第三話 正体不明の少女
勝負の方針が決定された。
まず真希が投げ、本の少女が打つ。
一打席勝負の後、投打を交代してまた一打席勝負。
守備には勝負に関係の無い野球部員の少女たちがついている。
両者走塁までプレイし、一巡ごとに成績を比べ、勝ち負けを付ける。
これを3順繰り返して、勝ちの多い者を最終的な勝者とする。
最初の投手は真希。
本職はキャッチャーではあるが、超野球少女故の才覚、身体能力がある。
並みの打者なら軽々と抑えこむであろう。
マウンドを愛子と交代。その際、愛子は真希に耳打ちする。
「素人と思って侮るなよ」
愛子に言われた言葉の意味が分からず「なんでや」と眉を顰める真希。
「観察眼を養え。あの少女が打球を避けた時だ」
「はぁ?」
「ただぼうっとしていただけじゃない。
あれは間違いなく、ボールを目で捉えていた。そして立ち上がる必要が無いと判断し、避けた」
「んなアホな。アイツが? とろい根暗女にしか見えへんで」
「反応が遅れて、偶然身動きが全く取れない最中、首だけ動かした。これまた偶然ボールを避けた。とでも言うつもりか?」
「そらそうやろ。経験者でも、あんな動きせえへんで。
いくら目で追えたところで、首だけ動かして避けるとかやらへんやろ」
「ああ。並みの経験者ならそうだろう」
言うと、愛子はキャッチャーボックスへと歩いて行く。
真希は首を傾げるが、愛子の言葉を聞き入れはしない。
やがて全ての準備が整う。
勝負が始まる。
真希は足を上げた。
見よう見真似とは言え、美しいフォーム。超野球少女の怪物性が垣間見える。
靭やかなダブルスピンから放たれるストレート。
球速は百四十を超える。
素人は無論、経験者でさえ一発で捉えるのは難しい球。
キレも良く、グングンと伸びてキャッチャーミットに収まる。
ほらな。と、真希は胸中で呟く。
大したこと無いやんけ、と。
本の少女は静かに見逃した。
キャッチャーミットに収まった白球を見ている。
すぐに視線を外し、軽く土を踵で叩くような仕草を取る。
真希の元へボールが返され、第二球。
真希は思う。こんな素人相手、変化球を使う必要すら無い。
プレートから足を上げても、なお頭に考えが巡る。
そもそも、愛子は考え過ぎや。
素人がウチの球を打てるわけあらへんわ。
そら、確かにフォームは様になっとるみたいやけど――。
そこで気付く。
おかしい。
真希が投球に入った瞬間。本の少女のフォームが変わる。
素人らしい、力みばかりで身体のバランスが取れていないフォームから一変。
僅かな動き。
だが、間違いない。
打つため、白球を飛ばすために身体が脱力した。
そして真希の指の先端――ボールがどのように放たれるのか。そこまで見通してやろうと、眼光が鋭く飛んでくる。
しかし、もう引き返すことも出来ない。
真希は全力で投げた。
百四十オーバーのストレート。先程は見逃しストライクを取った球。
本の少女は、白球を完全に認識していた。
足が上がる。テイクバック。
全てのリズムが見事に噛み合っていた。
白球をセンターへ弾き返すタイミング。
ごう、と音を立てるスイング。
小柄で細身な体格とは裏腹。スイングは力強かった。
しかし大ぶりではなく、シャープに纏まっており、力任せのスイングでもない。
白球を見事に捉え、弾き返す。
「――下がれェッ!」
真希は慌てて後ろを振り返り、声を貼り上げた。
だが、遅い。
そもそも手遅れですらなかった。
無情にも、白球は仮設フェンスを大きく超えて落下。
百メートルオーバー、特大アーチのホームラン。
本の少女は確信があったのだろう。
ベースランも悠々と行い、静かにホームイン。
続き、何も言わないままマウンドへ寄ってくる。
「次、私が投げる番ですよね」
真希の背中から声を掛ける本の少女。
それでようやく、真希は自身が呆然としていることに気付く。
「な、なんでや……」
思わず口にする。
「何でって、何がです?」
「……いや、やっぱええわ」
真希は口を噤む。
何故ホームランを打てたのか。
何故素人であるかのように振る舞ったのか。
様々な疑問を口にしてしまいそうだった。
しかし今は勝負の最中。
戦う為、真希はバッターボックスへ向かった。
ヘルメットを被り、軽くスイングして腕を慣らす。
そこに愛子が声を掛ける。
「分かっただろう、相手は素人じゃない。油断するな」
真希は黙る。
認めるのが癪だった。
しかし、これに愛子は呆れて詰りを加える。
「駄々を捏ねるな、馬鹿者が。
本当に油断ならないのはこれからだぞ」
「――は?」
「言っただろう。
あの少女は並みのプレイヤーではない。
危険球を、簡単に首だけで避けようとする。
恐らく、相当な経験の上に成り立つ感覚だ。
――そういった球足の速い危険球を、最も被りやすいポジションが内野に一つあるだろう。
推測に過ぎないが、彼女は恐らくそのポジションで長い経験を詰んでいる。
だからこそ、白球に対する恐怖心を抱かなかったんだろう」




