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ツルギの剣【再編集版】  作者: 稲枝遊士
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第二十四話 罪状




 穏やかな気持ちだった。


 剣は、ようやく光明が見えたような気がした。


 己を縛る呪縛が、ようやく晴れてきたように思えた。



 真希の言葉がどれほどの救いになったか。


 剣は愛おしささえ感じた。


 何も知らないはずなのに、ここまで背中を押してくれる。


 奇妙なシンパシーが二人の間にあった。



 死ね、という言葉も、この場限りでは、この上なく良い意味を持つ。


 何しろ、剣の業は深い。


 故に呪縛も、己の生命を懸けた戦いでなければ破れぬ。



 そう。


 剣の罪はこれほどまでに重い業を生む。



 剣の犯した罪とは一体――。



 第三球。

 剣は投球に入る。


 覇気がついに形となって現れる。


 蒼の奔流は漠然とした流れから、集まり、一つの字を形作る。


 水の字。


 剣が超野球少女として背に負うもの。



 巨大な青い水の字の覇気が浮き上がる。


 そして、剣の身体へと。

 吸い込まれるように流れていく。


 肉体が耐え切れないほどの莫大な力。


 傷から血が噴き出る。

 だが倒れない。


 剣は白球を握り、胸を反り。

 低空から、白球を放り投げた。


 青い力が腕をズタズタに傷つけながら、ボールへと乗り移る。



 闘気が血を吸い、青に赤黒い斑となってボールを運ぶ。


 どこか悲鳴のようにも聞こえる音を立て、突き進む。



 バッターは、恐怖でスイングも出来ずに立ち尽くす。


 魔球は龍が天に昇るかのように。

 ボールをキャッチャーミットへと運んだ。


 急上昇。今日一番の変化。



 ばしん、と。


 真希が魂の魔球を受け止める。



 快音がグラウンドに響く。


 直後静寂。



 誰もが息を飲み、身動き一つ取らず。


 結果を。


 審判の判断を見守る。



 ストライク。

 バッターアウト。



「――剣ィイッ!!」



 真希は泣きながら、必死の形相で剣の方へと駆け寄っていく。


 一方、剣は限界だった。


 何か抜け落ちたかのように膝から崩れ、倒れる。



 意識が飛ぶ。


 ゆっくりと、眠りに似た感覚が剣を包む。



 その最中、感じた。


 身体を縛り付けていた闇、呪縛の消滅。



 これでようやく信じられる。

 自分は野球に生きると。


 例え罪を背負い、業に呪われていようとも、野球に生き、野球に死ねる。



 命を賭した己との戦いを経て、剣はようやく、真っ白な気持ちで野球と向き合えるようになった。



 そして剣の視界から何もかもが消える。


 瞼の裏が白く染まる。

 意識も細る。


 最後に聞こえたのは、真希の呼び声。


 剣、剣と。


 何度も名前を呼ぶ声だった。



 それも遠ざかって、剣はとうとう気を失った。






 グラウンドから遠くの、深水女子高校敷地内。


 ジュン、ステラ、アバドンは青い光を見た。


 高く立ち上がる蒼。



「この力――間違いなく剣の力ですわ」


 険しい表情でジュンが言う。



 と、不意にアバドンが尋ねる。


「ジュン殿。


 差し支えなければ、教えてもらえないだろうか。


 以前言っていた、あのフカミツルギの罪とやらを」



 言葉を受け、沈黙するジュン。


 今この場で語るべきか迷う。


 アバドンはさらに被せて訊く。



「ジュン殿は、フカミツルギは大切なものを奪った悪であると教えてくれた。


 我々は無論、ジュン殿を信じる。


 だが、だからこそ。


 ジュン殿にこれほどの憎悪を抱かせる、フカミツルギの背負う罪とは何なのか。

 非常に気になるのである」


「そうだよ、ジュン~?


 ミーだって、大切な話は知っておきたいよ。

 仲間じゃないか。


 出来るなら、ジュンの背負うものを一緒に背負いたいよ」


 アバドンに続けて、ステラまでが語る。



 ジュンも、二人がかりの説得に折れる。


「……そうですわね。


 それに、お二人には先に知っておいてもらう方が良いと思いますわ」



 言って、ジュンは青い光の立ち昇る方へ向かう足を止める。


 遅れてステラ、アバドンも立ち止まり。

 ジュンの方を振り向いた。



「――私にはお姉様がおりました。


 幼少の頃から。

 いいえ、生まれた時から並んで育ってきた、魂を分けあった大切な双子の姉。


 名を、ユミと言います。


 弓矢の弓の字で、ユミ。


 今となっては、過去を語る以外で呼ぶことの無い名です」



 ジュンの言葉で。

 二人は予感した。


 悪い可能性。


 フカミツルギが奪ったという、ジュンの大切なもの。



「お姉様も、私も、野球を愛していました。


 共に野球に生きていましたわ。


 中学一年のあの夏の日までは」



「……なるほど。


 それは……憎いであろう」



「ええ。

 ご理解頂けたようですわね」



 アバドンは悟り、ジュンが真相を語るに先んじた。


 また、ステラもいくらアホとは言え、理解した。


 これだけの言葉を並べられたら、結論など一つしか無い。



「そうです。


 剣は――あの日お姉様を殺した。


 人殺しなのです」



 アバドン、ステラ。


 両名とも、想像を超える剣の罪を知って、言葉にならぬ脱力を覚える。


 悪夢だろう。

 姉の生命を奪った大罪人が、まさかその汚れた腕で白球を握っていようとは。



「さあ、行きましょう。


 剣から、野球を奪うのです。


 彼女の血塗られた腕に白球を握らせる訳にはいけませんもの」



 語り終えると早く、ジュンは一人、蒼立つグラウンドを目指して歩き出す。


 時は夕刻。


 皮肉なのか、夕映えの空と浮かぶ青い闘気。

 そのコントラストがとても美しく見えた。

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