだ瞳に宝石と間違えてしまう程でした。
その双眸は涙に潤み妖艶な煌めきを持って私の顔を映し出しております。あまりの美しさに、思わず見惚れ私の胸が高鳴りました。
――ずっと見ていたい。
叶うなら永遠にその瞳に私の姿を捉えていてほしい……そう願うも、それは叶うはずもなく、綺麗なサファイアの瞳はすぅと、私から遠ざかりました。
「あの……」
遠ざかった瞳を追いかけると、綺麗な瞳を持った方は「くそっ」と毒吐かれました。私はその差異に驚き問いかけようとした言葉を飲み込みました。
「あのクソ牧師が。生きていりゃぁ、そら傷一つねぇだろうさ」
「……え?」
今のはどういう意味なのでしょう? 私が生きていては何か不都合なことでもあると言うのでしょうか?
そうは思っていても、あまりにも不機嫌な彼に問いかける勇気はなく私はただ黙って彼の後ろ姿を見つめます。
――綺麗な方。
言葉遣いに問題はあるものの、その姿は精巧に作られた人形のように美しいものでした。
艶やかな淡く輝くペールブロンドの腰まで伸びた髪。毛先に近づくにつれ、ふわりとウェーブがかかっています。健康的な薄香色の肌。均整のとれた四肢には思わずぞくりと背筋が痺れました。
その後ろ姿を見て、羞恥に頬が赤くなってしまい耐えきれず視線を逸らし、気持ちを落ち着けるためにも、改めて周りへと視線を巡らせました。
――ここは、本当にどこなのかしら?
見た事のない場所でした。最初に目に留まったのは天窓と壁にはめ込まれた精緻なステンドグラス。色とりどりのガラスを使用しており見たこともない模様を描いたそのガラスは、暗い室内に仄かな明かりを取り入れております。そこで改めて今は夜であると知りました。薄暗い室内には、私と男性の他には人はおりません。あるのは、祭壇と思われるものが一基。それから燭架が一つ。その燭架には火を灯した蝋燭が一本立っております。四方をステンドグラスに囲まれた室内は、色とりどりの明かりで充満し、幻想的な世界を作り出しておりました。
「あの、すみません」
幻想的な空気に酔いはじめ、私は怖くなりました。
その恐怖心を和らげようと、室内にいるもう一人の人物。サファイアの瞳の方に話しかけます。
サファイアの瞳を持った方は、ワイングラスを傾け赤い水を口に含んでおりました。そして、こくりと喉が動き「なんだ」と振り向かれます。
先ほどの余韻が唇に残り、艶麗な雰囲気を助長されてるように思えました。
せっかく頬の赤みがおさまってきたと思っていたところでしたが、先ほどまでの努力は虚しく消え去りました。
「用がないなら話しかけるな」
「あ、ああああります! ここはどこでしょう!?」
私が見惚れていた間、サファイアの瞳を持った方はずっと待ってくださっていたようで、返答のない私に苛立ちを露わに眉間に皺を寄せておりました。
慌てて質問を投げかけると、男性は冷たい瞳で私を見つめ返してきます。
「だから嫌いなんだ。生きた女は――」
「え?」
侮蔑を含ませた声と、僅かに揺れたサファイアの瞳。
そのそぐわない彼の行動が不思議で眉を顰めました。
――なぜ、泣きそうな顔でそのような事を仰るのかしら。
揺れる瞳は、今にも滴が零れそうなほど揺らめいておりました。しかし、それは僅かな間の事。彼は、私から顔を背けると、そのまま木製の扉を乱暴に開いて部屋を出て行かれました。
「あ、待って!!」
呼び止める声も虚しく扉は閉じられ、私は一人、薄暗い室内に取り残されました。
「ど、どうしたらいいのかしら……」
追いかけようかと僅かに腰を浮かした時、かさり。と、何かが手に触れました。
手元へ視線を移すと、そこには白く瑞々しい花びらを持った美しい花がありました。
「綺麗。でも、どうして、こんな所に切り花が?」
一輪顔の前まで引き寄せ、ゆっくりと香りを吸い込む。甘く清涼な花の香りが肺一杯に満たされました。
白い花は、この一輪だけではなく私の座っている場所いっぱいに敷き詰められております。
「なぜ……なの?」
頭の端に何か嫌な事が引っ掛かり、胸が早鐘をうち始めます。ゆっくりとその思いを打ち消す様に私を囲む白い花を見回すと、私と花を収める黒い箱の縁が目に留まりました。
すっと、その縁へと手を触れて見れば、やすりなどで綺麗に整えられたのかするりと指が滑りました。
その箱の縁は、長方形に細長く作られており、私と花が綺麗に収まる大きさでした。
「ひ、棺……なの…………?」
払拭しきれなかった予感が当たってしまった様で、私の心は不安と恐怖に押しつぶされてしまいそうでした。
もう一度周りを見渡せば、私がいる場所は教会の様です。そして、その教会に収められた黒い棺と、その中にいる私……。
訳が分からず、おぼつかない記憶も手伝い狂いそうになった時、木製の扉が開かれました。
「おや、本当ですね。生き返ってしまわれたようだ」
「ようだじゃねぇよ」
扉が開け放たれた音と同時に、間延びした声が聞こえました。
その声にハッとして顔を上げると、そこには真っ黒い服を纏い銀縁の眼鏡を掛け口元に笑みを浮かべた男性が立っておりました。
その後ろから扉を閉めてそのまま閉めた扉に寄りかかる先ほどのサファイアの瞳を持った男性の姿がありました。
「あ、あの、あの……」
「落ち着いてください。大丈夫ですよ。何も心配はいりません」
ゆっくりと近づいて優しく声をかけてくださったのは、黒い服に身を包んだ男性でした。
彼は、私のすぐ側まで近づくと、私の手を取りぎゅっと握りしめました。
その刺激に気持ちが落ち着いてきて、私はほっと息を吐きました。
「落ち着きましたか?」
「はい。ありがとうございます……あの、あなたは神父様……ですか?」
「サイードといいます。神父……とは、貴方がいた世界の神に仕える人でしたね?」
私の世界……そう表現されたことに、疑問が浮かび首を傾げてサイードさんを見つめます。
「そう……ですが、あの、私の世界……とは?」
私の問いに、目の前の男性はさらに笑みを深くして首を横に傾げた。
「私の役職は、貴女が言った神父と同様ですが、この世界では呼び方が異なります。また、役職名で個人を指して呼ぶ習慣もありません。私のことはサイードと呼んでくださいね」
「は、はい、分かりました。サイードさん」
サイードさんのお言葉に思わず頷いてから、貰いたかった回答を頂いていないことに気がつき、再び問いかけようとしましたが、そっと顔の前に手を翳されました。
「え? あ、あのっ」
「今日はもう遅いので、貴女が聞きたいことは翌日に全て答えさせていただきます。貴女も突然のことで、色々と混乱もしているでしょう。一晩置いてからの方が、きっと心を乱すことも少なくお話できると思いますから、ね」
子供へ諭し聞かせるように最後の一言だけ区切って言ったサイードさんへ、私はまた素直に頷いてしまいました。そんな私を見てサイードさんは、翳していた手を私の頭の上に移して優しく撫でてきました。
「いい子ですね……では、フォーネスト皇子。後はよろしくお願いします」
「は? オレに押し付ける気かよ!?」
扉に寄りかかっていた男性が、突然振られた言葉に声を荒げます。
あの方のお名前はフォーネストさんとおっしゃるのですね。
サイードさんは、フォーネストさんの剣幕にもまったく動じる様子も無く、口調も柔らかに続けます。
きっと、優しい笑顔も浮かべているのでしょう。
「貴方が買ったのです。買主が彼女をお世話するのは当たり前でしょう。それに、お部屋はここと私の寝室と貴方にお貸ししている客室だけなのですから」
「じゃあ、このまま寝かせりゃいいだろうが」
「そんな事を私が許しません」
フォーネストさんの荒れた口調に比べたら、凄く穏やかでやわらかい話し方をされていたのに、最後の一言はとても冷たく背筋がすっと冷えていくような声音をしておりました。
顔を窺う事はできませんが、向かい合っているフォーネストさんを見る限り、見られなかった事がとても幸いだったのでしょう。
「っち」
フォーネストさんは舌うちをして部屋から出て行かれました。
「では、話が纏まりましたので彼についていってください」
……え? 今ので纏まっていたのですか?
フォーネストさんが退室し、扉が閉まると同時にサイードさんが振り向いて微笑まれました。その突然の展開に私は頭が付いていかず、ただただサイードさんの笑顔を見上げるばかりです。
「え……あの」
「あまり広い場所ではありませんが、早く追いかけないと見失いますよ?」
苦笑交じりに私を抱き上げて棺から出してくれたサイードさんはそう言葉を続けて扉の先へと連れて行ってくださりました。
「足共に気を付けて進んでくださいね」
「は、はい」
サイードさんの言葉に頷き、私は仄暗い廊下の先へと目を向けました。
廊下はT字の様で、フォーネストさんが左右に分かれた廊下を左の廊下へと消える姿が見えました。
T字の壁にはめ込まれた窓から差し込む月光に、フォーネストさんの揺れるペールブロンドの髪がキラキラと輝いて、流れ星の軌跡に見えました。その美しい姿に見惚れておりましたら、隣に立たれていたサイードさんが苦笑交じりに「置いて行かれますよ?」と軽く背を押してくださいました。
サイードさんのその言葉に、私はあわてて気を取り戻しフォーネストさんを追いかけようとしましたが、ここまで丁寧な対応をしていただいたにも関わらずご挨拶もお礼もしていないことに気が付き、サイードさんを振り返ります。
「どうかなさいましたか?」
突然ふり返った私を見て、サイードさんは僅かに目を見開いて首を傾げられました。
そのサイードさんに、私は軽く会釈をしてから、
「あの、今日はありがとうございました。おやすみなさいませ」
と手短に挨拶を済ませフォーネストさんを追いかけます。
「……はい。おやすみなさい。よい夢を」
背後からそう返事をされましたが、ふり返る余裕はありませんでした。あまり時間を置いていなかったにも関わらず、フォーネストさんの姿は殆ど廊下の奥の闇に消えかけていたからです。
置いていかれないようにと、必死になるあまり私は気付けませんでした……。
その時の彼の声が、今まで聞いていた時よりも僅かに暗い色を帯びていたことに。