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ツルギの剣【再編集版】  作者: 稲枝遊士
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第九話 試合開始




 グラウンドに整列し、礼。


 先攻は、元野球部チームから。



「剣ちゃん、頼むで。例の球、投げてくれや」


「でも、あの球は連投するのは厳しいから。

 一回に一球、多くても二球が限度かな」


「そうか……それなら仕方ないな。


 一発目からアレ受けて見たかったんやけど。

 とりあえず、ここはバシっと抑えてさっさと終わらそか!」


 剣と真希がマウンド上で会話する。


 真希がキャッチャーボックスへ入り、プレイボール。




 独特なモーションから入る、剣流のアンダースロー。


 放たれる球速は百四十を超える速球。

 打者はかすりもせずに空振り。



 真希は続いて、内角低めの球を要求する。

 剣も頷く。


 振りかぶり、第二球。


 白球は見事に真希のミットへと吸い込まれていく。



 ――だが、次の瞬間だった。



 真希の頭蓋を強烈な衝撃が襲う。


 激痛、視界の暗転。


 それでも白球をこぼすまいと、真希は必死に白球を抱え込んだ。



 前のめりに倒れこみながらも、ボールは落とさない。




 原因はバット。


 打者のスイングが不自然な軌道を泳ぎ、真希の頭部をインパクトした。


 防具を付けている為、致死の外傷こそ無かったものの、それでも負傷、退場までありうる。



「真希さん!」


 信じられない事態に、剣が叫び、駆け寄る。


 ラブ将軍、ナイル、日佳留は、唖然としたまま動けなかった。



 剣は真希の状態を確認する。


 呼吸があり、うめき声を上げている。



 一応無事だったとはいえ、苦しそうだ。


 何故こんな酷いことを。

 理由を求めるように、打者を睨む。



「被害者ぶるなよ」


 打者は言う。



「お前らは人間じゃない。人間の敵だ。


 生まれつきの才能があるんだか知らないけど、それで私らの三年間を無駄にしていいわけがあるか。



 当然の報いだろ。


 その罪を、この手で償わせてやる! 覚悟しとけ!」



「そんな、だからってバットで殴っていいわけないじゃないですか!」



 剣の反論が出た瞬間。

 元野球部員側ベンチから罵声が無数に飛び交う。


 てめえらが人間なわけねえだろ。


 殺されないだけありがたく思え。


 黙れ化物。



 理不尽な非難を轟々と浴びて、剣は怒りに打ち震える。




「……気にすんなや、剣ちゃん。大丈夫や」


 不意に、真希が声を上げる。



 ゆっくりと、苦しそうに起き上がりながら。


 剣の目を見て笑いかけた。



「でも、バットで殴られたんですよ! 試合どころじゃないです!」


「ええから」



 真希は剣を手で制止し、打者と正面から対峙する。


 両者睨み合う。



 先に口を開いたのは真希から。


「覚悟すんのはお前らやで」



 言ってから、胸ぐらを掴む。


 打者を威圧しながら真希は続ける。



「何が三年間や。ふざけたことぬかすなよ。


 こちとら一球一打に人生懸けとんねん。


 三年だか何だか知らんが、ちまい数字出してイキんなよボケナス!」



 怒鳴りつけながら、真希は打者を突き離す。


 強く力を込めたわけでもなく、軽く押し返す程度のこと。



 だが、打者はたじろいでいる。

 真希の鬼気迫る勢いに押されていた。



「お前らがそういう野球やるっちゅうんやったらかまんわ。


 好きなだけやりゃあええ。

 ウチを殺すつもりで来いや!


 正面正直に、野球で叩き返したるわ!」



 最後に言って、真希は剣へ向き直る。


「すまんな剣ちゃん。ほら、ボール」


 剣へ直接、白球が手渡される。



 剣は心配で顔を悲しく顰め、真希を見返し、提言。


「真希さん、危険です。この試合はもうやめましょう」



 だが、真希は首を横に振る。


「ホンマにすまんな。

 でも、ウチはやめへんで」


「どうしてですか!


 バットで殴られるだけじゃない、他にどんなやり方で傷つけられるか分からないんですよ!


 危険すぎます!」


「そんなん分かっとるわ。


 でもな、もう背中向けられへんねん。


 あいつらしょうもない奴らやけど、しょうもないなりに全部掛けて突っ込んできとるんや。

 叩き潰してやらにゃ酷な話やで。


 それが勝負の世界っちゅうもんやろ。


 剣ちゃん、あんたも超野球少女なら分かるやろ。

 どんだけ昔の話かしらんが、あんたも野球で真剣勝負をしとったはずや。


 勝負ってそういうもんやろ。


 あいつらがあそこまでして、外道に落ちてまで勝とうとする理由が分かるんちゃうか?」


「それは……」



 剣は自分の心に聞く。


 確かにそうだ。


 剣は超野球少女。

 野球経験もある。


 勝利にこだわる人間の気持ちも十分すぎるほど理解できる。



 無論、外道に落ちることを剣は良しとしない。

 だが、落ちることで勝利しようという、意地のようなものは誰にも共通なものだろうと考えていた。


 時に勝ちを得るため、人は邪道正道を選ばない。


 一歩選び違えただけで、誰もが邪道を走ることになるのだ。



「でも、だからって許せない!

 あんな野球、私は認めない!」


「そうや。だから叩き潰したろうや。ウチらの力でな」



 言うと不意に、真希は剣を抱きしめる。


 そして、剣の背中を擦る。



「あんたの背負う、水の字に誓え。

 ウチも右肩の風の字に誓う。


 野球に生きるんや。


 野球に生きて野球で死ぬ。

 それだけのことに魂懸けようや」



 剣は、心臓が脈打つのを感じた。


 野球に生きる。

 魅力的な言葉であった。


 だが、剣にも野球をやるわけにはいかない理由がある。


 本心は、野球をやりたい。


 しかし無理だ。

 剣は自分が野球をやるわけにはいかない、と考えていた。



 だがそれも、真希の言葉を聞いて変わる。

 自分は野球から逃げられない。


 現に邪道を見過ごすことが出来ず、ダイヤモンドの上に立っている。



「……分かった。投げるよ。


 私、野球をやる」



 認める。


 剣は白球を強く握る。



 言葉を聞いて安心したのか、真希は剣から離れ、キャッチャーボックスへと戻っていく。

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