第十五話 攻守交代
続く攻撃。
打者はナイル。
超野球少女と関係の無い立場ならば、死球や暴行を受ける可能性は低い。
ただ、全く無い、とまでは言い切れない。
ナイルも覚悟だけはしていた。
恐ろしく思いながらも打席に立つ。
剣が戦うというのなら。剣の意思に従おう。
ナイルはただ、剣に尽くそうという気持ちのみで打席に立っていた。
また、次に打順を控えている日佳留も同じ思いだった。
両者、言わずとも。
互いに剣の為に身を挺することを厭わない、と覚悟した。
互いの覚悟を理解していた。
来るなら来い。
ナイルは白球を待つ。
だが、最初に挟まったのは牽制球。
二塁方向への牽制。
「剣サン!」
意味は無くとも、叫ばずにはいられない。
塁上に滑り込み帰還する剣と、その足へ目掛けて蹴りを入れる二塁手。
「ぐぅッ!」
痛みに膝を押さえる剣。
無論、元野球部員は無視。
黙ってピッチャーにボールを返球。
「卑怯だぞ!
牽制なんてしないでこっちへ投げるんだ!」
ナイルが叫ぶ。
しかし無情にも、再びの牽制。
剣への暴行が続く。
「クソッ……何にも出来ないのか、僕たちは。
大切な人がどんな酷い目にあっていようと、ここに突っ立っているしかないのか……ッ!」
悔しさから震える声で言うナイル。
一方で、日佳留も悔しさに顔を歪めていた。
剣が殴られていようが、助けることが出来ない。
無理にでもこの試合を辞めさせようものなら、なおさらどんな報復があるか分からない。
それを考えると、今は黙って見ているしか無い。
十数球の牽制球。
その度に暴行を受け、剣もまた、ラブ将軍のように満身創痍だった。
しかし――立ち上がる。
「ふん、寝ていればすぐに楽になれるものを。
無理して立ち上がるから余計に苦しむことになる」
元部長が呟く。
そして、ジェスチャーで更なる牽制球の指示。
ベースから離れてもいない剣に大して、タッチ。
無論、ただ触るだけではなく。
腰の入ったパンチのような一撃が鳩尾に見舞われる。
ぶっ、と呼気を噴き出す剣。
殴られた衝撃で、一瞬呼吸ができなくなる。
「全部、お前自身のせいだ。
お前が自分で選んだんだ。
こんな苦しい思いをするのも、全部お前がヒットを打ったからなんだよ。
どうだ、自分で自分の首を締める気分は」
元部長の嫌味な言い方にも負けず。
「最高だよ」
と、笑って答えてみせる。
「自分で選んで自分で苦しむ。
それ以上のことなんて何も無い。
いいことだよ。
何も選べないままでいるよりずっと。
あんたたちよりずっと」
「訳の分からないことを言うな。
痛めつけられて頭がおかしくなったのか」
「かもね。
それか、元々おかしかったのかも」
言って、俯く剣。
顔を上げて話すだけのことでも体力を消耗する。
苦しいのだ。
「私は野球が好きだ。
何よりも。
一番なんだ。
それをずっと押さえつけてきた。
やっちゃいけないことだから、って。
でもやっぱり、無理だった。
私は我慢なんて出来ない。
大好きだから、例え誰にどれだけ禁じられたって野球をやる。
どんなに苦しくっても、あんたたちに殴られてでも野球をやるんだ」
それが最後の言葉だった。
剣は崩れ落ちる。立ち上がる体力すら残っていない。
報復が一つ完了したのだ。
元部長は、いよいよ勝負に出るように指示を出す。
「もう十分だ! 後のバッター二人を三振に抑えろ!」
言って、視線を真希の方へと向ける。
真希は何も言わず。
ギリギリと、歯を噛み締めていた。
狙い通りだった。
真希には、仲間二人が傷つき倒れた後、虚しく最後まで一人で野球をやらせる。
そして最後の回に歩かせて抹殺。
屈辱を最大限まで味わい、苦しむように。
結局、剣の一点以外は元部長のプラン通りの展開だった。
剣もラブ将軍も傷つき、自分は打席で勝負をさせてもらえず、役立たずの素人の放る球を受け、どれだけ屈辱的だろうか。
それも当然の報いだ、と元野球部員の誰もが考えた。
自分たちの受けた屈辱、失ったものはこんな程度ではない。
まだ仕返し足りないぐらいだ、と。




