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ツルギの剣【再編集版】  作者: 稲枝遊士
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第二十三話 狂人




 他方で新たな憎悪の対象になっているとはつゆ知らず。


 剣は、マウンド上で戦っていた。



 孤独。


 仲間が居ると言えど、この戦いは孤独だ。



 ここまで至れば、誰の助けも得られない。

 理解も得られない。


 血塗れになったところで、そのまま無理にでも貫くしかない。


 恐ろしく冷たい戦い。



 自らに課した呪縛は、未だ破れそうにない。


 苦しい。

 剣は自身の身体に限界を感じる。


 もしかすると、勝てないかもしれない。


 自分の脳裏を掠める闇を、追い払うことが出来ないかもしれない。



 恐ろしかった。

 恐怖が身体を駆け抜ける。


 だが、頼れる者は居ない。


 己の腕一本で、この恐怖と、脳裏の闇と戦わなければならない。



 打席に打者が入る。


 だが、剣の足は震えていた。


 痛みと恐怖。

 二つの力が膝を砕こうとする。


 耐える剣。


 投球に入ることも出来ず、立ち尽くす。


 グラウンドが沈黙する。



「――剣君ッ!」



 不意に、ラブ将軍が声を上げる。


 また、止めろと言われるのだろう。


 剣は既に断るつもりでいた。

 どんな言葉で説得されようとも。


 自分自身が戦いを恐れていても。

 どんな理由があれ、どんな気持ちであれ。


 関わらず、マウンド上に立ち続けると決意していた。



 だが、ラブ将軍は剣も思わぬ言葉を投げかける。


「例え君が倒れても、骨は我々が拾ってやる。


 だから戦え!


 中途半端なところで逃げるなよ。


 あと一人を抑えれば、君が居なくとも次の攻撃で勝利をもぎ取って見せる!」



 剣は驚いた。

 何故、と。


 まるで剣の心中を理解しているかのような物言い。


 どうしてそんなことが言えるのか。


 言葉だけをとれば慈悲も無い。

 残酷なことを剣に要求している。


 まともな神経で言える科白ではない。



 だからこそ有り難い。


 狂った人間の背を押すには、やはり狂った言葉でなければ駄目なのだ。


 剣は確かに、心強さを感じていた。



「――将軍の言うとおりやで、剣!」


 続いて、真希が剣に発破をかける。


「おどれの生涯最後の投球になろうが、ウチは受けるぞ。


 投げさすからな。


 魂の搾りかすも残らんぐらい白球に全てを懸けろ!」



 ああ、これだ。


 こういう世界に生きていたいんだ。

 剣はそう思った。


 どこまでも苦しく、恐ろしく。

 仲間など居ない。


 あるのはただ自分と、進む道と、先の見えない方へと追い立てる人々。



 戦いを知らぬ人には残酷に見えるだろう。


 気違いに見えるだろう。


 これが、剣の生き方。


 己の望む戦いに生きる。



 そして、同じく戦いに生きる者は理解している。

 共感する。


 だから、ボロボロの背中を後ろから追い立てるのだ。



「ありがとう……」


 剣は呟く。


「ラブ将軍。真希。


 私はこの戦いに決着を付ける。


 それでもって二人がくれた優しさに応えるよ」



 言うと剣は構える。


 投球の動作。


 青い闘気が舞い上がる。



 今までの、どんな時よりも力強く、激しく。



 傷から滴る血で汚れた腕で白球を抱え込み、その刹那に放球。


 乱暴に弾ける青い炎。


 剣の身体は力の負荷に耐え切れず、皮膚に生傷を次々と刻んでいく。



 白球は飛翔する。

 剣の血で真っ赤に染まった白球。


 血飛沫を吹き上げ、砂煙を舞い上げ。


 蒼の奔流と共にキャッチャーミットへと吸い込まれる。

 轟々と音を立てる。


 バッターは必死にスイングするが、やはり変化に対応できず。


 ボールの急激な上昇がバットを避け、嘲笑いながら着弾。



 真希の手の中。

 ストライク。



「――まだや!


 まだこんなもんやないで!


 剣、おどれ手ぇ抜いとるんちゃうか!

 こないなへなちょこ球ウチに受けさすつもりかい!」



 真希は煽りながらも、汚れたボールをしっかりと拭き、剣へと返球する。


 ああ、ありがとう。


 剣は心の底から感謝した。

 真希の本当の気持ちぐらい、痛みで朦朧とする意識でも理解できていた。



 本当は止めさせたいのだろう。

 助けになれないことが悔しいだろう。


 だからせめて敵役を演じてやろう、というのだ。


 形だけでも、怒りをぶつけるというのはやりやすい。

 勢いに乗って、限界を超えて力を出し切れる。



 感謝の思いを込めて。


 あと二球で生命さえ落とす覚悟で、第二球。


 青い闘気はより一層高く舞い上がり、グラウンドから遠く離れてもはっきりと確認できるほどに達した。



 放球。

 荒れ狂う蒼の嵐が剣を傷付ける。


 擦過傷は全身に及び、血がユニフォームを赤く染める。



 血染めの腕から放たれたボールは、やはり赤い。


 これまで以上の轟音を伴い、軌跡に血印を認めながら、真希のミットへと吸い込まれる。



 あまりにもの迫力に、バッターは全くタイミングが合わず、ミットでボールが大人しくなってからようやくスイング。


「あかんあかん!

 こんなんハエが止まるわボケ!


 次で最後の一球や。


 今みたいな鼻クソ投げよったら許さへんぞ!



 全部乗せきれよ。


 お前が本当に勝ちたいもんを打ち破るんや。



 身体がもたんっちゅうんやったら死ね!


 ここで死んで投げ通せ、剣ィッ!」



 真希は罵声を剣に浴びせる。


 それも、泣きながら。


 しまいには首を横に振りながら、己の言葉を否定するような仕草さえ見せた。

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