表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
3/4

幻想学園桜月楼 2

 ビルを目指して雑木林を歩き続けて二十分。鬱蒼と生い茂る木々を抜けたらそこには、見覚えのない街が広がっていた。

 白雪姫が出てきた雑木林は、どうやらとても広大な自然公園の一部だったようだ。雑木林の終わりには進入禁止とばかりに、バール型のベンチ柵が遊歩道に沿って設置されている。ちらほらと遊歩道を歩く人がおり、白雪姫が柵の内側にいる事を確認すると不快気に眉を顰めたり、目を逸らしたりしてきた。白雪姫は呆然と公園の中を見ていたが、その視線に気付くと慌てて柵を潜り抜け遊歩道へと出て、まだ周りから咎められるような視線を感じて白雪姫はその場から早歩きで逃げ出した。

 遊歩道は白雪姫が目指しているビルへと続いているかのように延びている。白雪姫は暫くこの道なりに進もうと決めて、待ち合わせをしてることもあり疲れを感じない程度に足を速めて進んでいく。

ふと白雪姫の耳に、楽しげな子供の声が聞こえてきて、惹かれる様にその先へと目を向けた。

丁度今向かっている先に公園があるらしく、声はそこから聞こえてきているらしい。白雪姫の足が進むにつれて子供たちの声も徐々に大きくなっていく。公園で遊ばない子供が増えていると聞いた事があるが、この声を聞くとそうでもないんじゃないかな? と白雪姫は思うが、実際のところそういった場面に遭遇する事のない生活をしていたため、比べられる材料が自分には不足していることに気が付いて考えを改めた。

 そうこう考えを巡らせている間に、公園の入り口まで来てしまったようだった。『太陽の広場』と書かれた丸太の形をした看板が立てられ50cmほどの横幅の入り口と、周囲は綺麗に剪定された木々の柵で覆われている。この柵のおかげで白雪姫はここに来るまで中の様子を見る事が出来なかっので、白雪姫はちらりと、開かられた入り口から中を覗いてみた。

公園はそれなりに広く、ジャングルジムや鉄棒にブランコ。今では見られなくなった回転遊具もある。公園の端には、椅子としても活用できそうなウサギやクマなどのかわいらしい動物のモニュメントなどもあった。そのたくさんの遊具を収めてもまだ子供たちが元気に走り回れるスペースがあることから、かなりの広さだと感心してしまう。周りを囲うのは更に広大な自然公園なのだから車などの怖いものは侵入できない。子供たちがのびのびと遊べるスペースとしてここは本当に素晴らしい場所だろうと白雪姫は思った。

「ねぇ、君ひとり?」

「え?」

 ふいに声をかけられて、白雪姫は振り向く。

 そこにはいかにも軽そうな十代後半の青年が、軽薄な笑みを浮かべて立っていた。

「君ずっと一人で歩いてたよね? 散歩しに来たの?」

 ずっと後を付けられてたらしい……。その事が実に不快で隠すことなく渋面を浮かべた。その表情を見て軽薄そうな青年は、わざとらしいまでに慌てたように両手を忙しなく動かし弁明を始める。

「ごめんね。本当はもっと早くに声をかけようと思ったんだけど、なかなか勇気出せなくてさ。君すごく可愛いね。読モとかやってたりする? それとも本業プロとか?」

 この話の飛びっぷりはどうなんだ、会話する気ないだろお前。心の中でそう毒づき白雪姫は無視を決めてこの場から去ろうと足を動かしたところで、先ほどまで後ろにいた筈の男が前に回り込んできた。

「急いでるんです。そこどいてくれませんか」

 声を低くめてそう言えば、男はにんまりと軽薄な笑みを更に深めた。

「何々? どこか出かける予定だった? それって、自然公園の中? それとも外? その間だけでもいいからさ、一緒に歩こうよ」

「いやです」

 一緒に歩いているうちにどこかに引っ張られちゃたまらない。白雪姫は断固拒否の姿勢を崩すことなく、相手から遠ざかろうとするも、この男もしつこく食い下がってくる。ここまでしつこいと、気の弱い白雪姫はどうしていいのかわからなくなる。ナンパというものも生まれてこの方されたことがないのでどういえば引き下がってくれるのかも見当もつかない。

「いい加減に――」

 してください! と言おうとした口は、横から飛んで来た物体が男の頭部に強打するのを見て驚いて唖然と口を開いて止まった。

 ばこん。といい音を立てて跳ね返ったそれは、公園内にバウンドして戻っていく。そのボールを目で追いかけてると、ボールの持ち主だろうと思われる手が、そのボールを拾い上げる。

「すんませ~ん。大丈夫すか~?」

 ボールを胸元まで持ち上げて片手に収めたところで、白雪姫は視線をボールから持ち主へと移した。

 一言でいうと、ヤンキーだった。

ウルフカットを少し長くした夕焼けを思わせる真紅の髪。ちらりと覗く耳にはシルバーのピアスが連なり、左耳には四つ右には三つついている。少し長めの前髪の間から見える瞳は釣目がちで怜悧な印象を持たせ、切れ長の目に収められた瞳はルビーのように赤く輝いている。口は少しふっくらとして小さめだが、三角顔に綺麗に収まり全体のバランスを崩すことなく艶を出していた。そして洋服は、白雪姫と同じ制服だと思われる、白百合の花に抱かれて眠るユニコーンを描いたワッペンを胸に貼った赤いブレザーをボタンを留めずに羽織り、その中には黒襟のセーラーを着こみYタイはせず、白雪姫より少し長めのスカートに黒いレッグカバーを履いている。

整った面立ちなのに雰囲気がヤンキーなので残念な感じが拭えないなぁと思いながらそのヤンキーの姿を見ていたら、ふとそのヤンキーと目が合って「げっ」と白雪姫は内心毒を吐く。

ヤンキーは、じっと白雪姫の姿を眺め僅かに胸元で目を止めてから顔へと視線を戻し、白雪姫に向かって手招きをする。止められた視線の意味をなんとなく察しつつ、そしてこんな視線を向けてくる友人が一人たなぁ、と少し意識を逸らしてしまったがすぐに持ち直し、ヤンキーの意図を推し量る。

これはどう考えてもこっちに来いと言われているのだろう……。

ヤンキーと未だに蹲っている軽薄な男を見比べ、白雪姫はヤンキーの元へ近寄る。ヤンキーも怖いが手招きをされたってことは、きっとわざとボールをぶつけて助けてくれたのだろうし、それにヤンキーは女性なので身の危険は暴力方面だけ心配すればいいだけだ。先ほどの胸元で止められた視線は見なかったことにしてそう結論付ける。

ヤンキーは側に寄った白雪姫を満足そうに見つめ、そっと背後へと隠した。近づくと思った以上に背が高く10㎝は白雪姫と差がありそうだった。

「いってーな何すんだよ!」

ここでやっと復活したらしい男がヤンキーに向かって声を荒げた。その声をヤンキーの背中で聞いた白雪姫はびくりと体を竦ませるが、壁になったヤンキーはビクつくどころか逆に「ぁあ? 謝っただろうが」と、逆ギレしてみせる。その威勢に男はのまれ僅かに後ろへと引いた。その隙をヤンキーは逃さず「さっさと失せろ」と唸った。男は舌打ちをして虚勢を張りつつもそそくさと足早に逃げていく。その後ろ姿が見えなくなると、白雪姫は体が強張っていたことに気が付き、ゆっくりと息を吐いて体の緊張を解いていった。

「大丈夫でしたか?」

そう声をかけられて、白雪姫は「あ、はい」と反射的に返事をしてから驚いた。

心配して優しく声をかけてくれたのは、あのヤンキーだった。ヤンキーは手に持ったボールを地面に置いて白雪姫の顔色を窺ってくる。これで助けてくれたのだと改めて思うが、いかんせん彼女の容姿がそう思う事を拒絶してしまう。

 そんな白雪姫の様子に気が付いたのか、ヤンキーは苦笑し「それならいいんです」と言って白雪姫からスッと離れた。

「では、私は用事があるので失礼します。まだ、ああいった連中がいると思いますから、気を付けてくださいね」

「あ、ありがとうございます!」

 白雪姫は立ち去る彼女の後ろ姿にお礼を述べて自身も待ち合わせの場所へと駆け足で向かおうとしたところで、ヤンキーが自分と同じ方向へ進んでいくことに気が付いた。

白いビルがヤンキーの進んでいる遊歩道の先にある。時折ビルへと視線を向けているのか顔が僅かに上がる。そのヤンキーの後ろ姿を見て白雪姫はまさか……と、思いつつもヤンキーの後ろを追いながら、そっとスカートのポケットへと手を伸ばし携帯電話を取り出す。ぱかりと音を立てて白い携帯電話が開き液晶画面が光る。まだ購入したての液晶画面はデフォルトの画像のままで何をイメージして描かれたかわからない画像が壁紙に設定されている。その液晶画面に雑木林の中で通話した相手の電話番号をアドレス帳から呼び出し通話ボタンを押した。

携帯を耳に当て前を歩くヤンキーの様子を窺う。耳元では携帯電話から発信する前の『ぷぷぷぷ……』という音が聞こえていたが、すぐに発信音へと切り替わった。

「はい。もしもし」

「あ、あの! 私です! 白雪姫です!!」

「え?」

 ぷつっと受話された音に続いて雑木林で聞いた声が耳に届き、白雪姫は興奮を抑えきれずに声に力が入ってしまった。

 目の前のヤンキーが、その声に惹かれる様にゆっくりと振り返る。彼女の右手は携帯を握り耳にあてていた。「白雪姫さん?」振り向いたヤンキーの唇が、耳に届く声と重なって動く。その事に驚きと興奮がない交ぜになりながらも「そうです! 白雪姫です!!」と、ヤンキーに向かって手を振った。その白雪姫を見て「今戻ります」と告げ、彼女が走ってくる。相手を目視したところで携帯は不要になり、どちらからともなく通話を終了し向かい合う。

「まさか、乙姫さんだったなんて……さっきは、本当に助かりました。ありがとうございます」

 ヤンキーだと怖がっていた相手が探し人だと分かり、安堵すると白雪姫は改めて先ほどのお礼を述べる。その白雪姫に乙姫も「いえいえ、でも、良かった。目的地に着く前に会えて」と微笑む。

「草原からここに来たのはいいんですけど、さっぱりビルへの道がわからなくて、この遊歩道をずっと歩いていたんですよ」

 まるで迷路みたいな場所ですよ。と切れ長の目を細める。

「そうだったんですか……私は、少し前の雑木林から出てきたところでこの公園に着いて先ほどの状態でした」

 と、白雪姫も苦笑する。

 電話越しに聞くのと、実際に生で聞くのとでは随分と違いが出てくるものなんだなと、白雪姫は乙姫の声を聞いて改めて思う。彼女の声は、電話口で聞くよりも高く通る声をしていた。高いと言っても電話越しで聞くよりもなので、同年代の女性に比べたら僅かに低く心地の良いハスキーボイスなのは変わりない。

 白雪姫がそんなことを考えながら乙姫を見上げていたら「何か?」と尋ねてきたので、白雪姫は首を横に振って何でもないと告げる。相手に気づかれるほど顔をじっと見つめていたと思うと羞恥心が込み上がり、曖昧な笑みが浮かんでしまう。

 そんな白雪姫に僅かに眉間に皺を寄せたが特に何も言わず、乙姫は「では」と話を切り出した。

「さっそくで申し訳ないのですが。お時間いただいてもいいですか?」

 笑みを収め乙姫が言うと、同じように僅かに笑みを残した白雪姫が頷く。

「はい。私も今自分が置かれている状況がいまいち分からないので……」

 現状の確認をできるだけ早く終わらせたい。二人が思っていることは同じらしく、乙姫は白雪姫の言葉に頷きを返す。

「二人の記憶を照合していけば、何か引っかかることもあるかもしれません」

 そう言って乙姫は白雪姫を安心させるように微笑んだ。その綺麗な笑顔に相手は女性だと分かっているはずなのに白雪姫の頬が朱に染まる。気恥ずかしくて微笑めば、乙姫の頬も僅かに赤みが差す。

「あ、あの! それじゃぁ、どこか休める場所を探しませんか?」

 沈黙が怖くて白雪姫がそう提言すれば、同じように会話を探していたのか乙姫も頷いてきた。

「そうですね、……そこの公園とかどうですか?」

 奥の方には東屋があるんです。と乙姫は先ほど自身が出てきた公園の中を指した。白雪姫は特に異論もないため「では、そこで話しましょう」と頷いた。

「では行きましょうか」

 そう言って白雪姫を先導するように乙姫は歩き出した。その後を遅れないように白雪姫が続く。そうして二人で歩く事に、白雪姫は既視感デジャヴに襲われた。こうして彼女の後ろを前も歩いた気がする……。というか、これが日常的に良くあることだった気がする。でも、この背中には見覚えがない。彼女はもっと小さかったはずだ――。

「小さい……?」

 足を止め、白雪姫は前を行く乙姫をじっと見つめる。その背中を見つめ、白雪姫の中に違和感が膨れ上がっていく。

 そうだ、私の知っている彼女はもっと背が低くて釣目がちの可愛い顔をした毒舌女王。

「白雪姫さん?」

 付いてきてるだろうと思っていたのに、白雪姫が数歩しか進んでいないことに気が付いて乙姫は眉間に皺を寄せる。その少し苛立った表情を見て白雪姫の中で何かが弾けて答えが明瞭に浮かび上がった。

「あ! あ~!!!!」

 白雪姫は振り返る彼女を指さして、心の中で渦巻いていた答えを吐き出そうとするも、どうしてもその言葉が出てこない。白雪姫はそれがもどかしく、何度も何度も乙姫へとジェスチャーで訴えるが、乙姫の顔は渋面になるばかり。

「なんなんですか?」

「う~……私、あなたを知ってる! そして、あなたも私を知ってる!!」

 そう言って乙姫の元まで駆け寄り、彼女の両腕をぐっと握りしめる。乙姫はその行動に「は?」と驚き目を見開くがすぐに細めて腕を振り払った。その明らかな拒絶に、白雪姫は更にもどかしさを募らせる。

「なんなの? いい加減に――」

「お嬢ちゃん、いい加減に気が付いて!」

 乙姫が苛立ちを含ませた言葉に白雪姫も言葉を重ねた。その白雪姫の発言の中に聞き覚えのある呼び名があり、乙姫は大きく目を見開いた。

「あ――」

 乙姫は白雪姫を改めて凝視し、そして何かに気が付いたように更に目を見開いた。

 その表情の変化を見て、白雪姫は安堵の笑みを浮かべる。

「気が付いた?」

「ああ、うんうんうんうん」

 白雪姫の問いに壊れた玩具のように乙姫が何度も頷いた。白雪姫はそんな乙姫を見て笑みを深くして見つめていると、乙姫がふと顔を暗くする。

「乙姫ちゃん?」

 そう声をかければ、乙姫は唇をゆったりと動かして「名前が――」と、呟く。

「名前が思い出せないんだよね……この名前じゃない事は確かなのに」

「うん。私も一緒」

 記憶の中の齟齬を見つけて解決したと思ったのに、二人はすっきりしない気持ちを未だに引きずっていた。かみ合わない記憶を見つけたのはいいが、自分たちが記憶を一部なくしていることを改めて自覚することになった。欠損を見せたのは、一緒にいる相手の名前。そして自分の名前。ぽっかりと穴が開いてるようなのではなく、無理やり形の違ったパズルピースをぎゅうぎゅうにはめ込まれたような記憶の上書きに不快感がある。

「姿もおぼろげにしか思い出せないし……ああああ、なんなんだよイライラする!!」

 ガリガリと頭を掻いて乙姫が呻く。

「あ~、なんなんだよもう! あんたの家でゲームやってたはずなのにっ」

「ゲーム……」

 苛立ちを露わに口にした乙姫の言葉に、白雪姫が再び思案するように眉を顰め、ぐるりと視線を巡らせる。そして、ある一点を見上げ「あ……」と小さくもらした。

「ゲームだよ、乙姫ちゃん」

「は?」

 呆然と呟かれた言葉に、乙姫が問うように眉間に皺を寄せて白雪姫を見つめる。その視線を受け止めて、白雪姫は申し訳なさそうに眉をへなりと下げた。

「ごめんね……きっと、私があのゲームに誘ったのが悪かったんだよ」

 罪悪感に耐えきれず、白雪姫は乙姫から目を逸らし地面を睨む。その白雪姫を見下ろし「なんでゲーム?」と、乙姫は記憶を探り出しそう時間が経たないうちに「あ!」と声を発した。

「まさか……いや、そんなはずは」

 俄かに信じられないといった様子で乙姫は呟くが、白雪姫は緩く首を横に振って「きっと、そうだよ」とどこか確信を持って乙姫の言葉を打ち消した。

「ここはゲームの中の世界」

 白雪姫はそう言って、ぎゅっと唇を噛みしめる。この世界に来る少し前と来た時を思い浮かべ、そしてゆっくりと言葉を繋げた。

「自分たちの今の姿、見覚えない? ……これ、私たちが作ったゲームのヒロイン像そのものだよ」

白雪姫はそう告げ地面を見つめていた瞳を乙姫へと戻した。白雪姫の目に、瞠目するルビーの瞳がゆらりと煌めくのが映った。動揺に揺れる瞳から今度は目を逸らすことなく白雪姫は震える唇を開き、親友へこの場所がどこであるかを言葉に出した。

「ここは、≪幻想学園桜月楼≫の舞台だよ」

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ