婚約破棄され追放された付与術師ですが、全ての強化を外したら元婚約者の勇者パーティが壊滅しかけました。今さら戻れと言われてももう遅いです
※短編です。最後まで一気に読めます。
王都の中央広場は、異様なほどの熱気に包まれていた。
勇者カイン率いる討伐隊の出発式——その中心に、エリシアは立っている。これまで何度も経験してきた光景だった。
けれど、彼女の胸の奥にあるのは高揚ではなく、どこか冷えたような違和感だった。
「⋯⋯エリシア」
名前を呼ばれて顔を上げると、そこには見慣れたはずの幼馴染の姿がある。
金の髪に、自信に満ちた表情。誰もが認める勇者。
そして——彼女の婚約者。
「少し話がある」
改まった声音に、嫌な予感が胸をよぎる。
それでもエリシアは頷き、彼の前に歩み出た。
周囲のざわめきが、すっと遠のく。
「エリシア。俺は、お前との婚約を破棄し、そしてお前を勇者パーティから追放する」
——やっぱり。
どこかで分かっていた言葉だった。それでも、胸の奥がひどく静かに軋む。
「理由を、聞いてもいい?」
声は驚くほど落ち着いていた。
カインは一瞬だけ視線を逸らし、すぐに言い切る。
「まずは追放の理由からだ。この先の戦いには、もっと強い仲間が必要だ。お前の付与では敵を倒せないし、味方を守れない。パーティの戦力としては物足りない」
背後で、小さな笑い声が漏れる。
振り返らなくても分かった。新しく加わった魔術師の少女だ。確かに、彼女は多彩な魔術を操る。敵を倒す攻撃魔法に、味方を守る結界魔法。エリシアの付与と比べれば、派手でわかりやすい。
「それに見栄えも良くない。勇者パーティには、相応しい顔ぶれってものがあるだろ。婚約の方は、まぁ勇者パーティを抜けてもらうわけで、俺とお前は住む世界が違いすぎる。だから、婚約については俺の優しさだ」
——それが、彼の出した結論だった。
幼い頃、泥だらけになって交わした約束も。将来は一緒に戦おうと笑い合った日々も。
全部、ここで切り捨てられる。
エリシアは、ふと思い出す。共に生まれた小さな村で、親公認の婚約者として過ごした日々を。勇者の適性がある彼を支えようと、自分なりに努力して付与術を極め、隣に立てるようになろうとした時間を。
それら全ての記憶が、静かに砕け散っていく。
「⋯⋯分かった」
エリシアは静かに頷いた。
驚いたように、カインの目がわずかに見開かれる。
もっと取り乱すと思っていたのだろうか。
だが、もういい。
期待していなかったと言えば嘘になる。けれど——ここで縋るほど、彼女は弱くない。
「婚約の件、了承します」
形式的にそう告げて、一歩下がる。
そして、もう一つ。
「それと——これまで付与していた効果は、すべて解除しますね」
「は?」
間の抜けた声が返ってくる。
「武器強化、耐久補助、疲労軽減、魔力効率の最適化。あとは細かい補助もいくつか」
淡々と列挙すると、カインは眉をひそめた。
「⋯⋯そんなの、最初から大したことないだろ」
周囲からも同意するような空気が流れる。
——そうだろうか。
ほんの一瞬だけ、胸の奥に引っかかるものがあった。だが、それを口にすることはない。
「では、これで失礼します」
エリシアは軽く頭を下げ、その場を離れた。
誰も引き止める者はいない。石畳を踏みしめる足音だけが、やけに大きく響いた。
——その日。
勇者パーティから、“何か”が消えたことに気づく者は、まだ誰もいなかった。
◆
「おい!何やってんだ!」
「仕方ないでしょ!急に武器が壊れて!」
「高火力魔術はまだかよ!耐えるのもキツいぞ!」
「チッ、もうちょっと待ってください!」
勇者カインのパーティからエリシアが抜けてすぐ。ダンジョン内で戦闘が開始されたが、全員が違和感を覚えた。
槍使いの女は、普段壊れなかった槍が壊れたこと、そしてダメージが普段より入らなかったことに気が付く。
大盾持ちの男は、普段よりも盾を貫通してくるダメージ量が多いことと、耐久時のスタミナ切れが速いことに気が付く。
そして新入りの魔術師も、魔術の構築が遅いことと、魔術の威力が低いことに気が付き始めていた。
勇者パーティ全体に、確信のようなものが生まれていた。
エリシアの付与術が無いのは、致命的な事である。ということに。
しかし、それをカインだけは気が付かなかった。いや、見て見ぬふりをしたと言うべきだろうか。
「俺が全て薙ぎ払う!喰らえ!『聖光斬』!!」
勇者が使える大技、聖光斬を聖剣から放つと、先ほどまで苦戦していたモンスターたちが消し炭になった。ただ、これは今のようなレベルのモンスターに使う技ではなく、もっと切り札的に使う必要がある技だ。
それはカインも分かっていた。だが、エリシアを追放した手前、そのエリシアが必要だったことを認められない。その為にも、カインは自分の手でエリシアが不要だったことを証明しなければならなかった。
(俺は、勇者カインだ。あんなやつ居なくたって⋯⋯俺は、俺はやれるんだ!!)
◆
エリシアは一人、街道を歩いていた。勇者パーティを追放され、王都にも故郷にも帰るアテが無くなったため、行き場を求めてフラフラと旅を始めることにした。
とりあえずの目標は、自分を知らない隣国辺りで、付与術師として冒険者になることだ。付与術に生涯を捧げてきたため、これ以外に出来ることも無い。
そうして街道を歩いていると、突如矢が飛んできた。
咄嗟に身を捻って回避を試みるが、その矢は頬を掠め、血が垂れる。
矢の飛んできた先を見てみると、ゴブリンアーチャーが弓を引いている場面だった。矢が放たれる寸前で大きく飛んだことで、なんとかその矢を回避することは出来た。
しかし、こうして避けられるのもあと何発か分からない。もしかしたら、次は直撃して死ぬかもしれない。
(ッ!私は、私単体は本当に弱い!ゴブリン一匹まともに相手できなくて⋯⋯そりゃ勇者パーティも追放されるよね⋯⋯)
死を悟り、ふとそんな後悔を覚える。勇者パーティ内には、カインと同じくらい戦える女戦士が居た。彼女のように強ければ、自分は追放されることは無かったのだ。自分の弱さが腹立たしい。
怒りや悲しみ、後悔などが入り交じる中、ゴブリンアーチャーの矢が再び放たれる。避けられるかどうか、逃げようとしたところで、自分の前に影が現れた。
その影は、ゴブリンアーチャーの矢を左手の小盾で弾き、腰に携えた投げナイフを右手で投げる。即座にゴブリンアーチャーの額を貫き、ゴブリンアーチャーは小さな悲鳴を上げて倒れた。
エリシアが安堵の息をつくと、その影——いや、軽装の冒険者がエリシアに振り向いた。
「大丈夫か?」
「は、はい。助けていただいて、ありがとうございます」
「この辺りは魔物も多い。一人で歩くのは危険だ。見たところ、冒険者では無いような⋯⋯いや、確かアンタ⋯⋯勇者パーティの付与術師じゃないか?」
流石にバレるか。エリシアは、男の言葉に無言で頷く。男は、心底疑問といった顔を浮かべた。
「なんでそんな奴が⋯⋯確か、勇者パーティは今、魔王軍の補給元になってるって噂のダンジョン攻略中だろ?」
「⋯⋯多分、そのうち勝手に知ると思うので言いますが、私は勇者パーティを追放されました」
「⋯⋯は?」
男は、間の抜けた声を漏らしたまま固まった。
「それでは失礼します」
「あ、おい!ちょっと待ってくれ!」
エリシアが足早に離れようとするのを、男は咄嗟に止めた。それは、やはりエリシア一人で街道を歩くのが危険だと判断したからだ。
ただ、それを馬鹿正直に伝えても、今のエリシアには傷口に塩を塗るような気がしたため、男は別の理由を考える。
「元勇者パーティの付与術師で、今はフリーなんだろ。次の街までで良い、一緒にパーティを組んでくれないか?俺の名前はグラント。アンタは⋯⋯エリシアだよな」
「はい、エリシアです。⋯⋯パーティの件ですが、私としてもグラントさんのような戦士が居てくれるのは助かりますが⋯⋯私自身の直接戦闘力はゴブリン以下で⋯⋯」
「付与術師に戦闘力を求めてどうすんだよ」
グラントはそう言って、腰の剣を軽く叩いた。
「付与、できるんだろ。俺にかけてみてくれ」
エリシアは一瞬だけ迷い、そして頷いた。
「⋯⋯分かりました。武器強化、耐久補助、疲労軽減……それと、魔力効率の最適化」
エリシアの詠唱に伴い現れた淡い光が、グラントの身体と装備を包み込む。
「ほう⋯⋯」
軽く剣を振る。
その一振りで、空気が鋭く裂けた。
「剣が軽くなったのか?いや、違う⋯⋯俺の力が増したのか」
さらに踏み込む。グラントの一撃は、目の前に聳え立つ樹木の幹を一瞬で両断した。
「⋯⋯おいおい、これ何をしたんだ?」
グラントが振り返る。
「付与ですけど⋯⋯」
「いや、そんなレベルじゃないだろ⋯⋯明らかに、普段とは別物の強さだ。こんな付与術、聞いたことも見たことも無いぞ⋯⋯」
グラントは短く息を吐き、エリシアを見た。
「アンタ、本当に追放されたのか?」
「⋯⋯はい」
「理由は?」
「私自身が弱すぎることと、付与術も私自身も地味で役に立たないから⋯⋯だそうです」
一瞬の沈黙。
そして——
「は?」
さっきよりも低い声だった。グラントの声には、怒りや驚き、疑問といった複雑な感情が込められていた。
「⋯⋯勇者、カインだったか?あいつら、見る目なさすぎだろ」
あまりにも真っ直ぐな言葉に、エリシアは目を瞬かせる。
「少なくとも、俺なら絶対に手放さない」
即答だった。
「⋯⋯え?」
「アンタ一人で、戦力が段違いに変わる。さっきの連中、これ無しで戦ってるってことだろ?」
「はい⋯⋯多分」
「馬鹿だな」
そこまで言って、グラントは真剣な眼差しでエリシアを見つめながら、右手を差し出す。
「——やっぱり、俺とパーティを組んでくれ」
改めての宣言に、エリシアは戸惑う。
「⋯⋯いいんですか?」
「勿論だ。むしろ、次の街までだけじゃなく、ずっとパーティを組んで欲しいくらいだ」
聞く人が聞けばプロポーズのような言葉を告げ、グラントは軽く肩を回しながら続ける。
「アンタがいれば、どこだって行ける気がする」
その言葉は、あまりにもあっさりしていた。
だが——それは、エリシアが久しぶりに受け取る“肯定”だった。
「⋯⋯分かりました、よろしくお願いします」
エリシアは深く頭を下げる。
その瞬間、彼女の中で何かが少しだけ軽くなった気がした。
「決まりだな」
グラントは軽く笑い、前を向く。
「じゃあまずは——腕試しといくか」
◆
——その異変は、突然だった。
「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯まだ来るのかよ⋯⋯!」
ダンジョン中層。
すでに何度目かも分からない戦闘の最中、カインは苛立ちを隠せずに叫んでいた。
本来であれば、この階層の魔物は苦戦する相手ではない。
それなのに——
「武器が、もたない⋯⋯!」
「回復も限界よ!これ以上は無理!」
仲間たちの声が、余裕の無さを物語っていた。
すべてが、噛み合わない。攻撃は通らず、防御は崩れ、魔術は遅い。
自分たちの戦い方や武器に変更は無い。なのに、以前より遥かに苦戦を強いられている。つまり——全ての戦闘能力が弱くなっていた。それも、予想を遥かに上回るレベルで。
(こんなはずじゃない……!)
カインは歯を食いしばる。
認めたくない現実が、頭の奥で何度も形を成そうとする。
——エリシアがいないからだ。
「黙れ⋯⋯!」
誰に向けたものでもない言葉を吐き捨て、カインは聖剣を振り上げた。
「俺が全部終わらせる!!『聖光斬』!!」
眩い光が奔り、目の前の魔物たちを一掃する。
その時——ズン、と足元が揺れた。
「⋯⋯チッ!」
直後、壁に亀裂が走る。
天井から砂と小石がぱらぱらと落ちてきた。
「お、おい⋯⋯今の⋯⋯」
「まさか⋯⋯ダンジョンが⋯⋯?」
仲間の間でざわめきが広がる。
カインは舌打ちした。
「気にするな!進むぞ!」
だが、その判断は——致命的だった。
その後も、カインは聖光斬を使い続けた。焦りを振り払うように、誇示するように。
そして、決定的な一撃が放たれた瞬間——
ゴォン、とダンジョン全体が、悲鳴を上げた。
「崩れるぞ!!」
誰かが叫んだ。
次の瞬間、床が割れ、壁が崩れ、魔力の流れが狂う。
——ダンジョン崩壊。それは、本来あってはならない現象だった。
◆
地上では、グラントとエリシアのパーティが多数の武功を上げていた。エリシアの付与術を受けたグラントは、鬼神の如き強さであらゆるモンスターを討伐している。どうやら、グラントは特にエリシアの付与術による効果を得られる体質であるようだった。
そんな二人は、隣国を目指し街道を歩いていた——そんな時。
「⋯⋯多いですね」
エリシアは、遠くを見つめて呟いた。
街道の先。普段では考えられない数の魔物が、地上へと溢れ出している。
「あれは⋯⋯スタンピードか」
グラントが短く言う。
「原因はダンジョンだろうな。崩れたか、あるいは——壊したか」
エリシアは、ほんの一瞬だけ目を伏せた。思い当たる人物が一人いるからだ。
——しかし。顔を上げた時には、もう迷いはなかった。
「⋯⋯行きましょう。放っておけば、街に被害が出ます」
「ああ」
グラントは頷き、走り出す。二人は、魔物の群れへと向かっていった。
◆
即席の防衛線。
冒険者や騎士たちが必死に魔物を食い止めているが、数が違いすぎる。
「くそっ、押し切られるぞ!」
「後ろに下がれ!」
混乱の中。その最前線に、ボロボロの一団が辿り着いた。
「はぁ⋯⋯はぁ⋯⋯」
カインたち、勇者パーティだった。鎧は傷だらけで、息も絶え絶え。かつての余裕など、どこにもない。
「勇者様!?なんでそんな状態で——」
「黙れ!!俺は⋯⋯まだ戦える⋯⋯ッ!」
見栄を張るように前に出た、その時。魔物の群れが、一斉に押し寄せる。
「くっ⋯⋯!」
剣を構える。だが、体が重い。
(クソッ、間に合わない————!)
——そう思った瞬間。
ヒュン、と。何かが風を切る音がした。
次の瞬間、最前列の魔物の額にナイフが突き刺さる。
「……え?」
さらに——キィン、と鋭い音が響くと、別の魔物の一撃が、弾かれる。
「お前ら、下がってろ。邪魔だ」
気が付けば、軽装の男が一人、カイン達の前に立っていた。
その背中だけで、場の空気が変わる。
「——遅いな」
そう呟き、男は踏み込んだ。
魔物が、次々と斬り伏せられていく。——圧倒的だった。小盾で遠距離攻撃を尽く防ぎ、圧倒的なスピードで魔物の喉元まで近づき、その首を切り伏せる。時には投げナイフで遠距離も対応可能。攻守一体の完璧な戦士がそこに居た。
そして、凛とした——聞き慣れた声がカインの耳に届く。
「⋯⋯後ろ、少し下がってください」
その声に、カインの心臓が跳ねた。ゆっくりと、視線を向ける。そこにいたのは、やはりカインが良く見知った女だった。
「⋯⋯エリ、シア?」
信じられないものを見るような顔で、名前を呼ぶ。
エリシアは、一瞬だけカインを見た。しかし、すぐに視線を外す。今はカインに構っている場合では無い。グラントの補助に注力する必要がある。
「グラントさん!左側、少し圧が強いです」
「了解」
グラントは、エリシアの指示に従い、左側に爆発投げナイフを投げる。爆発の魔術が込められた投げナイフは高価だが、それだけあって威力は中々だ。大きく魔物が爆ぜる。
グラントとエリシアの二人は、まるで、 そこにカインたちがいないかのように、阿吽の呼吸で戦闘を続ける。
「お、おい⋯⋯エリシア⋯⋯!」
「下がってください」
カインは右手を伸ばしながらエリシアを呼ぶ。しかしそれは、氷のように冷たいエリシアの言葉に遮られた。
その声には、逆らえない何かがあった。
エリシアは、カインを無視して前へ出る。
「付与、追加でかけます」
その瞬間。グラントの動きが、さらに加速する。剣が軽くなり、踏み込みが鋭くなり、無駄が消える。
カインは、直感的に理解した。これが——
「これが⋯⋯本来の⋯⋯」
自分たちが、ずっと受けていたもの。
それを。自分は——
「エリシア!戻ってこい!」
思わず叫ぶ。認めたくなかったが、認めざるを得ない。
エリシアは必要だった。欠かせない存在だったのだ。
今さら気がついたカインは、その思いのまま叫んだ。
「お前が必要なんだ!さっきのも見ただろ!?俺たちは——」
「無理です」
即答だった。エリシアは振り返ることすらしない。
「でも、大丈夫ですよ」
淡々と、言葉だけが落ちる。
「私は足手まといで、地味で、役たたずなんですよね?居なくても困りませんよ」
「っ……!」
「私を追放しておいて、今さらなんて——」
ほんの少しだけ、横顔が見えた。
その表情は、あまりにも遠かった。
「もう私があなたに付与をかけることはありません。頑張ってください。勇者様」
完全に、他人へ向ける声。
その瞬間、カインは理解した。
もう取り戻せない。自分が捨てたものは、自分では、二度と届かない場所に行ってしまったのだと。
◆
魔物の群れが、ようやく静まった。
最後の一体が地に伏すと、周囲に張り詰めていた緊張が一気にほどける。
「⋯⋯た、助かったぁ⋯⋯」
「何者なんだ、あの男⋯⋯」
ざわめきの中心にいるのは、グラントだった。そして、その一歩後ろに立つエリシア。
自然と、冒険者や騎士たちの視線が集まる。
「さっきの動き見たか?」
「あぁ、ありゃ人間業じゃねぇよ。オーガもゴブリンも等しく一刀両断だぜ?」
「いや⋯⋯アイツはあんなに強くなかったハズだ」
冒険者の一人が、呟いた。周囲の男たちが、その冒険者に詰め寄る。
「お前!あいつ知ってんのか!」
「アイツはグラントだ。あんまり人と組みたがらないやつで、俺も一回パーティに誘って断られたことがある。ただ、その時はあんなに強くなかった⋯⋯」
「つーことは⋯⋯もしかして、あの嬢ちゃんの付与の効果、だってのか?」
「一瞬で、あそこまで底上げする付与術なんて、聞いたことがないぞ⋯⋯」
すると、別の男が物知り顔で出てくる。
「いや、あるぞ⋯⋯噂だけなら。勇者パーティにいた付与術師が、化け物みたいな補助をしてたって⋯⋯」
「⋯⋯!言われてみると、確かに⋯⋯!あの顔は——」
その言葉に、周囲の視線が一斉に動く。
エリシアへ。
「あの子は、勇者パーティのエリシアか?」
ざわめきが広がる。
「あの精度、あの効果⋯⋯エリシアなら納得だ」
「確か、勇者パーティを追放されたなんて噂も聞いたことあるぞ」
「はぁ?それであんなにボロボロで出てきたのかよ」
「あのダンジョンって、勇者パーティが順調に攻略出来てたはずだろ。どう考えてもエリシアを追放したから力不足になったんじゃん。なんで手放したんだよ」
その言葉が、カインの胸に静かに突き刺さる。
思わず反論が口から溢れ出た。
「⋯⋯違う!エリシアは⋯⋯そんな大した⋯⋯」
だが。
「は?」
返ってきたのは、露骨な疑問の声だった。
「いやいや、グラントの動き見てそれ言うか?」
「むしろお前たちが生き証人だろ」
周囲の視線が、今度はカインたちへ向けられる。
ボロボロの装備。乱れた呼吸。余裕のない表情。
比較するまでもない。
「⋯⋯ああ、なるほど」
誰かが、納得したように頷いた。
「使いこなせなかったんだな」
「っ……!」
言葉が、突き刺さる。否定できない事実だからだ。
カインは地面を強く叩く。すると、目の前に見慣れたブーツが見え、カインは顔を上げた。
「エリシア」
絞り出すように、名前を呼ぶ。
今度こそ、何か言葉を返してくれると思った。しかし——
「グラントさん、少し休みましょうか」
エリシアは、カインを見ることすらしなかった。その目は、いつの間にかカインの後ろに立っていたグラントにのみ向けられていた。
「怪我は無いですか?」
「かすり傷だ。問題ない」
短いやり取りだが、その距離は——あまりにも近い。カインの古い記憶——故郷で勇者ごっこをしていた、最もエリシアと仲が良かった頃——よりも近しく感じる。
「それでも、一応見せてください」
エリシアが、そっと手を伸ばした。グラントの腕に触れ、傷の具合を確かめる。
その手つきは、どこまでも丁寧だった。
「⋯⋯いらん。これくらい唾でも付けてりゃ治る」
「念のためです」
エリシアは小さく笑う。その表情は、さっきまでとはまるで違った。
柔らかくて、穏やかで——カインがかつて向けられていた顔だった。カインは、突然胸が締め付けられるように苦しくなる。
カインの思いはエリシアにまるで届かず、エリシアはグラントに優しい声をかけた。
「⋯⋯問題ありませんね」
「ならいい」
グラントは短く頷くと、今度はエリシアの頬に視線を向けた。
「⋯⋯そっちはどうした」
「え?」
「頬。切れてるぞ」
指摘されて、エリシアはようやく気づいたように触れる。
「あ⋯⋯これくらい、大丈夫です。唾でも付けてれば——」
「よくない」
即答だった。グラントは一歩近づく。
そして、ためらいもなくエリシアの顎に手を添え、顔を上げさせた。
「じっとしてろ」
「え、ちょっ⋯⋯」
戸惑うエリシアをよそに、グラントは懐から布を取り出す。布にポーションを数滴染み込ませ、そっとエリシアの傷口に当てる。
乱暴さは一切ない。むしろ、顔に似合わず、驚くほど慎重で——優しい手付きだ。まるで愛しいモノに触れるように。
「お前の綺麗な顔に傷が残ったらどうする」
「⋯⋯はい」
小さく頷くエリシア。その頬が、わずかに赤く染まる。
「お前は、もっと自分を大事にしろ」
「⋯⋯気をつけます」
そのやり取りを、カインはただ膝をついて見ていた。
何も言えない。何も、届かない。
かつて自分の隣にいたはずの存在が。今は、別の男の隣で、当たり前のように笑っている。
そして、その男は——自分がしなかったことを、自然にやっている。
エリシアとグラントの間には、誰も割って入れないような、そんな繋がりが垣間見えた。
(なんで⋯⋯)
胸の奥が、焼けるように痛む。
だが、その後悔はもう遅かった。
「行くぞ、エリシア」
「はい」
二人は、並んで歩き出す。その背中を、誰も引き止められない。
カインにも。その資格は、もう残っていなかった。




