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ツルギの剣【再編集版】  作者: 稲枝遊士
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第二十七話 気丈




 二つのチームがグラウンドに整列し、礼をする。



 戦いは終わった。


 超野球少女の五人は見事勝利した。


 加えて勝負の中で、邪道邪悪の野球に堕ちた元野球部を正気に戻した。



 だが――未だに、元部長だけは納得していなかった。


 列に加わりこそすれども、頭は下げずにいた。


 超野球少女憎し、と顔で語っていた。


 礼が終わると、元部長は拳を振り上げて駆け出す。



 慌てて元野球部員達が取り押さえる。

 数人に押さえつけられても、まだ暴れるのを辞めない。



「お前ら離せ!

 止めるなよ!」


「いい加減にしてください、部長!


 もうどうにもなりませんよ!」


「そうだよ。

 もう野球部は帰ってこないのに、こんなことをする意味はないだろ!」


 取り押さえる者達が説得するも、無駄に終わる。


 元部長は暴れ続ける。

 例え拘束が解けないのだとしても。



「……どうしてでしょうか」


 不意に、剣が口を開く。


「どうして、そこまでするんですか?


 自分の野球部を奪われたから、ってだけじゃないように思えるんですが」


 言いながら、剣は元部長の方へと近寄っていく。



「当たり前だろうが!


 お前らは私だけじゃない。


 私ら全員の野球部を奪ったんだよ!」



 叫ぶ。


 涙を滲ませ、顔を歪め、憎しみのままに。


 理解できず、剣はさらに問いかける。



「他の部員の分も貴女が怒ると言うんですか?」


「違う!


 部員だけじゃない、今まで野球部に青春を懸けた全ての人の分だよ……」



 言って、藻掻くことを諦める元部長。


 力なく項垂れ、思いを吐き出す。



「確かに私ら一人一人は、たった三年の青春しか懸けていない。


 あんたらの言うとおりだ。

 一つごとを見れば、大した重さじゃない。


 けどな。


 私らの三年目は、ただの三年目じゃない。


 今までの野球部が積み重ねてきた、何十年、何百人分の青春なんだよ!」



 その言葉を受けても、剣は態度を変えなかった。


 動じない。


 戦うということはこういうことなのだ。

 何か大きなものを切り捨てていく。


 恨み憎しみ、そして悲しみ。

 全てを背負うことになる。


 だから、静かに聞き続ける。

 元部長の悲痛な声を。



「返せよッ!」



 元部長は叫んだ。


 暴れようとはしないものの、超野球少女への憎しみは消えない。



「私らの青春を返せ!


 みんなの……先輩たちの野球部を返せよォッ!」



「すみません、無理です。


 勝ったのは私達ですから」



 生温い温情など無用。

 剣ははっきりと否定する。


 でなければ、相手は敗者にもなれない。


 勝利出来ず、敗者となって戦いを終わらせることも出来ず。


 ただ呆然と結果を受け入れられずにいるよりはよっぽど良いだろう。

 と、考えた。



「――ほざくなよ」


 不意に、元部長へ言い返す声。

 真希だった。



「例えお前が何百何千人分の青春を背負っとろうが、敗北者に語る資格は無い。


 お前が弱いからこうなったんや。


 悔しけりゃあホンマに地力で勝負に勝つしか無いんや。


 それが出来もせえへん奴らがほざくな」



 言い切り、真希はその場を離れる。


 部室へと戻っていく。

 どこか様子がおかしい、と気付いたのは剣だけだった。



「待って、真希!」


 呼びかけながら、剣も真希を追って部室へと向かう。






 部室では、真希が椅子に座り込んでいた。


 苦悶の表情を浮かべ、項垂れている。



「真希……」


 剣は、どう言ってよいか迷う。


 だが、続きの言葉より先に真希の返事がくる。


「すまんな、剣」


「謝ることないよ」



 言いながら、剣は真希の隣に座る。


 そのまましばらく両者共に黙っていたが、徐ろに真希が口を開く。


「本当はな。

 ウチ、ああいうの苦手なんや」


「ああいうの?」


「ほら、元部長さんに暴言吐いたやろ」



 苦手、という表現は意外だった。


 剣は驚き、それを見た真希は苦笑。



「まあ、散々暴言吐き散らす奴が何を言うとるんや、って思うやろな。

 しゃあない。


 でも、ホンマなんや。


 誰かに乱暴な態度取ること自体、そもそも苦手やねん。


 元々小心者やからな」


「真希が小心者って、信じられない」


 剣にとって、真希は最初から大柄な人間だった。


 思い返しても、小心者と言えるような記憶一つ無い。



「剣やったら、分かるんやないか?」


 だが、真希は不思議な問いかけをする。


「命張って勝負するぐらいの気持ちがあるんやったら、分かるやろ。


 弱さは罪や。


 本心がどうであろうと、気張りまくって、自分を騙してでも強い人間気取らなあかん。


 自分の行動の隅々まで、信念通わさなあかん。


 せやないと隙が生まれる。

 弱さになる」



「……うん。それなら分かるよ」


 説明されると理解できた。


 確かに、剣も同じ気持ちだった。


 だからこそ、死に物狂いで魔球を投げ続けたのだ。



 自分の罪の意識を、脳裏から一切全て追い出す為。

 真っ白な状態で勝負に全てを懸ける為。


 真希も同じだというのだ。



「ホンマ言うたら、あいつらに野球部返してやりたいわ。


 もっとなんか、上手いこと出来る方法は無かったんかな、って。

 考えるんや。


 でもな、あかんねん。


 ウチが踏み潰してきたのはあいつらだけやないんや。



 勝負に生きる限り、こんくらいのことはいくらでもある。


 誰一人、勝ち負けからは逃れられへん。



 これからもウチはああいう奴らを潰していく。


 今こんなところで後悔しとるようじゃあ、この先戦っていけへん気がするんや」



「うん。


 私も……同じだよ。


 自分が勝つために、戦い続けるために。


 ――ううん、違うかな。

 自分が踏み潰していく全てのものを、ただ無残に死んでいくだけで終わらせない為に。


 私達は真っ白な戦いで勝ち続けなきゃいけない。


 その為には、残酷でなきゃいけない。


 少しでも、弱い自分が存在してはいけない」



「せやな。


 剣の言うとおりや」


 真希は剣に同意した。

 二人は同じ考えだった。


 戦いというものにおいて、二人の心は完全に同調していた。



「――ホンマ、最高やで剣。


 アンタの女房役やれてウチは幸せや。


 お前みたいな奴、今まで見たこと無かった。


 初めてや。

 こんなに本物の感情晒して話せるやつ、おらんかったわ。


 ありがとうな、剣。

 野球をやってくれて。


 愛しとるで」


 言って、真希は剣の手を取る。


 きゅっ、と弱く握る。


 剣も握り返す。



 戦いを終え、怪我と疲れもあって、淡い眠気のような感覚が押し寄せてくる。


 互いに目を閉じた。



 確かに、これまでに無い穏やかな心地だった。


 剣は真希のことを特別だと思った。


 他の誰でも満たすことの出来ない孤独。


 戦いに生きる故の痛みが、真希のお陰で少しは癒える。

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