表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ツルギの剣【再編集版】  作者: 稲枝遊士
4/25

第四話 深水剣




「……ああ、そうかい。よう分かったわ」


 ここまで言われて、ようやく真希も状況を理解する。

 確かに、時には体勢を立て直す間も無い内にライナーが襲うポジションがある。



 それは――投手。



 投球直後でよろけ、捕球する余裕も無いことも多数。

 本の少女の本職が投手であったならば。先ほどのベンチでの一件も理解できる。


 本を抱えて身動きの取りづらい状態で、慌てて逃げれば本を落としてしまう。

 本を置いてから逃げるような時間も無い。


 故に本を抱えたまま、首だけで球を避けたのだろう。



 真希はバッターボックスへ入り、構える。


 両者見合う。



 そして――本の少女の足が上がった。


 真希よりも更に洗練された、歯車のように噛み合った動き。


 ダブルスピンから伝わる、捻じれ高められた力。

 白球は強力なバックスピンをしながら放たれた。


 球速は――百五十にも届くだろう。



 恐るべき才覚。

 だが、それは超野球少女の前では相手にならない。


 むしろ、超野球少女にとって百五十というのは当然の数値。無論真希も対応可能だ。

 タイミングを合わせ、バットをテイクバック。


 愛子相手に見せた時のように、急激に風が集まる。


 バットを中心に渦巻く力。風神打法、と銘打たれた真希の奥義。



「行っけえええぇぇえッ!」


 絶叫。スイングが、白球を捉える――はずだった。



 しかし、直前で白球は下方向に落ちる。


 ボール一つ分程度だったが、直球と思い込んだ真希には苦しい変化。

 負けるか、と頭の中で吐き捨て、辛うじてバットを追い付かせる。


 ボールは浮き上がる。


 だが、ライナー性の当たりに終わる。

 仮設フェンスを直撃し、跳ね返ってくる。


 真希の走塁も虚しく。

 二塁打で終わる。


 対して相手、本の少女は本塁打。


 一巡目は本の少女の勝ちに終わる。



「……やっぱり、打たれちゃったかぁ」



 二塁からマウンドへ交代に向かう真希の耳に、本の少女の言葉が飛び込む。


「何つった、今」


「いえ、何でも」



 言って、本の少女はバッターボックスに向かった。


 続く、二巡目の真希による投球。

 変化球も織り交ぜ、厳しいコースを攻めて善戦する。


 だが、本の少女は当然のように二塁打。



 再び。


 真希がバッターボックスに立ち、本の少女がマウンドに立つ。


 ここで三塁打以上の結果を出さなければ、二本先取故に真希の敗北が決定する。



 緊張していた。

 真希の額を嫌な汗が流れ落ちる。


 だが、同時に高揚もしていた。

 思わぬ強敵。

 不愉快で、胸糞悪い。


 それが真希にとって、何よりも愉快。



「――すいません」


 不意に、本の少女が声を上げる。



「投球フォームを変えても、問題無いですよね?」



 意味の分からない質問だった。


 真希は聞きながら、理解しなかった。

 ただ、要求を飲む。


 一刻も早い勝負を。

 勝ち負けをギリギリで競る緊張感を。


 一刻も早く味わいたい。



「好きにせえや!」



 真希は笑っていた。


 訂正などどうでもいい。

 元の問題、怪我云々など些細なことだ。


 一瞬を。


 魂の震える一瞬を味わいたい。

 敗北でも勝利でもいい。

 とにかく飢えた腹を満たしたい。


 煮え滾る勝負の汁を最後まで飲み込み、その熱さで内側を焼き焦がしてしまいたい。




 プレートから足が上がる。


 瞬間、真希は見えた。


 明らかに違う。美しくない。


 お上品とは到底言いがたい、踏み込みも何も無い、静かだが荒れるように引き上がる足。


 まるで胸中に何かを抱えるかのように、後ろへ過剰に引っ張るリフトアップ。



 オーラが見えた。


 真希だけではない。

 その場に居る全員が認識した。


 深く暗い青。


 深い海のように暗い光が筋を成し、流れる水のように少女へと集まっていく。


 そして光の筋は少女を飲み込み、まるで炎の用に揺らめき、立ち上る。

 巨大な青い火柱が、本の少女を中心に出来上がっていた。



 そして、弾ける。



 胸に抱えた力を爆発させるように。

 本の少女の胸は過剰なまでに、宛ら弓のようにしなった。


 肘は最後まで後方に残され――地面すれすれを掠るように、前へ弾ける。


 アンダースローだった。



 この腕の流れに、青い炎が巻き込まれる。


 激流となった光が白球に乗り移り、低い軌道からストライクゾーンを狙って飛来。

 球速はアンダースローであるにも関わらず、百五十に届こうかというほどだった。



 真希も負けじと、力を開放する。

 超野球少女の全霊を持って、青い炎に立ち向かう。


 風神打法の強大な渦がバットを覆い、テイクバック。

 白球に狙いを定め、フルスイング。



 直後だった。


 突如、青い光が弾ける。


 刹那、奔流は上昇方向に軌道を変え、白球を乗せて立ち昇る。



 変化球。


 上方向への変化球が真希を襲う。



 対抗して、真希もバットを合わせる。


 体勢も崩れるが、空振りをするわけにも行かない。

 バットに乗せうる全ての力を乗せた。


 ――しかし。


 それでも変化に届かない。


 本来なら真ん中低めに決まったであろうボールは、真希のインパクトの瞬間に至った頃には、既に高め一杯まで登っていた。

 風神打法が辛うじてボールを絡めとり、ボールを飛ばすが、それも完全に死んだ打球。


 ピッチャーフライとなり、本の少女が自らキャッチする。



 敗北。

 真希は負けた。


 超野球少女であるにも関わらず。



 野球部員の少女たちは驚きのあまり動けなかった。


 誰一人として信じられなかった。

 何よりも信じがたいのは敗北そのものよりも、本の少女。



 青い光と共に放った投球はまるで――。




「それじゃあ、失礼します。怪我には気を付けて下さいね」


 本の少女は言うと早く。

 グラブを外し、マウンドの上に置いた。


 本と一緒にベンチで待っている日佳留の元へと駆けていく。



「――ちょっと待ってくれ!」


 真希は思わず呼び止める。



 負けの悔しさではない。


 不思議に思ったのだ。

 この少女は何者なのか。一体何故、こんな力を使えるのか。



「アンタ……何者や!? 今の力、人間に出せるもんやないやろ!」


「そうですね」



 本の少女は無感動に頷く。

 そして、また立ち去ろうとする。


 だが、真希は追いかけ、肩を抑えて止める。


「だから待ってくれやって!


 アンタ、名前は何っちゅうんや。あの力は何や。教えてくれや。


 それこそ何べんでも謝ったる。ボール投げろなんてもうアンタに言うたりせえへんから――」


「……手、離してもらえますか?」


 本の少女は言って、無理やり真希の腕を振り払う。


 帰ってしまう。

 そう思った真希は、さらに引き留めようとした。


 だが、本の少女は意外な行動に出た。



 突如、服を脱ぐ。


 上の制服だけを脱ぎ捨て、ささやかな乳房を支えるスポーツブラも脱いだ。



 その背中には、掌を広げた程度の大きさで『水』の字が浮かんでいた。

 先ほどの投球で見せた光と同じ色。深い青の光。



「こ、これは――」


「はい、そうです」



 真希は知っていた。


 これは『ある人種』であることの証。



 『ある人種』は、自身の能力を示す漢字の文様一つが、身体の何処かに浮かび上がる。


 他でもない、真希自身も同様の文様を右肩に持っている。


 浮かび上がる条件は、力を使って野球をしている時。



「私は深水剣。剣と書いてツルギって読みます」



 本の少女――剣は、憂いを帯びた表情で語る。




「見ての通り――超野球少女です」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ