その顔は…。
車に乗り込む前に勇が俺に抱っこされて
すやすやと寝ている桃花をチラッと見た。
「…よく、寝てますね」
そう言った勇の顔は言葉では表現できないくらい
複雑な顔だった…
何だか勇がだんだん人間らしくなっていくのが
すっげぇ分かった。
それは、勇が父親になっていくような、
そんな感じで…
俺もまた、複雑だった。
バタン、と音を立てて車に乗り込むと
フロントミラー越しに勇がまた桃花を見た。
「…何?」
嫌な気持ちになった俺は性分でつい、
つい…声を出してしまった。
「いえ、少し視線が泳いだだけです。」
勇はそう言ってエンジンを掛けて運転しはじめた。
(なーにが「私は生涯、父だと告げる事はありません」だよ)
俺の中の醜さがそんな事を考えてしまった。
分かってる、勇だって辛いってこと。
それでも俺は…
「唐御様」
ビクッ!
「あ…あ?」
いきなり勇が俺に話しかけてきたもんだから
一瞬ビクっちまった…チッ。
「何だよ?」
俺が問い掛けると勇はまた桃花を鏡越しに見た。
「桃花様は、可愛いですか?」
「…………」
何だか、嫌な予感がした。
「何当たり前の事言ってんだよ…。
世界一可愛いに決まってんだろ?」
俺がそう言うと、勇は少し静かになった。
そして…
「唐御様、申し訳ありません。
今日の私はどうも調子がおかしいようです。」
「・・・」
俺は黙って聞く事にした。
「…一生…一生、告げないと私は私自身に誓いました。
自分で言うのも何ですが、私はこうと決めたら
てこでも動きません。
ですが、今日、あの遊園地で沢山の親子を見て…
気持ちがほんの少し揺らいでしまいました。
あんな風に、愛する人との間に出来た子どもと
親として、手を繋いだり、笑ったり、写真を撮ったり出来たら…
どんなに幸せなのかと…考えてしまいました。」
勇の…勇の声がだんだん涙声になるのが分かった…。
かける言葉が見つからなかった。
俺は、勇を強い奴だとずっと思ってた。
でも、違った。
強いと弱いは紙一重。
勇は強くて弱い人間だった。
そんな事にも気付かずに、俺は桃花に接していた。
「…悪かった、勇。
運転、代わってやるよ。
そんなんじゃ前見えねぇだろ?」
「申し訳ありません」
そう言って勇は脇道に車を停めて俺と運転を交代した。
その時の勇の顔は…もう、立派な人間になっていた。