第二十二話 宿敵
――一方、同時刻。深水島の某所、合宿所。
他方から深水島まで練習試合の為、遠征に来た団体が宿泊する施設。
多くの優秀な生徒を抱える深水島の各学園は、他県から団体を招致して試合することも少なくない。
なので、合宿所は頻繁に、多くの人々が入れ替わり、利用する。
現在合宿所を利用する団体のうち一つ。
聖凰高校野球部二軍。
来週に深水女子野球部との練習試合を控え、メンバー全員がここに宿泊している。
聖凰高校の為に用意された宿泊施設の一室。
三人部屋。
そこに少女が居た。白いフリルをあしらったドレスに身を包み、金髪を縦にくるくると巻いており、まるで何処かしらの王国の姫のような外見。
そして、不釣り合いにも、手には白球。
「――ただいまだよ~、ジュン!」
部屋の扉を開き、一人の人物が入ってくる。
金髪碧眼で、日本人離れした顔立ちの少女。
「遅かったですわね、ステラ。
偵察の方、どうでしたか?」
ジュンと呼ばれた少女はドレスを優雅に操り、美しく振り返る。
高貴な印象を与える身振りから、なおさら白球が違和を訴える。
一方で、ステラと呼ばれた少女は気の抜けた笑顔を浮かべて言う。
「あ~、それね。
なんかグラウンド周りでこわーい顔した野球部員さん達が見張っててさ。
それで私、全然近づけなかったんだ。
仕方ないから諦めてアイス買って食べてたよ」
「あのねぇ……それじゃあ偵察にならないですわ。
ちゃんとしてくださいまし」
「まあまあ、そう怒らないでよ。
ジュンの分もちゃんとアイス買ったから」
「あら、それは本当かしら」
「もちろん。
まあ、帰ってくるまでに我慢できなくて食べちゃったけどね」
「駄目じゃない。
もう、ステラったら……」
呆れて頭を抱えるジュン。
ステラは、悪びれもせずに、ポケットからレシートを出す。
「はい。
カントクに渡して、経費で落としといてね~」
「いい加減にしないとしばきますわよ?」
ジュンの脅しも何のその。
ステラはそそくさと部屋へ上がり、ソファに腰を落ち着けた。
まるで緊張感の無い様子に、ため息を吐くジュン。
と、そこへ。
再び部屋の扉が開く。
入ってきたのは、褐色の肌をした少女。
アジア系の顔立ちではあるが、日本人ではない様子。
「遅くなった、ジュン殿」
「お帰りなさい、アバドン」
ジュンは、褐色の肌をした少女をアバドンと呼んだ。
「貴方はステラのような失態など犯しませんわよね?」
「無論だ。
吾輩はそこのくるくるぱーとは違うのである」
ジュンに言われ、アバドンは妙に古風な口調で答える。
これを聞いて、ステラがむっと頬を膨らませる。
「何を~、アバドンめ!
ミーが何をしてきたか知らないのによくそんなこと言えるね!」
「どうせ偵察失敗してアイスでも食ってたのであろう。
吾輩にはお見通しである」
「……そんなこと無いし~?」
「嘘を吐くのはおやめなさい、ステラ」
悪びれないステラに、ジュンもアバドンも呆れ顔。
放置し、話を進めることにする。
「それで、偵察の結果はどうかしら?」
「うむ。
深水女子高等学校野球部は、どうやら内部分裂しているらしいのだ」
「内部分裂?」
「超野球少女でチームを強化した結果、普通の部員が反乱を起こし、暴力的な野球で超野球少女に制裁を加えている、というところである」
「ふふっ。
愚か者共ですわね。
超野球少女側も、反乱を起こした側も」
「だが、問題は超野球少女側の数だ。
向こうは五人の超野球少女を抱えている。
我々はジュン殿、ステラとかいうクソアホ、そして吾輩の三人のみ。
数の上では不利である」
「お~いアバドン?」
クソアホ呼ばわりされたステラが、抗議の声を上げる。
だが、アバドンもジュンも無視。
放置して話を進める方向だし、そもそも事実だ。
「問題無いですわ。
わたくしの魔球であれば、例えどんな超野球少女でもヒットを打つことは不可能ですもの。
十人だろうが百人だろうが、かかって来いというところですわ」
「うむ、それについては心配しておらぬ。
問題は、奴ら五人の超野球少女の中に、厄介な人物が一人紛れているのだ」
アバドンは言いながら、部屋へ上がる。
そして、テーブルの上に写真を広げた。
「奴らの様子を盗撮した。
無駄な写真も紛れてはいるが……この一枚を見て欲しいのである」
言って、アバドンは一枚を指し示す。
ジュン、そしてソファーを離れたステラが写真を覗きこむ。
それは他でもない。
マウンド上から魔球を投げる、深水剣の姿だった。
「これは――ッ!」
ジュンが驚きの声を上げる。
途端に、憎しみからくる表情が顔に浮かぶ。
「青い闘気。
浮き上がる魔球。
そして、グラウンド上の仲間が呼んだ名前。
総合して考えると、この少女は以前ジュン殿が話していた少女、フカミツルギではないかと推測する。
どうであるか?
――と、聞くまでもないようであるな」
アバドンはジュンの様子を見て、話を区切る。
ジュンは頷き、剣の写真を殴るように、拳をテーブルに振り下ろす。
ダアン、と大きな音が響く。
「この面構え……忘れもしませんわ。
わたくしが生涯を懸けて憎み恨み否定してやると決めた顔。
この少女、深水剣で間違いありません」
ジュンは笑った。
怒り故か、剣を憎む感情が、恐ろしい笑みとなって表れた。
「楽しみですわ。
わたくしが全身全霊で奴を否定してみせます。
奴の野球を打ち破り、奴の犯した罪を余すこと無く全て広めてやりましょう。
そうすることで、剣から野球も仲間も、全て奪ってみせます。
あの日から野球を辞めたと思っていましたが……こんなところで続けていたとは。
好都合ですわ」
言うと、ジュンは部屋の片隅に置いてある日傘を手に取った。
「行きましょう、お二人共。
奴らに宣戦布告するのです」




