番外編:世亜の過去。
唐御の父親、世亜本名・小林裕太。
世襲制の組を継ぎ、今日まで小林組を守ってきた。
そんなある日、裕太は煙草を口から離し空を見上げた。
そして裕太は呟いた
「恵…」
―20年前-
裕太はまだ高校生だった。しかし裕太は普通の高校生とは違い、ヤクザの息子。
誰も裕太に近づく者はいなかった。
友達一人もいなかったが
裕太自身もそんなものは求めていなかった。
ある日裕太はいつものように子分の車から降り学校の玄関へと向かった。
(なんかだりぃな)
そう思い立つと、教室をスルーし屋上へ向かった。
屋上のドアを蹴飛ばして開けた。
快晴だった。
いつもと変わらない景色…
「ん?」
いや、違う
フェンスの向こう側に誰かいる?
裕太が近づくとその人物は振り向いた。
…不覚にも
裕太はときめいた。
その振り向いた人物は女だった。
綺麗な顔立ちで大きな目をして小さい口を開いた。
「誰…?」
その声で裕太ははっとした。
そして、冷静になり
「あんたこそ、誰?てか何?
あんた、死ぬの?」
そう聞くと女は、下を見つめて呟いた。
「…死にたい」
ズキッ…
裕太の胸が一瞬痛んだ。
(なんだ?これ・・・?)
裕太が戸惑うのも無理はない。
裕太は人を好きになった事が一度もなかった
まさか、
この気持ちが一目ぼれ、な事に気づくはずもない。
自覚はなくとも、
惚れた女が死にたいなんて言えば哀しくなる人間なんていない。
「・・・なぁ」
裕太はいつの間にか声を出していた。
「何ですか?」
「ちょっとさぁ、話しねぇ?
死ぬのはそれからでも
遅くねぇっしょ?」
それは、裕太が初めて人に思った
“死ぬな”というメッセージだった。
その言葉を聞いて女は
涙をぼろぼろ流した。
その涙で裕太の心は大きく揺らいだ。
そして…
裕太は一歩、また一歩と
フェンスにいる女に近づいた。
「?」
涙を流しながら女は
不思議そうな顔をした。
裕太はフェンスに指を掛けて
「こっち、戻って来いよ…」
と、切なそうな顔と声で言った。
それを聞くと女は、
傍にあったフェンス扉に近づき
フェンスの内側へ移動した。
それを見届けると
裕太は女に近づき抱きついた。
「なっ…」
女が同様していると
裕太は口を開いて
「もう、死にたいなんて
言うんじゃねーぞ」
そう言って女を少しギュッと
きつく抱き締めた。
「うん…。」
女もまたそう答えた。
もうお気づきだろうが
この女こそが唐御の母、恵である。
この二人がこれから
繰り広げるストーリーは
哀しく切ないものである…。
それから、二人は付き合いはじめた。
しかし、裕太はヤクザの身分である為
恵の存在をおおやけにはできなかった。
それでも恵はよくこう言っていた。
「幸せ」
それを聞くと裕太も心が温かくなった。
付き合ってから、
それなりの事も色々した。
もちろん体の関係も持った。
そして二人の高校卒業間近のある日…
恵に、妊娠が発覚した。
それを知った裕太がまず一番に
思った事は…
「ヤ バ イ」
裕太は恵の事を何より
大事に思っていた。
もちろん、子供が出来て
嬉しくないはずはなかった。
しかし…
裕太は、世襲制の組の「ヤクザ」なのだ。
裕太自身は、恵を組に関わらせたくなかった。
ましてや、大切な人との間に出来た
子供をヤクザになんてしたくなかった。
この事が父親にばれれば
恵が子供を産んだその瞬間に
子供を取り上げるだろう。
そして、生まれつきヤクザになる
という宿命を背負い育てられるのだ。
そう、裕太のように…。
そして、裕太は恵の前から姿を消した。
卒業寸前まで行った学校を辞め
恵との関係を絶った。
それから、1年が経った…。
裕太は、父親の配下でヤクザとして
立っていた。
それでも時々思い出す恵と、子供の事…
俺のやった事は…
そんな事を、常に考えていた。
ある日、裕太は父親に呼び出され
写真を見せられた。
そこには生まれたばかりであろう
赤ん坊の姿が写っていた。
「? 誰ですか?
この子供?」
裕太がそう言うと、父親はふっと笑い
「気付かないか?」
「え?」
「お前によく似た赤ん坊だな」
「!!!!」
裕太が驚いていると
父親は「これで組も安泰だ」と、
笑いながら言った。
(ばれた…、
いや、ばれていた…?)
その後裕太は恵を探した。
部下を使い必死に探しまわり
やっとの事で恵が住んでいる
アパートを見つけた。
裕太は車を飛ばし、
他県にいる恵の元へ向かった。
「ここか…」
裕太は車を止め、アパートを見た。
(ここに、恵がいる…。
一番会いたかった恵が…)
裕太は不覚にもそう思ってしまったが
すぐにその想いを消した。
(恵を幸せにする為には、
これしか方法がないんだ…
俺がやらなきゃいけねぇんだ)
裕太は、恵のいる部屋のチャイムを鳴らした。
バタバタバタ…
「はぁい、!」
恵は、裕太の姿を見ると硬直した。
そして、涙をぼろぼろ流した。
そう、出会ったあの日の様に。
ズキン…
裕太の心が一瞬痛んだ。
「裕太…、今・・までどこに居たの?
赤ちゃん、…生まれたのよ?」
「…知ってる。」
そう言って裕太はポケットから
煙草を取り出して火を付けて一服した。
「裕太?」
何か様子がおかしい事に気付く恵。
その瞬間…
バキッ!
「きゃっ!」
裕太は恵の顔を殴った。
「裕…太…?」
赤くなった頬を手で押さえながら
恵はもう一度名前を呼んだ。
「今日は、赤ん坊を貰いに来た。」
裕太は、そう言って恵の胸倉を掴んだ。
「ヤクザになってもらう為にな」
その言葉を聞くと恵は慌てて
赤ん坊の傍へ走って行った。
「…」
裕太もその後を追い掛ける。
「赤ん坊はそこか?」
「いやっ!
来ないで!!」
恵は赤ん坊を抱き抱え、
裕太を睨んだ。
「この子をヤクザになんてさせない!
帰って!帰ってよ!」
「…渡さないなら、
無理やりにでも取ってくぜ?」
そして、裕太は赤ん坊を抱えて
丸くなっている恵を蹴り、殴った。
恵の瞳は怯えていた。
赤ん坊も泣いていた。
しばらくしてから裕太は
口を開いた。
「渡せねーってんなら、
二度と俺に姿を見せないように
遠くへ行くんだな!
お前とのガキなんて
いらねーよ!」
恵はその言葉を聞くと
唖然としていた。
(私との子供は…いらない?)
恵は、泣きそうなのをグッと堪えた。
「…。
ほら、どうしたよ?
さっさと行けよ!
もう二度と俺に見つからないようにな!!」
恵は、ハッと我に返り赤ん坊を抱いて
玄関へ向かった。
バターン!
その音を聞いて裕太は膝をストンと着いた。
ぽた…ぽた…
床に水が一滴、二滴と落ちた。
裕太の目から涙が落ちていたのだ。
「くそっ…、くそっ…」
小さく、震えた声で裕太は
自分の無力さを恨んだ。
(あんな事、本気で思ってる訳ねぇだろ?
恵と赤ん坊と一緒に幸せに暮らせたら
どんなにいいか…。
なんで…
なんでヤクザになんて生まれたんだ…!)
それから裕太は拳をギュッと強く
握りしめて誓った。
(もう俺に守るものはなにもない。
いや、守らない。
守れば辛い思いをするのは
俺だけじゃない、相手も辛くなるんだ。
だったら俺は…
もう守れないものは守らない)
その後しばらくしてから
裕太は父親を自分の手で射殺し、
若くして組のトップになった。
そして、名前を「世亜」と改名した。
裕太、という名前の出来事を忘れる為に…
しかし、実際は忘れる事が出来ず
恵とその赤ん坊唐御の情報を陰で部下に
調べさせ、遠くから見守っていた。
それが、裕太が出来る精一杯の
親心だった…。
ある時は、恵が働いているクラブの経営が
苦しくなったら金を奉仕したり
ある時は、唐御が危ない時は
部下を使って助けたりもした。
自分は姿を見せる事なく…
ある年、裕太は桃花の存在を知る。
桃花のルーツは、
恵の友達の娘が妊娠した事により
友達は娘から子供を取り上げ
一時的に恵の元で預かって欲しい
との、頼みからだった。
人がいい恵は断れず
子供を引き取ってしまう。
またある年、
裕太はアメリカでの任務があった為
部下を数人連れアメリカへ飛び立った。
アメリカで任務を終える前に
裕太は恵がアメリカにいる事を
耳にはさみ恵の働く喫茶店へと出向いた。
そして…
裕太は恵と唐御の顔を
やっと見れたのである。
「…裕太、話があるわ」
恵は強気に言った。
裕太にはなんの話か
解っていた。
恵が休憩を貰いに
店長に掛け合ってる間、
裕太は唐御を見つめた。
(でかくなったな…)
しかし、裕太には守らなければいけない
誓いがあった。
「裕太、今までどこに居たの?
私がどれだけ苦労して...」
必死に訴える恵に
裕太は胸が苦しくなった。
心の中で謝罪をしながらも
口では正反対の言葉を出した。
桃花が部屋に入ってきた。
裕太は、その時気付いた。
(このガキの顔…
あいつそっくりだ…!)
裕太には一発で解った。
この子供もまた、
ヤクザという宿命を背負った者
だということが…。
裕太は、恵の方を振り返り
暴力を振るった。
このガキの所在がバレたら
恵と唐御は命を狙われる…!
ガッと音がして手首に
力を感じた。
振り返るとその力の持ち主は
唐御だった。
「・・・」
裕太は手を振りほどくと
さっさっと部下の元へと帰った。
「世亜様…」
部下が心配そうに声を掛ける。
「あのガキ…、
水価んとこのガキだ。」
「!!」
「ちゃんと調べさせなかった
俺が悪い…。
あのガキ、今後よく見張っておけ」
「は、はい」
水価家は、歴代小林組と
トップを争ってきたヤクザの名家だった。
今はヤクザの看板を下ろし
金でしか動かないただの
チンピラになり下がってしまったが…
裕太は深いため息を吐いた。
(この事に関しては、
恵に話さなきゃダメ…か。)
それからまた月日が流れた。
唐御達も、それなりに安定していた。
ある日、恵の元へ1本の電話が入る。
「もしもし?」
「恵か…?」
「! 裕太…?」
電話の主は裕太だった。
「今から、桃花を連れて
来て欲しい場所がある」
恵は裕太の様子がおかしい事に
気付き、要件を受けた。
ゴー、ガタンガタン…
電車の通る橋の下で
恵は桃花の手を繋ぎながら
裕太を探した。
「…恵?」
「裕太?」
最初に声を掛けたのは
裕太だった。
「話って…何なの?」
「…。
そんなに睨まなくても
いいだろ?」
裕太はそう言うと
恵に歩み寄った。
「な、何?」
恵は少し後ずさりしながら聞いた?
裕太の手が伸びてきた。
恵は思わず目を瞑った。
すると…
「!!」
裕太は恵を抱き締めた。
「ゆ、裕…太…?」
「恵…
今まで悪かった。
本当にすまないと思ってる。」
予想外の言葉に恵は
目を真ん丸くした。
「唐御を産んで、ひとりで育てて
大変だったよな…?
全部、俺の力不足だ。」
「どう…したの?」
恵が問うと裕太は過去の話を始めた。
「恵、お前と高校の頃出会って
俺の世界は変わった。
すっげぇ楽しかった。
・・・幸せだった。
でも、お前に子供が出来たって聞いて
俺は ヤバい って思ったんだ」
「ヤバい…?」
「俺の組は、世襲制なんだ。
もうかなり前から…
お前に子供が出来た時、
まだ組は親父が統括してた。
バレたら、俺とお前の子供を
あいつは取り上げるつもりだった。
だから俺は姿を消した。
それから、何度も何度も
忘れようとした。
でも、ダメだった。
忘れようとすればするほど
思い出しちまう。」
「・・・」
「それから1年が経って
親父の部屋に呼ばれたんだ。
その時、1枚の写真を見せられた。」
「写真?」
「あぁ…
そこには、赤ん坊の唐御が写ってた。
それで、あいつは笑ったんだ。
この組もこれで安泰だ、ってな…」
裕太は切ない声でそう言った。
「…恵?
泣いてるのか?」
裕太は恵がかすかに震えているのに気付いた。
「だ…だって、私…
あなたの事、ずっと最低な人間だって…
裕太の事、知ろうともしないで…
か、勝手…に…」
恵は、とうとう涙が抑えられなくなって
涙をボロボロと流した。
「…ママー?」
桃花が心配そうな声を
恵に掛けた。
「・・・。」
裕太は桃花をチラッと見て
恵を強く抱き締めて口を開けた。
「いいんだ、全部俺が悪かった…
お前は何も悪くない。
今日は、その事とお前にひとつ
忠告する為にお前を呼んだ…」
恵は涙を抑えながら
「忠告?」
と、問いかけた。
「あぁ…
その桃花って子供は…
唐御と同じヤクザの子供だ。」
「…え?」
「驚くよな?
でも、これは事実だ。
そこでひとつ提案がある。」
「提案…?」
「俺が桃花を水価んとこに
戻そうと思う。」
「そんな…」
「? 何かあるのか?」
「唐御が…」
「唐御が?」
「唐御が桃花の事を
とても大切にしているの。
今、桃花と唐御を引き離したら
それこそ唐御は…」
「・・・」
それを聞いて裕太は考えた。
「解った。
桃花を戻すのは辞めよう。
ただ、向こうが何か言ってきたら
俺はお前と唐御の為に桃花を
水価のとこへ戻すぞ?
それでもいいか?」
恵はそれを聞いて少し考え込んだが、
いずれ、唐御も桃花を離す事にも
納得出来る時が来るだろうと
了承してしまった。
そして…
「恵、今日はありがとな。
お前と会えるのはこれが最後だ。
…お前と会えて本当に良かった」
裕太はそう言って、
優しい笑みを恵に向けた。
「こっちこそ、ありがとう。
私も、あなたと出会えて良かったわ…」
それから最後に恵と裕太は
キスをして別れた。
一緒にいた桃花は
終始きょとんとした顔で
恵の手を握り締めていた。
「ママー?」
「なぁに?桃花」
「おなかすいたー」
「そうねー、
ママもお腹ぺこぺこ。
帰ったら桃花の食べたいもの
作って、パパと一緒に食べようねー」
「うん!」
そんな会話をしながら
桃花と恵は帰り道を歩いていた。
一方、裕太は車を一人で
運転しながら帰路に向かっていた。
その顔は、どこかすっきりした顔だった…。
その後、恵は不運にも交通事故で
この世を去ってしまい…
裕太は、唐御を守る為に
桃花と唐御を離そうとした。
…が、唐御は桃花を離さなかった。
そして…
優華の存在を知り、
それを餌に唐御と桃花を離す事に
成功した。
それでも、裕太の悩みは消えなかった。
唐御の“家族”を、奪ってしまった事を
ひどく悔やんでいた。
唐御にとって桃花は
苦しい事も嬉しい事も
分け合ってきた人間だ。
例え、血は繋がってなくとも、だ。
(俺のした事は正しい事だったのか…
それとも…)