素直な心と体
そのまま俺は逃げ帰った。
怖かった。
桃花の目を見るのが
桃花の声を聞くのが
桃花に触れるのが…
~小林組~
―世亜の部屋・・・
「んで?
唐御の様子は?」
世亜が問う。
「食べ物も召し上がりませんし
言葉も発しません…」
勇が唐御の現状を報告した。
世亜は溜め息をついて
こう言った。
「やれやれ…
次期小林組を継ぐ身分のやつが
あんなガキ一人にペースを乱されちゃ
困るんだよなぁ…」
「心中お察しします。
…ですが」
「? 何だ?」
「唐御様が過去に自分の全てを
捧げて育てた子供です。
そう簡単に切れる情では
なかったのでしょう。」
「・・・」
「世亜様?」
「お前が俺に意見を言うなんて
大層な身分になったもんだな?
ってか…
お前から見て俺は唐御に対して
どうだった?」
「え?」
「…いや、なんでもない
下がれ」
「はい、失礼致します。」
コンコン
勇は唐御の部屋の扉を叩いた。
「唐御様、失礼致します」
勇はポケットから
鍵を取り出し、ドアを開けた。
「・・・。
勝手に入ってくんな。」
「申し訳ありません。
しかし、ひとつお知らせしたい事が」
「んだよ?」
「今夜の任務、
お忘れではないでしょうか」
「・・・覚えてるって。」
「了解致しました。
それから・・・」
「まだ何かあんのかよ?」
「世亜様も心配して
おいでです。
早く顔を見せに行ってください」
(心配?
あいつが?
俺をこんな風にしたのは
全部あいつなのに…?)
バタン…
「任務…か」
俺はベッドに仰向けになり
呟いた。
(もし今桃花を引き取ったとしても、
俺は桃花を幸せになんて出来ない。
俺の住む世界はもう
桃花とは違うんだ…
今日だってまた人殺しだ
桃花をこっちの世界に
関わらせる訳にはいかない…)
だんだん崩れてきた
俺の『ヤクザ』という名の仮面。
あの桃花のガリガリの姿を見た時、
俺だって引き取ってやりたかった。
でも、そんな事出来る訳ねぇじゃん。
ボスっ
俺はでかい枕を壁に投げつけた。
「俺に、どうしろってんだよ…。」
もう…いっその事
記憶喪失になりてぇ…
「ははっ…」
自分のギャグに自分で失笑…
終わってるな、俺。
…どこで、狂ったんだろう?
何がいけなかったのだろう?
どうしてこうなったんだろう?
答えの無い問を何度も何度も繰り返す。
あれから…
組には水価からしょっちゅう
電話が掛かってくる。
無視するように命令してる…
「桃…花…」
ボソリと呟いた。
久しぶりに口にした言葉。
今は、その言語が愛おしくて堪らない。
今頃、泣いているかもしれない。
俺に嫌われたのかと思って…
「~~~~っ」
俺は頭をグシャグシャにして
溜め息をついた。
ポタ…
(え…?
何だ?雨漏り?)
ふと、頬に水が伝った感触がした。
(まさか…)
俺は、恐る恐る目に指を近付けた。
涙…?
ヤクザになってから一度も
涙を流す事はなかったのに…
体は、正直だ…
こんなに、心と体が桃花を求めてるのに…
どうして俺はいつも素直になれないんだろう…?
答えは、本当は知ってる。
俺は桃花を求めて、桃花も俺を求めてる。
それ以外、何がいる?
(引き取ろう、桃花を。
でも、桃花にヤクザだと言う事は
隠し続けよう。
それがきっと…)
そう心に刻むと、
俺はドアを開けて勇を探した。