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ツルギの剣【再編集版】  作者: 稲枝遊士
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第七十一話 熱




 コンビニで何組かに別れ、各自解散。



「ごめん、みんな。


 私、忘れ物しちゃった」



 不意に剣は言うと、駆け足で学校へと戻っていく。



「なあに、付き合うよ剣!」


「ううん、大したことないから大丈夫!」



 日佳留の呼びかけを断り、そのまま剣は離れていった。



「……なんだろ、忘れ物って」


 疑問に思うも、日佳留は結局追いかけない。


 他に剣の様子を気にする者も居ない。



 と、思いきや。


「わたくしも、忘れ物をしましたわ」



 言って、盾が剣の後を追う。


 歩いて学校に引き返す。


 それっきり、全員がそれぞれ帰路につく。


 結局剣の後を追ったのは盾だけだった。






 剣は野球部のグラウンドに来ていた。


 こっそりと野球ボールを持ち出し、ネットの方に向かって軽く投げる。


 しゅうっ、と回転するボールが擦れる音。



「……うん、やっぱり投げなきゃ収まりつかないなぁ」



 言って、ボールを拾いに行く剣。


 今日の練習では結局、投球練習が出来なかった。


 しばらくは様子を見るため、簡単な基礎体力トレーニングのみが続くらしい。


 ラブ将軍はそう言っていた。



 身体を労ってのこと故、剣も直接逆らったりはしない。


 だが、いくらなんでも全く投げないでいては調子が狂う。



「キャッチボールなら、付き合いますわよ」



 剣がちょうどボールを拾ったところに声。


 振り返ると、そこには盾の姿。


 グラブを二つ持っていて、一つは右手用。

 もう一つが左手用だった。



「じゃあ、お願いしよっかな」


 左手用のグラブを、盾は剣に投げて寄越す。



 軽い調子でボールを投げ交わす二人。


 定期的に、しゅっという風切音と、ぱあんと響く捕球音。



 静かな夜のグラウンドに、一際心地よく響く。


 通じ合う二人は、月明かりだけでも十分にボールが見えた。


 どこに投げてくるかが分かる。

 不安げ無くキャッチボールが続く。



「――今日、楽しかったね」



 剣は、不意に口を開く。


「なんだか、夢みたいだった。


 仲間がグラウンドに沢山いて、ずっと話が絶えないで。


 今まで、こんなこと無かったよ。


 野球をやっていても、私にはこんな居場所は無かった。


 沢山の仲間が迎えてくれる場所は、初めてだと思う」



「そうですわね。


 わたくしも、深水女子に来てそう思いましたわ。


 普通、超野球少女は少数派。

 他人の悪い視線の中で生きねばならない。


 チームメイトでさえ、正直に受け入れてくれることは無い。


 仲間と呼べるのは、同じチームの、同じ超野球少女だけだった。



 ですが――このグラウンドには、沢山の超野球少女が居る。


 裏方の部員さんも、超野球少女にとても肯定的です。


 こんなに居心地の良い場所は他に無いと思いますわ」



 盾は、微笑みながら言った。


 剣も今日の野球部での出来事を思い返し、笑みを零す。


 思えば全員が変な人ばかり。

 賑やかで、話題の絶えない放課後だった。



「ですが、いずれこの時間も終わります」



 不意に、真剣な声で呟く盾。


 ぱん、とボールをキャッチして、そのまま投げ返さずに語る。



「わたくしたちは、いずれまた戦いの中に身を置く。


 八人という単位で勝利を目指す。


 その最中、誰も今日のような腑抜けた幸せを感じることは許されないのです」



「……そうだね。


 私達は、超野球少女だから」



「ええ。

 戦いは永遠に続きますわ。


 一時、休息の日々を過ごすことがあっても、それはことの本質ではない。


 結局は勝負し、勝利することでしか真の幸福を得られない。


 わたくしたちはそういう生き物なのです。


 人であることを生まれながらに捨てた、おぞましく勝利を喰らう化け物。

 人の形をした異物。


 どれだけの幸せな時間で誤魔化そうとも、その本質だけは変えることが出来ない」



 そこまで語ると、盾はようやく剣にボールを投げて返す。


 そして言い放つ。



「剣。

 貴女は投げなさい。


 その覚悟が無くとも。


 貴女の肩に掛かるのは無数の未来。


 敗北した者への責任です。


 正義正道の野球以外で倒れることは、断じて許されません」



 剣は盾の言葉を噛み締める。


 今や剣の腕には盾の思い、盾の野球道も眠っている。


 勝利することで剣が奪ってしまったもの。

 それを、盾は改めて託そうというのだ。


 鼓舞激励の言葉でもって、明確に。



「……盾は、これからどうするの?


 盾の野球道はどうなるの?」



 剣は問う。


 これに、堂々たる態度で答える盾。



「無論、続きます。


 いいえ、続けてみせますわ。


 敗北者は再び立ち上がるのみ。



 いずれ再び戦うことにもなるでしょう。


 その時に勝利することで、敗北者は奪われたものを取り返すことが出来る。


 否定された己の道。

 信念。


 閉じた未来を再び抉じ開けましょうとも」



 言い終わると、盾は剣に迫り寄る。


 そして――不意を突くようにキスをした。

 深いキス。


 舌をねじ込み、剣の口を一瞬で味わい尽くしてやろう、と。



 十秒足らずの出来事だった。


 あまりのことに反応できないでいる剣。



 唇を離し、盾は剣に背を向け、立ち去る。



「これが、お姉様のよく知った味ですのね。


 それでは、御機嫌よう」



 優雅に歩いていく盾。


 わけが分からず、剣は唖然としながら盾を見送った。

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