第十八話 風神
元野球部員が呆然としている間にも、次の打席。
真希がバッターボックスへと入る。
「おらシャキッとせえやボケナス!
おどれらウチを殺すんと違うんかい!」
この怒鳴り声で多くの部員がハッとする。
だが、半数以上は戦意を喪失していた。
暴力に訴え、ボロボロになるまで殴り、倒したと思った相手に浴びせられた満塁本塁打。
心に響かないはずが無かった。
また、既に超野球少女は三人ではなく四人。
敬遠するだけでは戦えない状況にある。
「――構うなァ!
試合に負けてでも、奴らを殺せェッ!」
元部長の絶叫。
だが、誰も言うことを聞かない。
「私らには絶対に譲れないものがあるだろうが!
これぐらいで黙るな!
もう計画も何も無い!
超野球少女は全員歩かせて、一塁上で死ぬまで殴り倒せェッ!」
「でも――」
反論の声を上げようとしたのは投手。
だが、元部長が続きを遮る。
「いいから投げろ!
そんなに奴らを殺したくないなら、私が一塁で直々に手を下す!
黙って敬遠だけしてろグズ!」
「……分かったよ」
元部長の怒りを止める手段など、元野球部員側にも持つ者が居ない。
仕方なく、敬遠に入る。
キャッチャーが立ち上がり、真希から離れて手を上げる。
今度は前回の反省を活かし、普通にストレートを投げて敬遠。
「――無駄や」
真希が呟く。
その瞬間、緑色の闘気が吹き上がる。
風を操る打法。風神打法の力を発揮する合図。
バットへ風が集まる。
だが――違う。
今までの風神打法と異なる。
風はバットの周りを渦巻くのではなく、まるで周囲の大気がバットへと吸い込まれるかのように集まっていた。
白球が打席へ近づく。
すると、奇妙にも白球は曲がる。
そう、風に引き寄せられたのだ。
真希のバットが風を吸い寄せることで、インパクト不可能なコースを無理に捻じ曲げた。
「これが新奥義ッ!
『風神乙番打法』や!」
言いながら、真希は白球を捉えた。
見事にストライクゾーンへ吸い寄せられた白球は、真希にとって容易く捉えられるもの。
今日一番の大飛球。
フェンス超えなど確認するまでもない特大アーチ。
六点目、真希のソロホームラン。
ダイヤモンドを一周し、ベンチへと戻る真希。
真希のことを全員がハイタッチで出迎える。
そして、真希はラブ将軍の顔を見て、言う。
「ラブ将軍、サンキューな。
あんたのお陰でウチはこの打法を思い付いたんや。
あんたが死に物狂いで一発もぎ取ったからこそ、この一発が打てたんや」
感謝の言葉を述べた。
ふん、と恥ずかしそうに鼻で笑うラブ将軍。
一方で、元野球部員チーム。
対照的に暗く沈んだ雰囲気がグラウンドを包んでいた。
これが力の差。
元部長以外の全員が、よく理解した。
不意打ちだからこそ出来た暴行だったのだ。
二度目は無い。
超野球少女は天才。
野球であれば、例え邪悪邪道をゆく野球であっても、見事に対応してくる。
それも、正義正道に立つ野球のまま。
絶望的な状況。
敬遠も、デッドボールも対応された。
超野球少女は四人。
コールドゲーム成立まで残り四点。
例えば今から野球の皮すら被らない形の暴力を振るうならば、いくらでも殴り放題だろう。
しかし、誰もが殴ることを目的としてはいなかった。
超野球少女という、野球に全てを懸けた人間へ絶望を。
野球という枠の中で理不尽な敗北を。
野球の枠の中で苦しみを与えることだけが目的であった。
仮に今、暴力に訴えたならば。
それは超野球少女の勝利を証明すること他ならない。
この点に関しては、元部長も同じ考えだった。
ただ、元部長だけは敗北感を与えて終わることを良しとしていない。
可能ならば、野球をやることで野球を奪ってやる。
それも一生野球が出来ない、というようなレベルで。
野球が原因で野球ができなくなることほど、超野球少女にとっての絶望は無いだろう。
そう考えていた。
だからこそ、諦めていなかった。
まだチャンスはある。
奴らから野球を奪うチャンス。
偶然を装い、選手生命を奪うチャンスが。




