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ツルギの剣【再編集版】  作者: 稲枝遊士
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第十三話 暴挙




 十数球ほどの牽制が繰り返され、ラブ将軍は立っていることも出来ないほど痛めつけられていた。



「こんな――ひどいよ。


見てられない!

 先生を呼びに行こうよ、剣!」


 日佳留がベンチで訴える。


 だが、剣は首を横にふる。



「無理だよ。


 どうせ、グラウンドの周りで他の野球部員が見張ってる。


 そんなことしたら、日佳留やナイルさんまで酷い目に遭う」



 剣は言いながら、元野球部員側のベンチを見た。


 明らかに人数が少ない。

 グラウンドに出ている人間と合わせても二十人程度。


 仮にも甲子園出場レベルの学校である深水学園で、この人数はあり得ない。


 グラウンドを通りかかろうとする人を遠ざける、また、グラウンドから逃げようとする人間を片付ける目的で、大勢が出払っているのだろう。



 いくら野球部の個別練習グラウンドだからと言って、一向に誰も通りかからないのは不自然。



「それに……」


 剣は続けようとして、言葉に詰まる。


「それに? 何か理由があるっていうのかい?」


 ナイルに促され、剣も観念する。

 押し黙り流そうとした言葉の続きを口にする。



「私、分かる気がするんだ。


 あの二人が、あそこまでして野球を続けようとする理由」


「そんな――」



 わけが分からない、という顔。


 声を漏らした日佳留も、黙って話を聞くナイルも。

 同じような表情で剣を見た。


「今、もしも誰かに助けを求めたら、この勝負は二度と成立しない。


 あいつらに勝つ機会を失うんだよ。


 勝ち続ける未来に向けて生きる人間にしてみれば、一寸の敗北さえ一生の恐怖。


 ましてや、こんな暴力的な邪道野球に屈したまま、なんて恐ろしいよ。

 どれだけ自分の魂を縛り付ける鎖になるかも分からない。


 だから戦うしか無いんだ。

 例え一生野球の出来ない身体になるとしても。


 正面からぶつかって、自分の野球で勝つしか無い。

 そうでなきゃ、どっちにしろ未来は無いんだよ。


だから、絶対に勝負を避けたりしない」



「おかしいよ、そんなの。


 剣の言ってることがアタシ分からない」



 日佳留は首を横に振り、言う。


「そんな捨て身の生き方、気でも狂ってなきゃできっこないよ」



 その言葉に、剣は頷いた。


「私もそうは思うよ。

 おかしくなきゃ、あんなになるまで野球は出来ない。


 でも、あの二人は狂ってしまうほど野球に全てを懸けてるんだ。



 だから出来る。


 だから――あいつら、元野球部はそこにつけ込んで暴力を振るう」



 三人、俯いて顔も上げられない。



 陰鬱な空気。


 グラウンドでは、ようやく真希が敬遠されるところだった。


 三球大きく外して、飛び上がっても打てないようなところに投げ込まれた。

 最後の一球も、やはり同じコースへ。



「――行ってくるよ」



 剣は言って、バットを手にする。


「剣、行かないで!」



 日佳留が剣の手を取って引き留めようとする。


 だが、剣は日佳留の手を叩いて払いのけた。


「行くよ。

 私は、あいつらを許さない」



 それだけを言って、グラウンドへと向かった。




 真希が一塁。

 負傷して歩くことにも苦しむラブ将軍が二塁。


 例え満塁になったところで、足で点を入れるのは不可能だろう。



 ピッチャー、第一球目。

 悪意に満ち溢れた放球。


 軌道は真っ直ぐ――剣へと向かってくる。



 二度目ともなれば予測できる事態だった。


 剣は白球を寸でのところで回避。

 どうにかデッドボールを免れる。



「そんな!」


 ベンチ側から叫び声。

 日佳留だった。


「なんで剣まで報復されるの!」


 怒りと涙に震える声。


 剣が傷つけられようとしている現実が響いている。



「剣サンは貴方たちに何もしていないだろ!


 何故剣サンまで巻き込むんだ!」



 続けてナイルが怒りの声を上げる。


 これに、元部長が反論する。



「部外者は黙ってろ!


 これは私らと超野球少女の問題だ。

 超野球少女なら全員同じだ。


 許すわけにいかない。


 だからこの女もボロクズにしてやる!


 例外などあるものか!」



 見さかいの無い、醜い憎悪。


 日佳留もナイルも、これを止める手立てを持たなかった。


 言い返してやりたいのも山々だが、だからと言って剣が無事に出塁出来るわけではない。


 無意味に試合を長引かせるのは、負傷したラブ将軍にとって毒。


 悔しさを噛み締め、押し黙る。

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