待ち続けた子。
…小林組…
「世亜様、ひとつご連絡があります。」
「んぁ~?何?」
世亜は眠そうに返事をする。
「実は、水価様から昨晩
電話をいただきました」
その言葉に世亜の目付きが変わった。
「水価んとこから…?
なんて?」
「はい。
桃花様を唐御様に引きとって
いただきたい、と…」
「はぁ?」
世亜はそれを聞くと
頭を掻いてため息を吐いた。
「ふ~ん…、なんで?」
「桃花様は、今精神病院に入院
されているようです。
食事を一切受け付けず、
ガリガリなのだとか…
桃花様の精神状態は、
限界だと聞いております。」
「それでねぇ~…
うちに引き取れって…
あいつらあのガキをヤクザにするつもりなん?」
世亜が冗談で言うと
勇は愛想笑いもせずに口を開いた。
「いかがなされますか?」
(愛想のねえ奴…)
「そうさねぇ…
唐御に聞いてくれば?
あいつの答えで決めるわ」
「…かしこまりました。
唐御様に伝えておきます」
世亜の部屋の扉を閉める音が
聞こえると世亜は大きなため息をついた。
「桃花…ねぇ…」
コンコン
世亜から伝言を受けた勇は
唐御の部屋の扉を開いた。
「失礼致します」
「なんか用か?」
唐御はダルそうに口を開けた。
「はい、
水価家の方から連絡が
来たそうです」
水価、と聞くと唐御は
少し関心を見せたようだ。
「なんて?」
「率直に申し上げますと…
桃花様を引きとっていただきたい、と」
その言葉に唐御は
動揺せずにいられなかった。
「は…?何で?」
「桃花様がそれをお望みゆえ、
水価様方もそれに同意した…と、
聞いております」
俺は、信じられなかった。
ふざけるな、と本気で思った。
あの子の幸せを思って
俺は全てを捨てた…
いや、捨て去られたんだ…
組から、父親から、水価から!
全てを捨て去られて
今の俺が出来上がった。
ヤクザ、という仮面を纏った俺が…
「…唐御様?
いかがなさいましたか?」
勇が冷静な声で聞いてくる。
「…ふざけるな」
俺は小声で呟いた。
「え?何を「ふざけるなっつてんだよ!」
一瞬、勇が驚いた。
「俺は、もう昔の俺じゃない!
今頃桃花を引き取れって…
育児放棄かよ…!
無理やり桃花を取ってたのは
あいつらだ…
放っておけばいいだろ…」
心が、キュッと痛くなった。
「…本当にそれでよろしいですか?」
勇が疑い深く問いかける。
「あ?本当にってなんだよ?」
「いえ…、最後の言葉はとても
本心からとは思えませんでしたので…」
「・・・」
「それから…
桃花様は拒食状態にあるとも
聞いております」
(!!!)
「失礼致します」
勇はいつものように冷静に
部屋を去って行った。
(拒食…状態…!?)
それから俺は3日間、
イライラを隠せないまま
過ごした。
3日経った後、
もう居ても立ってもいられなくなった。
勇に桃花の入院先を聞き、
自分で車を運転して高速を飛ばして
県外の桃花の元へと走った。
心の中は桃花に
「会いたい」
という気持ちしかなかった。
思ってはいけない事位
解ってる…
それでも、思わずにはいられなかった。
病院に着くと受付に走り、
「水価桃花さんに、面会をお願いします」
と、言ったが
受付の女は俺を見て怯えていた。
そうだろう、
眉間にシワを寄せて怖そうな雰囲気を
醸しだした男が面会にきているのだから。
「しょ、少々お待ち下さい」
受付の女はパソコンの画面を見て
「申し訳ありません、
水価桃花様はご家族以外の方の面会は…」
「家族?
すいません、あの…」
ハッ、と気づいた。
今、なんて言おうとした?俺?
まさか、『家族です』なんて
言おうとした訳じゃ…
そんな事を考えてると、
「あっ!」
聞いた事のある声を聞いた。
振り返ると…
「水…価?」
そこには水価姉妹。
水価姉妹は俺だと分かると
俺に駆け寄って来た。
そして、由来の姉は俺の手を取って
「来てくれたんですね、ありがとうございます…」
と、感謝の目で俺を見た。
(やめろ、そんな目で俺を見るな…)
俺は…人殺しだ。
そんな事を思っていると、
水価達が俺の面会の手続きを済ませてくれた。
廊下を歩きながら、
水価達が話しかける。
「よかったわ、小林さんがきてくれて。
小林さんの話題を出すと桃花ったら
目を輝かせてパパまだ?って
聞いてくるんですよ」
「ご飯も少しづつ食べれるように
なったのよね、小林の話になると」
そうすか、へぇ…
平静を装っているものの
心臓はバクバクしている。
パパ?
まだ俺の事パパなんて呼んでるのか?
ご飯、やっぱり食ってなかったんだ…
こんなに眉間にシワあって
怖がんねぇかな?
少しは…でかくなったかな…?
コンコン…
「桃花、開けてもいい?」
どうやら部屋に着いたようだ。
「い~よ~」
(桃花の・・・声だ)
それだけで俺は感無量。
ガチャ…
ドアを開けると、桃花は水価姉妹を
目がけて走ってきた。
そして…
「ねぇ!パパはいつ来るの!?
明日!?明日の明日!?」
目を輝かせて聞いてきた。
クスクス…
笑う声が聞こえる。
「桃花、気付かないの?
この人誰?」
桃花がきょとんとした顔で
俺を見上げた。
桃花は目を丸くした。
そして…
「パ…パ…?」
俺を呼んで目に涙を溜めた。
「パパ…
どこに…いたの…?
もも…桃花…ずっとずっと…」
そこまで言うと桃花は
わーっと泣き出した。
ピシッ…
俺の中で亀裂が走った。
そして…
「パパ!?」
俺は逃げた…
耐えられない…
無理だ!俺には無理!
桃花も馬鹿だ…
俺がまだ、綺麗だとでも
信じているのか…?
あんな綺麗な目で見つめられたら
俺、壊れるんじゃねぇか?
何で…
何で、あんなに涙が流せる…?
俺なんかの為に…
俺があの子をもう一度
育てるなんて…
絶対無理だ。