第二十五話 改心
血塗れになって倒れた剣は、真希が部室へと運び込み、応急処置を施す。
血塗れのまま寝かせておくのは、あまりにも酷い。
攻守が交代し、超野球少女軍の攻撃。
バッターは日佳留。
打席に立ち、ピッチャーを睨む。
「死球でも敬遠でも何でもいいッ!
塁上に出せ!
そうすれば私が直接手を下してやる!」
元部長が、ファーストの守備位置に入って叫ぶ。
投手は部長の方を見て――首を横に振る。
「……出来ないです」
「何を、ふざけてるのか!?
お前だって奴らに復讐してやりたいだろ!
今さらいい子ぶるんじゃないぞ!」
怒りを露わに。
喉が破れるのかというぐらいの叫び声で元部長は言う。
だが、それでも投手は頷かない。
「部長こそ、目を覚ましてください!
もう、誰もあいつらを恨んだりしていない。
あそこまで野球に全てを懸ける人を見て、まだ憎いなんて言えるはずがないですよ!」
言って、投手は部室の方をグローブを付けた手で指す。
「私は勝負しますよ。
誰が何と言おうと。
正道の野球で超野球少女に勝ってこそ、初めて野球部を取り戻せるってもんです。
今までみたいに暴力で奴らを倒したところで、そんなものは勝利じゃない!
私たちの野球部は帰ってこないんですよ!」
言い切ると、投手は打者の日佳留へと向き直る。
日佳留は笑った。
爽やかに。不敵に。
「いいよ。
勝負しよう。
絶対に打って、絶対に点を取る。
剣にもう投げさせられないもん。
アタシは必ずホームを踏むッ!」
日佳留の言葉に、投手は全力投球で返す。
魂の入った一球。
無礼にならぬよう、日佳留は全力のスイングで返した。
ヒット。
打球はショート頭上を超えるライナーとなり、左中間を破ってワンバウンド。
簡易フェンスを跳ね返り、これを左翼手が捕球。
日佳留は二塁を蹴るところ。
左翼手は急いで送球するも、三塁に間に合わず。
日佳留の滑り込む方が早い。
セーフ、三塁打となる。
「おい、サード!
私と守備位置を変われ!」
元部長が怒鳴る。
だが、やはり。
三塁手も首を横に振った。
「嫌だよ。ここは私のポジションだ」
言い切った。
そして、次の守備に備えて身構える。
まるで元部長の存在など取るに足らない、と告げるかのよう。
無下にされ、怒りながらも、何一つ出来ずにいる元部長。
続く打席。
前打席で本塁打を放ったラブ将軍。
負傷ももはや意味を持たない。
剣の投球を見ておきながら、この程度で膝をつく訳にはいかない。
バットを構え、二本の足で突っ立つ。
息が荒い。
負傷が身体の負担となっているのか、息苦しそうな表情のラブ将軍。
守備で立ち続けていた分もあり、消耗は相当なもの。
「……倒れるわけにはいかぬ。
剣君が生命を賭して戦ったのだ。
この程度の怪我で引くことは出来ぬ!」
宣言。
そして、投球される。
ラブ将軍のスイングは、惜しくもボールを捉えられず。
空振り、空を切る。
スイングの勢いで膝が負け、倒れそうになる。
だが、ラブ将軍は踏ん張る。
大股開きの姿勢で、どうにか堪える。
「ぐぅ……ッ!
こんなもの苦しくはない。
苦しみと呼べるかこの程度で!
剣君の味わった痛みと比べれば、私の怪我なんぞ鼻で笑えるわッ!」
言って、姿勢を正す。
第二球。
投手は一切手を抜かず、全力のストレート。
ラブ将軍はこれを辛うじて捉える。
セカンドの頭上をギリギリ超える。
ライト前ヒット。
日佳留は難なくホームへ帰還。
ラブ将軍は必死に走りぬけ、一塁を踏む。
これを好機、と元部長は声を張り上げる。
「おい、牽制しろ! 一塁側だ!」
だが、投手は見向きもしない。
次の投球に備え、マウンドの土を足で整える。
そして、続く打者は真希。
部室で剣への応急処置を終え、バッターボックスに立つ。
既に緑の闘気が立ち上がり、戦う意思がはっきりと見て取れる。
「ほんじゃあ、勝負や!
ウチも一番の打法でお前を迎え撃ったる!
お前も一番の球でウチを仕留めに来い!」
言って、真希の闘志が、風がバットに集まる。
渦の形は風神打法。
投手は頷き、放球。
速く鋭く動くスライダー。
キレの良い変化球。
並みの野球少女なら手も出ないだろう。
だが相手は真希。
超野球少女の前で常識は通用しない。
容易く変化に対応し、ジャストミート。
「吹っ飛べえエェッ!」
白球は緑の風に運ばれながら、大きく飛んで行く。
引っ張り気味、レフト方向への大飛球。
文句なしのホームラン。
そのまま白球はグラウンド外へと姿を消した。
ラブ将軍、真希が帰ってきて二点。
これで合計九点。
あと一点でコールドゲームが成立する。




