タイムマシン
雨は、まるで時間そのものみたいに、止む気配もなく降り続いていた。
駅前の古びたバーで、僕はひとりテキーラをあおる。ショットグラスの底に揺れる透明な液体は、未来にも過去にも属さない、ただの「今」だった。
カウンターの隅に置かれた金属の箱――それがタイムマシンだと、マスターは笑いながら言った。
「行き先は自分で決めな。過去か、未来か」
僕は答えられなかった。
過去に行けば、あなたと出会う前の僕に戻れるかもしれない。
あの告白の瞬間をやり直せるかもしれない。
あなたが涙を浮かべて背を向けた、あの夜を消せるかもしれない。
未来に行けば、もしかしたらまたあなたに会えるだろうか。
別々の道を選んだその先で、もう一度笑い合える可能性があるだろうか。
雨音が強くなる。
グラスを傾ける。
喉を焼くアルコールが、迷いを一瞬だけ鈍らせる。
「どっちに行きたい?」
マスターの問いは、優しい刃のようだった。
わからない。
過去に行きたいか、未来に行きたいかなんて。
ただひとつ、確かなことがある。
それでも僕は、あなたに会いたい。
あなたが好きだ。
金属の箱に手を触れた瞬間、脈打つような振動が伝わってきた。
液晶には年号を入力する数字が並んでいる。
過去の日付を打ちかけて、指が止まる。
未来の年を思い浮かべて、胸が締めつけられる。
どちらを選んでも、あなたがいる保証はない。
どちらを選んでも、僕が同じ僕でいられる保証はない。
そのとき、不意に気づいた。
タイムマシンは、時間を渡る装置じゃない。
覚悟を試す装置なのだと。
あなたに会うために、
傷つく過去も、
不確かな未来も、
引き受けられるかどうか。
僕は年号の入力欄をすべて消した。
そして、現在の日付を打ち込んだ。
激しい閃光。
次の瞬間、雨は止んでいた。
バーの外に出ると、見慣れた街の交差点。
傘もささずに立ち尽くすあなたの姿があった。
それは奇跡でも、時間旅行の成果でもない。
ただ、僕が逃げなかった「今」だった。
濡れたアスファルトの匂いの中、僕はあなたに歩み寄る。
過去に行きたいか、未来に行きたいかなんて、もうどうでもいい。
僕はあなたに会いに来た。
今、この時間で。
「好きだ」
震える声でも、かまわない。
時間を超えるより難しいのは、
たった一言を、今ここで言うことなのだから。




