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ツルギの剣【再編集版】  作者: 稲枝遊士
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第二十一話 極限投球




 続く二回の表。


 ワンナウトからの剣の第一球。


 青い闘気が舞い上がる。

 魔球ディープショット。


 独特の貯めこむようなフォームから放たれる球は、やはりそれだった。



 放球。


 青い奔流がボールを飲み込み、ミットへと吸い込まれていく。


 無論、打者は手も出せない。


 ディープショットは上昇するという変化の異質さに加え、球威もある。

 並みの人間では恐ろしくて手も出せないのは当然のこと。



 その魔球。

 ディープショットを投げた剣は、激痛に顔を歪めていた。


「ぐぅッ……!」


 剣の関節が痛む。

 身体が弾けてバラバラになりそうな痛み。


 超野球少女と言えども、肉体を強く痛めつけられた上で魔球を投げるとなれば。


 その負荷が全身に行き渡り、耐え切ることは出来ない。


 肉体の内側でエネルギーが暴れ、痛みを誘発する。



「剣、大丈夫か!?」


 真希が声を上げ、返球。


「大丈夫だよ」


 剣は嘘で答えた。



 本当なら、今すぐにでも投げ出したいぐらいの痛み。


 物理を歪める超パワーの反動を身体一つで受けているのだ。

 無事であるはずがない。



 だが、痛いと言うのは弱音だ。


 弱音は文字通り、弱い者が吐く。


 勝利を目指す人間が零していい言葉ではない。



 だから、剣は堪えた。


 苦しかろうと、痛かろうと、勝ちを目指す向きに逆らうような感情、言葉は例外なく排除する。



 続く、第二球。


 青が踊り、剣を包む。



 既に激痛で、意識を集中することさえ難しい。


 しかし投げる。

 ストライクゾーンに魔球を放り込む。


 それだけが、剣の勝利条件。


 己を呪う業に逆らう為、唯一存在する戦いの場だ。



 力が滲む。

 限界を越えようとする。


 剣の魔球が放たれた瞬間、青い光が剣を傷つける。

 擦過傷に似た傷が腕にでき、血が飛び散る。


 白球は汚れ、そのまま飛翔。


 低空をごりごりと削るように進み、ストライクゾーンを目掛けてぐいと上昇。


 バッターは必死にスイングするが、見当違い。

 偶然でも当たる気配が無く、ツーストライク。



 肩を大きく上下させ、息をする剣。


 今の投球で、残る体力の殆ど全てを出し切ったと言ってもいい。

 腕を上げることさえ億劫だった。



 真希からの、無言の返球。


 剣はこれを、上手く捕球できずに取り落とす。


 慌てて拾うが、限界が近いことは隠せない。

 マウンドに、チームメイト四人の視線が集中する。



「剣、無理しないで!」


 日佳留が声を上げる。


 だが、剣は困ったように笑って答える。



「もう、酷いよ日佳留。

 無理しないでなんて。


 無理こそしなきゃいけないのに」


 剣は考える。

 自分の業を、野球をやってはいけない理由を。


 誰にも語ることが出来ない。


 そして、極めて重い。


 己の生命を投げ捨ててでも、まだ足りないぐらい。



 だから、ここで引き下がるわけにはいかない。


 本当に腕が千切れ、身体が弾け、死んでしまうかもしれない。


 だが剣は投げる。

 投げなければならぬ。



 右腕に狂気を宿して。

 剣の第三球。


 三度ディープショット。



 蒼炎が立ち上がり、傷が焼かれるように疼く。

 しかし剣は堪え、投球に入る。


 放球。


 腕の擦過傷は更に増え、目も向けられないほどの惨状。

 血に染まった腕から投げられるのは、鮮血を吸い込んだ白球。


 文字通り剣の生命を乗せた白球。


 血飛沫を上げながら、青い濁流に身を任せ、キャッチャーミットへ吸い込まれていく。



 ストライク。

 見逃し三振で、ツーアウト。



 剣の腕から血が滴る。


 正に生命を賭しての勝負。



 だが、何と戦うというのだろうか。


 剣以外の誰も、理解出来なかった。



 何が剣をここまで駆り立てるのか。

 右腕を赤く染め上げても、まだ戦う。



 いいや――理屈など関係無い。


 どんな理由があろうとも、ここまで自分を痛めつけて、まだマウンドに居座ることは異常だ。


 狂気そのもの。



 剣自身が野球に狂っているか、それとも剣の言う業というものがこれほどの重みを持つのか。


 どちらかでなければ、この血生臭い野球は理解できない。



 現に。


 理由を知らぬ超野球少女四人全員が。


 剣のことを理解できなかった。



 剣を異常と思った。


 だが、剣は仲間だ。

 故に、誰もが剣を止めたいと考えていた。



「剣サン!


 もう、それだけ戦えば十分だ。

 後は僕や他の超野球少女に任せて、ゆっくり休んでいてくれないか!」


 ナイルが外野から声を張り上げる。


 だがやはり、剣は首を横に振った。



「無理ですよ、ナイルさん。


 貴方にも、他の誰にだって。

 私の業は背負えない。


 誰も代わって背負うことはあり得ないんです。


 それに、誰にも背負わせてはいけない。


 だから、私は一人で最後まで投げ続けなきゃいけない」



 剣は己の業を思う。


 何人たりとも、肩代わりすることは出来ない。

 させてはならない。


 なぜなら剣の業は、極めて重く暗い罪からくるものなのだから。


 故に己を罰するため、野球を禁じてきた。



 例え誰が望もうとも、剣は己の罪を他人に背負わせることを良しとしない。


 また、自分自身が犯した罪であるから、自分で決着を付けなければならない。



 剣の眼には影が見えた。


 己の過ち、罪の幻影。

 剣が野球をすることを自ら呪う闇。


 これを生み出したのは、剣自身に他ならない。



 故に自らの手で打ち破らねば、野球の道は開けない。


 一度自分で閉ざしてしまった野球道をこじ開け突き進む為には、まずこの呪いと戦い、勝たなければならない。


 でなければ、いつまでも呪われ、身を竦ませながら戦うことになる。



 剣の願いは単純。


 野球をすること、戦うこと、そして勝つこと。

 それらのどれにとっても、幻影呪縛は不要であった。



 ならば殺そう。


 己が生み出した、己の過ちを正すための楔であろうとも、野球道を塞ぐのであれば、打ち砕かねばならない。

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