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ツルギの剣【再編集版】  作者: 稲枝遊士
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第三十二話 脱走




 翌日。


 病院に剣の姿は無かった。



 父、藤四郎が見舞いの為、病院に訪れた時にはすでに居なかった。


 おそらく夜のうちに抜けだしたのだろう、ということになり、剣の捜索が始まった。



 だが、病院は無論、自宅や学校の近辺にも居なかった。


 ここにきてようやく、どうやら見舞いに来た真希が怪しい、となった。


 真希の住まう深水女子の学生寮には、剣は無論、真希の姿まで無かった。

 二人が一緒に姿を消した、ということになる。



 その後、決闘前日まで。


 深水島のどこを捜索しても二人は見つからなかった。

 島の外へ渡航した記録も無い。


 完全に姿を消したのだ。



 当日になっても二人は現れなかった。


 試合開始の午後一時。

 空高く太陽が昇り、グラウンドに照り付ける。


 場所は深水島市民運動公園。

 観客席まで用意されている市民球場。


 一塁側には深水女子野球部。


 三塁側には聖凰高校野球部二軍。


 両チームとも、既に試合を行う為の準備は整っていた。


 あとは、剣と真希が来るのを待つのみ。






「……遅いな」


 三塁側ベンチ。


 聖凰側でアバドンが口を開く。


「まさかあのフカミツルギと言う奴、逃げたのではあるまいな」


「そんなはずありませんわ」



 アバドンの言葉を否定したのは盾。


「剣は卑怯者ではありませんもの。


 逃げるはずありません」


 盾の言葉に、アバドンと、そしてステラが首を傾げる。



「ねぇジュン~、どうしてツルギに肩入れするの?


 ジュンのお姉さんを殺した奴なんでしょ?」


「ええ、あいつは人殺しです」


 無論、といった様子で頷く盾。

 さらに続ける。


「ですが、同時に剣はわたくしの幼なじみでもあります。


 勝負から逃げるような卑怯者でもないということは、わたくしが誰よりもよく知っていますわ」


 盾の語りを受けて、アバドンとステラは理解した。


 きっと盾には、他の誰も及ばないような深い考えの中に生きているのだろう。


 剣との関係も、ただ姉を殺した絶対悪に終始するものではない。

 複雑な感情があるのだ。



 二人は何も言わないことにした。


 確実なのは、自分達は盾の味方であること。


 盾の目指す野球に共感し、仕える覚悟でもってここに立っていること。


 余計なことは考えない、言わない。






 一方で、一塁側ベンチ。


 日佳留、ナイル、そしてラブ将軍の三人が、真希と剣の到着を待っていた。



「……来るのかな、剣」


 日佳留は不安げな声で言う。


「来るさ、きっと。

 剣サンは逃げないよ。


 この間の、あの姿を見たんだ。


 僕にだって分かる」


 ナイルは真剣な面持ちで言う。



 日佳留がこれを不思議に思い、訊く。


「ねえ、ナイル先輩は大丈夫なんですか?


  その……剣が、人殺しだって聞いて」


 言われて、ナイルは困ったような表情を浮かべた。


 そして肩を竦めて答える。


「僕が剣サンを美しいと思う気持ちは変わらないけどね。


 だとしても、本当に剣サンが人殺しなら。

 僕は剣サンを責めるつもりでいるよ。


 日佳留サンはどうだい?」



「私は……」


 日佳留は言葉に詰まる。


 何か言いづらそうにしながら、どうにか言葉を続ける。



「……やっぱり、無理だと思う。


 本当に剣が人を殺したんだったら。


 許せないし、怖い。

 気持ち悪い。


 でもアタシは剣のことが好きだから、どうしていいかわからないよ。


 本当に剣が人殺しなら、アタシは頑張って受け入れて上げた方がいいの?


 アタシだけでも許してあげたほうがいいの?」



「そんなものに答えは無い」


 不意に、ラブ将軍が発言する。


「剣君が誰をどうやって殺していようとも。


 答えは無いのだ。


 生命は重すぎる。

 一生かけても償えるか分からん。


 どのやり方が一番良くて、どこが駄目なのか。


 誰にも判断することは出来ない。


 剣君も、君も。

 あるべき結果の為に必要と思う行動を選び続けるしかないのだよ。


 君自身の心以外、何であろうと君の決断に是非を下すことは出来ない」


「アタシ自身の、心」



 日佳留は考える。


 自分の心は、何を望んでいるのだろう。


 剣を拒絶してしまいたいのだろうか。

 受け入れてあげたいのだろうか。


 判断は、出来ない。


 どちらもあるように思えた。


 であれば、どちらがどれだけ重要か決める必要があった。



 ただ、その決断は重すぎる。


 生命を奪う行為を許すかどうか。


 生半可な選択ではない。


 どちらを選んでも、自分自身の信念に深く突き刺さることになるだろう。



 そうして――日佳留が悩む内に、足音が聞こえてくる。



 一塁側ベンチへ続く通路。


 たたぁんと反響し間延びする駆け足の音。


 数は二人分。


 来たか。そう思った三人は、一斉に通路の方へと向き直る。



「――待たせてごめんね!」



 そこには深水剣。

 そして阿倍野真希。


 何故か水でぐしょぐしょに濡れており、服も髪も重たそうに垂れている。

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