第二十話 再起
四番、元部長がレフトフライに倒れ、アウトカウント一つで元野球部の攻撃は続く。
ナイルの超野球少女としての覚醒が手伝い、勝負の流れは超野球少女軍の側にあった。
随分と楽な状況にはなった。
だが、かといって手は抜けない。
ラブ将軍は全力で投球し、身体が砕けようとも、この回を抑えてみせるという覚悟だった。
――だが、不意に異変に気づく。
誰か、のそり、のそりとグラウンドへ向かって歩く姿が視界の隅に。
方向は、己が軍、超野球少女チーム側のベンチ。
全員が気付いた。
超野球少女軍も。
元野球部軍も。
一斉に視線を向ける。
そこに立っていたのは――深水剣。
髪も土に汚れ、乱れ、額から血を流し。
宛ら赤い涙を零しているかのような様相で、剣は立っていた。
グラブを付け、グラウンドに向かって闘志を瞳に宿し、マウンドを一直線に見つめていた。
「――剣君!」
ラブ将軍は言葉に迷った。
もう大丈夫なのか。
マウンドに立つ気なのか。
まだ、休んでいた方がいい。
様々な言葉を思案したが、先に剣が言ってしまう。
「代わってください、ラブ将軍。
私が抑えます」
有無を言わさぬ物言いに、ラブ将軍も黙って頷く。
静まり返るグラウンド。
マウンドで、青い闘気をちらつかせる剣。
ラブ将軍は三塁側へ移動し、剣を見守る。
同軍の誰もがそうだった。
日佳留も、ナイルも、真希も。
剣が何をしようというのか。
分かっていながらも、不安で、見守らずにはいられなかった。
「……真希、受けてくれるよね?」
剣は問う。
だが、真希は首を横に振る。
「なんでや。
なんでそこまでしてマウンドに拘るんや。
そんなボロボロになって、何の理由があってまだ自分を虐めるんや」
これは、一同全員が思うことだった。
怪我を考えれば、超野球少女と言えども投球可能な状態ではない。
それでも、現にマウンドに立っている。
その理由は何なのか。
「私は、負けるわけにはいかないんだよ」
剣はぽつり、と呟くように。
瞼を閉じて言う。
「本当なら、私は野球をやってはいけない人間なんだ。
そういう業を背負ってる。
だから、ここに立っていることは悪いこと。
――でも、私は野球をやりたい。
戦いたい。
そして勝ちたいって思ってる。
だから、私は生命を燃やす。
業に逆らって生きるには、どこまでも熱くならなきゃ駄目だ。
こんな怪我ぐらいでマウンドから降りるような、生温い生き方は許されない。
例え死んでもここに立つ。
それぐらいの覚悟でなきゃ、私の業は振り払えないんだよ」
「その業っちゅうもんが、何なのか教えてくれへんのか」
真希が、重ねて問う。
だが剣は首を横に振る。
仕方ない。
それが、剣の選んだ道。
その肩に背負ったものに見合う生き方をする。
だったら――受け止めよう。
真希は覚悟を決め、ミットを構える。
「来いや、剣!
お前が業に殉死するっちゅうんやったら、付き合ったるわ!
両腕千切れようが、何百何千球やろうが、無理にでも投げさすからな!
覚悟しとけ!」
真希が叫ぶ。
剣は真希の言葉に安心した。
ようやく。
今までの自分を清算することが出来る。
己の魂が命ずるものに逆らい続けた日々。
野球を否定し、遠ざけていた日々。
それらとここで。ようやく向き合える。
全て、同じチームで戦う四人のお陰だった。
真希が野球をやるよう願っていなければ、この場には立って居なかっただろう。
ラブ将軍が暴行に屈することなく野球を続けなければ。
その情熱に触れていなければ、己の情熱は燻り続けていたままだっただろう。
日佳留、そしてナイルの超野球少女としての覚醒。
解き放たれた闘気が、意識を失った剣を呼び起こした。
真っ暗で何も無い中、二つの力が剣を立ち上がらせた。
戦うという強い意思を持った輝きが剣の力となった。
全て、マウンドに立っているのは、仲間がいたからだった。
助け合い、などと腑抜けたものではなく。
それぞれが独立した情念に身を焦がし、生きるからこそ、剣もまたそれに並び、超えるような情念を抱くことが出来る。
己が為の強烈な意思が、五人それぞれにあったからこそ、このマウンドに立っていられるのだ。
剣は白球を強く握る。
これから、戦いが始まる。
己の白球に魂を乗せて。
肩に掛かる業を振り払う戦いが。




