表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

タイムマシン

作者: 久保ハル
掲載日:2026/02/21

雨は、まるで時間そのものみたいに、止む気配もなく降り続いていた。


駅前の古びたバーで、僕はひとりテキーラをあおる。ショットグラスの底に揺れる透明な液体は、未来にも過去にも属さない、ただの「今」だった。


カウンターの隅に置かれた金属の箱――それがタイムマシンだと、マスターは笑いながら言った。


「行き先は自分で決めな。過去か、未来か」


僕は答えられなかった。


過去に行けば、あなたと出会う前の僕に戻れるかもしれない。

あの告白の瞬間をやり直せるかもしれない。

あなたが涙を浮かべて背を向けた、あの夜を消せるかもしれない。


未来に行けば、もしかしたらまたあなたに会えるだろうか。

別々の道を選んだその先で、もう一度笑い合える可能性があるだろうか。


雨音が強くなる。

グラスを傾ける。

喉を焼くアルコールが、迷いを一瞬だけ鈍らせる。


「どっちに行きたい?」


マスターの問いは、優しい刃のようだった。


わからない。

過去に行きたいか、未来に行きたいかなんて。

ただひとつ、確かなことがある。


それでも僕は、あなたに会いたい。

あなたが好きだ。


金属の箱に手を触れた瞬間、脈打つような振動が伝わってきた。

液晶には年号を入力する数字が並んでいる。


過去の日付を打ちかけて、指が止まる。

未来の年を思い浮かべて、胸が締めつけられる。


どちらを選んでも、あなたがいる保証はない。

どちらを選んでも、僕が同じ僕でいられる保証はない。


そのとき、不意に気づいた。


タイムマシンは、時間を渡る装置じゃない。

覚悟を試す装置なのだと。


あなたに会うために、

傷つく過去も、

不確かな未来も、

引き受けられるかどうか。


僕は年号の入力欄をすべて消した。


そして、現在の日付を打ち込んだ。


激しい閃光。

次の瞬間、雨は止んでいた。


バーの外に出ると、見慣れた街の交差点。

傘もささずに立ち尽くすあなたの姿があった。


それは奇跡でも、時間旅行の成果でもない。

ただ、僕が逃げなかった「今」だった。


濡れたアスファルトの匂いの中、僕はあなたに歩み寄る。


過去に行きたいか、未来に行きたいかなんて、もうどうでもいい。


僕はあなたに会いに来た。

今、この時間で。


「好きだ」


震える声でも、かまわない。

時間を超えるより難しいのは、

たった一言を、今ここで言うことなのだから。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ