第三十一話 計画
剣は真希の言葉を受け止めた。
自然と涙が零れた。
何処かに隠しておいたものが、一斉に溢れてくるようだった。
とにかく悲しかったことを思い出した。
人を――盾の双子の姉、火群弓を殺してしまったこと。
罪を背負い、償うことも出来ずに戦いへ身を投じること。
中学一年のあの日からずっと、剣の心は悲しみ、泣き続けていたのだ。
声も上げず、ただ涙だけがこぼれ落ちる。
悲しみで喉が震え、しゃくり上げる。
知らぬうちに心が耐え、飲み込んでいた全ての辛い雫が流れ去る。
悲しみの中に生きることが当然になり、悲しいということさえ分からなくなっていた剣。
その魂に真希は触れた。
はちきれんばかりに貯まり込んだ涙が、真希の言葉に揺らされ、溢れてきた。
随分と長い間、剣は泣いた。
気づくと、注文していた料理も届いている。
それも、少し冷めてしまったぐらい。
本当に、ずっと悲しかったのだな、と。
剣はようやく自分の心を理解した。
こんなに涙が溢れるほど、悲しみ続けていたことを知った。
「――うん、もう大丈夫」
そして、真希へ向けて言う。
「投げるよ。
そして絶対に勝つ!」
いよいよ決断した。
剣は戦う覚悟を決める。
それも、真希と共に戦うという覚悟。
一心同体、二人で一つの存在だと。
「ほんじゃあ、本題に入ろうか。
どないするつもりなんや?
どうやって来週の勝負に勝つつもりなんや、剣」
言ってから、真希は料理に手を付け始める。
返事をする余裕は無いだろうと見て、剣は一気に話しきってしまうことにした。
「一応、策はある。
ディープショット以外の魔球も使うんだよ。
中学のころは、魔球をいくつも使ってた。
超野球少女同士の戦いになったら、本当はいつもそうやってた。
ディープショットだけ投げ続けても負担は大きいし、読まれていたら正面からの勝負になる。
それに勝とうと思ったら、一球一球に使う力も多くなる。
連投にも限界が来る。
……だから複数の魔球を、ある程度力を抜いて投げてたんだ。
そうすれば一球ごとの力の消費が軽くなるし、配球も読まれなくなって打ち取りやすくなる」
言って、今度は剣が食事に手を付ける。
口にまだ何か残っている様子の真希が、はしたなく質問をする。
「つまり、剣が今まで投げとったディープショットは限界突破したディープショットやった、っちゅう訳やな?」
真希の質問に、しっかり口の中のものを飲み込んでから答える剣。
「うん。
それ以外に確実に投げられて、確実に相手を抑えられそうな球が無かったから。
真希と勝負した時に投げたディープショットも、昨日の試合で投げたディープショットも。
全部が限界以上の力を使ったディープショットだった。
本当はもっと楽な魔球だし、連投も効く。
私にとってのストレートみたいな球なんだよ、ディープショットは」
これを言ったら、また一口。
剣は食事を進める。
真希はやっぱり、口の中に物を含んだまま喋る。
「なるほどなあ。
ディープショットがストレート、か。
そんなら、剣にとってのフォークやらスライダーやらがあるっちゅうわけか?」
ちゃんと食事を飲み込んで。
剣は真希の喋り方に苦笑いしながら答えた。
「そういうことになるかな。
ディープショット以外にも、三種類の魔球がある。
全部、ディープショットを基礎にした派生技だけどね。
これを使いこなしたら、盾たち三人のことも抑えられると思う」
「なんや、案外余裕あるんかいな」
「そうでもないよ。
問題は、私は今、それを投げる自信が無いんだ。
派生技は負担こそ低いけど、難しいから。
今みたいなブランクのある状態で投げられるとは思えない。
だから昨日は投げなかったんだ。
キャッチングの問題もあるし、ね?」
剣の言うことはもっともだった。
実際、真希もディープショットが初見の魔球であったなら、満足にキャッチ出来なかっただろう。
それがさらに複雑な変化をするともなれば尚のこと。
最低限の練習は必要だ。
――しかし。
「そうなると、難しい話やな……」
真希は腕を組んで考えこむ。
「ウチと剣、二人で練習せなあかんっちゅうことやろ。
今の剣の怪我で練習時間は十分取れるようには思えへん。
こりゃ急ピッチで仕上げなあかんことになりそうやな」
「っていうか、そもそも来週の決闘に行けるかも怪しいよ。
お医者さんに止められてるから。
退院だって一週間以内は無理みたい。
絶対安静にしてなきゃ、って言われちゃった」
「ホンマか。
そらマズイな……」
二人の間に沈黙が流れる。
食事を進める手も止まってしまう。
「――それでね、真希。
私に考えがあるんだ」
ぽつり、と剣が呟く。
そして真希を手でこまねく。
「ね。耳を貸して」
剣に言われ、訝しみながらも。
真希は身を乗り出し、剣の方へ耳を向ける。
「何やねん」
「実はね……」
剣も身を乗り出し、真希の耳元に手を添えて、こそこそと小さな声で言う。
二人以外の、誰も知ることがない秘密の話。
長い間その姿勢でいた。
不意に剣が顔を離し、元の姿勢に戻る。
真希の表情は、驚き半分、にやけ半分といった様子。
「剣、お前ホンマにそれやるつもりか?」
「うん。
一番てっとり早い方法だと思うし」
「お前はホンマにイカレとるで。
最高や。
ウチは賛成。
その計画に乗らせてもらうわ」
「真希、ありがとう」
こうして、二人の来るべき決闘に向けての話は終わる。
後は他愛もない言葉を交わしながら、冷めてしまった食事を片付けるだけだった。




