第2章:海賊船の乙女と、一目惚れの方程式 第1節:黒き聖母との遭遇
太平洋のど真ん中で漂流すること、数日。
『神龍丸』は波間を彷徨っていた。
助さんの蒸留器のおかげで水には困らず、家康公秘蔵の堅焼きビスケット(乾パン)のおかげで餓死の心配もない。
だが、進むべき道が見えないという閉塞感は、ボディブローのように三人の精神を蝕み始めていた。
「……暇だ」
光圀が船底に大の字になって呟く。
「暇すぎて、空の雲の数を数え終わっちまった」
「若殿、それは禅の修行にも通じる境地……と言えなくもありません」
格さんも少し憔悴している。彼の手にある『論語』は、もう三回ほど読み返されていた。
その時。
マストの上で見張りをしていた助さんが、音もなく甲板に降り立った。
「若殿。……出ました」
「何がだ? クジラか?」
「いえ。もっと厄介で、もっと面白い獲物かもしれません」
助さんが指差す水平線の彼方。
朝霧の向こうから、巨大な影がぬっと姿を現した。
それは、日本の和船とは比較にならない巨躯を持つ、三本マストの帆船だった。
船腹には無数の砲門が並び、メインマストには極彩色の紋章旗が翻っている。
そして何より目を引くのは、船首に飾られた黒塗りの聖母像。
「ガレオン船……! 南蛮の軍船か!?」
格さんが飛び起き、腰の刀に手をかける。
当時の扶桑国において、この海域に現れる外国船は、侵略者か海賊のどちらかと相場が決まっている。
「へぇ……。デカいな」
光圀は身を起こし、口笛を吹いた。
警戒心よりも好奇心が勝っている。
その瞳は、新しい玩具を見つけた子供のように輝いていた。
「面白くなってきやがった。……助、格。身嗜みを整えろ。お客様のお出ましだ」
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